12話 騎士

 「ふざけないでください……離れろよ!!!」
 「ああ、良いねそういう反応。俺ってのは人に感謝されるの嫌いなんで」

 明るく笑うが、男は眼が全く笑っていない。恭は剣を握り直し、男に突っ込んだ。彼は再び両手を重ねる。

 「『邪撃』(クラッド)!!!!!」
 「ぐっ……なっ、ぐあぁあっ!!!!!」

 確かに回避したが、黒い球体は恭の近くまで来ると彼を引きずり込んだ。吸収こそされなかったが、膨大な圧力に叩き潰され吹き飛ぶ恭の肉体。壁に叩きつけられ、吐き気を催す。恭はその吐き気を強引に押し戻した。

 「擬似的な重力を圧縮したもんだと思ってくれればいい。結構効くだろ」
 「うるせぇ……鳴から離れろ!!!!!」
 「だったら……力ずくで取りに来いや!!!!」

 男は『邪撃』を連射してくる。しかも互いに干渉しあうのか直線距離を飛んで来ない。近づけば引き込まれる。恭は距離を取って回避するしか無かった。無駄に体力を消耗する。
 先程の火の玉のように斬れないか試してみたが、重力球は強烈な引力で肉体を引き込み打撃を与える。斬り裂いてもそれは変わらなかった。
 数発を受けただけで(それでも半分以上回避している)恭はボロボロだった。悔しいが右ひざをつき、憎々しげに彼の方を見上げる。
 男は鳴のソウルジェムを取り出し品定めをするように見ていた。

 「んだよ、真っ黒じゃないの。さっきのグリーフシードは使うべきじゃなかったかねぇ」
 「離れろって……言ってんだろうが!!!!!」

 恭は立ち上がり男に斬りかかる。彼は溜息を一つつくと、斬撃に合わせて右拳を突き出した。
 恐るべき拳閃。恭は容易く弾き飛ばされた。拳圧が竜巻のように荒れ狂い途端に全身の装甲がズタズタにされる。全く傷を受けていないのは愛染くらいだった。
 男は鳴の首を掴み上げ、顔を自分の顔に近付けさせた。少女の顔を眼前に、男はにやりと笑う。

 「あーそうそう。せっかく相棒の居る魔法少女を奪うんだ。寝取るってんだっけ、こう言うのさ……」
 「やめろぉおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」

 パリン……何かが割れるような音が恭の中でした。そして、彼から凄まじい破壊衝動が湧きあがってくる。

 『愛染 13th-Force Limit-Break』

 「愛染、終の刃!!!!! 『暁』(あかつき)、フォーム『暗黒剣』(ドゥンケルハイト)!!!!!!!!!」

 恭を覆う銀色の装束が深い闇に塗りたくられていく。剣もそれと同時に黒く塗られていき、より鋭く人を殺す事に特化した形状へ変化していく。それは最早殺戮のみに特化した姿だった。
 夜の闇のように、黒く濃く。深い、そして不快だ。闇の色に染まり病みきった彼の心は鋭く研ぎ澄まされ、突き動かす怒りのままに猛り狂う。

 「へぇ、面白……っ!!!!?」
 「触るな……鳴から離れろぉおおおおっ!!!!!!!」

 剣に触れようとして両手を焼け爛れさせた彼は明らかに眼の色を変えた。この男は制圧できない、ようやく自分と同じステージに上がってきた事を感じた。その興奮に男は胸を高鳴らせ、高らかに笑う。

 「ははははははははっ!!!!!!! これだ、これだよ!!!! つまらねェもんな、女の子一人連れてくるなんて任務はよォ!!!!! そうだよ、女なんてのは略奪してナンボだ、悔しかったら取り返してみせろよ、少年!!!!!!!!」

 『邪撃』

 男は再び黒い球を放つ。その数はゆうに10を超える。その全てを恭は斬り裂く。引きずり込んだのは、今度は恭の剣の方だった。斬り裂いた球が恭の剣に飲み込まれていく。

 「喰らえ……『邪撃』!!!!!!!」
 「ンだと……くっ、馬鹿なっ!!!!?」

 恭は剣を一閃し、斬撃の軌跡から生まれる暗黒の球を無数に放った。形は歪(いびつ)であるが、紛れも無く男が放った技と同じ物だ。本能のままに戦う恭はその事実も別段意に介さず、暗黒球を放ち続ける。

 「ちっ……借り物の能力じゃこれが限界か……」
 「終わらせる……此処から消えろぉおおぉおおおおっ!!!!!!」

 恭は暁を水平に立て、腹を男に向ける。収束した闇の奔流が、巨大な球体を作り出す。あまりの強大な重力場に、周囲の塵やガレキが吸い寄せられそして潰される。

 「いけぇぇえええええっ!!!!!!!」
 「……待ってたぜ。その攻撃を、てめェが足を止める瞬間をよォ!!!!!」

 迎え撃つ男は手で印を結ぶ。闇の力が一点に集中した。さっきまで男が放っていた、そして恭が放つ技とは起点が同じでも明らかに質が違う。

 『邪衝』(レヴァイド)

 暗黒の矢、いや槍がそこから放たれ、恭の放つ邪撃を全て貫通した。恭は先程のように邪衝も飲みこもうとするが、反応が遅れた事とエネルギーの大きさから完全に飲み込めない。

 「ぐあぁあぁあああっ!!!!!!!」
 「面白ェ……騎士ってのは皆そうなのかよ!? だったら……もっと楽しませてくれよ、少年!!!!!」

 男は背中に担いだ物を取り出す。それはギターなどではなかった。握り拳10個分程の長さの剣、恭の剣と比べてもリーチの違いは無い。

 「神器『天羽々斬(あめのはばきり)』……特性は『神獣殺し』(セイクリッドスレイヤー)。来いよ……少年よォオオ!!!!!!!!!」
 「はぁあぁあああああああっ!!!!!!!!!」

 剣と剣がぶつかり合い、凄まじいエネルギーが周囲へ飛び散る。周囲の壁に亀裂が入る。魔女が死んだ今、この結界を修復できる存在は居ない。結界が自然消滅する前に二人の戦いで壊れてしまいそうだった。
 何度も何度も刃は触れあいその度に衝撃が走る。そして、その状況を先に危惧したのは青年の方だった。
 魔女を倒して救おうとした彼女が、このままでは衝撃で致命傷を負ってしまう。彼は恭の斬撃を受け流し、後方へ引いた。此処まで引けば、恭は追うより先に鳴を護る位置に立つと踏んだのだ。
 そして、あれほど闘争心を剥き出しにしていた恭は鳴の前に、彼女を護るように立った。

 「ちっ……良い所だったのに。気にいらねぇなお前ら、大嫌いだよ」
 「離れろ……鳴を連れて行くな……」
 「あーもうわーったよ。そいつ死なせたら俺が大目玉だ。だから……またいつか会おうぜ」

 男は一枚のカードを恭に渡す。既に神器は手に持っておらず、背中に仕舞っている。カードは紫色をしており何も文字などの情報がついてるわけでもない。

 「受け取ったら破棄しろ。恋人の敵の物なんて持ってたくないだろ?」
 「……俺は真田恭。お前の名前は……?」
 「本名は勘弁してくれよ、色々あるんでな……まあ、スサノオって呼んでくれ」

 スサノオと呼ばれた、いや呼ばせた青年は、邪撃を作り出すとその中に入り込んで消えた。彼の気配が完全に消えると、恭は気が抜けたのか変身を強制解除されてしまう。
 結界が徐々に色を失い消えて行く。まずい、このままだと何が起こるか分からない。恭は二人の元に駆け寄り、とりあえず九兵衛を起こした。

 「ん……きょう、ちゃん……?」
 「魔女は倒した、どうしたらいい!?」
 「グリーフシードは……?」
 「……ごめん、色々あって」
 「分かった……とりあえず、安全な所へ……」


 彼女が結んだ転移ゲートに三人は導かれ、魔女の結界を脱出した。
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私の趣味嗜好をぶっこみました。好きなんですよ、圧倒的に強い敵。ワンピースで言うとバラティエ編で登場したミホーク、ナルトで言うと登場時のイタチ、ネギまで言うとエヴァちん。
それに合わせて主人公もバカみたいなパワーインフレ起こしてますが、これもお約束と言う事で(ブリーチの虚化やネギまの咸卦法、紅の戦鬼化などなど)

上げる作品が作品なんで、年がバレますね。と言う事で、キリ良く次で最終話です。
 11話 鳥籠(後)

 薄れ行く意識の中。もう死ぬしかないと、鳴はそう思っていた。
 甘かったのだ、魔女を見つけさえすれば、追い詰めて倒せるという考えが。魔女の結界に急に取り込まれたのは誤算だったが、此処で魔女にとどめを刺せば穢れも完全に祓えるしこの町とも決別できる、そう思っていたのに。
 鳥籠がガタガタと震える度に壁の中から無尽蔵に使い魔が出現し、鳥籠から霧散する煙を浴びた使い魔は次々に燃え上がる。度重なる使い魔の猛攻で変身は解け、皮膚は焼け爛れ肉は抉られる。膝が折れ鳴はその場に崩れ落ちる。
 痛い、苦しい、眩暈がする。煙が目に染みる。そうだ、あの日の夜も同じだった。この焼けつくような痛みと息苦しさの中、鳴は契約したのだ。生き延びるため、そして魔女に復讐するため。
 願いは何でもよかったのかもしれない。鳴は薄れ行く意識の中で恭の幸せを願った。自分が居なくなっても彼が幸せでいられるように。彼が幸せでいてくれるなら、どこにいても自分は頑張れると思ったから。
 しかしそれは戯言だと知る。彼を見続けるほどに強くなるのは一緒に居たいと思う気持ばかりだった。九兵衛と楽しそうに話している姿も璃音とかけ合う場面も、気付けば彼と自分が隣に居る姿を想像してしまっていた。
 駄目なのだ、鳴は彼を突き放したのだから。でもそれすら、今となっては正しかったのか分からない。
 意識が薄れていく。こんな所で死ぬのか、鳴は唇を噛み締める。しかしその方が良いのかもしれない。此処で死ねば死体も残らない。人々の記憶からも消え、姿すら残らない。視界がぼやけてきた、此処で終わりか……

 「鳴!!!!」

 不意に、鮮明に聞こえた声。その声の主を鳴は一人しか知らない。幻聴か、鳴はそれもまた良いと思った。しかし、次の瞬間彼女の身体は抱きかかえられ、魔女から離れていく。温かい、優しい腕の温もりに包まれて。
 ああ、真田くん、真田くん……彼への想いが止まらない。彼に会ってはいけないのに、彼を此処に連れて来てはいけなかったのに。嬉しくてたまらない。温かな気持ちが止まらない。

 「……真田、くん……どうして、何でここに……」
 「九兵衛に頼まれた。俺につけられた魔女の口づけを使って鳴の居場所を探してくれって。でもまあ……俺が木村さんを助けたかったんだよ」

 目頭が熱くなる。鳴はきっとこうしたかったのだ。こうしたかったのに、彼の身を勝手に案じて、彼を魔女から遠ざけた。強いのは自分だけ、彼は弱いのだとずっと思いこんでいた。
 実際は違う。何の異能の力がなくても彼は此処まで辿りつき、鳴を助け出してくれた。そしてそれをこの上なく喜んでいる自分が居る。

 だからこそ。

 「我、契約の使徒インキュベーターが命ず」
 「我、魔道の導手、白巫女(ヴァイスガイスト)木村鳴が命ず」
 「汝、闇の使徒を打ち破る剣、魔法少女を護りし盾となれ」
 「私と契約して……ずっと私を護ってくれますか?」
 「……護るよ。だから死ぬな、俺が木村さんを、鳴を護る」

 『契約・完了』(エンゲージ・レコグニション)
 『契約No.XIII『黒騎士』(シュヴァルツ・シュヴァリエ)』

 彼の契約する姿を見た時、この上ない安堵に包まれたのだ。そのまま、彼女の意識は絶えた……


 「短っ!!!?」
 「なんか変だねそれ……とりあえず、手に馴染む?」

 恭は利き手である左手に剣を持ち、ぶんぶんと振ってみる(柄があまりにも短く、両手では逆に持ちにくい構造になっている)。重さ自体は鉄パイプ以上にあるがとても手に馴染み振りやすかった。衣装も先程よりも重装備でありながら殆ど重さを感じない。

 「一応……んで、どうしたらいい!?」
 「一応デバイスから色々引き出せると思うから、それ使ってみて」

 アバウトな……と思ったが、恭は再び先程のメニューを開く。傍から見れば空を掴むように、メニュー画面をいじる。すると、視界には『I beg your kindness,master』の文字が。と言うか、その文字は意識の中に直接入ってきた。

 『I'm your device.My position is your chest.My name is nothing.Please name me』
 「ああ、これなのか……」

 首にかかったネックレスについた、鍵状のアクセサリーを指で掴む。これが本体のようだ。魔法少女の持つソウルジェムとは全く形が違う。

 「鍵なんだろ……Clavisでどうだ?」
 「そのままだね……」
 『Okey.My name is Clavis』
 「そう言う事で……行くぞ」

 恭は剣を構えなおし、魔女の元へと走る。何十体と言う使い魔が襲ってきたが、左目でロックオンされた敵全てが恭にはスローに見える。的を狙って剣を振るい、使い魔を払いのけた。
 同時に恭は嫌な手ごたえを感じる。使い魔を切れないのだ、手にした剣は。生々しい打撃音と骨の砕ける音はするがその刃は使い魔の鱗や羽、皮すら貫けない。さっきの鉄パイプとさほど変わらない事に違和感を感じながらも、恭は進んでいく。そして魔女の所まで接近した。
 クケケケケケけケケケ……けたたましい笑い声が響き渡り、鳥籠がガラガラと振動する。次の瞬間鳥籠の周囲に火の玉が上がり、恭へ向かって降り注いだ。

