渡邉side


狭い空間に、沢山の人とそれぞれの会話、肉の脂が弾ける音、立ち込める煙、タバコと酒の匂い、駆け回る店員が混在して、玉手箱のようにはち切れんばかりの飽和状態の部屋には楽しげな空気が流れていた。


私は、女子バレーのサークルの飲み会に参加していた。

テーブルの上には、空のプレートとジョッキが並び、先輩も同期もだいぶ気持ちよくなってきているようだ。


みんな終電なんかとっくに諦めて、夜は既に深かった。


女子会と言うのは、楽しくなってくると、昔付き合っていた男の愚痴大会になりがちだ。


「男ってね、女をナメすぎなんですよ。私の真ん前で、私と行ったことないホテルのライター使うんですよ。そんぐらい気づくっつーの。」


同期の愛佳は大きなジョッキをテーブルに置くと、あの馬鹿野郎、と文句を吐いた。


「馬鹿だしサイテー」


「志田ちゃん、それは別れて正解。」


先輩が慰めたが、「でもそんなやつ好きになった私も大バカですよね」と呟くと、また大きなジョッキに口をつけ、ごくごくと音を立ててビールを飲んだ。


酔っている時の胸くそ話は盛り上がるし、スッキリする。


私も過去最悪の男の愚痴を吐いた。


「私なんて、別れようって言ったら突然キスしてきたんですよ。火に油を注いでんのがわかんないですかね。」


先輩や同期が「それはキモイ」とか、「気色悪いね」とか口々に同情してくれる。


すると、さっきまで愚痴を言っていた愛佳がこっちを見て、


「それがラストのキス?」


と聞いてきた。


「そうだよ。ラストだよ、サイテーでしょ?」


愛佳は腕を組むと、天井を見上げ、


「どうせヘッタクソなキスなんだろーなぁ。私の方がまだ上手い自信あるわ。知らんけど。」


と、笑いながら言った。


「別にソッチ系とかじゃないけど、アイツにキスされるぐらいなら、女子にキスされたいわ!」


昔の男に憎しみを込めて大きな声でそう言ってやった。


すると、愛佳は私の肩に手を置くと、


「私が上書きしてあげよっか。」


と、イタズラっぽく笑った。


「してして!最期のキスがアイツとか、恥でしかない!」


先輩達も乗り気で、場は一気に盛り上がった。


私も楽しくなっていたし、こういうノリは嫌いじゃなかった。




愛佳の顔が近づいてきた。


正直、女子とのキスなんて興奮しないし、ちょっとしたスキンシップと思っていた。


でも、違った。




好きな男の人とするのとは、また違う、不思議な感覚に陥った。


ボブの髪からは女物の上品なシャンプーの匂いがして、肌は滑らかだった。


柔らかい唇が、私の唇にそっと触れた。


私の後頭部を支える手は、ゴツゴツした大きな手ではなくて、細い指が髪の間を通り抜けて直接地肌に触れていた。


私を包み込む感覚が、心地よくて、ずっとこうしていたいと思った。


周りは五月蝿いはずなのに、静けさと暖かさを感じた。


唇が離れるまで何秒ぐらいだったのかよく分からない。


愛佳の顔が離れると急に聴覚が復活して、意識が現実に戻ってきた。


愛佳は、さっきと同じ笑顔で、


「理佐、どうだった?私のキスは」


と、問いかけてきた。


私は素直に


「うん、なんか。すごい良かった。ほんとに。」


と答えた。


「え?ほんとに!?やったー!」


無邪気に喜ぶ愛佳に、良かったねー、と反応する人達。


また他の子達の愚痴が始まった。






最低なエピソードが飛び交う中、だいぶ酔いが回り僅かにまぶたが重くなり、私の口数は少しずつ減っていく。


小さな皿に残った、韓国風サラダを食べながら、さっきの不思議なキスの感覚を思い出していた。


突然、背中に細い指の感覚が走り、両肩を優しく包まれた。


手が伸びてきた方に目をやると、すこし頬を赤く染めた愛佳が、こっちを見ていた。


「いっぱい喋ったから眠くなっちゃうね。」


愛佳は小さな欠伸をしながらそう言った。


先輩や他の同期は、まだまだ元気があるようで、話に花が咲いていた。


「みんな元気だね。」


ん〜、と適当な返事が返ってきて、肩にあった手が下がって腰周りに巻きついてきた。


「こうしてベタベタしたり、ノリでキスしたりするのもさ、女の子だけだからできるんだよね〜。」


「そうかもね。」


「理佐、私のキスどうだった?」


「なんかね、不思議な感じがした。なんて言うんだろうなぁ。お母さんのお腹の中みたいな」


「ふふっ、何それ笑、上手かったってこと?」


「まぁね、そんな感じ。」


私の頬に、愛佳の細い指が這う。


目を閉じると、そっと唇が触れた。


「今日限定だからね。私すぐ彼氏作るから。」


「私もすぐ作るし。」


そう言いながら、テーブルの下で、指を絡めた。


「今日だけね。」


「うん、今日だけ。」


場の空気はとても盛り上がっていて、私たちが部屋の隅で唇を交わしていても、誰も気が付かなかった。



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だいぶ変えました。


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