検査結果が出るまでは、いろんな検査をうけた。


隅々の癌の検査。


検査結果が出るまですごい心配だった。


一週間・・・・・・2週間・・・・・そして・・・・・


その合間にも1週間ごとに連絡をこまめに先生がくれた。


ただ1週間ごとにとても、悲しい結果をくれたので、とても悲しくなりました。


疑いは消せない・・・・などいろいろ言われた。


そして、最終結果。


病院に呼ばれた。


『こっちの精密検査の結果、膠原病の全身性エリテマトーデスに当たる要因は全部あたらない。』


続く・・・・・・

検査の結果が出るのが土曜日だった。


そして、それから土曜日。


きょうは結果が出る日の土曜日。


母がどうしても行くと聞かないので、しょうがないから母を連れて病院に行った。


私も内心は母がついて来てくれるといったので、安心はした。


悪性リンパ腫かもしれないなど言われていて本当は一人で行く勇気などなかった。


そして、予約の時間に病院へ行き、診察の順番が来るのを待った。


『繭さん繭さん。中待合室でお待ちください。』


と呼ばれた。

もう中にも人がほとんど人がいない状態だったので、すぐに診察室に呼ばれた。


そして、診察室で隣の人に先生が、


『またこの日に来てね』


と言ってるのが聞こえた。

そして、先生が


『お待たせしちゃって悪かったね・・・』


といつもの先生で、話をし始めた。


『繭さん。検査の結果なんやけど。』


胸がドキドキした。


『悪性リンパ腫でもサルコイドーシスでもなかったですよ。』


と言われて、胸をなでおろした。

そして、先生がそのまま続けて話をし始めた。


『でも、それでも予断は許せない状態なのは変わらないです。

白血球・赤血球・血小板の値が大幅に変動してるのと、ポリープが出来てるのが気になるので

とりあえず、癌の検査はすべてすることにするから、検査をまた追加するからね。』


と言われ、そこまで来てやっと私も、先生に・


「先生実は母が来ていて一緒に状況を聞きたいというので、一緒でもいいですか?」


と声をかけることが出来た。

すると・・


『繭さん。当たり前じゃないですか。繭さんあんだけ言われて一人で来てすごいなと

僕思ってたんですよ。でもあんな事言われて一人でなんてそんな事言いません。

是非お母さんにも中に入ってもらって状況を聞いてもらいましょう。』


という事で今まであった一部始終を中に入ってもらって母には、聞いてもらった。


『そういうわけなんですが、ただし、やっぱりこれから、疑わなくてはならないのは

膠原病の一種の

全身性エリテマトーデス。省略するとSLE。

肝機能障害。

汎血球減少

を疑わなくてはいけないと思う。

だから癌が全部ないという状態を把握しないといけないから、その検査はもちろんします。

ただいろんな検査をしなくてはいけないからもう少し判断に時間がかかる』


そういわれた。

そして、その結果はいつ出るからといわれ、予約をし、家に帰った。


結局。その膠原病というのは特定疾患の一部だという事を調べて知っていたので、もしそうだったら。

私は特定疾患。なんだ。

と。

子供抱えてるのに。シングルなのに・・・・・・・

どうやって養っていったらいいんだろう。

そう思って途方にくれた。

ただ。まだ父母が居てくれて、家があるだけよかった。支えてくれる両親や、子供が居るだけで。それだけでよかったと思った。


ただ病気じゃない事を祈りながら検査を受け、検査結果が出るのを待った。



医者からはとりあえず、まだ仕事にはドクターストップはかかっていなかったから、仕事は無理をしない程度に、してもいいよとの事。


それから1日は頑張って仕事をしたが。

その一日で、お腹が痛くて、頭が痛いという症状がまた出てきたので、お休みを貰って、お仕事を休ませて貰った。


そして、一日、様子を見ながら、その日の夕方病院へ行くことに。


そして、病院に行って、診察券を出し、ポケベルを借りて家で待つことに。


結構早く呼ばれ、ポケットベルが静かにブーっと響き渡った。


そして、病院の受付にポケットベルを返し、診察室の前で待つことに。


そして、すぐに


『繭さん・繭さん。中待合室でお待ちください』


と看護師さんに呼ばれました。


中待合室で少し待っていると・・・・・


『繭さん中でお待ちください。』


と今度は声をかけられた。

ドキドキはしたものの、今日は頭が痛いという理由だったりもしたので、特に関係ないかと思い、先生が来るまで待った。