 『Guard』
 「そんな急にっ……ぐっ!!!!!」

 火の玉は恭の剣閃で断たれ消える。しかし全てをかき消す事は出来ず、密度の強い質量をもった炎の塊は恭にぶち当たり彼を後退させた。
 熱いが、炎を直接的に触れた時のような熱さは感じない。しかし軟式の野球ボールを投げつけられたぐらいの物理的な痛みが走る。勿論軽傷では済むレベルでは無いはずだが、騎士の特性か体力まで強化されているようだった。

 「痛いけど……連発は出来ないみたいだな」
 「きょうちゃん!! 離れても不利だ、接近して一気に!!!」

 恭は再び地面をけり、魔女の手前で飛んだ。そのまま身体を一回転させ、愛染を横に薙ぎ払った。金属同士がガンッとぶつかりあう音を鳴らし、鳥籠が揺れる。笑い声に変化は無い。恐らく中心まで届かせないとダメージが……

 「……おい、ふざけんなよ。どうやってあの魔女に攻撃を与えりゃいいんd……ぐっ!!!」

 使い魔の猛攻は止まない。さっきの攻撃は多少効果があったのかもしれないが、あの調子では何百回叩きつけても籠の柱一本折れやしない。ひごとひごの間には剣が入るだけの隙は十分にあったが、圧倒的にリーチが足りな過ぎる。
 恭は左上のメニュー画面を開いた。何か使えるものがないか模索する。しかし、鳴が使ったような遠距離攻撃用の技は一つも存在しなかった。と言うか、『Skill』の欄があるのに中身が何もないのだ。こんな理不尽な事があるのかと恭は落胆する。
 しかし、落胆しているわけにはいかない。基本的に、恭には全身以外の選択肢は無いのだ。引けば攻撃のターゲットに鳴も含まれる可能性が出てくる。横に動いても同じ事だ。絶望的でも、使い魔を払いのけながら前に進むしかない。
 使い魔をなぎ倒し、鳥籠に剣撃(打撃)を叩きこむ。鈍い音が響き、その振動は手を伝う。一瞬だけ恭は動きが鈍った。その刹那、紅蓮の矢が魔女本体から放たれる。恭は刀身で受け止めるが、激しく後方へ吹き飛ばされた。

 「まずいっ……くそっ、動けねぇ!!!!」

 使い魔のターゲットに鳴と九兵衛が追加される。全方位から襲ってくる使い魔を恭は鳴にぶつかる前に薙ぎ払っていく。このままではジリ貧だ。この場を動けない。

 「九兵衛、お前は戦えないのかよ!!?」
 「戦えたらそもそも……うっ!!!!」
 「ばっ……くそぉおおっ!!!!!」

 その背中で鳴を護り倒れる九兵衛。彼女の肢体をついばもうとする使い魔を恭は打ち払い薙いだ。駄目だ、このままでは九兵衛が先にやられ、そうなったら鳴を護る手段が無くなってしまう。何より九兵衛を絶命させるわけにはいかなかった。鳴に合わせる顔がない。

 「どうしたら……Clavis!!?」

 デバイスの名を叫ぶ。何のための補助装置だ、こんな時の為だろうが。恭は苛立ちを募らせる。デバイスは、Clavisは無機質に告げた。

 『what is your demand?』
 「そんなの……魔女を倒す力だよ!!」

 打ち払い、なぎ倒し、使い魔を何十と倒したか分からない。魔女を倒さないと終わらない、だが鳴を傷つけさせたくは無い。

 「……ん……」
 「鳴っ……!?」
 「さ……だ……ん……け、…いで……」
 「……Clavis、頼む。俺に鳴を護る力をくれ!!!!!」

 明確に何と言ったかは分からない。しかし恭は鳴の意志が聞こえた。彼は叫ぶ。

 そしてその鋼の意志に、愛染は呼応する。

 『愛染 2nd-Force』

 「愛染、二の刃……『黒鋼』(くろがね)。フォーム、『長剣』(フランベルジュ)」

 銀色の刀身を持った刃渡り1,5mはある長剣。刺々しい鍔も含めて剣先から柄まで銀一色の剣へと変化した。

 「剣が……変化した!?」
 「行くんだ、きょうちゃん!!!!!」

 恭は剣を振るう。豆腐を斬るように使い魔の身体が真っ二つになった。攻撃力が違いすぎる。また、剣の変化と共に変色したコートは使い魔の攻撃を全く受け付けない鋼の防御力を得ていた。
 貫き切り裂く剣と鉄壁の鎧、これが愛染の真の力か。異変を感じた魔女は使い魔を大量に召喚し先程よりも多くの火の玉をぶつけてくる。しかし、それらは最早払いのけるまでも無く恭を貫くには至らない。

 「もう一度……はああぁあああっ!!!!!!!」

 鳥籠を袈裟掛けに斬り付ける。ひごが数本切断され砕け、鳥籠が激しく揺れた。魔女の絶叫が耳をつんざく。その時だった。

 「馬鹿な……消えたっ!?」
 「違う、魔力から高熱の場を作り出して光を捻じ曲げてるだけだ!!」
 「んなこと言っても……」
 「上だ!!!!!」

 半径3m強の鳥籠が恭を押し潰そうと落下してくる。黒鋼発動以来あらゆる攻撃を無効化してきたが、流石にあれほど大質量の暴力には勝てそうもない。恭は落下してくる影から離れ、攻撃を回避する。凄まじい音と衝撃が周囲に走り、同時に魔女の肉体が軋む音が痛々しく響く。もう魔女は笑っていない。
 だが、鳴の方を向いた刹那。クケケッと短い笑いが漏れた。

 「ふざけんな、それだけはさせ……くそ、何処に行きやがった!!?」

 動けない鳴と九兵衛を狙うつもりだった。だが流石に二人を抱えて逃げ回るには力が足りない。どちらかを見逃せば……一瞬考えて、結論を出す前に恭は動いた。右手で九兵衛を、左手で鳴を抱える。

 「無茶だきょうちゃん!!!!」
 「無理なんだよ、どっちかを見過ごすとか……」

 クキキッケkェケケケケlrェklレウレチガエkフェ……勝利を確信した魔女は全体重をかけて三人にのしかかる。黒い影が三人を包み込む。

 「死なせない、二人とも護って……」

 笑い声が近づく。近づいて近づいて……止まった。

 恭は魔女の方を向く。魔女が落ちて来ない。その理由は眼には分かりやすいが、頭で理解するのに数秒要した。
 そこに居たのは、長身で紫の髪をした、ギターを背負う謎の男。相浦で遭遇したちゃらい青年だったのだ。

 「貴方は……」
 「雑魚が調子に乗りやがってよ……っらぁああっ!!!!!」

 男は右手一本で巨大な魔女を受け止め、地に投げ捨てる。壁にめり込み、ひごが半分近く砕ける。男は両手を重ねた。黒い霧が渦巻く。

 『邪撃』(クラッド)

 バスケットボール程の大きさの黒い球体が魔女に放たれる。それは魔女にぶつかると巨大な鳥籠をへし折って吸収し、最後には魔女も飲みこんでいく。
 見た事は無いが、ブラックホールがあのような感じなのだろう。魔女は完全に消えて無くなり、その場には黒い宝玉が残される。鳴のソウルジェムに似ていた。

 「ちゃんと落としたな、グリーフシード。そろそろ枯渇しそうだったんだよ……はむ」

 男は地面に落ちたそれを拾い上げるとぱんぱんとはたき、そのまま口に入れ、飲み込んだ。

 「何かと縁があるな、少年よ」
 「あ、ありがとうございます……」
 「ああ、いいぜ礼なんて。こちとら慈善家じゃないんだ……」

 彼は恭をすり抜け、真っ直ぐに歩いて行く。味方だと思っていた彼に感じた微かな違和感。しかし、彼が一度たりとも味方だと言ったか。恭はその違和感の正体に気が付く。だが遅い。
 彼は鳴を探していたのではなかったのか。ならば鳴を護ったのにも説明がつく。恭や九兵衛は飾りで、鳴を護るために此処まで来たのであるなら。

 「この子、貰っていくぜ」

 この展開も、十分に予想できたことだった。
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ボス倒したと思ったら更に強いボスです。よくある話。大体こう言う時更に強いボスとの戦いは負けイベントなのですが、どうなることやら。
 10話 鳥籠(中)

 恭が約束の場所に辿りつくと、九兵衛は全身ぼろきれのようになっていた。意識を改変させて周囲には普通の美少女が映るようにしているらしいが、それでも恭は安心できない。これだけぼろぼろにされている九兵衛が鳴の事を心配しているのだ。鳴がこれ以上悲惨な目に遭う事を考えないわけにはいかない。

 「きゅう、べえ……」
 「何だい、笑ってくれればいいよ。惨めだろ、きょうちゃんをあれだけ嘲笑ったボクが、こんな姿でさ」
 「でも、そうも言ってられないだろ?」
 「ああ……少し、いやかなり辛い役目を強いるけど、良いかな」

 九兵衛の策は、恭が受けた魔女の口づけを逆に利用し魔女の結界を探すことだった。本来魔女の口づけは人間を結界の中に引きずり込む力がある。恭は口づけを受けても精神を乗っ取られる事が無かったが、深層心理の奥底では必ず結界の方へと向かう事が出来るはずなのだ。
 だが、九兵衛は顔を俯かせる。普通の精神状態で魔女の結界に近づけば近づく程に、アザは恭を傷つけるだろう。魔女の口づけの力は魔女本体に近づくほどに強くなる。最接近した際に、恭の身体がどうなってしまうか分からない。
 だが、彼女の口からそれを聞いてもなお、恭は向かう決意を強めるのだった。

 「当然だろ。あと、その魔女ってのはどんな奴なんだ?」
 「Robertaはさっきも言ったけど炎熱系の能力を持つ魔女だ。そして酒好きでもある。使い魔は炎熱系の能力を持たないから、魔女が使い魔を燃やして特攻させたりするんだ」
 「使い魔ってのは俺でも倒せたりするかな?」
 「奴の使い魔は憶病なんだ。酒の力で気分をトランスしてるに過ぎない。あと、酒気を全身に帯びてるから燃えやすいんだよ。殺す必要はない、酔いが冷めるまで頭を何かで殴るだけでも使い魔程度なら何とかなる」

 それを聞いて恭は安心する。別に鳴と契約したいわけではないのだ。してもらえなくて元々、だったら魔女を倒す上で障害になる使い魔は自分が倒せばいい、そう思い立ったのだ。
 近くに何かないかと見渡したが、町中では大した得物を期待できない。道中何か良い物がないか探す事にし(食費と交通費で5000円も割となくなりかけているため、金属バットのような大それた武器は買えなかった)、恭は痛みの増す方へと歩を進めた。


 「はぁ、はぁ……」

 方向性は大体定まっている。明確に痛覚が増しているのだから。だが自分の高校がある学区辺りまで辿りついた所でついに彼は地面に膝をつく。

 「確かに近づいているんだけどね……この辺まで来てくれれば後はボク一人d」
 「待て、まだ行ける……なあ、きゅうちゃん。少しでも気を紛らわせたいから、魔法少女の話をしてくれないか」
 「強情だな……まあいいや、分かったよ」

 恭は立ち上がり、痛みの増す方向へ歩きだす。九兵衛は心配すると言うよりは呆れながら、それでも気を紛らわそうと話を始める。
 曰く、魔法少女は無限の時空、無限の空間を飛び回る存在であるらしい。魔女が巣食う世界に飛ばされ、そこで魔女を倒す。魔女を倒せば魔女が及ぼした世界の歪みが改変され、完全に修正が終わればまた別の世界へランダムに飛ばされるそうだ。

 「前にも少し言ったと思うけどね、世界はほぼ無限に存在する。そして魔法少女が飛ばされるのは魔女の居る世界だから、きっとこの町には二度と戻ってこれない。だから鳴はきょうちゃんを騎士にしたくなかったのかもね。きょうちゃん、家族いるでしょ」
 「まあな……そうか、全ての日常を失うってのはそう言う事なのか」

 鳴は家族を理不尽に失い魔法少女になった。恭はその行為が、自暴自棄になった彼女の衝動的なものに思えてならなかった。失う物は無い、家族を殺した仇討ちをと躍起になる気持ちも分からないでは無かった。
 だが、理解は出来ても納得は出来ないのが世の常で、恭も鳴のそれを許すつもりは無かった。彼女の悲痛な叫びが耳に残って離れない。別に嫌われたっていいじゃないか、それでも彼女を見過ごす方がよっぽど耐えられなかった。

 「あ、そう言えばきょうちゃんは知らないと思うけど、魔法少女になる者は魔女と戦う運命を担う対価に何か一つだけ願いを叶えてもらえるんだ。願いは後払いだけどね。勿論騎士も例外じゃないよ」
 「後払い?」
 「ああ……昔は先払いだったんだけど、勝手が変わってね。何かあるかい? 自分の存在全てを賭けてでも叶えたい願いが」
 「俺は……んぐっ!!!!!」

 恭は胸を抑えて倒れ込む。痛みは首だけにとどまらなくなっていった。じりじりと焼けつく太陽は全身を蝕み、アザから来る苦痛は心臓を貫くような痛みを供給し続ける。

 「おれ、は……鳴に幸せになって欲しい」
 「……馬鹿だよ、君は。君たちは……そうか、此処だったか」

 立ち上がり進みだす恭の目の前には、彼の通う高校があった。普通の人間には視認できないだろうが、九兵衛はそのどこまでも深い闇と微かに臭ってくる酒気からそこが魔女の結界だと断定した。
 恭は近くに立てかけてあった鉄パイプを握る。1mくらいだが杖としては非常に有用であるし、これで殴れば酔いなど一発二発でさめてくれるだろう。

 「じゃあ……行くよ」
 「……ああ」

 一瞬だけ視界が歪むのを恭も確認した。いつもなら余りの暑さに景色が歪んだと思うだろうが、今回だけは違う。その先には九兵衛の言う『魔女』と、鳴が居る。
 二人は、未知の世界へと足を進めた。


