2話 静寂


 「……ただいま」
 「あ、お帰りなさい。お兄ちゃん」

 恭はその日一日落ちつかず、お世辞にも良い日と言うわけでは無かった。部活でも盛大にヘマをやらかし最高にブルーだったようで、重い足取りのまま帰宅したのだった。
 家に帰って居間に顔を出すと、3つ下の妹、涼(りょう)が迎えてくれた。現在中学二年生、才色兼備で彼氏もいるらしいとは彼女の弁。ピンク色のパーカーを着て下は扇情的なミニスカと黒のニーソックス、誰も居るわけでもないのにパーカーのフードを被っている。そんな部屋着にするには少し力の入れ具合がおかしい恰好で、居間の卓袱台に教材を広げ数学の問題を解いていた。

 「ご飯にする? 先にお風呂入る?」
 「あー……風呂にする」

 わかった、と軽く言い彼女は厨房に歩いていく。恭がいつ帰ってきてもいいように料理の下準備をしてくれているのはいつもの事なので、彼も時間を無駄にしないためにも先に着替えを一式手に取り風呂へと向かった。
 あまり食が進まないのだ。昼間の弁当も殆ど喉を通らなかった(ちなみに弁当は妹が作っており、残して帰ると彼女が悲しむから捨てようとしたら璃音が横から来て全部食べて行った)し、今もそこまで変わらない。気休め程度にしかならないかもしれないが、風呂に入って身体を休めれば多少なりとも食欲が出るかもと判断してのことだった。
 せいぜい160cm程度しかない恭だったが、そんな彼にも狭すぎるほどに真田家の浴槽は小さかった。その為足を曲げ体操座りで入浴する。たまには足を真っ直ぐにのばして湯船につかりたいのだが、そう贅沢も言っていられない。
 某鳥の行水と言われない程度に(妹はそう言う事にうるさい、あと早くあがりすぎると料理を作り終わっていない妹が申し訳なさそうにする)入浴を済ませて居間に戻ると、夕食の準備が出来ていた。今日の夕食のメインはチキン南蛮だった。確かに焼けば出来る料理だが、大層時間をかけて下準備をしてくれたのだろう。

 「いただきます」
 「いただきます」

 真田家の夕食は専ら兄妹の二人でとるのが一般的になっている。両親は帰りが遅い、最初は食費を親が置いて行っていたのだが妹がかなり前から独学で料理を学び、いつしかこの形態になったのだった。恭が部活を出来るのも彼女が放課後に部活をしたい衝動を堪えて家事全般をやってくれているからで、妹には全くと言っていいほど頭が上がらない兄なのだった。

 「お兄ちゃん、美味しい?」
 「うん、旨いよ……でもこれ、難しかったんじゃないのか?」
 「簡単だよ、時間がかかるだけで。それに時間かかるって言っても、漬け込むだけだし。その間に他の事を一通りやっちゃえるから」
 「いつもお疲れさん。涼は良い奥さんになるよ」
 「そんな先の事を……0-257が笑うよ?」
 「食中り(あたり)な、それ。あと157だ」

 淡々と会話を交わしながら食事を進めていく。そのうち無音が寂しいからと涼がテレビをつけた。ニュースだ、どっかの家が火災に見舞われたらしい。

 「見て見てお兄ちゃん、これうちの市内だよ」
 「ん、マジで? ……って、終わったじゃんか」
 「ご、ごめんなさい……でも、火災の原因って何なんだろうね。これ、深夜でしょ?」
 「そうなのか……深夜、ねぇ」

 見ようとしたらニュースのコーナーが移ってしまったので分からなかったが、妹曰くそう言う事なのだろう。その為、放火と言う線で検察の方も動いているのだとか。
 物騒な話だなと思いながらも、恭と涼はおかずを口へ運ぶ。慎ましく作った兄妹の食卓は20分もすれば完食してしまえるほどだった。

 「あ、片付けは俺がやるよ」
 「うん、お願い」

 と言っても片付けるのは肉を焼くのに使ったフライパンと食器だけなのだが(下味をつけたりする際に使ったものは全部涼が片付けている)。食器を水にくぐらせ、スポンジを使い洗っていく。

 「じゃあ、私はお風呂入るね」
 「ああ、そうしてくれ」
 「お兄ちゃん……今週末、お母さんとお父さんと旅行に行く話なんだけd」
 「悪い、部活と課題でちょっと余裕がないんだ」
 「……そ、そうだよね。ごめんね、お兄ちゃんは忙しいよね……」

 有無を言わさぬ物言いで、恭はその言葉を制す。そしてそのまま何事も無かったかのように食器洗いに戻った。涼の哀しげな顔が脳裏に焼きつく。しかし真田家の事情からしてそれは叶わない。
 真田家は非常に不安定な状況にある。恭と涼は血が繋がっていないのだ。恭の本当の母親は恭が幼い頃に失踪しており、今の母親と血の繋がりは無い。加えて、今の母親の子が涼だ。恭の父と涼の母が互いに再婚した構図になる。
 そして恭は失踪した母親に非常によく似ており、涼は今の母親にとても良く似ているのだ。血のつながりがあるのだから当然かもしれないが、両親ではなくほぼ片親のみが遺伝したくらいの似具合だった。
 父は弱く(ヘタレと言う言葉すら生温い、何故結婚したのか分からないくらいの力関係だった)、夫婦の主導権は母が握っていた。母は自分に似た涼を溺愛し、どことも知らない女に似ている恭を徹底的に毛嫌いした。
 母は恭と一緒に旅行などしたくないだろう。そして父の立場があってないような物であるが故、それを大っぴらに言える。父がそれを反対するはずもない、彼は母の傀儡でしかないのだから。
 だからどんなに土日が暇であれ、その旅行に恭がついて行くわけにはいかなかったのだ。今だってあの両親は何をしているか分かったものではないが、それを推し測るような暇は兄妹には無かった。
 幼い頃から涼は恭を病的なほどに愛し、それが母の暴力を加速させた。恭はそれを黙って耐え、涼の兄への依存はより深まって行った。ただの悪循環だ、しかしそれを止めるための楔が真田家には一つとして存在しなかったのである。
 チャリン、物悲しい音が居間に響く。小銭を貯金箱に落とす音だ。涼は日々の買い物のお釣りをそうやって貯金している。ちなみに食費を置いて行くと言う話だったが、それは明言されていないとはいえ恐らく涼1人分のお金なのだろう。恭は小遣いを貰っていない。学費とその他諸経費、部費くらいで、お釣りが出れば御慰み。涼が自炊を覚えて食費を浮かそうとしたのもこの辺りに起因している。



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妹大好きな(例えるなら久々再会した妹と同じ布団同じ枕で寝ちゃうくらいの)私は彼女のキャラを結構作り込みました。
大人しく慎ましい、それでいて扇情的な情欲をそそるそんな感じに描けたらいいなと思っていますが彼女まだ中学二年生なんだよな…
余談ですが、妹の名前はリアル妹から取っています。恭は私の本名、鳴はモデルになった女の子の呼び名(私は名字にさん付けで呼んでましたが、周りの人は○いちゃんと呼んでた、○に入るのは『め』ではないのですが)から来ています。
璃音はモデルこそいますが名前の由来は伏せた方が良いかな。
 1話 改変

 次の日の朝。恭は冗談だと思った。それか聞き間違いだと思った。
 6×6に配置された机から一つだけ申し訳なさげに突き出た、あるいはハブられ哀愁すら漂う37番目の机に座っていた恭は先生(禿)に窘められたのだ。『お前の席は一つ前だろ』と。
 入って最奥の机についていた彼は何かのドッキリではないかと訝しんだが、どうやらそう言う事ではないらしい。本気で、彼の席は今まで座っていた所の一つ前なようだ。
 訝しんだ理由は、彼は自分の席が此処だと言う絶対的な自負があった事と、もう一つ。前の席は木村鳴の席だったからだ。思えばおかしな話だ、バスの時間があるとはいえいつも真面目に登校してくる彼女がHRの時間になっても来なかった事、クラスの女子の中でも中核メンバーの一人である彼女の事を誰も話題にしていなかった事。普通なら有り得ない事だ。
 そして、現実は模索した選択肢のどれでもない最悪の決断を余儀なくした。

