会社の寮に暮らしていた夫。

小さなキッチンの付いた部屋。

私は初めて足を

踏み入れた。


昨日、伝言を

果たすために部屋の鍵を

寮母さんに開けてもらった。


テレビの音がしていた。

エアコンも付けたままだった。

そして、まな板の上には、

マスカットがそのまま

のっていた。

果物が大好きな人。

これなら、食べれると

思ったのだろう。


前日から、

腰痛と腹痛があったそうだ。

会社にも普通に出勤したが、

朝から調子が悪かったらしい。

会社の従業員さんたちが、

心配して病院に行くように促され、

近くの町医者へ行ったのだった。

大きい病院を紹介されて

一旦寮に戻ったが、

その日のうちに、

入院させられてしまった。


大量の洗濯物も

洗濯したまま干されて

いなかった。

帰れると思い、

洗濯をかけたまま、

出掛けたのだろう。


もともと、きちんと

暮らせる人なのに…。

部屋が荒れていた。

最近、ヤフオクで

衣類を買うことが多かったが、

こんなに…と思うほど、

新しい服も積まれていた。


以前暮らしていた

1Kの借り上げアパートは、

こんなに酷く散らかっていた

ことはなかった。


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彼は料理するのが好きで、

保存食のようなものや

栗の渋皮煮やジャムなど

自分で作っては

家におみやげとして

持ってきてくれた。


いつも、

「おまえ、料理のセンスがないな。」

と笑っていた夫。

だから、私の出来ない料理は

お任せした。

マンガやドラマで仕入れた

料理のうんちくを語る夫は

器用に丁寧に下ごしらえをして、

料理した。

洗い物も若い頃は

手伝ってくれたが、

いつも洗い方が悪い!

と私が怒るので、

いつの日からか、

私は洗い物係りに

なった。


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そんなことを思い出しながら、

冷蔵庫を開けると…。

ぎゅうぎゅうに

詰め込まれた食材で

あふれていた。

きっと、食べられない日も

あったのだろう。

それを思うと、涙が出た。


もっと早く、

気付いてあげたら良かった。

けれど、単身赴任。

日々の暮らしは

細かくわからなかった。


その夜に、

「冷蔵庫を見て、悲しくなったよ。

食べれてなかったんじゃないの?」と

泣きながら電話をかけた。


私が前に持たせた保存食も、

タッパーごと残されていて、

食べた形跡はなかった。

そのことが、悲しかった訳では

なく、痛みで食事が

採れなかった日が

あったことにだ。


「告知されたのだから、

受け入れるしかないけどさ。」

と小さな声で私がつぶやく。


私が泣いたものだから、

困ったような声で、

「今さら、仕方ないよ。

なるようにしかならないさ。」

と、つぶやいた。


いつでもどんな時も、

私と夫は前だけしか向かない

人間だった。


つづく。


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