 結界の中は不思議な空間だった。周囲は至る所から酒が湧き出し、小さな池を幾つも作っている。壁はチョコのような赤黒いドロドロした素材で作られており、あちこちに咲く花からは煙草の煙が噴き出ていた。
 何と言うか、70~80年代の路地裏のBARみたいだった。勿論恭はそんな所へ行った事は無いのだが。
 恭の体調は結界の中に入ってかなり回復していた。煙や酒の嫌なにおいを差し引いても外よりかなり動きやすい。恐らく、結界に落ちた人間は鮮度の良いままに頂こうとするからだろう。

 「妙だね……」
 「妙?」
 「鳴は恐らくほとんど戦うだけの魔力が残っていないはずなんだ。だから極力使い魔との戦いも避けようとするはず。そして、酔っているとは言っても使い魔は臆病な事に変わりないから、本当なら一般人のボクらにもっと使い魔が襲って来てもおかしくないはずなんだ」

 彼女の言う相場がいまいち分からない恭だったが、彼女の言葉を信じるなら使い魔は本来もっとたくさんいるらしい。だが、自分達に襲いかかってくる使い魔は皆無だ。どう言う事なのだろう、恭が考えを巡らせていると、九兵衛の顔が青ざめる。

 「もしかしたら……中心部の魔女の所に使い魔が集結しているのかもしれない。仇敵である魔法少女を確実に屠る為に。魔女の目が光っている所なら、使い魔も臆病だ何だと言っていられない」
 「だったら、急ぐしかないだろ。でも、この先はどうしたらいいんだ? もうアザの痛みがどうこうってのは無いんだけど……来たか」

 遅れての登場だ。周囲の池から使い魔が這い出して来る。鳥や蜥蜴は以前も見た。猿や犬などの動物も追加されている。どれも恭がよく知る動物と同じ姿かたちをしており、それがどうにもやりづらい。もっと異形の姿をしてくれればふっきれた物をと彼は嘆息する。嘆息して……鉄パイプを両手で握りしめた。

 「使い魔ってのは単純だよな。行って欲しくない所を護ってる」
 「ボクは戦闘派じゃないんだ、申し訳ないけど、頼むよ」
 「ああ、やってやるよ!!」

 恭は鉄パイプを握りしめ、襲ってくる使い魔の頭部を正確に狙って打ち倒していく。酔っている相手なので動き出すと軌道が中々読めない。ならば止まっている間に打ち倒していけばいい。そして襲ってくる敵は自分と言う名のストライクゾーンに向かってくる。それを撃ち返す事など造作も無い。
 殆どの敵をミスなく打ち倒し恭は進んでいく。その手際の良さに九兵衛は感心した。

 「凄いね、きょうちゃんを初めてカッコいいと思ったよ」
 「それはその口調で言うからには本音と取ってもらっていいか?」
 「仕方ないね、それくらい許して……きょうちゃん後ろっ!!!!」

 九兵衛の指示と背中に感じた重圧を頼りに恭は得物を振るう。鳥型の使い魔は頭を砕かれそのまま床にとけていった。

 「ありがとな、九兵衛」
 「さっさと行くよ。……もうそろそろだ」

 大広間に出た。あちこちに通路が広がっている。規模的に考えても此処が中心部で間違いないだろう。しかし妙だ。魔女が待ち構えていると思ったら何も居ない。むしろさっきまでの通路の方が使い魔で賑わっていた。
 そしてもっと妙なのが……鳴が居ない。もしかして別の通路を虱潰しに探さないといけないのか……などと思っていたが、恭の疑念は無駄に終わった。

 「安い手を使うね……こう言う所でボクが居るんだけどさ」

 九兵衛は地面に手を突っ込む。そして、声にならない叫びを上げて周囲を振動させた。
 周囲の映像が砕け散る。そしてその先に広がっていたのはおびただしい数の使い魔と、変身が解け満身創痍の鳴、そして中央に座す、半径3メートルを超え、ロープも無いのに地面から数十センチ浮く巨大な鳥籠。中に居たのは、女性の首から腰までにかけてしか無い肉塊の異様な姿だった。

 「これが、魔女……っ、鳴!!!!」

 恭は襲いかかる使い魔をなぎ倒し、鳴の元へ駆け寄る。そのままの位置ではあまりに魔女に近いため一旦彼女を抱いて後方へ下がった。
 恐ろしい程に軽かった。彼女を抱きかかえるどころかまともに手すら触った事がなかった恭だが、彼女はこんなにも軽く儚かったのか。こんな身体で、今まで戦ってきたのか。しかし。

 彼女がどれほど強い想いで真田恭を護ってくれていたのか。恭はその全てを知らない。彼女がどれほど深く彼を愛し、どれほどの苦痛を以て彼を拒絶したのかその真意を明確には知らない。それでもその一部、片鱗に触れただけでも彼女の想いは恭に伝わっていた。

 「……真田、くん……どうして、何でここに……」
 「九兵衛に頼まれた。俺につけられた魔女の口づけを使って鳴の居場所を探してくれって。でもまあ……俺が木村さんを助けたかったんだよ」
 「……まずいね。ソウルジェムが真っ黒じゃないか。これじゃあ変身も魔法も使えない、恭ちゃんとの契約も出来やしない。無理にすれば……死ぬよ」

 九兵衛からの無慈悲な宣告。たとえこの結界を脱出したとしても、鳴は魔法少女になれない。魔法少女にならずに魔女を倒すなど不可能だ。魔女を倒さなければこの世界を飛び越え別の世界で魔女を倒しグリーフシードを得て魔力を供給する事も出来ない。
 絶望の袋小路。しかし、鳴はある意味で吹っ切れてもいた。彼女の頭を膝に枕する恭、消えそうな笑顔で、彼女は恭に微笑みかける。

 「契約……してくれるかな」
 「鳴……死ぬ気かい。自分が死ねば、きょうちゃんは生き残れる。この世界から拒絶されても、別の世界で別の幸せが見つかるからってさ」
 「……真田くん、幸せになって。それが……私が九兵衛と契約した時の願いなんだから」
 「……………」

 恭は声を出せなかった。声帯がわなわなと震えていた。音も無く雫が零れ落ちそれは鳴の頬に落ちて伝っていく。
 これは愛なのか。恭は彼女の献身を本当に愛と取って良いのか躊躇っていた。だが、そんな事はどうでもいいのだ。愛でもそうでなくとも、彼女が恭に向けた感情はどこまでもまっすぐで力強く、そして優しい。

 「九兵衛、頼む」
 「良いのかい? さっき言った事は脅しじゃないよ」
 「ああ……俺の願い、それは木村さんの、木村鳴の幸せだ」

 やれやれ……と九兵衛は嘆息し、契約の陣を描く。白い光の中にいくつもの光球が湧いては弾けて消える。蒲公英(たんぽぽ)の綿毛のように。

 「我、契約の使徒インキュベーターが命ず」
 「我、魔道の導手、白巫女(ヴァイスガイスト)木村鳴が命ず」
 「汝、闇の使徒を打ち破る剣、魔法少女を護りし盾となれ」
 「私と契約して……ずっと私を護ってくれますか?」
 「……護るよ。だから死ぬな、俺が木村さんを、鳴を護る」

 『契約・完了』(エンゲージ・レコグニション)
 『契約No.XIII『黒騎士』(シュヴァルツ・シュヴァリエ)』

 白い光の奔流。それは恭を温かく包みこみ、衣装を作り変えていく。
 騎士、と言うよりは高級将校のようないでたちだった。黒い長ズボンに腿を全て覆う程の深い黒のブーツ、そして蒼いシャツに上半身を覆う漆黒のコート。髪は根元から九兵衛のような白色に変わり、九兵衛の瞳のように、いや彼女以上の純度と輝きを持つ深紅に左目を染める。首には鍵を模したエンブレムの首飾り、鍵の中心には黒いダイヤのような小さなソウルジェム。
 右目を瞑ると周囲は赤い世界に包まれる。近場に居る敵とボスである魔女がロックオンされ、左上にはメニュー画面が開いている。恭はWeaponを選択した。中央に表示される謎の文字コード。

 『唸れ、愛染(あいぜん)』

 声も無く自分の意識から発せられた指導キーは、恭の魔力の結晶となって彼の左手に一本の剣を握らせた。柄から刃の先端まで真っ黒な、刃渡り50~70cmに厚くもなく太くも無い小型の剣。分類としては『スクラマサクス』に大別される。
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やっと此処まで来ました。やはりボス戦は燃えますね。燃えるように書いていきたいです。実際この魔女と戦ってたら色々燃えますしね(ドヤ
スクラマサクスは無駄にマイナーな武器かと思いますが、まあ50~70cmの短い剣だと思って下さい。ナイフよりは長い、ダガーよりも長い、でも普通の剣よりは短い感じで。
私の考える普通の剣の長さって竹刀の長さを基準に考えてるんですが(昔剣道やってたので)、これでいいのかな……ううむ。
 9話 鳥籠(前)

 璃音と決別した恭は授業もろくに聞いていない状態は変わっていないものの、頭の中はクラスの中の誰よりも冴えわたっていた。照りつける太陽も何のその。今自分がどうすればいいか、それをひたすら考えていた。
 まずは鳴を探したい。だが彼女が何処に居るかまるでわからない。携帯を見ても部活の連絡網を見ても彼女の連絡先は抹消されているのだ。だからこれは使えない。
 そうなると別の方向からのアプローチが必要になるのだが、此処で彼女の自宅に直接電話すると言う手段がある事を考え出した。これなら直接的ではないが連絡が取れる。だがこれも駄目だ。いくら親族だからと言って鳴を覚えている可能性はかなり低い(遺伝的な才覚が魔法少女としての資質に影響するのなら可能性は無きにしも非ずと言った感じであるが)。それでも帰宅後初めて取った行動は(部活は今週末まで休み)それだった。彼女の父の名前は特徴的だったのでおぼろげながら覚えていたためその番号を電話帳で検索し(電話帳に掲載しないようにしていた場合アウトだったが、今回は大丈夫だった)、電話をかける。
 結果、繋がらなかった。恭は落胆したが、考えてみれば昼も後半にさしかかった位の時間では両親は居ないだろうし、聞いている所によると存在するはずの弟(恭は直接会った事は無いが、鳴曰く中学生だったと記憶している)もきっと部活だろう。この手段は後にとっておくとして、恭は布団の中で色々と模索していた。
 そうこうしているうちに妹が帰ってくる。今日は両親ともに早く帰るとの事で(単に明日から旅行だからだ、それ以外の理由はきっとない)、彼女は両手に大量の食材が入った袋をぶら下げていた。どうやら鍋物にするらしい。恭は野菜を切り分けるのを手伝った。
 肝心の食事だが会話など一切なく、普段二人なら楽しく話す食卓も重い空気に包まれる。恭は早急に食事を終わらせると、母に『前にも言ってたけど旅行行けない』と言い、半ば清々した様子で部屋に戻った。
 夜も8時を回っており、今なら誰かいるだろうと思い電話をかけた。しかし電話には誰も出ない。もうこれは仕方ないかと思い、別の手段を考える事にした。
 そう言えば、彼女はどこで暮らしているのだろう。恐らく自宅に帰っている訳ではないだろう。どこかでホームレスでもしているのだろうか。そんな事を考えている間に雨が降ってきた。
 急に首筋が痛み出す。何と言うかやけつくような痛みだ。抑えてもかきむしっても痛みは増すばかり。考え事をするとその痛みが増しだすので、恭は諦めて寝る事にした。時間がないのは分かっている、しかし今はそれ以外に考える余裕がもてなかった。


 次の日、恭が起きた頃には家の中は異様な静寂に包まれていた。書置きがある。確認するまでもなく妹の、涼の字だった。『好きな物を食べて下さい』と、5000円置いていた。朝を食べていないので単純計算で一食千円使えるのか、豪華な事だ。同時に愛の欠片も無いなと自嘲気味に笑う。
 土日の二日間、誰の制約も受けず自由な恭であったが、使える時間はそこまで長くない。当ても無く動くのは時間の無駄であったが、生憎恭には当てと呼べるものがない。せいぜい、消失後の彼女に唯一遭遇出来たMagdala付近だ。仕方ないので貰った五千円を頭金に恭はMagdalaに行く事にした。
 一人で行く町はとても広く感じられた。自分はどこへでも行ける気になれた。でも、何処へ行こう。


 「っ……はぁ、はぁ……」
 「鳴、大丈夫かい? もういい加減にきょうちゃんと契約した方が……」
 「それはダメ……私と貴方で倒す、そう言ったじゃんか、九兵衛」

 土曜の夕時、鳴は町の路地裏で息を荒げていた。どんなに魔力を節約しても魔力消費無しに敵と戦う事は出来ない。魔女の使い魔は人間の身体能力で迎撃するにはいささか強すぎるのだ。
 鳥籠の魔女、Roberta。奴が放つ使い魔は酒気を帯びており、命中精度は悪いがかなり高い攻撃力の一撃を叩きこんでくる。それだけに通常通りの回避が役に立たない事もあり、いくつか被弾したがその被弾が命取りでもあった。
 彼女の衣装や肉体の傷は魔力で自動修復されるが、その修復にも魔力が使われてしまう。正直言って、戦い続けられるのは明日までだろうと鳴は読んでいた。
 彼女の力の源である宝玉、通称『ソウルジェム』の穢れを浄化する方法は現在分かっている時点で二つ。魔女を倒した際に落とす闇の宝玉『グリーフシード』に穢れを移すか、概念と化した全能神『鹿目まどか』の力で穢れを抹消する事だが、後者はこの世界に於いて使う事は出来ない。使えないものをわざわざ教える必要も無いので九兵衛はこの事実を鳴に伝えていない。故に、鳴はこの絶望的状況を魔女の討伐によって切り抜けるしかないのだった。

 「きょうちゃんと鳴、相思相愛じゃないか。君の言い分もわかるけど、ボクとしては勿体ない気がするけどね」
 「真田くんは誰にでも優しいんだよ……別に私だけにあんな訳じゃない。それにもし別の女の子がピンチでも、真田くんなら助けようとするはずだし」