 「それじゃあ、中途半端な時期ではあるが転校生を紹介する。体育祭の途中に入るのも大変だったろうからな……入って良いぞ」

 何とも突然のことだったが、先生の声に合わせて教室の扉がするすると開く(一応ガラガラ言わない位の扉は備わってます)。ぴょこっとした擬音がこれ以上無いくらい似合う風体で、その転校生は敷居を飛んで越えた。そのまますたすたと教壇の前に立つ。
 身長は150cmあるか無いかで、白くて長い髪をツインテールにまとめている日本人離れした少女。紅い瞳は充血しているとは思えないほど透き通っており、ルビーやガーネットと言った宝石を思わせる。まるで兎のような、と言うかその様はほとんど兎そのままだ。
 シルキーな髪を掻き、彼女はおどおどした様子ながらも自己紹介を始めてくれた。

 「あ……新しく転校してきました、木村九兵衛(きむらきゅうべえ)と言います。男みたいな名前で変かとは思うのですが……どうぞ、宜しくお願いします」

 ぺこりとお辞儀をする彼女の後ろを通り抜け、生徒たちから見て右側に彼女のフルネームを記入する先生(禿)。凄い漢字だ。ありふれた名前に男でも滅多に居ないだろう名前。先生の筆圧は教師陣の中でもかなり強い方と言う事も手伝って威圧感あふれる五文字がそこに書き込まれていく。

 「それじゃあ木村、お前の席はあの何だ……右奥に空いてる席だ。後で席替えするから、とりあえずそこに座ってくれ」
 「先生、そこは真田がさっきマーキングしてました」

 どっと笑いが起こる。お前のっけから何してくれてんだよの野次が飛び交う中、彼は笑っている余裕など微塵も無かった。有り得ない事が重なっている、鳴が存在の痕跡も無くその姿を消し、この時期には不自然な謎の転校生。日本人離れした容姿でありながら純日本人風な名前、しかも現代離れした男の名前。加えて、名字が『木村』。

 「あの……宜しくお願いします」
 「……ああ、宜しく」

 お前は誰だ。どうしてそこに座る。そこは俺の席で、今俺がやむなく座ってる席は鳴の席なんだ。誰も居なければ胸倉を掴み上げ捲し立ててやりたいところだったが、そんな事が出来るはずもない。ただ頭の中がごちゃごちゃしてしまったせいか相当無愛想な返事になってしまったようだ。あからさまに彼女が怯えている。どんだけ兎だよと彼は心の中で突っ込みを入れる。

 「よし、それじゃあHRを終わる。体育祭の後で気が緩みがちになる所だが、一時間目からしっかり目を開けて授業を受けるように」

 きりつ、れいの掛け声で一斉に礼をする。体育祭と言うある種の祭の興奮から現実に立ち返るかための、日常へ向かうチェックポイント。しかし彼にとって、真田恭にとってそれは今までの日常では無いし、この今は彼にとっては極限まで異常なのだった。
 木村鳴の居ない世界に於いて、彼が最も居たい居場所はどこにも存在しない。彼女の消失は彼のアイデンティティの大半を抉り取って行った。
 また明日と交わした台詞が急に重くなる。明日っていつだよ、今じゃないか。何で居ないんだよと嘆くも世界は彼女が居なかったことなど忘れて淡々と流れていく。
 怖かった。自分も彼女を忘れてしまうのではないかと。そして忘れた事さえ忘れてしまう事が、たまらなく恐ろしかったのだ。

 「どうしたん、真田くん」

 芯がありよく通る声が恭の意識を現実に引き戻す。声のする方向を向くと、其処には声の主が教材の束を左腕に挟んで立っていた。長い黒髪をポニーテールにしている快活な女性徒は恭の顔を覗き込むような仕草を見せる。
 彼女の名前は油田璃音(あぶらだりおん)、高校からの付き合いで、一年の頃からずっと同じクラスである。兵庫出身らしく、どことなくイントネーションが独特で会話のテンポが掴みにくい。

 「ボーっとしとかんと、はよ行かな怒られんで」
 「あ、ごめん……そういや木村さ……木村、お前次の授業は生物と物理どっちだ?」

 『木村さん』と言う呼称を使いたくなかった恭は訂正して彼女に尋ねる。急に名字を呼び捨てにされた事に吃驚したのか多少うろたえた後、彼女は鞄から教科書とノートを出して見せてくれた。

 「あの…物理、です」
 「へぇ、ほんなら連れてってやりぃよ。ただでさえ女っ気無いんやから、他のDQNからいたいけな転校生を護ってやらな」
 「すみません…あの、場所を知らないので、連れていっていただけますか?」

 とても丁寧な言葉で話す九兵衛。『い』抜きだ『ら』抜きだとうるさい昨今にとても稀有な存在だと言えた。璃音は九兵衛を気に入ったらしく小さな彼女をすりすりしていた。お前が行けって言ったんだろ、離してやれよと恭は璃音を引き離す。

 「じゃあ、連れてくからそれ持ってついて来てくれる?」
 「はい……」
 「ちゃんとエスコートするんやで~」

 恭は立ち上がり自分の教材を準備する。そしてそれを左腕に挟みこみ、物理教室へと歩きだそうとした。すると、彼の留守になった右手に柔らかくて温かい感触があった。

 「っ!?」
 「はわっ! ご、ごめんなさい…」

 恭は思わず手を払いのけてしまった。流石に肝を冷やした、積極的なのか消極的なのか分かったもんじゃない。何がなんだかよく分からなかったが、ほっとくと泣きそうだったので恭の方から引っ込めた彼女の手を掴み、教室を後にしたのだった。
 早く璃音の場所を離れたかったのだ。彼女の言葉は鋭い槍、キリストを貫いたロンギヌスとなって胸に突き刺さる。出てくるのは熱い血反吐と涙と言う名の水。

 『ただでさえ女っ気無いんやから』

 どうやら自分は鳴が居ない世界では特に仲良くする女の子も居ないらしい。別に鳴と恋人同士と言うわけでは無かったのだが、だからと言って気持ちが弾むはずもない。

 「あ、あの……ごめんなさい」
 「別に……そういやさ、何て呼んだらいいだろうか」
 「あ……前の学校では、きゅうちゃんって呼ばれてました」

 九兵衛から妙に清々しい返事が返ってきた。何と言うか、前の学校のクラスメイトはそこそこに妥当な選択をしてくれたのだなと恭は納得する。九兵衛は長い。『兵衛』を取ると女の子っぽくない。

 「じゃあそれで固定しよう。ちなみに俺もクラス外では恭ちゃんと呼ばれたりしてる」
 「そうなんですか!? じゃあお揃いですねっ」

 ……何か懐かれてしまった。こんなに無防備でいいのかこの乙女は。恭は嘆息するが、喜んでくれているのだから良いのかと自分を納得させる。心なしか、と言うか明らかに彼女のテンションが上がっている。そうか、こっちが素か。思えば、転校初日でいきなりクラスメイトに馴染めるはz

 「そう言えば恭ちゃんさん」
 「さんを付けるなデコ助野郎」
 「ごっ、ごめんなさい!」
 「あ、いや……これ知らないのか。そう言う言い回しがあって……ってまあ良いや。どうした?」
 「あの……最近、この学校に様子が変な人って居ませんか?」

 彼女の眼が見開かれ、その視線は恭を捉えて離さない。何だ、この何かを見透かさんとばかりの目力は。

 「変な人って…?」
 「何か言動が不自然な人とか…居るはずのない人間の話をしてる人とか」

 ……………

 こいつは何の話をしているんだ。色々規格外の子ではあるが、初対面の相手に物怖じするような子がどうしてそう言うオカルトめいた事を軽々しく口に出来るのか。
 最初から違和感は感じていた。しかし、それは鳴の消失に対し割り込んできた事が主だと考えていたが、恭は考えを改める。
 不自然だ。それ故に、彼女に真実を伝えてはいけないと悟り恭は言葉を濁す。

 「いや、そう言う話は聞かないな……てか、うちのクラス変態しか居ないし」
 「そうですか……なら良いです。安心しました」
 「いや駄目だろ」

 先程のような瞳の煌めきは消え、彼女は普通に笑っていた。さっきのは一体何だったのだろう。そうこうしているうちに物理教室だ。先生(物理教師だけにトーク力の摩擦が小さい=スベる)はまだ来ていない。
魔法少女大戦