『繭さん。お待たせ』


そういって、先生は席に着いた。


そうすると。


『きょうはどうしたの?』


と尋ねてきたので、頭が痛くて、等痛い箇所を言った所、


『じゃ~胸の音聞かせね。』


といい、聴診器を当てた。

あまりいい表情はせず、う~~んとうなっていた。


『繭さん。この間よりやっぱり、いい音正直してないね・・・・・

血液検査もう一度だけさせてもらっていいかな?今日結果出すから。血液検査だけだけど。だから

5番待合室の前で待ってて。

血液検査の結果が分かり次第また呼ぶから』


との事。

なんだか正直、気が気ではなかったが、先生に身をゆだねるしかない私としては、返事をする以外他になかった。


そして、5番の待合室の前で待ち、血液検査の順番を待った。


そして、ドキドキしながらも、すぐに呼ばれたので血液検査だけ、済ませたが、30分~1時間かかるとの事だったので、ポケベルをまた、受付で借りて、一度自宅に戻った。


そして、自宅にトボトボ歩いて帰り、母が居たので、


「ポケベル借りてきて今、検査中。」


と、伝えた。


こんなに不安なのは初めてだった。

今までこんな事はなかったからだ。あの先生がここまでやるってことは、相当悪いんだろう。そう思った。


そんな不安を胸に待った。


ボーっとしてる私をよそに、ブ~~~っと、ポケベルがなった。


もう30分たったのか。そんなに経っていないかのようだったが、経っていた。

そして、ポケベルを持ちもう一度受付にそのポケベルを返し、待合室の方までいった。


そうすると、


『繭さん。中待合室でお待ちください。』


とすぐ呼ばれた。


ドキドキしながら待ってるともう、終わりの方だったので、すぐに中に通された。


そして、先生が来るのを待った。


『繭さん。また待たせてごめんね。

さて。血液検査の結果なんだけどね。

あんまりこの間からよくなってない。あげく、もっと酷くなってるんだよね。

だから、あまり体に負担は掛けちゃいかんと思う』


との言葉に、私は反応して


「先生。それって、仕事どうしたらいいんですか?」


とまだ4月からはじめたばかりの仕事をどうしたらいいのか、訪ねた。


『正直。もう無理やと思う。

そのまま本当は今回の結果が、少しでもよくなってるようなら、そのまま仕事続けて言いよっていってあげたかったんやけど。

正直無理。

このまま続けたら、もっと病気の進行が早くなる恐れがあるから、精密検査を受けるといって、お休みを貰いなさい。ただ、いつまでの精密検査なのかは期間は指定しないほうがいい。』


いきなりそんな事を言われても頭は真っ白である。

真っ白な頭ながらも出た言葉が


「なんて言ったらいいんですか?説明どうやってしたらいいんですか?」


とポツリと出たのがその言葉だった。


『肝障害の疑いがあって、精密検査をするので。病院いくことが多くなるので、しばらくお休みを下さいと。

そう伝えなさい。』


そう言われた。

そんなに酷い状態なのか。


正直、参った。

3日前に、癌かもしれないといわれ、またきょうもそう言われて、心が折れそうだった。


こんな事誰にも言えないし。でもただ、結果が出てからじゃないと何も言えないけど。


もしも、悪性リンパ腫だったら・・・・・サルコイドーシスだったら。

そう考えると、誰にも話せなかった。


そして、そうなると。。。と話し始めた先生。


『この際全部検査を一気にしましょう。念のため、全部の癌検査。

大腸や、悪性リンパ腫。後、胃がん。などいろいろ。その為の検査をすべてします。日程はいついつにしましょう。』


そういわれ話し合いをし、日程を決めた。


ハイハイと聞いていたが、頭真っ白で何も頭に入っていなかった。


何で?こんなに元気なのにどこが病気なの?????


自分の体のことなのに外傷もないからまったくわからない。


なんで私が病気なの?


そう思って家に帰った。


そして、一部始終を父と母に話した。


一抹の不安を残しながらもとりあえず、後4日すれば最初の結果が全部出るはず。悪性リンパ腫かどうかの。

それを待とうと。元気付けるかのように、父と母は私に言った。


私は不安で仕方がなかった。でも待つことしか出来ないのだからと。


仕事場には、先生の言ったように電話をし、とりあえずお休みをいただけることになった。


職場には感謝をした。


そして、また一日が過ぎた。