 鳴は自慢の杓杖『明電』をつっかえ棒にして立ち上がる。彼女の左目はまだ金色の輝きを失ってはいない。

 「それに……真田くんには璃音ちゃんが居るし」

 焼きついたキスシーン、そんな物は見たくなかった。二人がキスをしている場面など。しかし自分に何が出来よう。鳴はそれを見た所で引き離す事など出来ない。
 むしろ恭が自分の事を割り切って別の女の子とくっついてくれた事を喜ぶべきなのだ。それが大人の対応と言う物だ。鳴はその映像を頭から消しさる。
 鳴の中には負けるという考えは無かった。刺し違えてでも倒すつもりでいた、家族の仇を討つ為に人生すべてを投げ出したのだ、負けるわけにはいかないと闘志を燃やす。
 しかしそれも、風前の灯(ともしび)であるように九兵衛は感じていた。


 土曜は何の成果も得られなかった。何の進展も無いままに日曜の朝が始まる。いつもなら遅くまで起きてゲームやらインターネットに興じる彼だったが、それをせずに早く寝てしまうと割と早起きしてしまう。久々に朝の特撮ヒーローものなどを見た、最近の特撮は色々と凝っていて面白い。グッズが売れるのも分かる気がする。
 恭は駄目元で鳴の自宅がある相浦町へ行く事にした。あれから木村家にどれだけ電話をかけてもつながらないため、と言う事もあったが、もしかしたら鳴の事を覚えている人間がいるかもと言う読みからだった。
 相浦町は人口4桁程度の小さな場所で、未だ田畑が大部分を占める田舎だった。鳴が頻繁にその事をネタにしていたが、なるほどよく分かる。
 バスを降りた所が町役場前だったので、恭は役所で人探しをする事にした。担当してくれたのは若い青年の人で、新卒の匂いを高校生ながら感じとる事が出来た。

 「すみません、木村明弘(きむらあきひろ)さんの家ってどう行けば良いでしょうか」
 「木村……えー、明弘さんって、この明弘さん?」

 担当の人が苦い顔をする。恭ははいそうですと更に押すと、彼は残念そうな顔で数日前に発行された町内誌を見せてくれた。
 恭はその記事にある種納得した様子で、少し借りますと言い勉強用の机を借りてその雑誌を広げた。
 結論から言うと、木村一家は火事に巻き込まれて一家全員死亡している。そして案の定、一家の中に鳴は含まれていなかった。
 そう言えば先週の月曜、見ていたテレビのニュースはこの事件の事を言っていたのではないだろうか。それを知っていればあんなに電話する必要も無かったのにと恭は落胆するが、一応自分の中で結論が着いただけでも良しとしよう。そして、幸運な事に彼女の自宅も分かった。何があるでもないだろうが、少し足を延ばしてみようと言う気にさせてくれただけでも恭の気は僅かばかり晴れるのだった。


 「うわ……」

 初めて火災の跡を目の当たりにしたせいか、恭がそこで最初に出した台詞はだいぶん間の抜けたものだった。いずれ撤去されるのだろうが、それまでは柵が張られ誰も入れないようになっているらしい。
 大体分かっていたが、特に何の成果も上げられなかった。恭は折角来たからと観光にいそしもうとして後方へと歩き出そうとする。その時だった。

 「っ……!!」
 「す、すみません……っ!!?」
 「ったたたた……いや、俺も悪かったわ」

 長身の青年と恭はぶつかってしまった。黒いダメージジーンズを穿いて髑髏のプリントがされた白いTシャツを着て、その上に黒いジャケットをはおり襟を立てていた。そして一番特徴的なのが、黒いケースにギターか何かを入れて背中にかけている。ライブ会場のステージに立てばオーディエンスの注目を一人占めするだろう。紫色の髪をつんつんと立て、非常にロックな見た目を醸しだしていた。

 「君、この町の人?」
 「あ、俺はこの町の人間じゃ……誰か探してるんですか?」
 「人を探してる。ええっと、名前は……ええっと、何だったかな……木村、鳴、だっけな」

 恭の顔色が一瞬険しくなる。しかし初対面の人にそれではまずいと表情を戻す。男は物を思い出す時に目を細め空を見上げる癖があるらしく恭の挙動には気付いていなかった。

 「ありふれた名字ですね……役所があちらにあるんで、そこで訊いてみては?」
 「ああ、それなら良いわ。あんまり意味ないだろうし……んじゃあな」

 ロックな青年は再び先程まで歩いていた方向へ足を進めていく。恭は幾らかホッとして彼の逆方向に歩きだそうと……

 「ん、少年よ」
 「どうしました?」
 「その首のアザ、どうしたんだ? 俺は学が無いから分からんが、R,O,B,E,R,T,Aって書いてるぞ。Aがなきゃロベルトなのにな。あり、ロバートか?」

 青年はあははと笑いながら歩いて行った。足が長いせいか歩幅が半端じゃない。すぐに距離が離れていく。
 恭はさっき言われたアルファベットをメモした。繋ぐと『Roberta』となる。聞いた事のない文字列だ。携帯で検索すると、女性名の一部だそうで、先程の青年の台詞もあながち間違いは無い様子だった。
 Robin(小鳥)から派生して、小鳥や鳥籠と言った意味のある名前のようだった。それでもこれは何の意味があるのだろう。そもそもこんなアザが普通に生まれる事があるはずはない。何かしらの異能が働いているのではないかと考えが巡り、九兵衛に相談を……と来た所で、恭は自分の愚かさを恥じた。
 何故こんな事に気がつかなかったのだろう。九兵衛は連絡網の登録を携帯で済ませている。今になって思えば固定電話を持たないからだろうが、彼女になら直接的に繋がるじゃないか。
 彼女が鳴の居場所を教えてくれる可能性は低かったが、それが一番確率的に有効な方法だ。

 ぷるるるるる……ぷるるるるる……ポン。

 「もしもし、木村九兵衛ですが」
 「声色変えるなめんどくさい。恭だ」
 「ああ、きょうちゃんか。何の用だい、こっちは忙し」
 「Robertaって知ってるか?」

 九兵衛の返答が止まる。あまり彼女がしてほしくない質問だったらしい。恭は続ける。

 「俺の首にそう書かれたアザがあったんだ。お前なら何か知ってるんじゃないのか?」
 「いや、まあ……それは『魔女の口づけ』だよ。魔女が直接キスをするわけじゃなくて、呪いの一種なんだけど、それをくらった人間は精神的に病んだり肉体をむしばまれたりして、最後には魔女に引き寄せられて食われるんだよ。Robertaは炎熱系統の魔女なんだけど、経験は無いかい?」
 「炎熱……そうか、あの時」

 恭は熱中症で倒れた話をした。思えばあの時身体が軽くなった気がしたが、あれはもしかしたら……と考えていると、九兵衛から返事が返ってきた。

 「それで間違いないだろうね。でもあれから特に異常は無いんだろう?」
 「たまに首筋が痛むくらいで……」
 「ふーん、まあそう言う事なrんぐっ!!!!!?」

 ポン、つーーつーーつーー……通話が途切れた。何か危険な事があったのではないか。心配になったが、彼女の居場所が分からない以上その手段が取れない。
 どうしようかと悶々としていると、携帯が鳴る。九兵衛からだ。

 「きょうちゃん、今どこに居る?」
 「相浦だけど……」
 「Magdalaにきてくれないか!? 鳴の魔力が探知できなくなった!!!!」

 先程のあれは使い魔の襲撃だったらしい。九兵衛は逃げおおせたが、直後に一瞬だけ強大な魔力を感じた後にその魔力と鳴の魔力がまとめて消失してしまったらしい。

 「きょうちゃんの力が必要なんだ……ごめん、一度だけ力を貸してくれ」
 「何言ってんだよ九兵衛」
 「えっ……」

 不安げな問いかけに、恭はそれを一蹴した。


 「何度だって力を貸すさ。木村さんが危ないんだろ!?」
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厨二全開、でもそれが良い。みたいな回でした。最後の台詞は気に行ってます。ちなみに頑なに名字で呼ぶのはモデルになった人を私がそう呼んでるからです。
まあね、こうして名字で呼んでると名前で呼ばれるとドキっとするからね。

ちなみにこれ一週間くらいの物語なのですが、最初は2週間くらいやるよていでした。璃音とのキスで完全に鳴との関係が壊れ、鳴は吹っ切れて行ってしまうみたいな感じの予定だったんですが、コンパクトにまとめたかったのでさっさと魔女にぶつかって~みたいな感じにしてます。

バトル描写は難しいです。物語シリーズがあからさまにバトルを回避しようとするのはきっと難しいからだろうなと勝手に解釈。
 8話 冥夜

 『今まで……どこに行ってたんだよ!!!??』
 「うるさい……」

 月の光だけが静かに揺れる闇夜の静寂の中。誰も居ない廃ビルの屋上で、鳴は泣いていた。
 ずっと傍に居た。ずっと近くで見守っていた。それでも、彼女は恭の前に現れる事が出来なかった。自分は周囲の人々にとっての透明人間だという事が分かってからは、誰にも会いたくなかったから。
 無視される事の辛さは想像を絶する。それが相手に悪気のない事だとしても、鳴にはそれが耐えられなかった。ましてや、恭の前に現れて彼に無視されたらと思うと、鳴はどうしても彼に会えないでいたのだ。
 己の無力さを歯噛みして悔しがる。恭が熱中症と思わしき症状で倒れた時も、あれは鳴が戦っている敵の仕業であった。鳥籠の魔女による魔女の口づけ、人間がそれを受ければ精神を病むか肉体を侵され魔女の結界に閉じ込められ、魔女に捕食されてしまう。多くの人間を見捨てて鳴は恭を結界から助け出したが、恭が目を覚ます前に誰かに彼を預けたかった。通りかかった璃音に、名は不本意ながら恭を任せたのだ。
 まるで人魚姫みたいじゃないか。鳴は喜劇じみた自分の行動を反芻し咽ぶ。到底笑う気にはなれなかった。最愛の人を助けても感謝すらされない、そして彼は別の人間に感謝を告げるのだ。
 鳴は璃音が嫌いだった。彼女のようにまっすぐに恭に向かっていきたかった。そして今、自分が居た場所に居るのは璃音なのだ。
 この町の魔女を倒して、鳴は別の世界へと旅立ってしまいたかった。あの魔女を、家族を皆殺しにした魔女に復讐を果たすまでは死ぬわけにはいかない。
 首にかけた宝玉を月にかざす。これが完全に濁ってしまう前に魔女を倒してしまわなければ、恐らく自分は魔女に勝てない。完全に濁った時の事は九兵衛から聞いている訳ではないが、この宝玉の純度と自分の力が直結していることぐらい戦っていれば分かる。完全に濁れば戦えなくなるか、それでなくとも異能の大半を消失してしまうだろう。
 一人でも負けるわけにはいかなかった。恭の人生を、自分の所為で崩してしまうわけにはいかない。

 どれほど嬉しかっただろう。彼が自分を呼んでくれた事が。誰にも存在を知覚されなかった自分が、この世で一番大切な相手に存在を認めてもらえた事が。涙を堪えるので精いっぱいだった。抱きつきたくなる腕を抑えるために必死だった。

 彼が自分の事を覚えてくれた、護ってくれると言ってくれた。それさえあれば十分だ。この町を自分は護るのだ、最愛の人を護れるなら護りぬいてそのまま逝っても構わない。

 鳴は拳を握りしめた。もう、時間は長くない。

 混沌の冥夜。闇は静かに蠢く。

 次の日、空は蒼一つない曇天。金曜の恭は水曜の自宅療養以上にうなだれていた。妹が作ってくれたギガうまな弁当も味気を感じる事が出来ず(でも一応食べる事が出来た辺り素晴らしい)、一通り平らげた恭は机に突っ伏してうんうん唸っていた。非常に異様な光景に違いない。ただでさえ友達が少ない彼の周りに誰かが寄りつく事など皆無だった。
 出された宿題も全部手をつけておらず全ての教科で大なり小なりこっぴどく怒られた。意識も不明瞭で、友人もいらいらしっ放しだった。まともに周囲の情報が入ってこない。
 それでありながら昨日の光景が何度も何度も頭に呼び起され、恭は発狂してしまいそうだった。自分は振られたのか、もしあそこで詰め寄ったらどうしていただろう。
 結局、自分に足りなかったのは覚悟なのだろう。どんなに迷惑をかけても、ずっと傍に居てずっと護り続ける覚悟があれば彼女の手を引いたはずだ。恭は深々と沈み込む。机が柔らかければめり込んでいきそうだ。
 その時だ。

 『……さ……い……』耳にノイズが入る。校内放送だろうか。だが、誰も気付いている様子は無い。音は次第に大きく、そして明瞭になっていく。

 『私の声が聞こえる方いませんか!!!!? お願いします、力を貸して下さい!!!!! 屋上で待ってます、お願いです!!! 私のk』

 全て聞き終わる前に、彼は本能的に走り出していた。先程までの無気力はどこへやら。その足は最短距離を通って屋上を目指す。
 屋上に出るための鍵は何者かによって叩き壊されていた。これを彼女がやったかと思うと末恐ろしいが、余計な事を考えるより先に恭はその扉を開く。
 そこには、九兵衛の姿があった。目を閉じ、両手を組んで必死に祈っている。彼女は来訪者の気配を察知して目を開き、心底落胆した。

 「ああ、きょうちゃんか……」
 「一つ訊きたい。こんな事が出来るなら何でもっと早くやらなかったんだ?」

 もっともな意見だった。素質のある人間にのみ届くような力があるなら、それを使えばそもそも転校してくる必要すら無かっただろう。

 「使いたくなかったんだよ。これをやると人間だけじゃない、魔女にもボクの居場所がバレるからね」

 あと、こんなに資質のある人間が居ないとは思って無かったよ……と皮肉を最大限に込めて彼女は言葉を吐き捨てた。その姿には品行方正な大和撫子の面影は無く、そのギャップに女性の怖さを恭は垣間見た。