世界は二度'改変'された。

一度は一人の純朴な少女の献身に依り。

そしてもう一度、名も知らぬ何者かの手に依り。

概念と化した少女のシステムは大部分を覆されたのみならず更なる苦難を魔法少女に招き、その代償として少女'鹿目まどか'の意思は消失した。

それは三巡目の世界。


ある少女はたった一人の友達を救うため。

   ある少年は命を賭しても失えない恋人を護るため。

     歪んでいく世界の中で、彼らは世界を越えてゆく。


此れは、混沌に歪められた愛と勇気のストーリー。

        君を護る、僕が君を忘れても。



 0話 緋色の太陽


 それは茜色に染まる空を仰いだ秋の夕暮れの事。彼は冴えない体操着に身を包み、乗って行けばいいはずの自転車を両手で押しながら歩いていた。
 手で押している理由だが、タイヤがパンクしたとか言う大した話では無く、一緒に歩いている、同じく体操着姿の女子と歩幅を合わせるためだった。彼女の荷物をかごに乗せて。何と言うかこれだけでも二人の力関係は推して知るべしと言う所なのだが、いつもの事なのだから仕方がない。太陽は東から昇る。兎は寂しいと体調にもろに出る。夏場のそうめんは美味しい。それと同じかそれ以上に、彼が彼女の荷物を入れて自転車を押すのは絶対的な真理だと言っても差し支えないかもしれない。

 「でもよかったよな、俺ら優勝できてさ」
 「せやねー、でもうちらそんな何もしてないけど」
 「…確かに」

 短い髪を申し訳程度に軽く整えただけの髪型。健康的ですらっとした、しなやかな筋肉を持つ彼女はそうやって言葉を返す。
 今日は高校の体育祭で、服装はその名残と言える。一応学校からは体操着下校は禁止されているのだが、あれだけ疲れた後で誰が制服に身を包んで帰ろうと思う物か。最後の体育祭のテンションできっと馬鹿やる学生だって出てくるだろうから多めに見て欲しい(ちなみに彼らは誘われなかったのではなくめんどかっただけで、別段ハブられているとかではない、念のため)。
 正直総合点で優勝できたのは明らかに下級生と上級生の異常なスペックのお陰だ。それでも、優勝は素直に嬉しいらしく帰りのHRは大盛況だった。
 炎天下の生き地獄を命からがら耐え抜いた肉体はぼろぼろで汗もだらだらだったのだが、この時間帯の街に吹く夕風は心地よく、汗はその心地よさを増強してくれる。田舎すぎて閑散とした通り道だが、その自然めいた美しさを彼らは愛していた。

 「てかあれやね、これから徐々に受験まっしぐらやね」
 「だよな~、受験な~。木村さんどうなん、志望校の判定は」
 「ん、そこそこ。うちが受けるレベルのとこだし。真田くんは?」
 「分かんね、K大は二次勝負だし。模試の判定なんて当てにならん」
 「じゃあなんで訊いてきたし」
 「いや、多分優位に立てるんじゃないかなと」
 「ないわー」

 呆れ顔で棒読み気味に、彼女は嘆息する。そして、お互いに顔を見合わせ笑った。そうこうしているうちにバス停だ。彼女はかごから荷物を取り出すと、何食わぬ顔で。いつもの顔で。

 「じゃあ、また明日学校で」
 「ん、それじゃまた」

 彼は彼女と別れ自転車を漕ぐ。この、学校からバス停までの僅かな時間が彼の彼女と二人きりで過ごせる時間だった。学校はお互い別々のコミュニティがある。この機会くらいしか誰にも気兼ねなく話す事の出来る時間がないのだ。
 それでも彼は良かった。自転車でありながら徒歩で、空いているかごに彼女の荷物を入れ、早く帰りたい時でもゆっくりと歩き。彼女と共に居られるなら、彼はそれで良かった。
 理由など言うまでも無い。彼は、健康的で活発な彼女が好きなのだから。想い続けた時間と質は疑いようのないかけがえのない宝物で、その純粋な気持ちは誰も咎める事は無いくらい澄んでいた。
 今日もこうして下らない事を話しながら帰る。いつまでもそうしていられない事は分かっていたけれど、今はそのかけがえのない時間を楽しんでいたかった。

 また明日学校で。

 それじゃまた。





 それが、男子高校生真田恭(さなだきょう)と女子高生木村鳴(きむらめい)の最後に交わした言葉となった。


 彼女の存在は消え、世界が彼女を否定した。彼女は一瞬にして、人間としての全ての権利を剥奪されたのだった……


 1章  Invisible-Girl

真田響(さなだきょう)
この物語の主人公の一人。高校二年生で、幼馴染の鳴を愛している。

木村鳴(きむらめい)
主人公の想い人。勝気で喧嘩っ早い。短い髪を申し訳程度に軽く整えただけの髪型。健康的ですらっとした、しなやかな筋肉を持つアスリート系の女の子。結構方言がキツい。

九兵衛
契約のエキスパートにして世界の導き手。白い髪をツインテールにまとめ、赤いルビーのような瞳を持つ。

油田璃音(あぶらだりおん)
ポニーテールの関西系少女(兵庫出身)恭のクラスメイトで、彼に片想いしている。

真田涼(さなだりょう)
恭の妹。才色兼備のフルスペック妹。真田家の家事全般を担当している。

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どうも、早くも始めました新作『魔法少女大戦』、冒頭はじっくりやりながらもバトル大好き日常いらねぇな方々にも楽しんでいけるよう作っていけたらと思います。
ちなみに主人公とヒロインはよく知ってる人をモデルにしてます。主人公は私で、ヒロインは高校時代のクラスメイトです。高校時代の私が、彼女の事を好きだった体で物語作ってます。あと、呼称が現実準拠。
実際どうだったのかと言うと、『友達以上に好きだった』と言うくらいにしておこうかと思います。ただね、あんだけフラグが立ったんですから熱烈LOVEだったら例え勝ち目のない恋でも告白ぐらいしてますわ。
だから妙に話の設定がリアルなのですが、それはまあそれとして。

1章のコンセプトは『消えた少女を追う少年』と言う感じですかね。Invisible-Girlは透明少女みたいな意味合いです(映画『インビジブル』の英題が『Invisible Man』である所から取りました)、最初からこの路線で行くつもりだったのですが、どうしてもインビジブル(GUMI&鏡音リン)が頭から離れず、あの曲のストーリーも少し借りてます。
書き上げたばっかりでテンション半端無いのですが、このテンションのままどこまでいけるか突っ走ってみようかと思いまs…チクショウ書きかけのレポートが目に飛び込んできたよ。
女もすなる日記と言ふものを男もしてみんとてするなり。土佐日記の版権切れてるから出典とかいらないかしら。今の時代はこっちが主流じゃね。
Twitterに呟くと少し哀しくなるのでたまにはこっちで。

私が言うから笑い話で済んでくれるのかもしれませんが、Twitterで知り合った同い年の女の子が既婚でしかも子持ちだと知ってもう何も信じられない状態になったりLineで知り合った18歳の女の子(熊本の子)が関東の彼に熱烈片想いだったりでずーんてなったり色々悩ましき日々を過ごしております。一応通話はしてるので性別に偽り無しと言う事は分かってるのですけれど。別に年齢偽ってても構わんです。良い声だから。

『なやむ』は『な病む』にかかり『病気になる』の意なのですが、何と言うか人間関係って難しいですね。

出会い系とか嫌いだったのですが、出会いを広げるのって意外と悪くない。人との関わりは何かしら自分を成長させてくれるから。ただ出会い厨は本気で朽ち果てろ。
○ねとか言う汚い言葉は極力使いたくないのですが、朽ち果てろも大概ですね。口はテロですね。

恋とはどんなものかしら、フィガロの結婚(モーツァルト)宜しくもう少し模索してみようかと思います。
そう言えば、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの誕生日って1月27日。私と一緒。
日記的な文章を書くのは何年ぶりでしょうか。こんばんは、羅月です。
今日は数ヶ月分のラッキーを使い果たしたくらいの素敵な一日だったので、ちょっとばっかり頑張ってみます。
寒いあとがきを書くつもりはありませんが、裏設定とかを少しばかり語るくらいなら良いでしょう。
ラストに次回作の予告を挟んでおきます。


各話に挿入されるポエムの話
オサレな感じを出したかった、と言う事もありますが、あれらは全部私の心の叫びとなっております。それが登場人物の心情であり心傷になっている訳で。
特に先生の『先に生まれただけなのに自分を慕ってくれる彼女がもし同い年だったら彼女は自分を慕ってくれるだろうか』と言う内容はもろに当時の私の心の叫びです。今となっては慕ってすらくれなくなりましたけれど、当時は色々と幸せだったんですよ。幸せすぎて怖いわーでした。

あと、1話(プロローグは一応0話と言う位置づけ)から最終話までのポエムの頭文字を並べると…


弥生の腕
動脈出血をそう簡単に止められるわけは無いのですが、目覚めた弥生の腕からは特に血が流れる様子はありませんでした。
しかも傷すらない、その上あの時の記憶もあいまい。
これは説明するつもりだったのですが、某禁書みたくつらつらと理論を書きならべると冷めるので書きませんでした。と言うか説明の個所をそのまま抜き出しました。

