1998年5月 南仏旅行 備忘録。
アメリカ留学時代、ボストン旅行の前ですが、レンタカーで夫と二人、南仏を旅しました。
1998年5月14日
南仏旅行6日目、マントンのドルフィンホテルを後にして、イタリアのトリノ経由でアルプス モンブランへ向かいます。
途中、山の上に町を見つけて写真をパチリ。
今までどこの町なのかわかりませんでしたが、今回Google Mapで道沿いの町にカーソルをあてながらダメ元で探してみたら、なんと見つかりました

ゴルジュ・ド・サルジュという町のようです。
Google Mapさまさまです。
有料のモンブラントンネルを抜けてシャモニーへ。
アルプスの真下をほぼ真っすぐにトンネルが通っているなんて驚きです。
アルプスが見えてきたときは感動しました。
ちょうど私が運転していたのですが、夫は助手席でぐっすり眠っていました。
絶景独り占め

モンブラン山麓の町シャモニーへ着いたのは14日の午後。
ロープウェイでエギーユ・デュ・ミディ(Aiguille du Midi)へ登ろうとしたのですが、「今登っても何も見えない」と言われ、その日は断念。
エギーユ・デュ・ミディはモンブラン山系の山。 「正午の針」という意味です。
もともとの予定では、その日のうちにモンブランに寄ってリヨンまで行き、飛行機でパリへ戻るはずでした。
やっぱり予定通りにはいかなかったねー
仕方なくその日の飛行機をキャンセル、翌日の便に変更しました。
というわけで、シャモニーに一泊。
1998年5月15日
ホテルからの眺め。
ロープウェーで、3842mのエギーユ・デュ・ミディの山頂へ。
ケーブルカーから望むシャモニーの街並み。
フィルムカメラで撮った渾身の一枚

プラン・ド・レギーユ(中腹駅)でロープウェイを乗り換えます。
中腹駅の近くにあるバーレストラン。
上の方に小さく見えているのが山頂駅(青丸)。
中腹駅がだんだん小さくなります(オレンジ丸)。
山頂はこうなってます↓ 左の茶色い建物がロープウェイ山頂駅。
写真はお借りしています。
本来ならエレベーターでてっぺんの展望台まで上がるのですが、そこからの写真が1枚もないので、恐らくエレベーターが動いていなかったんだと思います。
その証拠に山頂展望台の手すり付近に人が誰も写っていません。
代わりにロープウェイ駅にある展望台から景色を堪能しました。
山頂展望台から見たロープウェイ駅の展望台↓
写真はお借りしています。
ヨーロッパ最高峰、標高4810mのモンブランをはじめ、4000mを超える山々が一望できました。
モンブラン、白くて丸い穏やかな山頂ですよね。目立たないけど。

ときどき高山病で具合が悪くなる方がいるのですが、私と夫は割と平気でした。
その日はアルプスの山々を楽しんだ後、一路リヨンへ。
本当は美食の町といわれるリヨンで、レストランに寄って、食事を楽しみたかったのですが、とてもそんな時間はなく。。
飛行機でリヨンからパリへ

アメリカへ帰る飛行機の時間までパリの街を散策。
まずは凱旋門に上りました。
エッフェル塔に登ってしまうと、エッフェル塔が見えなくなってしまうので

それから、マドレーヌ寺院前にあるキャビア専門店「キャヴィアール・カスピア」でキャビアを購入。
近くのレストランで食事をと思ったのですが、閉店していたので、これまたすぐ近くのフォーションへ。
お土産に紅茶を買いがてら、レストランのほうは閉まっていたので、カフェで食事を。
そのときフランス語で頼んだデザートは、クレームブリュレとイチゴのタルト。
なぜ覚えているかというと、夫に私のフランス語が「通じた!」と言われたから。
それまで片言のフランス語でコミュニケーションを頑張っていたのは私なのに、何をいまさら!と腹立たしかったのでよく覚えています

あまりにも短すぎるパリの滞在。
夫はこの夜のパリしか知りません

名残り惜しいながらも、シャルルドゴール空港へ。
アメリカへ帰路につきました。
以上で南仏旅行 備忘録 終わり。
ご拝読ありがとうございました。