 「正直、きょうちゃんに用は無いんだよ。騎士の契約はボクと鳴の両方の承認がないと締結されないんだ。どんなにボクがきょうちゃんを使い捨てたいと言っても、鳴が賛同しないと無理なんだ」
 「……………」
 「……全く、人間の雄って言うのはわけがわからないよ。気が遠くなるほど長い時間を経験して、雌の思考は大体分かって来たんだけど」

 ボクはきょうちゃん達が言う所の宇宙人だからね、地球の知的生命体とは違うんだよ……そう付けたして、彼女は白いツインテールをかきあげた。正直その辺りも恭は詳しく訊きたかったが、今は関係のない話だ。

 「俺は……木村さんを助けたいんだ」
 「どうしてだい?」
 「好きだからだよ。文句あるか?」
 「助けようとすれば鳴は悲しむよ。きょうちゃんはそれを鳴に求めるの?」
 「それは……それでも良い、木村さんが居ない世界で生きていたくなんかない」

 生きて痛くとも、生きていたい。恭の目はまっすぐに九兵衛を見つめている。

 「人間っていうのはそう言う事ばっかり……一応言っておくけど、契約したらきょうちゃんの日常は失われる。家族も友達も失うし、魔女を倒せばこの町から別の世界に飛ばされる。もう二度と、普通の生活に戻る事は出来ないんだよ。それが嫌だから、鳴はきょうちゃんと契約したがらないんだと思うんだけどね」
 「……そう、なのか? 俺はてっきり、本気で好きでも無い人間とずっと一緒に居るなんてありえないとかそういうもんだとばっかり」
 「ああもうイライラさせてくれるなぁ!! ……ふう、感情なんて本当にただの疾患だよ。分かってるんだ、魔法少女の人口と比較して騎士の絶対数が圧倒的に少ない理由くらい。一生一緒に居る相手だから適当な相手をなんて選べない、かと言って誰かの為に全てを捨てて魔法少女になれる人間が最愛の人間を絶望の運命に導くなんて出来やしない。皮肉な物だよね、どうしてこんなシステムが構築されたのやら」

 九兵衛はやれやれと嘆息する。恭は彼女の言葉を頭の中で逡巡させていた。彼女の言葉全てが正しいわけではないだろう、だが考えてみれば木村鳴はそう言う女の子だったはずだ。自分よりも他人の幸せを優先する。そしてそれを相手に悟らせない。だから彼女の周りに居る人達はいつだって幸せで、その幸せを自分の事のように感じる事の出来る、それが木村鳴と言う女の子だ。
 そんな彼女だから、自分は好きになったのに。彼女の想いを否定する事は、自分が描く彼女を否定する事じゃないか……恭は拳を握る。わなわなと震える指先を抑えるためだった。

 「……お願いだ、木村さんに会わせてくれ」
 「どうするつもりだい?」
 「話がしたい。そして、木村さんを護りたい。彼女がそれを否定してもいい、俺は……」
 「残念だけどきけないね。生憎ボクはこの町が滅んだ所で何も感じない。鳴が契約したがらないならそれでもいいんだ。まあ、鳴は死ぬしこの町も滅ぶだろうけど。ボクも一応鳴の事は大好きなんだけどね、それはそれでしょうがないじゃないか」

 九兵衛は少女のそれとは思えないアクロバティックな動きでバック転をやってのけ、屋上のタンクの上に飛び乗る。そしてそのまま後方にバック転し、地面へと落下していった。漫画やアニメでしか見た事のない光景だったが、彼女なら恐らく大丈夫だろうと思えた。五限からはまた何食わぬ顔で授業に出てくれるだろう。
 恭は一気に体力を消耗している事に気が付き、気が付いた頃にはよろめき倒れていた。特に清掃もされず雨が降れば無抵抗のままさらされるその床に口づけを強いられ、舌に感じるおぞましい味わいに眩暈がする。
 ふらふらと立ち上がり、校舎へ戻る扉に手をかけた。立てつけの悪い扉は入る時には全く気付かなかったが開けるのに相当な力を要した。
 扉を開けて中に入り、階段を降りようとする。すると、恭は急に怖気を感じた。

 「真田くん……」
 「うわっぁあっ!!!! ……な、なんだ……璃音か」
 「真田くん、鳴ちゃんの事覚えてるん?」
 「……………」

 生気のない顔で璃音が後ろに立っている。恭は返事をしなかった。それが明確な肯定のサインであったが。璃音も九兵衛が言う所の『素質のある者』だったわけだ。彼女の顔は青ざめている。しかし恭の沈黙が、その頬に桃色の温もりを取り戻させた。

 「好きなんか、鳴ちゃんが」
 「……ああ」
 「いやや……いややいやや、真田くん、行かんといてぇ……」

 璃音は恭に抱きつく。それを恭は振り払えない。璃音の細い身体が恭の背中に密着する。

 「なんでや、なんでなん……鳴ちゃんは、もう居ないんやで……」
 「……ごめん。でも、俺は木村さん以外に考えられないんだ」
 「……や……」
 「何だっt」「嫌なんや!!」

 璃音は恭の身体の向きを変えさせ、向き合わせる。そして恭が振りほどこうとする前に、唇を重ねた。生温かいどろりとした何かが口の中に流れ込んでくる。恭は神経が焼けつくような感覚に襲われたが、意識を失う前に反射的に彼女を突き飛ばす事が出来た。

 「っ!!! ……ごめん……」
 「いやや、何処へも行かんで、うちの傍に居てや……」

 璃音は焦っていたのだ。恭と鳴の仲を知っていた彼女は、いつしか恭も消えてしまう事に。そして鳴が居なくなり自分だけが鳴の記憶を持っていると思っていた璃音はこのチャンスに乗じて恭を奪ってしまおうとした。しかしそう簡単にはいかず、鳴の事を未だに覚えていた恭が璃音を受け入れるはずがなかった。
 璃音は妬ましかったのだ。どんなに頭が良くても運動が出来ても部活の腕を磨いても可愛くなっても、恭は璃音を選ぶ事は無い。考えの範疇にすら入らない。焦って焦って、この一週間本気で璃音は恭を落とそうとした。しかし彼女は恭の中には入れなかった。
 恭は初めて気が付いた、璃音が嫌いだと。理由は分からないが、それ故にタチが悪い。前世の因縁か磁極のNとSのようなものか分からないが、彼は決して璃音を受け入れられない。そのような感情を恭は理解できなかったから、彼は璃音を拒絶できなかったのだ。
 博愛は結局のところ、誰かを幸せにする事は出来ないのである。全てを愛するのは全てを愛さないのと同じだから。全てを愛し抜く事など出来るわけがないから、その愛は所詮薄っぺらいものになってしまう。
 恭は無言で階段を降りて行った。狭い通路に少女の嗚咽だけがいつまでも共鳴し続ける。

 恭は誰よりも屑だった。その自覚があった。自分は誰も幸せに出来ないと感じていた。だが、それでいいのだ。
 誰も幸せに出来ないのなら、誰の幸せも気にする必要は無い。ただ自分の求めるままに、恭は鳴の面影を探す。
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鳴の心中が吐露される8話です。この辺りには私の掲げる『自己犠牲』がこれ以上無く体現された場面だと思ってます。
同時に璃音の心中も此処で明らかになります。彼女が急激に恭に接近したのは改変された世界に於いて璃音の役割が鳴と入れ替わったとかそう言うSF的な事ではなく、ライバルの消失と言うチャンスを逃さないためと恭の消失を恐れる焦りから来たものだったと言うオチです。
この話を考えた数日後にぐるたみんの2ndアルバム『る』を聴いたのですが、一発目の『インビジブル』に強烈なインパクトを受けまして。曲のイメージもこの話に近い所があったので、ちょいちょい曲の内容を盛り込んでます。
『聞きたくなかった陰口』は璃音にどこか出番をとって言わせようと思いましたが蛇足なので省き、『焼きついたキスシーン』を遣いました。
あと、璃音にも魔法少女としての資質があったということは今後の伏線になっていたりします。
 7話 地獄

 「待った~?」
 「いや、今来たとこ」
 「またまた、そう言うテンプレはええねんて」

 次の日。恭の住んでいる街の有名な待ち合わせスポット(噴水のある緑豊かな公園で、平日ならまだしも休日は結構な人間で賑わう)で、恭と璃音は待ち合わせた。
 彼らの通う学校の創立記念日と言う事で、やはり同じ学校の高校生達が多い。むしろ他の学生っぽい人達の境遇が気になる所ではあるが、そこまで気にする必要も無いかと恭は意識を切り替える。
 恭は良くあるタイプの黒いTシャツと灰色の上着に下はジーンズ、璃音は白いフリフリのワンピースに銀色のヒールを履いていた。髪はいつものようにポニテでまとめている。
 それにしてもデフォルトで身長の高い彼女がヒールを履くと自分との身長差が露骨に強調されてしまうなと恭は少し悲しくなる。彼は同年代の男と比べても決して大きい方では無く、逆に璃音はバレーやバスケでもやっているのではないかと言うくらい背が高い。
 一度『長身にヒールって必要なの?』と聞いたら彼女は『別に背を高くするための物や無いねん』と一周された事を彼は思い出した。理由は未だに分かっていない。

 「んじゃ、最初はどうする?」
 「せやな……じゃあ、Magdala行こ。買いたい物があんねん」

 恭の手を引いて歩きだす璃音。振り回される予感しか無かったが、恭はそれに黙ってついて行った。


 胸のあたりがちくちくと痛む事くらい、少し考えれば分かりそうなものだった。


 「なあ、真田くん。どっちがええ? どっちがうちに似合う?」
 「……あの、こっちに向けないで貰えますか?」

 Magdalaは町のほぼ中央に位置する大規模なショッピングモールだ。大体何でもそろう上に、近くには映画館やゲームセンター、ボウリング場等等の娯楽施設も充実しており、この町の中でも有数のデートスポットになっている。お金がかかり過ぎるのが玉にキズみたいだが。
 そんなわけで服を買いたいからと璃音について来てみれば、よもや下着選びに付き合わされるとは恭も思っていなかった。黒いシックなやつと桃色の可愛い系のどっちが良いかなんて訊かないでくれと彼は嘆息する。
 ……本当にデートみたいだ。いや、璃音からは間違いなくデートだと言われているのだが。恭はこの状況に当惑しながらも振り切れない自分に苛立ちを募らせる。
 ちなみに彼女はスレンダーで基本的に何でも似合う。だが下着がどんなものであろうと関係ないんじゃないかと恭は一蹴したかったが、そうするとまた何か言われそうだった(でもなんだろう、ので黙っていると、どうやら彼女は自分の中である程度決着がついたらしい。

 「これにしよ。こっちもかわええんやけど、こっちはどんな服にも合うしな」
 「そういう基準で選んでたのか……んで、良いから見せるな」

 黒い下着から目を背ける恭は、そむけた先に羽型のアクセサリーを見つけた。割と有名なメーカーの物だ。比翼連理の何とやら、意味はよく知らないが恭はそのデザインに惹かれた。

 「なあ、璃音。これどう思う?」
 「ん? おお、かわええなぁ」
 「これ買ってやるよ。プレゼントって事で」
 「へぇ~、真田くんもそれくらいの甲斐性身につけてくれたんか。ありがとな」

 折角のデートなのだが、彼女が選ぶような下着にお金を払えない恭は別の物でお茶を濁す事にしたのだが、それでも璃音は喜んでくれたらしい。
 アクセサリーは天使の双翼をモチーフにしており、二つの片翼に分かれるようになっている。これをお互いに持つようにするらしい。その性質上包装する事も出来なかったので、購入して開封すると半分を璃音に渡した。

 「んじゃ、携帯につけるな」
 「ああ、俺もそうするわ」
 「それじゃ、映画行こか」

 璃音は恭の手を引いて、映画館へと歩きだすのだった。


 比翼連理、それは夫婦仲の極めて良い例えなのだが、二人はそれを知らなかったのか、あるいは璃音だけは知っていたのか。それは分からない。


 映画自体はとても良い作品だった。色んなジャンルのアニメを見る恭としては、こう言うタイプの作品や○ィ○ニーや○ブリみたいなもの以外(特に深夜系統の萌えアニメ)を低俗と一周する風潮はさっさと無くなって欲しいと思うのだが、まあそれはしょうがないわけで。むしろこう言うアニメをきっかけにして萌えアニメへのいわれない偏見が払しょくされて欲しいな~と言うのは恭だけでなく作者も思ってます。
 二人はMagdalaに戻ると、一階の喫茶店で外の景色を楽しみながらケーキセットを食べていた。璃音は表面が狐色に輝くベイクドチーズケーキと輝きの中にも透明感のあるダージリン、恭は甘さ控えめのザッハトルテに無糖のブルーマウンテンをご賞味だ。

 「最後良かったな~、桜くんが黒うさちゃんに『お前が居てくれるなら、俺はずっと不幸でもいい!』って叫ぶとこ」
 「せやな~、黒うさちゃんの立場やととても誰かに一緒に居て欲しいなんて言えへんもんな。桜くん男前やわ~」

 フォークを恭に突きつけ合い力説する璃音と恭。ちなみに上記の恭の台詞は、存在するだけで周囲の人間を不幸にする少女に少年が言い放った台詞だ。『人外少女』と言う作品の根幹に存在する、『人では無い異常者に対しどう向き合うか』という一貫したテーマに対する答えの一つでもあった。
 そう言えば……と、璃音は恭の方を向く。

 「なあ、真田くん」
 「どうした?」
 「もし、うちが急に人間やなくなっても、今まで通りでいてくれたりするんかな?」
 「そりゃそうだろ。まあ何かゾンビ化とか鬼人化とかで根本的に精神がイカレちまうならまだしも」
 「そっか……せやな。うちかてきっと同(おんな)しや」

