宿題②
高天原の乱幣立神宮の伝承応神天皇 高天原の乱当時の天皇第十五代天皇幣立神宮には高天原の乱のとき神功皇后と応神天皇が鹿児島方面に逃げる際しばらく幣立神宮に隠れていたという伝承があります応神天皇が鹿児島方面に逃げたという話で思い出すのはこんな話です。神功皇后はヤマトから筑紫の邪馬台国を滅ぼしに来ました。そしてタブラツ姫=卑弥呼を殺して邪馬台国を征服しました。その後残存勢力がいる半島に行き、邪馬台国の半島勢力も屈服させました。しかしタブラツ姫は魏から親魏倭王の称号をもらっていたから神功皇后は親魏倭王を殺したとは対外的には言えずタブラツ姫の宗女であり、後を継いだと魏に報告しました。すなわちトヨ=神功皇后です。そして筑紫で絶大な人気を誇ったのですがヤマトから神功皇后討伐軍がやってきて筑紫から有明海に抜けて逃げました。そのときこの神社に寄ったかしばらく身を寄せたのでしょう。やがてさらに南に逃げて薩摩から日向、高千穂に根拠地をえました。そしてやがて応神天皇ともども宇佐に行き、そこから瀬戸内海をヤマトへ。途中、吉備なども味方につけて見事ヤマトの王に応神は即位。つまり神武東征や天孫降臨などすべて神功皇后と応神天皇の出来事であるというのです。※夜中に起こされて、邪馬台国と大和政権の講義に行きましたので、、卑弥呼=天照大神でした。この天高原の乱の伝承では卑弥呼はタブラツヒメとしています土蜘蛛伝承の田油津姫=蚕の姫=金色姫=三星堆遺跡の金色=穴戸の豊浦宮(鬼、塵輪)土蜘蛛とされる縄文からの音霊と幡、布を司り、手の神、手芸、技能上達 糸から蛇の原型文字へと移行する私の中で、田油津姫=吾平津姫が一緒であって、、ここで思考が止まるのです。本当に別なんだろうか・・分けたほうが話につながるから分けたのでは?卑弥呼は呉を裏切ったからね。魏の親王となっているから、古くからあった呉(織姫)との交流を絶ったからです。それで日本では縄文と重なる中国大陸の春秋戦国ではなく、三世紀の三国時代の(呉)から韓国半島の交流としたのです。融合して大和にしなければならなかった歴史の流れがあると思います