殺処分がなくならないのは、この現実と呼ばれている次元の支配者が「使う神」という思考エネルギーで、その思考エネルギーが地球上に弱肉強食という原理を敷いたからだって思う。
この「使う神」のことを、宗教的に表現するならサタンっていうんだろうけど、それがどういう経緯で存在することになったのか、っていうところまでは今は、触れずに飛ばしていく。
私が「流」と呼んでいる存在は、その「使う神」が地上を掌握する以前に、地球上に存在していた原始的なエネルギー体で、火・風・水を3主柱として、その子供?のような金とか緑とか土とか、更にその子供として動物達がいて、人間。つまり、人間は、今の食物連鎖ピラミッドから言えば、植物のような存在に該当する立場だった。
けど、その最下層の人間のある一部に「使う神」が憑依した。
「使う神」という思考のエネルギーは、在る程度まで人間を進化させると、流をねじ伏せて、破壊し封じ込める「方法」を与えるようになった。これが科学の始まりだっていうけど。
私に語りかけてきた存在は、この「使う神」の一派によって誅殺された人だという。彼等は最初、友好を装って、近づいてきたという。この人は、流達と人々の間で調和を保つための働きをしていた人で、今で言うシャーマンのような役割の人だったという。流との調和を保つ?ための方法を、明かさなかったために殺されたのだと言う。
彼の首が切り落とされた時、空が昼なのに暗くなって、流達がパニックになり、暴徒化しようとした。(日食?)
転げ落ちた首は、最期の力を振り絞って、彼らを散らして、動物達の中へと「逃げ込ませ」た。ネイティブピープルが、部族に動物の名前をつけたり、動物達を神にしていたりするのは、その名残なのかもしれない。人間の生活に入り込んでいる動物達というのは、ただ、人間が一方的に野生から切り離して飼いならした、というわけでもなく、彼等は、流のエネルギーを内に秘める存在として、私達にその「封印」を解いてもらうことを望んで、自ら人間に歩み寄った、という見方を私はしている。
殺処分をなくしたいと意志するなら、この世界を支配し、弱肉強食という原理を地上にばらまいたこの世の神、「使う神」に祈っても無駄で、反対に自分自身が悲しみや怒りの負の感情を蓄積する羽目になり、それは病気となって噴き出て終わる。
なので、使い捨てられる動物達のために行動している人達には、神とは別の、まったく異質な精神的支えが必要だと強く感じるので
今まで自分の中に鍵をかけてしまっておいた、物語をここに解放することにした。みなさんにとって、今後、動物達のことと取り組む上での、何か新しいきっかけになれば、嬉しいです。