 ふふっと笑い、璃音は持っていたフォークでケーキを突き刺し口へ運ぶ。口の中でとろける味に彼女は頬を緩ませた。恭もザッハトルテを切り分けそのうちの一つを口に運ぶ。甘ったるい味が口いっぱいに広がり、そこに恭はコーヒーを流し込む。
 ……と、恭は人混みの中に白い髪の少女を見つけた。見逃すはずは無い、と言うかあんな特徴的な外見の人間を恭はそんなに知らない。

 「あれ……?」
 「ん、どないしたん?」
 「いや、九兵衛が居たような……」
 「へぇ~、きゅうちゃんもこう言うとこ来るんやな。デートとかやったりして、あの子モテるし」
 「やっぱりそうなん?」
 「そりゃあな、真田くんですら気付いてんねんで。裏で相当告白されてるみたいや」

 軽くけなされたような気がしたが、成程と思った。名前が多少変で引っ込み思案な所を除けば彼女は可愛い。と言うか後者の性格と言う面は彼女の外面とのコンボで相当なプラスに働くかもしれない。
 そんな事を話していると、璃音の携帯が鳴った。璃音の顔色が変わる。電話の方みたいだ。
 ちょっと待ってな……と言いながら璃音は電話に出る。恭もあまり深く聞くわけにはいかないにしても聞こえる内容をいくつか拾うとどうやら親かららしい。

 「ごめん、真田くん。今日兄貴が帰ってくる言うてたんやけど、それが早まったみたいでな。家族で飯食いに行くから帰って来いって」
 「ああ、そういやそんな事言ってたな……」
 「ごめんな、うちから誘ったのに……その、何や、真田くん」
 「どうした?」
 「……楽しかった、また明日な」

 璃音は顔を赤くして恭の方を向き一言そう告げると、荷物をまとめ自分の分の代金をテーブルに置き急いで帰って行った。
 本当はあの後告白するつもりだったんだろうな~と、そんな事を考える度に恭は何と言っていいやら分からなくなってしまう。本当はその辺りのけりをつけるつもりだったのに、当てが外れてしまったみたいだ。
 とりあえず恭はケーキを平らげコーヒーを飲み干し、会計を済ませる。肩すかしをくらった気になりながら、恭はその店を後に……

 「木村、さん……?」

 見間違いかと最初は思った。しかしそれは違う。見間違うわけがないじゃないか。そんなはずは無い。鍛えられた肢体、ボーイッシュな短髪、動きやすい白のTシャツに行動的なホットパンツ。何よりも恭を引き付けるそのオーラ。

 木村鳴、その人だった。

 「……っ、おい! 待てよ!!!!」

 目が合った。互いの存在をその場で確認する。そして彼女がとった行動は、逃走だった。恭は必死で彼女を追う。普段なら絶対に追いつけない恭だったが、彼女を前にすればどこまででも走れる気がした。
 結局、見失いそうになりながらも屋上の誰も居ない遊具スペースに彼女を追い詰める事に成功した。流石にこの場所からは逃げられないだろう。恭は荒げた息を落ちつかせ、彼女に詰めよった。

 「今まで……どこに行ってたんだよ!!!??」
 「……さい……」
 「何だっt」「うるさいって言っとるやろ!!!!」

 鳴は恭の手を払いのける。誰も居ないそのスペースに残響がこだまする。

 「別に、真田くんには関係なか……ちっ」
 「何だよそれ……っ!?」

 周囲の床が、壁がどす黒く歪むのを二人は見た。黒く歪んだ渦が密集し、そこから無数の化物が姿を現す。妙に無機質な鳥や蜥蜴だ、まるで生きていないかのような……
 一つしかない入口もぬかりなくふさぐように、化物たちは二人を取り囲む。鳴は舌打ちすると、観念したように恭の方を向いた。

 「一度しか言わんし、信じてくれんでも良い……私、魔法少女なんよ」  
 「えっ……っ!!?」

 恭の動揺を置いてけぼりにし、彼女は首にかけた濁りの強い宝玉を額に当てる。光が拡散し、彼女を覆う。その光が晴れる刹那、彼女の身体は白衣と緋袴に包まれ足には足袋を履き、靴も草履になっていた。
 その姿は、誰もがよく知っている巫女のそれだ。左目は金色に輝き、右の黒い瞳との対比が美しかった。

 「来い、明電(めいでん)!!!」

 光を集め、漆黒の柄、先端には銀の鈴を付けた金色の杓杖に具現化させる。鈴と鈴が打ち鳴らされる度に先端はほのかに電撃を帯び、それだけでも化物を威嚇する。
 強者を打ち倒すべしと判断したのか、ふらつきながら化物は鳴に襲いかかる。彼女はそれを限界まで引き付け、杖で薙ぎ払った。接触するたびに電撃が視覚出来るほど激しく迸る。何体か倒すと、残された化物は明らかに退散と分かる形で消滅ようとした。
 鳴は杖の柄を地面に突き立てる。突き立てた部分を中心に周囲へ魔法陣が広がり、その範囲内の化物は全て黒焦げになった。彼女が強いのかもしれないが、それを差し引いてもこの敵は魔法少女と呼ばれる存在にとってとるに足らない存在である事は恭にもおぼろげながら理解できた。

 「……ちょっとした理由があって、契約したとよ」
 「契約って……それで誰も木村さんの事を覚えてないって事か?」
 「そう言う事。真田くんが覚えとったのは何でか知らんけども」

 変身を解除し、元の姿に戻る鳴。心なしか、首にかけた宝玉がさっきよりも濁っている気がする。中心には薄く光がともっているがそれも消えてしまいそうだった。

 「真田くんも分かっとるかもしれんけど、私の居場所ってないじゃん? だからもう……私の事は忘れて」
 「何言ってんだよ、こうしてまた会えたのに……忘れられるわけないだろ!!?」
 「じゃあずっと、居もしない人間の事を追い回してる変人だと思われながら生きていけばいい。私はああやって化物と戦わんといけん、真田くんとは違うとよ!!」
 「だったら俺だって戦うよ!! だから一人で背負」「ふざけんな!!!!」

 激昂する鳴。彼女がこんなにも怒ったのを見るのは初めてだった。彼女自身そこまで声を荒げるつもりは無かったらしく、恐らく恭よりも発言者本人の方が驚いていたかもしれない。

 「……ごめん。でも真田くん、男やん。魔法少女って言うたやろ、何で真田くんg」
 「そうでもないんじゃないかな、鳴」

 澄んだ声が響く。恭もよく知る声だ。だが、そのよく知る声の相手はこんな無機質では無かったはず、聞き間違いではないかと恭は声のする方を向く。
 九兵衛だった。妙に達観した様子で、彼女は二人の元へと歩いてくる。

 「やっぱりお前も関係者か……」
 「九兵衛! 真田くんは関係……」
 「人間の真似ごとは疲れるね、きょうちゃん。普通に話させて貰ってもいいかな?」
 「猫かぶってたのか……」
 「ボクが鳴の居る学校に入ったのはね、資質のある子を探すためだったんだ。でも、魔法少女はこれ以上生み出せない。ボクが探してたのはね、魔法少女を護る騎士なんだよ」

 彼女曰く(開き直った彼女は『ボク』と言う一人称にも違和感を感じさせなかった)、九兵衛と魔法少女両方の承認を以て生じる騎士と言う存在を学校で探していたらしい。その条件は鳴の事を覚えている人物、出来れば鳴と何らかのつながりがあった方が良いと言う事だった。
 魔法少女になった人間は人々の記憶から抹消される。しかし、魔力の資質がある人間は例え魔法少女となった相手でも忘れる事は無い。九兵衛が恭に質問したのはその資質ある者を探すためだったのだ。
 そしてその性質上、魔法少女と騎士は一心同体である。その為、相思相愛であることは非常に好都合なのだと言う。

 「この世界と関われば、真田くんは全ての日常を失う事になる……だから、真田くんは帰って」
 「何言ってんだよ、木村さん一人置いて帰れるわけないだろ!!」
 「じゃあ何? 真田くんがこれからもずっと私を護ってくれるって? ……ごめんね、それ、困る……」
 「……………」

 彼女をずっと護るの答えに当たり前だろ!!!!! の解答が出せなかった。何と情けない、恭は歯噛みする。何故だ、自分は彼女以外有り得ないんじゃなかったのか。
 それが彼女が望んでいなかったとしても、自分は鳴を好きで居るんじゃなかったのか。恭は踏み出す事が出来なかった。情けないが、それが真田恭と言う人間だった。

 「真田くんの事は嫌いじゃないよ、勿論。でも、真田くんとずっと一生一緒に居たいかって言うたら、何かそれって違う……とにかく、真田くんいなくても大丈夫やけん」

 彼女は張り付いたような笑顔で笑うと、デパートの中へ戻って行った。九兵衛もそれに続いて行く。彼は動けなかった。鳴を追えなかった。あれほどに好きだった彼女を。

 恭は振られたも同然で、そんな人間に彼女を追う資格など無かった。所詮自分はどんなに過大評価しても『傍に居てくれると嬉しい人間』で、『一生一緒に居たい人間』にはなりえなかったのだ。
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デート+べえさんの本気+鳴ちゃん変身の回でしたね。ちなみにこのデートは今月六日の初デートを参考にしようとしたのですがこの階回のデートと全く状況が違いすぎて逆に私の首をしめました。
鳴の変身後のグラフィックは絵師さん泣かせの巫女服なんですが(『こえでおしごと』か何かでも細部がよく分からんからと言って主人公達が着せられる描写がありましたね、あれは絵師さんが変態だけだったような気もしますが)、是非描いて欲しい所ですね。その際は左目をちゃんと金にして。
恭さん屑すなぁと書いてて思いました。鳴ちゃんラブなら璃音とデートすんなやと。ただまあ璃音も必死なんですよ。必死な理由は次くらいで出てくるかな。
6話 献身

 次の日、恭は大事を取って休むよう学校側に言い渡されていた。とはいえこういう時に限ってゲームや漫画と言った娯楽に喜びを見出すこともできずただただ布団に入って天井の染みを数えるだけの矮小な人間に成り下がっており、客観的に自分を観察して彼は非常に無駄な時間を過ごしている状況を噛みしめるのだった。
 妹は学校だし(看病すると言って聞かない彼女をどうにか説得して登校させるミニゲームは今日唯一楽しかった娯楽だと言ってもいい)、両親も仕事。彼女らに仕事を休んで子供の安否を気にするような甲斐性があるはずもなく、あったとしても無駄に気を遣わせるだけでまさに良心が痛むわけで、となると一人の状況も悪くはなかった。暇なだけで、誰にも迷惑をかけるでもない。自分が我慢すればそれで良いだけの話だ。
 時計をみると四時を回っている。朝は妹が無駄に頑張って朝食を作っていたので良かったのだが、昼はまだ何も食べていない。このまま何も食べないで夜を待ってもいいのだが一度減った腹は何かいれないと収まらないたちのようで、恭は重い足取りの中ではあったが何か作ろうと台所へ向かった。
 正直な話彼に食事を作るつもりはなく、妹が何か残していないかなと言う希望的観測の元冷蔵庫へ向かったわけだが、そこは真田家の食を支える真田涼のこと、抜かりは無かった。冷蔵庫には貼り紙がしてあり、『多分昼食を作る元気も無いと思いますので、作っておきました。温めて食べて下さい。あと、ご飯よそったあとはお釜を水に漬けてくれると助かります』との事。作る『気』も無いと敢えて記述しないのは妹なりの優しさなのかは知らないが、今はその優しさに甘える時だと恭は冷蔵庫を開ける。白い靄の中に紛れて、ラップで覆われた艶のあるタレに付け込まれた豚の角煮とキメの細かいポテトサラダが姿を現した。
 身内贔屓を差し引いても彼女は料理が上手い。キャリアこそ世の奥様方よりは短いかもしれないが、その差を補って余りある位一つ一つを丁寧に作る。慢心し保守に走っている主婦は今一度見直して欲しいと言う位に。
 角煮をスチームで温めながら茶碗にご飯を盛り、メインディッシュ以外の食卓を整える。そして丁度再加熱が終わる頃にレンジを開け甘い匂いを含んだ湯気を感じながら角煮を運ぶ。
 妹の献身に感謝しながら恭は手を合わせる。誰もいないこの食卓で手を合わせる必要は無いと言われるかもしれないが、妹に指導(調教と言った方が概ね正しい)され染み付いているこの習慣を今だけ捻じ曲げる方が難しい彼はそのままいただきますの声を上げ、食事に取り掛かrピンポーン…
 恭は眉を顰める(そうか学校でよく言われる『眉を顰める』行為とはこの手の感情を誘発するものなのかと恭はまた一つ大人になった)も、来客を待たせるわけにもいかず立ち上がり玄関へと歩いて行き、一軒家にありがちな横開きの扉をガラガラと音を立てて開けた。

 「こんにちは……いや、おはようやな、真田くん」
 「璃音……」

 そこには、ポニーテールに関西弁のクラスメイト、油田璃音が立っていた。可愛らしい袋を鞄から取り出し、それを恭に手渡す。

 「要らへんかもしれんけど、今日出た宿題と学級通信、うちがとったノートのコピー持って来たで。明日創立記念日で休みやから、結構キチガイな量の宿題が出てんねん」
 「そりゃまた豪勢な……」

 宿題と学級通信は良いとして、彼女のノートと言うのは非常に贅沢な品だった。学年一桁の成績を誇る彼女の板書は高校生レベルではかなりのハイレートで取引されている。試験が絡む時期には相場が上がるため、本気で好成績をおさめるなら平時に買っておくのがお買い得だ。それをコピーすれば試験前に元を取り返せるし。
 クラスには彼女のノートを頼みにして授業を聞かない猛者も少なからず存在し、(学校というローカルな)社会問題になっている。無能教師の退屈な授業に時間を費やし成績も振るわないという位なら悪魔に魂を売るということは有用な取り引きなのである。恨むなら束になってかかっても生徒一人に勝てない自分の無能を恨めとはハイランカーの弁。

