長いようであっという間だった1週間が終わりました。
今週は、北海道で震度3、4クラスの地震が連続してあり、前兆体感にてこずった週でした。でも、お祓いかなんか知らないけど、人間の都合で一方的に抑え込まれたり、鎮められると余計に地底のエネルギーの生き場が失われるようで、逆に怒りがこみ上げたりする形で連動してしまうので、地震で不安になってる人達には申し訳ないけど、こうして解放される方が、私としてはありがたかったりします。さて、伴侶動物の他頭飼育者である私にとっては土日の休みも普段と変わることなく生活のリズムは流れ、むしろ滞ることに細心の注意を払い、平日に見落としがちな犬猫たちの健康チェックしっかりやって、ノートにメモを残します。そうすることは私自身の精神状態を顧みるためにも大変役立ってくれます。特に、犬が増えてから、私のエゴによって立て続けに猫達を死なせてしまってからは、細かく様子を書き込むようにしています。
そんなことして何になるんだ。もっと人間のためになることをしたらどうなんだよ・・・・という批判もくるんだけど、人間のためになるようなことをしている人達は、いくらでもいるだろうと思いますし、そういう人をあてにすればいいんじゃないかって思います。ブログでもそうやって世の中を善くしようと?愛と平和の精神で毎日毎日ブログで活動をしている人達はいるでしょうからね。
私の中の物語では、家庭動物達という存在は、流という初源の生命エネルギー(水・火・風は基の3柱ですが)がタタリになるのを防ぐために、生命力と人との調和を保つという働きをしていた人が、侵略者に誅殺される時に、逃げ込ませた先の末裔ということになっています。
家庭動物達の先祖達は、敢えて、野生を離れることを自らに許し、人間生活に深くかかわることで、自分達の中に閉じ込められている「流」を解放するという非常に困難な道を選んだ、ということになっています。なので、人間にとって何のメリットもない家庭動物達の問題に取り組むということは、その、動物達の中に閉じ込められている流をこの次元に、呼び戻す・・・・ということにつながります。
流を呼び戻すことが果たして人間にとってどうなのか、それは人間の意識次第だと思っています。
今、資本主義経済の崩壊が如実に感じ取られるようになってきて、愛とか平和を希求するエネルギーが強まってきているけど、それが人間中心ではない、すべての種を含めたものであるなら、流の解放は、それらを促進することになるでしょうし、そうでなければ・・・・弱肉強食という、冷酷な「使う神」の、次なるシナリオの一過程にすぎない、単なる局面でしかないなら、それは障害になるのだろうという気がします。
丁度、6年間勤めた職場を些細なことで失ってから、1年、今また、新しい職場の座学研修を終えました。来週からは実践研修に入ります。「もうお金の時代は終わる・これからは人情の時代だ」「お金を必要としない生き方を創造しよう」そういう世界を求める人々の無意識の声が大きくなっているように感じます。
そんな中にあって、私は、再び、能力主義という現実に徹底して関わろうとしています。沢山の動物達の命を預かる私にとって、そういう世界を求める声は、金に振り回され、金にこき使われ、辟易した人達の夢物語のように感じられます。
そのような世界を現実に反映させるのはその人達であって、私はおそらく直接的に関わることはないのだろうと思っています。
とにかく、厳しい環境の中で、それが動物であれ人間の子供であれ、ハンデを抱えながらも生きる人達、顧みられることのない活動を続ける人たちの、力になれたら、と願いながら日々を過ごしています。実際に、評価対象となるのは来年の3月から、という説明があったんだけど、必ず結果を出す、とそう、決めています。

