眠れぬ夜を過ごし、
朝一番の列車に乗り込み、
新幹線を乗り継ぎ、
義理姉と合流し、
夫の入院する病院を
目指した。
スマホが鳴った。
昨日の医師からだった。
私が動揺していて、
返答が可笑しかったせいか、
心配して再度かけてきたらしい。
「今、そちらに向かっている
ところです。」と伝えると、
ホッとしたような声で、
「到着次第、説明をいたしますので、
気を付けてお越しください。」と言い、
電話を切った。
ふっと、
若い誠実そうな医師の顔が
思い浮かんだ。
✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨
コロナ禍でフェーズが高く、
面会は全面禁止。
県外在住者なので、
詳しくチェックを受け、
特例で夫も交えての
インフォームドコンセント
(説明と同意)がすぐに始まった。
朝、私の想像した通りの
医師だった。
とても、丁寧に解りやすく
ほぼ膵臓ガン末期であることを
淡々と話した。
手術は不可能。
膵臓の膵尾部に病巣があり、
他の臓器にも転移があるなど、
細かい説明がなされた。
炎症反応値がものすごく高く、
普通では歩けないらしい。
だが、夫は気力だけで
頑張っている気がした。
一通り説明が済むと
自宅のある地元の病院に転院し、
抗がん剤治療を始めるようにと
言った。
「質問はございますか?」
の問いに夫は、
「引き続き、会社で働くことは
できますか?12月に決算があるんです…」と言うと、涙をこぼした。
医師は余命にはふれず
「地元の病院に転院して、
ご家族とともにお過ごしください。」
と繰り返した。
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夫は仕事も趣味も
タフにこなして
生きてきた人。
超がつくほどポジティブ。
そして、束縛を嫌う自由人。
また、65年の人生で整形外科と
歯科くらいしか
受診したことがない。
膵炎かな?と予想して
病院に行ったと言うので、
夫にとって、
昨日の今日の
「ガン宣告」は、
青天の霹靂だっただろう。
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医師の説明のあと、
私と夫と義理姉が
部屋に残された。
明日からは、面会出来ないので、
しばらく話す時間を
下さったのだ。
夫は開口一番、
「寮の部屋、これから
見に行ってきて。
入院するつもりなくて、
マスカット食べようと
まな板の上に出しっぱなしに
してきた。」
「それから、俺の部屋のものは、
全部処分していいから。
会社と寮母さんに
連絡しておく。」と言った。
かなり、投げやりだった。
私は、何を話したのか、
どう返事したのか、
あまり覚えていない。
面会を終え、
入院先の病院の
ケースワーカーさんに、
地元の大きな病院を
いくつか提示し、
受け入れを打診して
もらうことした。
夫の寮の部屋に寄り、
少し片付けをして、
宿泊先に戻った時には、
移動と昨日からの混乱と疲労で、
体がふわふわしていた。
悲しむ気持ちよりも、
目の前の真実を
受け止めて、
しっかりしないとと
思うのが精一杯だった。
つづく。
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先日、投稿した③の記事を間違って
削除してしまいました。
いいねしてくださった皆様には
ごめんなさい。
少し文章を変更して、
再投稿しました。



