神秘体験、一瞥体験などと言われるものには
その体験の深さに濃淡があると思っています。
1光の扉の手前でその世界が「ある」と知った人
2光の扉を開けてちょっとその中に入ってきた人
3光の扉の中に落ちてその後戻ってきた人
共通しているのは、これ以上ない安心感と温かな光に包まれた至福の経験ではないでしょうか。
その後扉の手前で引き返したのか、
扉の中に入ったのか、
強制的(肉体の限界を超えて)に扉の中に落ちてしまったのか、
という濃淡があるのだと思います。
ちなみに私自身は
2の深さのところまで入り戻ってきました。
3は臨死体験をされた方と言えると思いますが、私の経験はどちらかというと、その方達の仰っていることと構造が良く似ています。
ある意味私はその瞬間「生きながらにして死んだ」のかもしれません。
また神秘体験者の中には、社会生活を営むうちに徐々に記憶が薄れ日常に戻る、と仰る方が多いように思います。
一方、なぜか臨死体験をされた方は記憶が薄れてしまったということを仰る方はお見かけしません。
では私はどうかというと、
光の中で臨死体験者の方のような「長居」はしませんでしたが、ある程度そこに留まって「この世の仕組み」を垣間見てきたため、
一度見たものは何があっても、もうなかったことには出来なくなりました。=意識の変容
私はこの自分の状況を
昔ばなしの「鶴の恩返し」のようだと思っています。
「見ないでください」と言われていたのに、覗き見てしまったところ、美しい娘だと思っていたのは、実は助けた鶴だった…
この衝撃は記憶喪失にでもならない限り消せませんし、到底なかったことには出来ません。
本当に良く似ている構造だと思います。
「大丈夫だよ」の一部抜粋
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