結論から言うと、先生は吸血鬼です。血を吸った相手の記憶を覗く(除く)事が出来、吸った跡は唾液で隠す事が出来ると言う設定です。
天地と弥生の言い争いは、先生が吸血する過程で見ていた記憶と言う事ですね。
この場面の弥生の心情も私の心の叫びを投影しています。昨年末の私は大体こんな感じでした。メンタルボロボロで、本気でリンチされたいくらいおかしなことになってました。
リストカットしたくなる気持ちもこの辺で学びました。別の所で言ったのですが、先生の『皆お前が好きなんだから罰したりするわけないだろ』ってのは私が誰かに言って欲しかった台詞です。誰も言ってくれなかったので自力で何とかしましたが。
人は一人では生きていけないと言いますが、一人になったから死ぬと言うのはナンセンスです。地獄の淵で踏みとどまる事で何とか死なずに此処まで来る事が出来ました。



天地が椎名にもらったぶっといアレ
多くは語るまい。彼女がこれを自分に使うかまだ見ぬ彼氏に使うかは分かりませんが。
ちなみにこれは私の友人(看護科の女子、同じ高校の3年間同じクラスだった人で、趣味も結構合う。ただ不幸な事に、ホモ好きと百合好きは相容れないのだ)の体験談が元になってます。
友人曰く、彼女が友達の家に遊びに行った時にアダルティなアイテムを見つけたそうで、それを引き合いに出した所友達が『彼氏と使うんだ~』とにまっと言い放った事に開いた口がふさがらなくなったと言うエピソードを元にしています。



プロローグのポエム
ラストで登場する予定だったのですが、プロローグで言及されていたお腹の大きな初恋の人、とは弥生の母です。お腹の中には弥生が居ました。
結構ドSな人なのですが、日の目を見ず残念です。うちの娘を宜しく→ええええっって言う展開の予定だったのですが、まあ良いでしょう。



先生の正体
最初はひたすらぼかしていたのですが、もう終盤は一切隠す気ありませんでしたねw
彼の正体は南風のマーチ作曲者の渡口先生その人です。教師として赴任したと言う設定で現実にかなり近い所で描いています。
ちなみに街の設定は『やたら桜の多く咲いてる熊本市』をイメージしてます。弥生がアーケードの所で『風俗街はあちらです』と言ってたのは熊本県民なら地理的なイメージはしやすいかと。




ふう、疲れた。とまあこんな感じです。正直絵師の実力に多分に支えられた感のある今作でしたが、基本的にファンタジーばっかり書いてる私に新しい風が、新しい南風が吹き込んでくれたかなと思います。
と言う事で、次回作の予告をどうぞ。


魔法少女大戦

世界は二度‘改変'された。

一度は一人の純朴な少女の献身に依り。

そしてもう一度、名も知らぬ何者かの手に依り。

概念と化した少女のシステムは大部分を覆されたのみならず更なる苦難を魔法少女に招き、その代償として少女‘鹿目まどか'の意思は消失した。

それは三巡目の世界。


ある少女はたった一人の友達を救うため。

   ある少年は命を賭しても失えない恋人を護るため。

     歪んでいく世界の中で、人々は世界を越えてゆく。


此れは、混沌に歪められた愛と勇気のストーリー。




魔法少女まどか☆マギカの世界観を借りた長編小説です。とりあえず一巻分の内容を今後書いていきます。
私の青春を注ぎ込みました。何か一つでも心に響いて頂けたら本望です。
原作のキャラも結構出てきますが、三巡目の世界なので武装が変わっているかもしれません。とりあえず大艦巨砲主義は男のロマンです。何のことやら。
 歌え、鳥のように

 舞え、蝶のように

 そして奏でよ、貴方だけの物語を



 ~Journey to the future~

 3月1日、屋上にて。




 「やっと卒業です、何か色々あって疲れちゃいましたけど」

 南弥生は俺を呼び出してくれた。まったく、こう言うイベントが何故学生時代に起こらなかったのかと運命の神様を憎みたくなったが、それはまあしょうがない事なのだろう。
 悪いのは彼女ではない、年齢差のある恋を認めない社会だ。やばいと思っても、色々抑えなければならないのだ。

 「聞きましたよ先生、来年は一年生の担任を持つんですってね」
 「まあな。とりあえず飛ばされなくて良かったよ、まだまだ此処で先生やってたいし」
 「新入生に手を出したりしないでくださいね。色々風当たりが強い時代なんで」

 にまっと笑う彼女。陽の光を照り返しその表情はとてもとても輝いて見えた。何だってこう彼女は俺の心を見透かすのだろう。非常にやりにくい。

 「んでですね……先生」
 「……ああ」
 「私、先生の事が好きです。それは今も変わりません。だけど、先生が言ったように、今はちゃんと勉強して社会を知ることも大事だと思うんです」

 俺は黙って聞いていた。と言うか聞き惚れていた。彼女の演説(聴衆一人)に、野次を飛ばす隙など微塵も無い。

 「だから…私、一生懸命頑張って勉強します。誰にでも自分を誇れるくらいに。だから……そうして、私が学生じゃなくなったら…」


 私の気持ち、受け入れて下さいますか……???

 最後の方は声になっていなかった。涙と鼻水が酷い。綺麗な顔が台無しだ……あれ、何だろう。そんな顔がよく見えない。

 ……なんだ、そう言う事か。俺は眼鏡を外して顔をハンカチで拭く。そして、綺麗な顔で彼女の方を向いた。

 「最短で行っても、4年後か。その間に俺は更におっさんになってるわけだな」
 「馬鹿ですね先生、私がいつ先生の外見に惚れたんですか」
 「結構痛い所を突いてくるな……」
 「変わりませんよ」

 先生の素敵な所、私が惚れた先生は。

 ああ、それじゃあ待ってる……いや、その時は俺が絶対に迎えに行くから。

「卒業、おめでとう」
 「……行きましょう、せんせい」


 二人の言の葉は風に溶けて。南より吹く風に乗ってこの街の中に残り続ける。

 少しばかり早く咲いた桜の木々が、一斉に不自然な振動を見せた事に気付いた者は気付いている。

 一つの恋がそこに実った事に。

 一つの物語が、終わりを告げた事に。

 校門前。此方に手を振り、友達の所へ駆けていく彼女。未来へ旅立つ彼女の行く先にはきっと幾つもの困難が待ち受けているだろう。

 それでも、露ほども心配はしていなかった。

 彼女に、桜の祝福があらん事を。

 今から旅立つ若者たちに、南風の加護があらん事を。


$羅月 ~月影の島~

 Spring-Breese-Memory~南風の街~ ~Fin~
るり色の記憶の欠片の一つが一つ割れ、また一つ割れて行く

 最後に残った一つは今までで一番小さくて、誰もそんな小さな欠片の事など気にしては居なかったけれど

 どんなに小さくても、どんなに目立たなくても、どんなに不格好でも

 その欠片は砕けない、何があっても輝きを失わない



 「おっはよ~ございますっ!!!!!」
 「「うわぁあああっ!!!!!!?」」

 まだ日も上がるか上がらないくらいのあけぼの。手を握りながら寝てしまっていたらしい二人は天地の陽気な掛け声に飛び起きた。非常にばつが悪い。まあ今日も学校なんだし戻ってくるのは当然か。

 「ほらほらせんせ、今日も平日なんだから早く帰って着替えて出勤しないと。私も自主練しないとだし…弥生、体調は大丈夫?」
 「う、うん…大丈夫、ちゃんと授業出る」
 「そうか、じゃあ俺はこの辺で」

 俺は半ば逃げるようにその場を立ち去ろうとした。弥生の事が気がかりで殆どまともに仕事してないし。シャツはぐちゃぐちゃだし。
 脱ぎ散らかした皮靴を履いて彼女らの部屋を後にする。エレベーターが上がってくるのを待っていると天地が裸足でやってきた。

 「何だ天地。別に昨日は何も無かったぞ」
 「知ってますよ、ヘタレですから」
 「あのな……まあ、認めるけど」

 煙草持ってたらこの辺りで吸うのだろうけど、生憎そう言う嗜好品は持ち合わせていない。多分煙草は一生吸わないだろうと思う。寝煙草怖いし。

 「……弥生に告白されたよ」
 「……良かったです、あの子にずっとそうしてほしかったんですから」
 「まあ……彼女の事も考えて丁重にお断りしたけどな」
 「……ま、私も先生の事好きだったんですけどね~」

