一日も終盤に差し掛かってくると、
今日は何のための一日だったのかと、ふと頭をよぎることがある。
注意深く一日の出来事を観察してみると、何かが起きている。
偶然が重なっていたり、小さな出来事がのちの伏線になっていたりする。
そんな時、これには意味があるのだ。と思いを巡らせるときがある。
これは偶然だろうか?
いや、それは意識の変革からなる、必然なのかもしれない。
世界中に見えない意識の川が無数に流れていて、
その流れの一つに合流することによって、見ることのできる情報をキャッチし始めるのだろう。
どのように生きるかをイメージする。
鮮明に頭の中に描く。細部まで。
何度イメージを描いても同じ絵が見える。
人はその方向に進もうとしているのだ。鮮明であればあるほど。
その絵の中心にあるものが一番求めている姿だ。
日々、何も無く過ぎることは、この絵が上手く描けていないということだろう。
今日一日、必ず何かが起きている。
その流れに身を任せて進んで行く。
余計な事は考えずに、感じる事に集中してみる。きっと、流れは絶え間なく流れている。
その先に描いた未来が必ず存在する。
今日あったことを記録する。今日感じたことを記録することは大事なことだ。
そして、何度も読み返してみる。
その積み重ねが自己が描く絵の鮮明さを増していく。