薫風の5月に、悲しいご報告をしなければなりません。

病気入院中の夫が4月25日に永眠しました。

 

4月25日、ブログの記事「薔薇の花と東京タワー」を掲載し、夫が少し良くなってきた病状を書き込んでいました。

 

ところが、その夜に急変。

危篤状態で病院からすぐ来るようにと電話連絡がありました。

 

そろそろ眠ろうかとしていた矢先.。慌てて、娘たちに緊急連絡をして、病院へ向かいました。

アラームが鳴る病室で、意識のない夫がいました。遅れて娘たちが駆けつけました。

担当ドクターの死亡の診断。21時10分。息を引き取りました。

 

昼過ぎの面会は私との最後の別れだったんです。

病室を出る時、また面会に来るね、という私に、夫は小さく手を振ってくれました。

 

悲しむ時間もなく、その後の物事を決めなくてはなりません。

翌日、葬儀社を決めたり、檀家の御坊様に連絡したり、泣いている時間はありませんでした。

 

4月28日に告別式。夫と最後の別れとなりました。

 

コロナ禍で緊急事態宣言中。家族葬で質素に告別式を終えました。

御坊様も千葉から駆けつけてくださいました。有難い事です。

コロナに感染していなくて良かった、と心から思いました。

家族と夫の姉妹だけで荼毘に附すことができました。

 

ところが、告別式を終え帰宅。自宅マンションの玄関ロビーで私が転倒。左手首を打撲してしまいました。その夜、夫がやっと帰った自宅で、手首の痛さに、保冷剤で冷やしながら、眠ることもできませんでした。

翌日(29日)は祭日で病院が休みです。救急クリニックへ電話して整形外科の予約を取りました。その日、レントゲンで見ていただいた手首、幸いにも骨折していませんでした。

湿布薬で様子をみるように、とのことで、ひとまず安心しました。

 

観察していた人参の葉が枯れてしまいました。あの人参は夫の身代わりだったのでしょうか?

 

それからが事務的な事柄の対応に追われました。

ゴールデンウイークで官庁がお休み。死亡から14日以内に届け出しなければならに手続きがありました。

30日には、区役所に出向き、1日が過ぎてしまいました。連休で祭日が多く、本当に困りました。世帯主の死亡がこれほど大変だとは考えてもいませんでした。

              親友から届いた生花。ようちゃん、ありがとう!

 

悲しみはこれから、嵐のように襲ってくるのでしょう。