 にまっと笑う天地。衝動的に俺は彼女の頭を撫でていた。普段はセクハラだの何だの言う彼女だったが、今だけはされるがままになっている。

 「……ごめんな、お前はお前で幸せになってくれ」
 「分かってますよ、付き会いたいわけじゃ無かったんで。幻想は幻想のまま、墓まで持って行きます」
 「捨てちまえそんなもん」
 「……………」
 「……………」

 「「……ふふっ」」

 二の句が告げずに硬直する二人が可笑しくて、笑ってしまった。と同時に周囲が少しばかり明るくなっている事に気が付く。太陽が顔を出し始めていた。

 いつだって、陽はまた昇る。

 「じゃ、俺は帰るぞ」
 「はい、また数時間後学校で」

 エレベーターに乗り込み、わずかばかりの別れを告げる。天地は両目に涙を浮かべながら手を小さく振ってくれた。

 「さてと……」ドン
 
 「やよいっ、体調戻ったんなら早く行こっ!!!」
 「う、うん……」


 涙がほろり、こぼれちゃうけど。

 顔上げて、前を向き。

 未来見つめ進もう。

 そして……


 輝く日々が始まる。


Hitorijanaikara ~I'm not alone~


 パチパチパチパチパチ………

 拍手と歓声がこだまするホールの中。俺は約束通り吹奏楽部のコンサートに来ていた(結構早めに来て並んでいたので真ん中の一番良い所に座れた)。今メインである所の『ウェスト・サイド・ストーリー』が終わり、勅使河原先生の合図で全員が起立する。
 確かにシンフォニック成分多めのコンサートだったけれど、老若男女問わず楽しんでもらえたんじゃないかと思う。それにしても、少しばかり羨ましい。
 プログラムを見るとこの曲で終わりだが……と、二列目の一番手前に立っていた弥生がおもむろに前へと進み出る。彼女は、マイクも使わず大音量で客席に向かって叫んだ。

 「皆さんっ!!!! 今日は私達の演奏会にお越し下さり、本当にありがとうございますっ!!!!! 今日は皆さんの温かな声援の感謝として、あと一曲演奏させて頂きます!!!!!!」

 よりいっそうの拍手と歓声が巻き起こる。その喧騒にも似た激しい気迫に勝るとも劣らない迫力で、弥生は叫ぶ。

 「演奏します曲は、2011年度全日本吹奏楽コンクール課題曲、『南風のマーチ』です!!!!!!」

 一礼して、他の生徒と一緒に着席する弥生。ステージ上の全員が楽器を構えなおした。すごいな~、俺にストーカー言うた時よりも更にでかい声が出てる。

 勅使河原先生の指揮に触発され、直管群の強烈なファンファーレと共に曲は始まった。天地の力強く高らかな響きがホール全体を埋め尽くす。
 ただただ嬉しかった。自分の原点となった地で、原点となった曲が演奏されるなんて。そして懐かしかった。一心不乱に音楽の事ばかり考えながら生活していた日々が瞬時に思い起こされる程に。
 客席中が手拍子に包まれる。俺も夢中で手を叩き続けた。

 (先生……先生……)
 (………………)

 中間部を抜け、Flのソロが弥生の手により挿入される。当時は緊張でミスの多かった彼女だが、彼女の目にもう迷う余地は無い。物悲しくも繊細な旋律が観客の手拍子を止めさせる。この瞬間だけは静寂が波及した。

 (……行け、皆!)

 静寂を突き破る再現部。管弦打の三つが高次元に組み合わさり一つのレールの上を突き進む。
 音は一次元の波だ。それも三つ合わされば三次元の立体に昇化する。それが10,20,30,40,50…と合わさったら。それはもう無限の可能性を秘めているんじゃないか。
 ……下らない評論は止めにしよう。必要なのは一つだけ。心を動かされるかそうでないか。そして答えは既に出ている。

 ブラボーーーーーーー!!!!!!!!

 曲が終わり、全員が一斉に起立する。誰かが言った。俺だった。それに続いて一人、また一人と声が上がる。席を立ち惜しみない拍手を送る。気付けば席に座りふんぞり返ったオーディエンスなど一人も居ない。

 無限大の喧騒に包まれて、その場はいつまでもいつまでも光り輝いていた……



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次回で最終回です。
 送ってくれたのは貴方でした

 幼い自分を、疲れて眠ってしまった自分を背負って、貴方は歩いてくれました

 貴方は温かくて、柔らかくて。それでいて大きくて、強くて

 照り返す夕焼け小焼け、負われて見た日を、きっと忘れる事は無い……


 ……………

 ………

 …




 
~Gemendo~





 南弥生が目を覚ましたのは夜中、0時を回った頃だった。その頃俺はと言うと。

 「……何してんですか?」
 「……いや、ラジオ聞いてた。良いねこの寮、どこでもWi-fi入る。こうあるべきなんだよ社会は、俺にはスマホなんて要らない」
 「……何かすみません。ただ先生……何でうちに居るんですか?」

 胡坐かいてある種の悟りを開いた風貌の中年男子が布団の横に居たらそれはまあ気にもなるだろう。色々突っ込みたい所はあったのだけれど、男子禁制の女子寮に何で先生が居るのだろう不思議、と言うのは俺自身分かっているのだ。弥生は全身のけだるさに負け憤慨する余裕も無いみたいだが。
 彼女は右手首を掻く。何の変哲もない細い腕、『傷一つない』腕に走る変な痒みを解消しようとするが中々消えないと見える。
 俺は枕元に置いていた薬を渡し、痒いならこれを塗って大人しくしとけと諭す。

 「貧血で倒れたんだよ。天地は椎名の所に泊まるらしい。明日はまた学校だし、ゆっくり休め」
 「先生……」
 「どうした?」
 「私……とても怖い夢を見たんです」
 「……そうか、大丈夫。どうせ夢だ。詳しい内容なんてすぐ忘れるし、ちょっとしたら怖かったって事そのものを忘れるさ」
 「あの……寝るまでで良いんです、傍に居てくれませんか?」
 「良いよ」

 即答だった。にべもない。布団に入るわけにはいかないので、畳の上に寝転がった。顔が近い。青白かった彼女の頬に少しばかり血が通う。

 「先生……」
 「……どうした?」
 「私……先生の事、好きです。大好きなんです」
 「……俺も好きだよ。でも、後は分かるな?」
 「はい……きっと、言えないままでいるのが辛かったんだと思います、私」

 涙が枕を濡らす。それでも、不思議と悲しくは無かったんじゃないかと思う。
 泣きながら笑う彼女は、とても輝いて見えた。




 『弥生さ……プレゼントが先生からだってこと隠してたでしょ』

 ダイレクトに伝わってくる記憶。天地と弥生は渡り廊下で対峙していた。

 『私に気を遣ってくれた? 私は先生がくれたって方が嬉しかったけど』
 『……ごめん。でも、私と先生が仲良く買い物してたって言ったら、面白くないかな……って』
 『へぇ。そんな事してたんだ……もうさ、やめなよ』

 呆れた様子で溜息をつく天地。わざとらしい、いや、わざとなんだろう。

 『知ってるんだよ、あんたが先生の事を好きなのは』
 『そんなことっ……』
 『てか、皆気付いてんじゃない? 気付いてないの先生だけかもね。まあ、意外と客観的にならないと見えないって言うし』

 いや、すみません気付いてませんでした。でも真面目な話、俺は目をそむけていたのかもしれない。彼女は最初出会った時感じたような子なのだ。本来は。
 あまりに普通に接してくれるから、それに慣れていたのかもしれない。彼女はいつだって俺の事を好いていてくれたじゃないか。

 『別に良いじゃん、振られたってさ。あの先生は『教師と生徒がなんて駄目に決まってる』とか本気で言いそうだけどさ、気持ちくらい伝えなよ』
 『……………』
 『もうさ……見てて辛いんだよ。わt』
 『私だって!!!!!』

 弥生が大声で叫ぶ。結びすぎた唇が血を出していた。涙で目が滲んでいる。

 『私だって…麻子見てて辛いよ!! 好きなんじゃん、麻子だって!!!』
 『弥生……っ』
 『私には……私は麻子の気持ち知ってるから!!! 知ってて、知ってて先生に告白なんて出来ない!!!』

 ……いや、目を背けてはいけない。俺が背けたら、彼女らを受け止められない。それに俺の辛さなんて、彼女たちに比べたら物の数にも入らないじゃないか。
 二人とも気付いていたのだ。どうしようもない現状に。彼女らは強い、強いからこそ身を引くのだ。自分は大丈夫だからと、友達の幸せを願ってしまうのだ。
 そして彼女は逃げた。逃げて逃げて逃げて。

