大事な物を得る為には捨てなくちゃいけないものがある。 | 子育てというボランティア

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今、いろんなものを捨てている途中・・・。
 
私がどうして浦安に来たのかって事
すっかり忘れるとこだった。
 
たった4年しか経っていないけど
この4年のうちに、本当にいろんなことを抱えすぎた。
 
自分の事だけでなく、人のことも背負い込みすぎた。
いつか助けて欲しいからと相手が、一つも喜んでいないのに
無駄に親切の押し付けをしていたのかもしれない。
 
それがわかってしまった。気付いてしまったから。
もう、腕の中から放り投げることにした。
抱えていた物を全部・・・。
 
そうしたら、後に残る物だけが、本当に大切な物だとわかった。
人の優しさ。本当の誠実さ。本当に大切な物は何かって事。
私は惑わされていたね。
 
人とのつながりに、夢など持てない人を
そんなことないよって、応援していたら、
気付いたら自分までそう思うようになっていたみたいな。
あなたは友達じゃないと言われたけれど、本当だね。
あなたは私の友達に値しない。
本当に、哀れな人だ。
 
それを気付かせてくれたのは、やっぱり、主人の力なのだろう。
会社の会報誌のプロフィールに
あなたの宝物は何ですか?と言う問いがあり
迷わず家族と答えていたね。
どんなことがあっても、一番の私の理解者で、
同志であって、かけがえのない人。
時々見失ってしまうのは、ここが安心しすぎる場所だからだろう。
 
周りの人にいろいろと非難されても、私は主人を裏切ってはいない。
よそ見はちょこっとしていただろうけどね。
Gちゃんに言わせれば、・・・でも幸せって事だよね・・で
片付けられる事なんだろう。
 
道にころがっていたおもちゃの指輪をずっと本物のダイヤだと思って持っていたら、
質屋で、これ、ガラス玉ですよって言われたみたいな。
子どもの頃おもちゃの指輪を本物だと思って大事に持っていましたから私。
 
ダイヤモンドの指輪もダイヤモンドのネックレスも持っているのに
どうして落ちていたガラス玉を磨けばダイヤになるなんて思っていたんだろうかと
自分でも馬鹿馬鹿しくなった。
ガラス玉でも、磨けばスワロスキー位にはなるかもしれないけれど
磨く職人もいなければ、路傍の石のままだろうね。
まあ、いいじゃん。きっと神様は見ているから。
 
ダイヤの指輪もネックレスも、大事に大事にしまいこみすぎたら
どこにしまったかわからなくなるように
大事にしすぎてなくすといけないからって、
イミテーションばかりつけていたら、
イミテーションしか似合わない女になっちゃうね。
本物はいつも身につけていた方がいいね。
 
大事なお洋服は、箪笥の肥やしにするよりは
着倒したほうが洋服も本望でしょう。
本当は想っていても、言葉に出して伝えなかったら
それは思っていないと同じなんだよ。
超能力者じゃないんだからね。
 
主人が出張から帰ってきたら
おいしい御飯ととびきりの笑顔で迎えよう。
いつもありがとうって言おう。
 
そして、ずっとサイズが合わなくなって外していたプラチナの結婚指輪
やっとサイズ直しをする気になりました。
そうしてもう一度指にはめてもらおうと思います。