 「今度から金取るからな」
 「守銭奴だよなお前……それって大阪人の専売特許じゃね?」
 「大阪人だけが商売上手やと思うてか。兵庫の名産考えてみいや、色々あるねんで」
 「なるほど分からん」

 某百科事典サイトで検索をかければ出てくるのかもしれないが、全国区で見て有名な物が頭に浮かんでこないのだからその程度ということだろう。実際彼女の言っていることは嘘ではないのだけれど、一介の高校生にそれを期待するのは難しい。

 「ま、まあええわ……真田くん、もう元気なん?」
 「まあな、ずっと寝てた反動で気持ち悪いだけだ」
 「まあ生きてて良かったわ……昨日の今日でまた何かあったら困るもんな」
 「明日はちゃんと来るから……今日はありがとな、璃音」
 「ええよこれくらい……なあ、真田くん」

 璃音が突然声を上ずらせた。口元が少しばかり震えている。

 「あのな……明日ヒマ?」
 「ん、暇だけど」
 「せやったら、遊び行かへん? うち、見たい映画があってな、二人でいくと特典が貰えるねん」
 「ああ、『人外少女』か……」

 人ならざる者との交流を描いたアニメ(原作は漫画)である。今回は原作でも評価の高かった『黒ウサギ編』(不幸を招く黒い兎の少女との恋愛譚)を練り直した作品に仕上がっているらしい。
 近年の例に漏れずこの映画のチケットにも素敵特典が付いているのだが、この映画は特殊でカップルの客に特典を進呈している。恋愛要素が大半を占めているとは言え、この特典の条件は厳しすぎるのではないかともっぱらの噂だ。独り身のファンには敷居が高いらしくオークションで高い値がついていたりする。

 「それだけやとつまらんさかい、その……デートしよや」
 「……いいよ」
 「うん、じゃあ……また夜にでもメールするな」

 彼女はその言葉を最後に、軽く手を振って恭の家をあとにした。
 ああ……と恭は放心状態になる。生憎彼にはそこまで優秀な回避スキルを持っているわけではないのだ。
 今まで恭が彼女のことをそういう目で見たことはなかった。それは彼の視線が常に鳴を捕えて離さなかったからかもしれないが、ひょっとしたらそれだけではないのかもしれない。でなければ、進展具合があまりにも早すぎる。
 鳴が消えた世界で、システムがそのように作り変わったのだとしたら……恭が璃音を選ぶのはこの壊れた世界に必要なことなのかもしれなかった。
 そんな事、考えたこともなかったし考えるつもりもない。しかし、世界がそれを望むのだとしたら。
……結論は明日だそう、デートは付き合っている証明ではないのだから。恭は何分間その場に棒立ちになっていたかは知らないが、多少寒さで体調を崩すほどには長かったのだろう。
 よろよろと布団まで戻り、掛け布団の中に身を包ませる。璃音には申し訳ないのかもしれないが、彼は寒くてたまらなかった。体調がまた悪化したのだろうか。
 等と言う事を考えながら悶々としていると、ガラガラと扉の音がする。妹が帰って来た。

 「お兄ちゃん……」
 「あ、おかえr……っ!!?」

 彼女の手には包丁が握られていた。そう言えば調理実習がどうとか言っていたような気がするが(そうだ、それがあるから絶対に休むなと言ったんだったと恭は己の記憶力の無さを恥じる、体調不良は言い訳にならない)、自前の包丁を持って行ってたのか真田家の料理長は。調理師免許も持っていないくせに、銃刀法違反で捕まっても知らないぞと言いたかったがそういう状況では無かった。

 「誰か女の匂いがするね……お兄ちゃん、まさか自宅療養を勧められていながら女の子を連れ込んでたの?」
 「ちょっと待て、何なんだお前の謎の嗅覚と殺戮衝動は!?」
 「さてさて、お兄ちゃんはその女に何処を穢されたのかな? その部分を早く切断してあげないと……ね??」
 「いやおかしいだろお前!!! 自分のキャラを忘れないで!!!!」

 必死で命乞いをする恭に、耐えきれなくなったらしい涼はぷっと吹き出した。いや、分かってましたけどかなり怖いです。お前は学校で一体何を学んでいるんだと問い質したくなるような演技力に恭はさっきまでとは別の冷や汗が出る。

 「ったく……何やってくれてんだよ」
 「ごめんごめん。流石にそんな女の人の匂いなんて分からないよ。実は帰り道でお兄ちゃんの部活仲間の人に会って。あのイベント事ではいつも楽しそうに絡んでるポニテの人」
 「ああ、璃音か……んで、璃音が俺の所に見舞いに来た事を聞いたと」
 「ううん、すれ違っただけ。その璃音って人からお兄ちゃんの匂いがした」

 あっけらかんと言ってくれる妹。それはそれで怖いわ。恭は更に身震いした。
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『献身』と名の付く今回のタイトルですが、本当は中身に『検診』を絡めようかと思ってました。下らないのでやめましたが。
と言う事で、次回はデート回です。アイデンティティの大半が鳴で占められている()恭さんの屑ぶりが此処で見え隠れします。まあこの辺も鳴の消失による精神的なものと体調不良のダブルパンチで弱っているところに来たものだからってのもあるんですけどね。男なんてみんなそうです。
ただまあ1章の時点で完璧な主人公なんてつまらんので、徐々に成長できたらと。あと主人公が完璧な性格だとこの話成り立たないんですよ。その話はこの先でもさせていただきます。
 5話 人魚

 ……………

 ………

 …

 「……ん」
 「っ!? 真田くんっ!!!?」

 恭が気だるさの残る身体でなまこ、もとい眼を開くと気付いたらそこは病院のベッドの上だった。彼の眼前には璃音の姿があり、彼女はぐったりとした涙を瞬時に潤ませていた。

 「良かった……心配したんやで……」
 「心配したって……ああ、俺……」
 「もう……最近物騒なんやから、真田くん死んだら……哀しなるねんで……」
 「……お前が助けてくれたのか?」

 彼女は泣き散らしながらもこくんと頷いた。彼女曰く丁度恭が倒れていた所に出くわし、日陰に連れて行って濡れタオルで身体を拭いたが結構危ない状況だったため救急車を呼んでくれたらしい。そこから先も彼女はずっとついていてくれたそうだ。今日は折角部活も休みだったろうに、と思うと恭は申し訳なさで一杯になる。
 近くにそこそこ設備の整った病院があって良かった。それが無かったらと思うとぞっとする。とにもかくにも死なずに済んだ。それはずっとついてくれながら頭のタオルを換えてくれた彼女のお陰だと思うと何回御礼を言っても足りない。
 それなのに……何かを忘れている気がするのは文字通り気のせいなのだろうかと恭は思いを巡らせたが、答えは得られそうになかった。

 「……今何時?」
 「……ん、ええと、6時くらいやで」
 「分かった、とりあえずお前はもう帰れ。お前の親に心配かけたくない」
 「せやけど……いや、せやな。ここ病院やし。とりあえず真田くん無事ならええわ」

 顔をハンカチで拭くと、いつもの勝気な表情で彼女は立ち上がる。んじゃ、と軽く言い残し、彼女は病室の扉に手をかけた。

 「璃音」
 「ん、何?」
 「その……ありがとう、助けてくれて」
 「そんなんええよぉ。うち……真田くんに死なれたらつまらんし」

 ふふっと笑い、璃音は病室を出て行った。特に力を入れなくても勝手に扉は閉まって……いかなかった。

 「お兄ちゃんっ!!!!!!」
 「うわぁああっ!!!!!!」

 涼が閉まりかけた扉を強引に開けて飛び込んできた。そしてそのまま恭の顔面をホールドする。
 料理の途中だったからかジャージにエプロン姿である。色々大丈夫なのか、火の元とか世間体とか。涼には世間体とかそう言うものはあまり関係ないのかもしれないが。

 「お母さんからさっき電話がかかってきて…いてもたってもいられなくて……うわぅっ!!」

 居ても○っても居られないのはこっちだ。贔屓目に見ても妹の発育はやばい。そんな彼女の胸元で顔面を包囲されたらそれはもう色々死にそうになる。体力とか回復してないんだからやめてくれと思いながらも剣道部所属の彼女は腕っ節が強く振り払うのに相当な体力を消耗した。

 「ご、ごめんなさい……」
 「お前な……また意識失う所だったわ」
 「でも、いてもたっても……ところで、もう大丈夫なの?」
 「お前の所為でデッドラインに達しそうになったけどな」
 「ううう……」

 正直殺されそうになった感は否めないのだが、弱っていたとは言え妹に窒息死させられたなど末代まで笑い者にされそうで死んでも言えないのだがそうか今死ねば末代は自分だからこの負の連鎖は自分で終わるラッキーと軽く自殺を肯定しそうになったところで踏みとどまり、恭は両頬をぱんぱんと叩いた。

 「母さん、何て?」
 「『恭が倒れて病院だそうだから様子見に行ってもらえる?』って言われて……ほら、今週末は旅行だし、その前に色々あったら……」
 「ああ、そう言う事ね……」

 あまり聞きたくない話だった。あれか、子供が倒れたまま旅行を満喫しようとすると世間体が悪いとかそういう話か。
 別にお前が来いとは恭も思わない。むしろ妹が来てくれてありがたいくらいだ。あの親には、弱った状態で相対したくない。
 とりあえず旅行の件は絶対に行くまい、社交辞令として誘われても本調子じゃないからと断ろう、恭は本気でそう思っていた。

 「とりあえずもう帰れるから……一緒に行こう」
 「うん……あっ、そんな急がなくても……お兄ちゃん?」
 「ん? どうした?」
 「首筋に……変な痕(きずあと)があるよ?」

 涼に指摘され始めて気がついた。言われてみれば何か変な感じがする。おもむろに手を当ててみると、何だかごつごつした感触があった。しかも手を這わせた感じ、何らかの模様になっているような気もする。
 そう言えばあの時、誰かに後ろを押されたような感覚があったような……恭はあの時の事を思い出そうとした。しかし思い出せない。
 余計な事をあれこれ考えてもしょうがないので、二人は病院を後にするのだった。


 その痕には『Roberta』と刻まれていた……


 『Roberta』、別名『鳥籠の魔女』。その性質は憤怒。 カゴの中で足を踏み鳴らし叶わぬもの達に憤り続ける。 この魔女はアルコールに目がなく、手下達もまた非常に燃え易い。
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この話は結構な転機になっているかと思います。タイトルも原作へのオマージュです。それを思えば、また違った見方が出来るのではないかと。
こっから先璃音ちゃん無双が続くのですが、書いている側としては結構辛いものがありまして。一応結末を知っている(設定したの自分だし)だけにね。
4話 煉獄

 結局、行方不明の生徒は惨たらしい状態で発見されたらしい。出火元らしい体育倉庫で、どうやら火種を囲むようにして焼死体が出て来たとの事だった。勿論生徒には公表されていない情報で、恭も人づてに聞いた話なのでどうにも信憑性がないのだが。
 鑑識の手が回っていない状況で軽率な判断は出来ないそうだが、出火原因は死んだ生徒達が放火したと言う説が濃厚らしい。実際体育倉庫にある物は燃えやすい。乾燥した空気、マットのようなすぐに火が燃え移る媒体、ワックスを塗りたくった木造の床と壁。加えてこの猛暑で、故意に火を付けたならこうなって然るべきともいえた。

 「死んだ生徒、何の共通点も無いらしいぜ……」
 「クラスも学年も部活とかもバラバラらしいな……」
 「私ら誰も欠けなくて良かったよね……」

 その後の授業は教師一同が会議の為自習と言う事だったのだが、まともに自主学習に勤しんでいる図太い生徒はこの教室には居ない。上にあげたような会話がそこかしこで聞こえてくる。一応クラスメイトが他人事でいられるのは知らない人間だからだそうなのだが、クラスの誰とも面識のない人間が無作為にピックアップされてこうして事件に巻き込まれると言う話は少し異常に思えた。
 恭のクラスは彼自身言及している事だが変態揃いだ。それと同時に誰もかれも交友関係が広い。当然例外はあるものの、このクラスの人間と一次的な交遊関係にある者(友達の友達はカウントしない)を集めれば学校の半分は網羅できそうなくらいだ。
 とりあえず教室待機を命じられてはいたが、生徒達が落ちついていられるわけもなく、それでも人が大勢死んだ後ではふざけて騒ぐ事も無く(この辺の良識を持ち合わせているのがこの変態クラスだと恭は自負している)、教室内は異様な空気に満ちていた。例えるなら可燃性のガスが充満しているかのような。火種がどこかで弾ければ、恐らく瞬時に炸裂する。
 いたたまれなくなったので恭は教室を出る事にした(不在中に教師が戻ってくると面倒なので一応隣の九兵衛に『少し雉を撃ってくる』と言ったが通じなかったので後ろの男子に『トイレ行ってくる』と告げた、その後二人の慣用表現ト―クが始まったのは気にしないでおく)
 自習を命じられているからと言って用を足す事を規制する法律は無い。ただ恭の足は別の所に向かっていた。彼の所属する2年5組教室のベランダである。一応カーテンを締め切っているのでクラスメイトが恭の存在に気づく事は無い。
 煙草みたいな嗜好があるのなら一服やりたいシチュエーションなのだろうが、無論生徒の喫煙は禁止であるし恭にそう言う習慣は無い。ただ黙って空を見るだけだった。空は雲一つなく蒼い光がどこまでも深く満ちていた。
 閉鎖された空間でネガティブな感情を連鎖させるよりも、此処で何も考えないで時間を過ごしている方が何倍も有意義だった。どうせ自習が出来る空気ではない。これが来年の今頃なら違うのかもしれないが。
 思えば、死んだ生徒の中には三年の生徒もいたはずだ。勿論恭自身はその人達の事を知らないのだが、此処まで生きて来てこんな最期を迎えると言うのはどういう心境だろうとふと考えてしまった。それから、死んだ生徒の親もそうだ。家庭環境の違いこそあれ、此処まで育てて来た大事な子供が理不尽に命を奪われると言うのは身を裂かれるような苦しみだろう。
 彼はそれが多数派である事を信じており、それ故に自分自身が異端である事も承知している。両親にとって飾り以下の存在価値しかない自分の居る意味とは何だろうか、考えても答えは出せそうにない。

