ゆきんこ自伝 〜そこそこ波乱万丈な人生の一部始終〜

ゆきんこ自伝 〜そこそこ波乱万丈な人生の一部始終〜

幼少期から現在に至るまで、人生であった波乱やネタになりそうなことをちょこっとずつ書きためます。

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バタバタと一家でカナダに行ったものの、当時父が働くことになっていた和食レストランの経営者陣となかなか折り合いがつかず、ビザの調整に時間が掛かりました。

6歳の8月に渡航し、本来であれば9月から1年生。

ビザの関係で、無事に小学校に入学出来たのは10月でした。

入学したのは、家から徒歩15分のところにある、ごくごく普通の現地の小学校。

英語なんてハローくらいしか分からなかった私は何が何だか分からないままとにかく毎日登校していました。


しかし自分の人生で1つ言えることは、行く先々で出会う人たちには極めて恵まれていると言うこと。

この新しい小学校もまさに、素晴らしい人が多かった。


担任のC先生は、わりとイケイケなイギリス人の女性でした。

ベリーショートな髪に、大きなイヤリングとおしゃれなメガネ。急にヨガとか始めちゃいそうなタイプ。

でも何も分からない私を常に隣に置き、根気よく教えてくれました。

おかげで約2-3ヶ月後には、おおよそ他の子と差が無い程度に英語を喋れるようになりました。

そしてただ英語を教えてくれるだけではなく、子供としての学びもちゃんと見てくれる先生でした。

例えばある時。

カナダでは塩で炒ったひまわりの種が人気のおやつだったんですが、その種を育ててみたいと先生に申し出てみました。

母には無理だよーと止められたものの、C先生は快く植木鉢と土を用意してくれて、窓際で育てさせてくれました。

もちろん何も育たなかったのですが(笑)
それでも試すことを許可してくれたことは今でも心に響いており、私の軸の一部になっている気がします。

もしC先生と出会えず、もっと厳しい先生だったらあそこまで学校が好きになれてたのかな?

そんなことを考えると、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。


C先生と同様に、私の小学校ライフに大きく影響したのは同じクラスのJちゃんでした。

後に大親友となるJちゃんと出会った時は、全く英語が話せない状態。

正義感の強いJちゃんは、休み時間の度に私を校庭中連れ回し、見るもの1つ1つ指を指して英単語を教えてくれました。

例えば校庭の木を指差して"tree"と大げさに言い、私が復唱する。

何日続いたか定かではないですが、そんなことをだいぶ続けてくれました。

他の子がからかってきたり、興味は示すけどなかなか声を掛けらないでいる中、Jちゃんは初日から何の迷いもなく指導を始めてましたね。

今振り返ってみると、6歳でそんなことが出来るJちゃんに心底感心してしまいます。

C先生もJちゃんも、私の人生を語る上で外せない存在です。