 最終的に、最低な道を選んでしまったのだ。

 (私が悪いんだ……私が全部……)
 「悪くねぇよ、お前はいつだって優しい良い子じゃないか」
 (誰か……私を壊して、私を罰してよ……こんな私に、生きてる価値なんて……)

 錆びた、けれども刃は不自然に研ぎ澄まされたカッターナイフ。それは彼女の足元に自然と存在していた。誰かが置いたとしか思えないような不自然さで、それは自然に弥生の左手に吸いついた。

 無慈悲な刃は動脈にキズを入れる。心臓の鼓動と共に激しい鮮血が噴き出す。血管そのものを切りつけた時の出血量と言うのは半端なものではない。
 乾いた笑いが静寂を震わす。右腕から噴き出した血液は沢を作らんとするくらい彼女の周りを濡らし続けていた。

 『あはははは……痛い、痛いよ……ごめんなさい、ごめんなさぃ……』

 『「弥生っ!!!!!!!!!!!」』

 俺は血の海に身を沈めた彼女を抱きかかえた。血の溢れだす腕を取り傷口に歯を突き立てる。名状しがたい異物感が喉元を通り抜けて行く。それでも、溢れたら溢れただけ飲み干していく。
 ある程度飲み干した俺は傷口に唾を塗り込む。多少の副作用はあるが仕方がない。それにこうすれば傷も残らない。彼女の未来の為にも変な傷を残すわけにはいかない。

 『せん、せぇ……』
 『何してんだよ!!!? こんな事……』
 『わたし……わたし……』

 ぐったりとした様子で、しかしその瞳はまっすぐに俺を見つめている。濁った瞳は、その奥にかすかな光を湛えていた。

 『わるい子、だから……わたしなんか、しん、じゃえば、いいって……』
 『ふざけんな……死んでいいわけあるかよ!?』
 『だれかに、罰して、ほしくて……傷つけて、ほしくて……』
 『何だよそれ……何があったかしらねぇけど、皆お前の事が好きなんだよ、罰したいなんて思うわけないだろ……』

 俺は彼女を抱きしめていた。血ではない温かい物が俺の肩に流れ込んでくる。

 『うぁあぁあ………』
 『だから……皆が悲しむような事、すんな……』
 『んくっ、えぐっ……ぁああ……』

 荒涼とした空間に二人の嗚咽による不協和音が響き続けた。

 それは誰も幸せになれない、凄惨なルート。誰も望まない陰鬱な結末。

 それでも……
 にげないでよ、自分の気持ちから。

 そむけないでよ、現実の辛さから。

 まけないでよ、絶望的な運命に。

 貴女は強い、貴女は戦える。


 だから、諦めないで。

 


 ~Funebre~


 南弥生は思ったほど純情な女の子だったらしく、あの日の買い物以来色々な話を交わすようになった。それに付随して勉強でも恋愛でもない余計な話も増えた気がするのだけれど。

 「そう言えば先生」

 雲一つ無い空を眺めていた俺の中の沈黙を破る声。勅使河原先生だった。

 彼の机は俺の机とかなり離れたところにある。そのため、至近距離で聞こえたという事はまあ立っているわけで。

 先輩が立っているのに自分だけのうのうと座っているわけにも行かない。

 「そろそろ期末試験の問題の納期ですが、問題作成は大丈夫ですかな?」
 「特に問題はありません。教えた内容は広く浅く出しますし、かなり難しい問題は選択問題にして理解を見ます」
 「教科書通りですな……ただ、生徒の人気取りの為に簡単な問題ばかりにする事のないようお願いしますよ」

 苦虫をかみつぶしたように言ってのける彼だったが、その言い回しよりも自分に人気があると言う事の方が驚きだった。意外や意外、別に一般人相手には別段有名人でも何でもない自分は人気者だったのか。
 へぇ~、これは素直に喜んでいいのかな。

 「僕って人気あるんですかね?」
 「大分嫌みな事をいうのですな。いや、それが本心だからたちが悪いのか……」
 「……ちゃんと実力が反映される試験にしますよ。生徒達は僕らが考えているよりも色々考えてます。そのベクトルを正しい方向に修正するのが僕らの仕事ですよ」
 「そうですな……先生とは一度呑んでみたいものです」

 いや、それは奢りでもイヤです。などという事も出来ず(当たり前だ)、機会がありましたら是非とだけ社交辞令をとばし仕事に戻ろうとする。

 すると、職員室の扉がすーっと開いた(立て付けの悪いのをこの前校長がテコ入れした)。

 「すみません、日直の日誌を返却しに来ました」
 「南……どうも、お疲れさん」

 弥生は一人の男子生徒と一緒に職員室に入ってきた。春先には長めだった髪の毛を五分にそろえている。

 「別に日直二人で来る必要もなかったんだけどな」
 「ですよね先生。だから南にお願いしようとしたんですけd」
 「今日の日直の仕事、黒板消しとか日誌の記入とか、ほとんど私がやったんです。それで自分は練習に行くから日誌出しといてって、そんなの許されませんよね」
 「成る程、正論だな」
 「お前職員室に用事があるんだろ、俺いらねぇじゃん」
 「先生、浅井のこと山田先生にチクって下さい」
 「そっ、そんなっ!!!」

 ちなみに山田先生というのは体育教師にして生徒指導の最高顧問、且つ野球部の鬼コーチだ。浅井少年の悲痛な顔が妙に笑いを誘う。彼は確か野球部のエースだったか。良い機会だ。

 「とりあえず、もうすぐ県大会だろ。俺としては初戦でこけて受験勉強に集中してほしいところだが、もしそれで人生に絶望されても困る」
 「って事は……?」
 「ためてる宿題を、俺の科目以外の分も含めて来週の金曜までに全部提出しろ。でないと県大会抜けても次の大会にお前を出させないかもしれない」

 今週末の日曜が県大会の日なので、そこまで集中して貰おうという腹だ。というか、もっと早くに脅しておくんだったな~と今更後悔する。
 別に頭の悪い生徒ではないのだ彼は。ただ少し調子に乗っているだけだ。

 「……分かりました」
 「不服そうだな」
 「では、今日の所はこれで失礼します~」

 きびすを返し彼はダッシュで逃げていった。さすが運動部、ただ廊下で全力疾走は止めてくれ危ないから。

 「先生、良いんですか?」
 「普通はだめなんだけどな……あいつは、最後の大会くらい一つのことに一心不乱に打ち込んでも良いんじゃないかと思ってな」

 恐らく、彼は言っても今週の間は聞かないだろうとも一つ思うのだが。

 「あ、そう言えば用事って何だ?」
 「ええと……これです」

 弥生は手元に持っていたファイルの中身をまさぐり取り出す。
 小さく細い指の間に挟まっていたのは一枚のチケットだった。『June Bright Concert』と書かれている。

 「ジューンブライドに響きを合わせたみたいで、勿論勅使河原先生の趣味ではないですよ」
 「いや、分かってるけど」
 「6月末の日曜なんです。麻子に渡してって言われて……お暇でしたら来て下さい」

 あいつ、そんな事を……俺はあのにやけ面を思いながら溜息をつく。

 「ありがとな、暇つくって見に行くよ」
 「前回はポップス曲が主でしたけど、今回はシンフォニックな曲が大半なんです」
 「へぇ、良いなそう言うのも。…あ、弥生」

 そういや、この前帰り際に音楽室からカルミラ・ブラーナの最終楽章が聞こえてたっけか。
 何にせよ強気の選曲だな~と毎度毎度思うのだけれど、それだけ生徒達も頑張っていることだろう。
 俺は何の気なしに彼女の方を向いた。何の気なしに口を開いた。

 「お前さ、好きな人とか居ないの?」
 「え……!!!!?」

 顔面蒼白という言葉がこれ以上無いくらい似合う表情で彼女はがちゅんと固まるが、貧血で倒れそうになりながらも頭をぶんぶんと振って表情を戻した。

 「そう、いう事をっ……こんな所でっ、言わないでっ、くだ、さいっ!」
 「いや、そんなに切れ切れに言わんでも……いや、何か浅井と仲良いな~と最近見てたら思って」
 「ストーカーッ!!!!」

 彼女は一礼して、と言うか形だけでもこの状況でそうしたのは偉いと思うけど、いそいそと迅速に立ち去っていった。
 ううむ、しくったか。ともあれ俺も頑張らないとな……と、椅子を回して再び仕事の山に向かうのであった……と、机の上に置いた立てかけ式のカレンダーに目をやる。明日の日付に赤で○がついていた。
 そうか、そう言えば明日が噂の調理実習だったな……何と言うか、妙に楽しみにしている俺だった。