 「きょうちゃん……」
 「……ああ、九べ……きゅうちゃんか」

 一応彼も九兵衛を彼女が望むあだ名で呼ぼうと努めてはいるのだが、大勢が居る中でだと何だか恥ずかしく、あまり実行に移せないでいた。ちなみに女子同士ではこの『きゅうちゃん』と言う呼び方で定着しているし、男子も『おいおいきゅうちゃんそりゃないぜ』的な軽口で呼ぶことも多いので別段恥ずかしいわけではないのだが、通常時は圧倒的に『木村さん』が多いので中々そう呼べない。恐らく恭以外の男子にもこう言う奴はいるのだろう。
 一応言っておくと彼女は可愛い。ただひたすら可愛い。白い髪も高齢者の白髪のような褪せた色ではなくほのかに艶を帯びており、ほのかに気品を感じさせる。赤い瞳も血走ったような物ではなく宝石のようで美しいし、何より性格が控えめだ。多くの人が『護ってあげたい』と感じるのだろう。
 だからこそ、やたらと自分に懐いてくる(と恭は思っているし他の人も割とそのような感じではある)彼女の事を親しく呼べないのではないか、恭はそう自己分析している。

 「雉を撃ちに行くって、女の子で言う所の『お花を摘みに行く』ってことなんですね。勉強になりました。自主学習の時間恐るべしです」
 「そうか、なら良かった……んで、どうしてここが?」
 「ちょっとあの部屋に閉じ込められてるのが嫌になったので……きょうちゃんもいたのが意外ですが」

 思えば好きこのんでベランダに出る生徒はあまりいない。それが小学校時代の『ベランダに出るな』と言う謎のルール(勿論危ないのは分かっている、なら何故作ったと苦言を呈したいわけだ)の刷りこみの成果なのかは分からないが、実際こうして誰かと一緒に此処に来る事など恭には無かった。
 する事がないからというのが理由かもしれない。走りまわれないし、こうしてカーテンがかかっている訳でもない状況では秘密の場所にもなりえない。何かをしてばかりのうちのクラスメイトが、何もしない事を強制されるこの場所に来たがらないのもある意味では当然なのかもしれない。

 「ご一緒してもいいですか?」
 「別に良いけど……」
 「ありがとうございます、きょうちゃんは優しいですね」

 そう言うと、九兵衛は軽くて柔らかい体を恭の横にもたれかからせる。ふんわりとした匂いが恭の鼻腔を満たし、彼を何だか変な気分にさせた。クラスのアイドル(になりつつある)と肩をくっつけて日向ぼっこなど早々出来るものではない、やたら熱いのは太陽のせいだけではないのではないかと恭は動悸の激しい心臓を押さえて思う。

 「ん……私、こんな風に学校生活を送りたくて。今、とても幸せなんです」
 「前のクラスで、何かあったのか……?」
 「まあ、そんな感じで……」
 「そういやさ、きゅうちゃん。どの辺に住んでんの?」
 「相浦って所に、一人で住んでます。私、元々両親を亡くしてて、後見人の方に色々面倒を見てもらってまして……」
 「相浦か……バス通学か?」
 「はい……そんな感じです」

 その目は恭ではない別のどこかを向いて、彼女は自分の出自を淡々と語ってくれた。どこまでも不思議な子だと恭は訝しんだが、嫌な感じはしなかった。むしろ、彼女が少しだけ輝いて見えたのだ。
 彼女の、大変だけれども頑張っているその姿を見て、別段大変でもないのに家庭環境の劣悪さから少し引き気味になっている自分が恥ずかしくなるくらいに。

 「実はさ……俺の母さん、本当の母親じゃないんだ」
 「え……?」
 「俺が覚えてないくらい前に離婚して、父さんに引き取られたんだ。んで再婚した。家庭環境は最悪だよ、母さんは連れ子の妹を溺愛して俺の事は塵屑扱いだし、母さんにべったりな父さんは俺の事なんて考えてくれないし。その点、きゅうちゃんは自分一人で頑張ってて偉いよ」
 「そうでもないですよ……後見人の方が凄く良くしてくれるから……」
 「そうか……俺も、妹が良くしてくれるかな」
 「妹が居るんですか?」
 「まあ。妹一人居れば両親なんて居なくていいくらいの良妹だよ」

 ……と、そうこうしている間に教室がざわつき始める。先生が戻って来たらしい。俺が先に入るから、と釘をさして彼女をトイレ側に行かせる。そして何食わぬ顔で恭は教室に入ると先生に事情を説明した。


 その日の放課後は全部活動が活動を禁止されてしまったので、恭は一人でいつもの道を歩いていた。いつものように、自転車を押しながら歩く。いつしかそれが彼の日常になっていたから。
 だが、鳴はいない。どれほど探してもその痕跡さえ見つからない。部活の皆と撮った写真からも彼女の存在は消え、連絡網の名簿も不自然にブランクを生じていた。
 忘れたいわけではない。だが、忘れなければならないのではないかと言う自分も居る。でなければ壊れてしまいそうだった。薬物依存とさして変わりはしない。もしかしたら忘れてしまえば何事も無く日々を過ごしていけるのかもしれない。

 「……でも、そんなの……」

 嫌だ。
 嫌だった。鳴の事を忘れて、別の誰かを好きになるのが嫌だった。彼女との思い出を、今は自分の心の中以外のどこにもないそれを消してしまうのが嫌だった。彼女は世界一の人間では無い。だが、彼女は彼が世界一愛している相手なのだ。
 ……それにしても暑い。太陽はその光で恭の身を貫かんとするほどだ。早く帰って涼まろう、そう決意して足を踏み出すスピードを上げようと……

 トン。恭は軽く首筋を押された。そこまで痛くは無かったが、彼はふらっとよろめく。自転車を倒しそうになりながらもギリギリで踏みとどまり、そんな事をした犯人を問い詰めようと振り返る。

 そこには誰もおらず、次に襲って来たのは強烈な倦怠感だった。

 「なっ……んっ、ぐっ……」

 だるい。気持ち悪い。目が回る。吐き気がする。これが熱中症か、意外なほどに冷静な頭に感心しながらも、彼は近くの影を目指した。駄目だ、喉が焼ける、口の中が乾いてかすれた声しか出ない。

 「かはっ……だ、ぇ……ぁ……」

 自転車の下敷きになって道端に倒れる恭。体が動かない。後少しで日陰だったのに、それは彼を覆い、匿ってはくれなかった。

 暑い、熱い、あつい……誰か、誰か助けて……


 その後、朦朧とする意識の中彼は身体がふわりと浮くのを感じた……
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文字数の関係でその後をカットしています。そしてカットされた内容が次話の頭に来るなんて事はありません。へっへっへ。
と言う事で四話です。中々話が進まないとか文法にミスが多いとか日々ぶっ叩かれておりますが、叩かれれば叩かれるほど強くなるのが戦闘民族と私なので(私は叩きすぎると折れますが)、今後とも邁進していきたいです。
魔法少女大戦とか言ってまだ一人も魔法少女が出てきていない現実には少し目を瞑って下さい。
 3話 疑念

 「お~い、もしも~し」
 「……んあ」
 「おはようさん、真田くん」

 次の日の朝、早朝からの補習(と言う名の授業、別に一限と言ってくれてもいいのだが。何だろう、あまりに朝早くに授業を行うと法的にまずいのだろうか、という疑問が大多数の生徒から出ている)を終えぐったり机に突っ伏している恭に声をかけたのは璃音だった。心底だるそうな恭に太陽よりも眩しい笑顔を向ける彼女。太陽って近すぎると色々厄介だ。自由と言う名の翼は太陽に近づくとにかわが融けてしまう。
 今の恭は太陽に急接近され、そのまま地面に墜落と言う構図だった。彼は何も悪くない。むしろ地球が危ない。一瞬で焦土だ。

 「もう、なんやテンション低いな。そんなんやとまたミスるで」
 「うるさいな、ほっといてくれませんか割とマジd…」
 「そないな事言わんでもええやん……ほら、今日はうちと真田くんが日直やで」

 恭の顔が凍りついた。顔を上げた恭の眼前には少しばかり長めの黒板消しが一対。そもそも黒板消しは二つで一つなどと言う事は無いはずなのだが、消す面が合わさって彼の前に突きつけられていた。一回パンと打ち合わせたら大惨事だろう。何と言うサディスティックなクラスメイトだ。

 「別に仕事しないとは言ってないだろ……」 
 「せやかて真田くん、言わんかったらせぇへんもん」
 「分かったから……やるって」

 重い腰を上げ、補習のためほぼ真っ白に塗りたくられた黒板(違う意味で白板だ)を黒板消しで綺麗にする恭。確かにこの黒板を一人で、しかも女子がやるのは厳しい物がある。
 ちなみに璃音と恭は同じ部活をしている。恭の凡ミスはばっちり彼女に見られているのだ。また鳴も同じ部活なのだが、それはまた次の機会に。

 「それにしても熱ない? 今日さ」
 「胸元を露出しようとするな」
 「じゃあ見んといてや」
 「見せるな」

 議論は平行線を辿りながらも黒板は綺麗な緑を取り戻し(黒板の色が緑色なのに黒板なのは初期型が本当に黒かった名残らしい)、妙な達成感を得る二人だった。と同時に先生(何度も言うが禿)が入ってくる。二人は慌てて着席した。


 ……………

 ………

 …

 熱い。あまりの暑さにクラス全体が死屍累々となっていた。校内放送では熱中症の対策の放送がされ、秋になったので封印された冷房が解禁される程になった。それでも熱い。と言うか集中管理で温度を28℃以下に下げられないのが悪いのだが。
 この茹であがるような暑さに教師陣は大抵やる気が無かった。生徒に至っては言わずもがなである。そんな中で、九兵衛は黙々とノートをまとめていた。何だこの少女は。鬼か。学問の。
 ちなみに先生の言う通り昨日の帰りのHRで席替えが行われ、恭の席は真ん中付近になり左隣が九兵衛になった。特定の人間と隣り合う確率は思ったほど低くは無いのだが、周囲の批難は凄かった。ネタだと信じたい。
 昨日転校してきて、一日でクラスに馴染んでしまうのは恐らく彼女の可愛さなのだろう。性格的に自分からコミュニティを広げて行けるキャラではないし。可愛いは正義と言う奴だ。イケメンは性格的に多少何があってもモテるというあれだ。生憎恭にそう言う素敵イベントを引き起こすステータスは無いし、某ゲームのように魅力値や学力値を簡単に上げる事も出来ない。
 そんな事を考えながら黒板の文字の羅列を書き取っていると、左肩をちょんちょんと小突かれた。その方向を振り向くと、左頬に華奢な指が当たる。そのまま恭は左手でその指を握りしめた。

 バキバキバキバキ。

 「いっいつつつつっ!!!」
 「おい優等生。ふざけてる暇があっても凡才の邪魔をするな」
 「いや、そう言う事ではないのですが……この時期、この町ってこんなに暑いんですか?」
 「さっきまで何も気にしてなかったくせに……」
 「いや、温度計が酷い事になってるので……」

 教室前に置かれている温度計が95度になっている。ああ、と恭は直感し、机の中に入れていた電卓をいじる。うちの温度計は誰の趣味か知らないがセ氏ではなくカ氏を採用しているのだ。
 計算の結果、35℃という結果が出た。確かにおかしい。真夏はとっくに終わっているはz……

 ウゥーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!

 強烈なサイレン音が前方のスピーカーから流れる。その後、今までに生徒達の聞いた事のない音声が流れて来た。

 『火災発生、体育館より火災が発生しました。担当教諭の指示に従い迅速に避難して下さい。これは訓練ではありません、繰り返します、火災発生……』

 機械音声だった。今までの訓練は全て誰かしらの先生が原稿を読み上げていた事もありそれが非常事態である事を如実に表している。
 喚き散らす者達も居たが、それを教師達が上手く統制し生徒を校庭へ導いて行く。しかしうまく行かない。普段の訓練がどれほどに儀礼的なものかを有事の際には思い知らされる。
 出火元が本校舎から渡り廊下によって繋がれた別館であったためこの避難クオリティでも十分に間に合ったのだが、避難の末の全校生徒達の混乱は並大抵のものでは無かった。早急に消防隊が駆け付けたが、巨大な建物を包み込むように燃え上がる炎は中々消えなかった。

 「いったた……ちょっ、うちの足踏まんといて!!」
 「あっ、ごめん……」
 「ああ、真田くんか……いたたたたたたっ、あーやばい、骨折れてもうた」
 「おいどこのチンピラだよ」

 と言ってもそこそこに炎が鎮静化されて行くのを見ると生徒達も落ち着きを取り戻し始め……れば良かったのだが、落ち付いてくるにつれて新たな問題が浮上したらしい。
 あちこちから聞こえてくる悲鳴にも似た声。居ないのだ、生徒が。何人も。報告するクラス委員長も気の毒な話だ、こんな状況で生徒がそんな責任を取れるはずがないのに。それでも報告すれば叱責は免れない。叱責されるべきはクラスの生徒達を見ていなかった教師だろうに。と言うのもお角違いな話なのだが。
 悪魔のように踊る炎が目に焼き付いて離れない。この度の問題は全て火事の所為なのだ。この焼けるような暑さの中揺らめく陽炎が現実さえも歪めて行くような気がして、一周回って恭は身震いするのだった。

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遅ればせながら三話です。実はかなり先まで話を作っていたりします。福岡の合宿所で暇な時間が結構あったので(特に1日目は四人部屋を一人で専用してたので寂しかったんだ)
今回は火曜と言う事ですが、1日を一話にまとめると長くなりすぎるので(多分8千字くらいいきそう)今回は二つに分けます。
何かキャラが良い感じに立ち回ってくれてるので、作者としては助かってます。作品は生き物です。