 「あっ、せんせ~! こっちこっち、こっちですよ~」

 天地の呼ぶ声がだだ広い家庭科室内に響き渡る。俺の他にも何人か先生が呼ばれたりしていた。教頭やら校長やらは鉄板だな~、いつもの事か。
 俺は彼女の声の方に歩いていく。そこには俺がリクエストした通りの和食が並んでいた。ご飯に味噌汁、肉じゃがにほうれん草のおひたし。与えられた時間で無駄なく作ったんだな~と言うメニューが並んでいた。

 「先生、この前はプレゼントありがとうございました。愛用してます」
 「あ、ああ……気にいってもらえて嬉しいよ」
 「今日はそのお礼も兼ねて一生懸命作りました、一緒に食べましょう。ね、弥生?」
 「んえ? あ、うん……」

 天地は魚拓代わりに写真を撮った後(スマホで撮るのやめてくれ、授業中の携帯の使用は一応禁止なんだから)、綺麗に盛りつけられた料理の乗ったお盆を俺の前に差し出す。
 俺はお盆の位置と椅子の位置をずらすと(お誕生日席は苦手だ)、班員の五人と一緒に着席した。3対3に向かい合う形式で隣に弥生、反対側に天地が居る構図だった(ちなみに左端)。

 「いただきますっ!」
 「あ、ああ…いただきます」

 多少天地の勢いに気押されながらも両手を合わせる俺。そして手を離し箸を取り…う~ん。

 「あのさ、天地」
 「はい?」

 目をキラキラさせてきゃるんきゃるんな微笑みを浮かべる天地。ごめんなさい、不自然です。毒を盛られていると言っても信じるレベル。

 「……食えんの?」
 「……………はい?」
 「いや……お前の笑みに邪悪な物を感じたんだが」
 「それ担任のセリフじゃないですよね。それに美味しくなかったとしても何か劇物が入ってたとしても笑みを崩さず完食しマジキチスマイルを振りまくのが筋でしょうに」
 「今劇物っつったか!!!?」
 「いやですね先生、劇物って言っても(先生に)劇的なイベントが発生する物ですよ。フラグイベントですよ」
 「バッドエンドフラグじゃねえか!!」

 まあ茶番は置いといて……と、天地は自分の皿からだしの死見た……もとい染みたじゃがいもを箸に挟んで俺の口元に持ってくる。

 「一学期の内申落とされたくないんで、ちゃんと作ったんですよ」
 「一気にリアルな話になったな……一般入試で行くからって成績くらいは軽く犠牲にするもんとばっかり思ってたけど」
 「これ以上無いくらい酷い言いがかりですね…はい、あ~ん」
 「んんん…はむっ」

 虎穴に単身飛び込むような、獅子の口に頭を突っ込むような気持でそのじゃがいもを口に入れる。物がでかいので噛まずに飲み込めない。しっかり咀嚼して……て……

 「…美味いじゃん」
 「ふぅ……一応、喜んでもらえるか心配だったんですからね。ちなみに肉じゃがはほぼ弥生担当です」
 「そっか…ありがとな、弥生」

 隣でうつむく弥生。不味いとか言ったらそのまま包丁を横腹に突き立てられる所だったのかな。まあそんな事はしないだろうけれど。

 「ちなみに私はご飯を炊きました」
 「いや、胸を張られても……」


 午前中は雲ひとつない文字通りの快晴だったのに、HRの途中くらいからやけに空模様が怪しくなってきた。まずいな、確か布団干しっぱで来てたんだよな……
 なんて事を考えながら教室を後にし職員室に戻ってくると。国語の中村先生に呼びとめられた。150センチあるかないかの小柄な女の先生で、先輩である事は分かっているのだが童顔すぎて何歳だかさっぱり分からない。

 「あ、先生」
 「どうしたんですか?」
 「いや、先生のクラスの南の事なんですがね…」

 曰く、課題の提出状況がよくないらしい。新年迎えて最初の頃は去年のがウソみたいに真面目にやってたんですけどね…と嘆息していた。実際文系科目の成績も結構ムラがある。冗談抜きでやれば出来る子なのでこれは見過ごし難い。
 わざわざ言いに来るくらいなので相当なものなんだろうと思ってどの程度か尋ねると、実際に課題の提出状況を見せてくれた。6月入ってからもう7月に入らんとしているわけだが、今月の課題は完全未提出だった。

 「何と言うか、勿論怒りたい気持ちもあるんですが……何と言うか、最近変な感じで」
 「変?」
 「ええ……何か変わった事はありませんかね?」
 「いや、最近は当初より大分丸くなって来たとは思うんですが……これは厳重に注意しておきます」
 「お願いします」

 彼女の言う『変わった事』と言うのが何かは皆目見当がつかないのだが、この辺が年の功と言うやつだろうか。贔屓するわけじゃないが、ふざけんなよあいつと言う怒りよりもやはり不安が先行してしまう。
 それはきっと、彼女がそう言う子だからなんだろう。
 俺は席に着き仕事を始めようとすると。教室に筆記具をまとめて忘れて来た事に気が付く。何と言うかしまらないなと思いながらも俺は職員室を出た。

 すると。そこには弥生が居た。俺の事を見つけるなりばつが悪そうに俯く。

 「先生…」
 「弥生…さっき中村先生に聞いたぞ、課題全然出してないみたいじゃないか」
 「…ん…あい…」
 「ん? 何だって?」

 別に強く訊いたつもりは無かったのだが、語勢が少し荒くなってしまったかもしれない。彼女は俯いたまま目を合わせようとしてくれない。

 「…ごめん、なさい……」
 「お前も色々大変な時期だろうけど、部活だって夏で引退だろ? 他の事に妥協して、良い結果残せるのか?」
 「……………っ!」

 彼女は逃げるように走り去って行った。あ、おい…と呼びとめるも聞く訳もなく。何と言うか、何と言うかだ。一体何があったのだろう。
 そう言えば、彼女の作った肉じゃが美味しかったな。とても懐かしい味がした。過去に何処で食べたかなんて覚えていないけれど、あれがきっと故郷の味的なものなんだろうな。
 幼い頃から色んな所を転々としていた俺に故郷の味と言うのも変な話だけれど。
 何はともあれ忘れ物を取りに行く俺だったが、おかしいな、見つからない。教室の教壇はちゃんと片付けているから(そりゃ他の先生も使うし)散らかっていると言うわけでもないのだけれど。
 さっき抱えてた荷物の中だったのかなと曖昧な自分の記憶を疑いながら、仕方ないとまた職員室に戻ろうとする。その時だった。
 曲がり角で天地とぶつかった。

 「いたっ!!!!」
 「っ!? …天地じゃないか」
 「先生っ…あのっ、弥生見てませんか?」
 「弥生……? さっき会ったぞ」
 「何処行ったか分かりますか?」
 「いや、そこまでは…ちょっと待て、何かあっt……」

 彼女はまた走り去っていく。何だかな……今日は色々あわただしい日だ。それにしても、さっきの天地は流石に変だったな。あいつが変で無かった事なんてそんなにないんだけど……
 さて、時間をつぶした。早く職員室に戻ろう。これ以上遊び歩いている訳にはいかない。いかないんだけども……

 何だってこんなに……

 (不安になるんだよ……っ!!!!!)

 俺は走り出していた。最初に下駄箱を見に行く。外に出ている訳ではないらしい。俺は色んな生徒に話を聞きながら探して回った。不安で不安でたまらない。

 『ねぇ、……くん……』
 『わたしね……のこ……だよ……』
 『だから……』


 『…ぬね……』
 「くそっ……!!!!」

 直感に任せて走った。動悸が激しい。血反吐を吐くようだ。全身から湯気が立つような熱気に襲われ、それでもなお大人気なく走り探し続ける。

 そして……

 ……見つけた。やっと見つけた。まったく、屋上に出る扉の前なんて分かりにくい所にきやがって。残念だったな、色々危ないからって屋上には出られないようになってんだよ。

 「……………………………」

 言葉を失った。唇がわなわなとふるえた。

 弥生は俺の事に気付いたのか此方を向く。灰色の濁流を湛えた瞳で。

 $羅月 ~月影の島~


 血の海に身を預けて。






 「弥生っ!!!!!!!!!!!!!!」




 彼女は大海原にその身を投げ出し。一瞬にして全身が赤く染まった。
 「こんな所で何してんですか先生。風俗街ならこっからまっすぐ進んで二番目の曲がり角を左ですよ」
 「なあ、その発言に対して俺は体罰を働いても良いと思うんだ」
 「白昼堂々犯罪宣言しないでください」
 「お前にだけは言われたくねぇよ……それより弥生」

 何と言うか、悪態から始まる会話はもう慣れっこになっている自分が怖い。弥生も弥生だ、そんな事を淡々と言ってのけるメンタリティは尊敬すらする。あれかな、付き会ってる友達が悪いのかな。

 「今日英語の高槻先生の送別会なんだ。何かプレゼントを買おうと思うんだが、良い店知らないか?」
 「ああ、そう言えばあの先生産休でお休み頂くって言ってましたね……私も友達の誕生日プレゼントを買うつもりで来たんですが、一緒に来ますか?」
 「マジで? じゃあ乗る乗る」

 試験お疲れ様でした会と産休で一学期終了と同時に教職を一時離れられる英語の高槻先生の送別会を同時にやろうと言う事で、今夜は飲み会なのだけれど、その際に持参するプレゼントを買いに来ていたと言う事なのである。
 聞けば彼女も目的は同じ、これはいよいよもって運命的な物を感じる。

 「丁度この前大きなお店が出来たんですよ。そこ行きましょう」
 「そんなもんが出来てたのか、全然知らなかった」

 すたすたと歩いていく彼女の横を俺は同じようにすたすたと歩いてついて行く。普段通りの態度なのだが、何と言うか普段よりも態度がまるいような気がした。
 こんな事もあるもんなんだな~……不思議な気分だ。でもこれってあれだな。何と言うか、

 「デートみたいだな」
 「……っっ!!!!!」

 ……殴られた。全力で脇腹を殴られた。普段フルートより重いもの持った事ありません的な華奢な腕してるくせに一体何処にそんな力があると言うんだ。 


 「うわ……凄い人だかりだな」
 「普通なら複数の階層に分けて店舗を構えてるお店ですからね、1フロアに全部まとめれば人でごった返しますよ」

 さっきの一撃は社交辞令だったみたいだが(と言うか彼女からそう言われた、何の謝罪にもなっていない)、とりあえず反省してくれたのか普段より大人しくなってくれた。
 誘われた店は百貨店の六階にあり、蓋を空けてみれば全国展開しているチェーン店だった。とりあえず何でもあるお店だ。無い物をリクエストすると商品によっては何でも設置してくれるらしい。そんな事もありメスシリンダーやビーカーなど用途不明の物も多分にある(いや物理教師が用途不明とか言っちゃいけないんだけど)

 「私も高槻先生には添削とかでお世話になってますし、お手伝いしますよ」
 「良いのか? お前だって友達のプレゼント買うんだろうに」
 「先生が教師陣の前で恥をかくのは忍びないですし、高槻先生に余計なお世辞を言わせたくありませんから」

 つくづくこの少女は……と嘆息するが、鼻歌交じりで楽しそうに品定めをする彼女を見ると自然に笑みがこぼれてくる。何と言うかとてもとても可愛い。う~ん、これは少し若々しすぎる、これは…少し年増感が凄いかな、これは……お高い、でも先生が買うんだし別n

 「おい」
 「ひうっ!!!」
 「色々勝手に言ってるようだけれども。…こんなのどうだ?」

 俺が彼女に見せたのはガラス製の髪留めだった。十字架をあしらった形状で値段もそこそこ。結構名のあるブランドだ。

 「へ、へぇ~……意外ですね、そう言うセンスの良さを見せるとは思いませんでした」
 「お前はいちいち俺を罵倒しないと呼吸できない生物か何かか?」
 「い、いえいえ普通に褒めてますよ。こう言うの慣れっこなんですか?」
 「いや、まあ異性相手へのプレゼントは慣れてるからさ」

 まあ吹奏楽してりゃあな~と言うと彼女は妙に納得してくれたようだ。まあ実際そういう経験を通してプレゼントを買う機会は多いし、こんな俺だから良く失敗したものだ。その経験も、こう言う時に役立つのなら儲けものである。

 「透明ってのが良いですね、あんまり悪目立ちしませんし。それに髪留めだから日常的に使うはずですし」
 「やっぱ大事なんだな、日常的に使うっての」
 「はい、それはもう。相手の好みは色々あるでしょうけれど、品のある日用品はそれが相手が使う物なら喜ばれますよ。大勢からマグカップを貰ったりとかだと辛いですが」
 「そうか、被るときついものもあるな…」
 「消耗品なら被っても問題が無いんですが、痛みやすい食べ物とかは却って迷惑になる場合もありますし、何より形に残らないので適当なイメージになってしまうこともあります」

 熱弁を振るう彼女の説明に俺は聞き入っていたが、よく考えると俺教師お前生徒なんだよな~とも思ったり。でもまあ、それもまた善しと。俺はそう思えるのだ。
 俺だって何でもは知らない。むしろ知らない事ばかりだ。
 彼女だって何でも知っているようでいて、知らない事もある。彼女が知っている事は知っている事だけだ。
 だからこそ、パズルのピースを埋めるように。お互いの欠落を埋めあって行けばいいのだ。

 「とりあえず、ありがとな。そういや、友達の誕生日プレゼントって?」
 「ああ、麻子ですよ。何気に彼女とは部活も同じなだけじゃなく三年間同じクラスで、部屋も同じなんですよ。腐れ縁という奴です」
 「ああ、天地なのか。そういやあいつとさっき遭ったぞ」
 「エンカウントですか、エンカウントなんですね」
 「調整に出してたトランペットを引き取りに行くんだとか」

 と字面上でしか分からない受け答えに特にリアクションを取るでもなく。俺は普段からお世話になっている、と言うより明らかにお世話してる分多めなあの女性徒に似合うプレゼントを探して。
 一応弥生のレクチャーも参考に、後は俺の主観を少々混ぜて。……見つけた。

 「これなんかどうだろう」
 「……良いんじゃないですか?」
 「そっか。じゃあこれは俺から天地へのプレゼントにしよう」
 「え……あ、ああ。良いんじゃないですか? じゃあ私は……これにしましょう」

 俺は小さなアロマスタンド(最近じゃ安価で結構素敵な物が揃っているみたいだ)、弥生はスノウスタンドと呼ばれる淡い粉雪のような光を放つライトを選択した。
 何かこう言うのを貰っても自分はあんまり嬉しくないんだろうな~とは思うけれど。年頃の乙女なら嬉しいだろう。

 「じゃあ、会計行くか」
 「……はい」

 建物を出て、俺は彼女に別れを告げた。時間はまだあるのだが、新人が社長出勤するわけにもいかない。それが飲み会であったとしても。

 「それじゃあな、弥生」
 「あ、はい……あのっ、先生!」

 既に目的地へと歩きだしていた俺を弥生は呼びとめる。口元がむずむずしている。何だろう。

 「先生、彼女とか居るんですかっ!?」
 「え、ああ……居ないよ。てか天地にも似たような事聞かれたんだけど。流行ってんのか?」
 「いや、別に流行ってるわけじゃないんですが……異性相手のプレゼントに慣れてるって言ってたじゃないですか」
 「いや、まあ俺もがっつり吹奏楽してたから、そりゃあそう言う事もあるだけで。居ないよ彼女なんて、今までいた事も無いし」
 「そう、ですか……すみません、引きとめてしまって」
 「……じゃあな」

 普段と違って少しばかりしおらしい彼女を尻目に、俺は飲み会の会場へと向かう足をはやめるのだった。


 (麻子……だよね、聞いちゃうよね……)


 ……………

 ………

 …

 「お誕生日おめでと~、いえ~!!!!」
 「うるさいよ椎名。まあ……ありがとね」
 「つーわけで私からのプレゼント。ほれほれ」
 「まあ期待はしてないけど……おお、ぶっとくてなっがい……」グシャ
 「うおおおっよく潰れる!!  じゃない、握りつぶすなよ!! あんたは悪魔か!!!?」
 「お前の頭をまず握りつぶしてやろうか。まあ……いつか使うよ」
 「使っちゃうんだ……まあいいや、私からはこれ」
 「お、何かおっきい……へぇ、良いねこれ。ありがとう、夜もよく眠れそうだよ。でも弥生にしては大人っぽいセレクトだね」
 「う、うん……でしょ? 私だってたまにはこれくらいやるんだよ」
 「そ、そんな事言うなら私だって大人っぽいセレクトにしt」
 「「黙れ変態」」

 片方は憧れの先生からのプレゼントからだと、そう言えば良かったのに。そう言えば彼女はもっと喜んでくれただろうに。

 出来なかった。弥生にはそれがどうしても出来なかったのだ。