アディの謎の青アザ発覚、そしてドンとアディママの高温なやり取りを目にし、私はややドヨンとした気持ちでいた。


なぜなら私は、私達の保育園、共に働く仲間達、園児達、親達、どれも凄く好きだからである。毎日明るく、笑って、みんなで家族のように過ごしている場所。そこで、衝突があったのだからな。



"アディの謎青アザが、もし保育園で作ってしまったものだったら...。気づけなかったのか...。
何か可能性は、本当になかったか...?"

"アディママの保育園に対する信頼が落ちたよな...。
これから毎日、不信感を持ってアディを預けることになるよな...。気まずくなるな...。
まさか、園を辞めたりしないよな..?"

"ドンも対応大変だよな...。あれからどうなってるんだろう...?"


そんな事を帰宅してからも、夜になっても考えてしまっていた。仕事の心配事を事を家で考えるなんて、初めてだ。



日本で働いていた頃は、仕事を終えても脳みそは仕事オフになりにくかった。

まあ、アレだ。今の保育園での仕事は、長編ドラマだが毎回1話完結型のようなものだ。だからストーリーが翌日に持ち越す事なく、日々すっきり終わる。これが私はとても好きである。

日本での仕事は、只々長編ドラマで、今日のストーリーは明日に続き、明日のストーリーは明後日に続き..。何かが完結しても、並行して別の事案はザーザー走り続けている、そして走らせ始めなければいけない事案もドコドコと絶え間なく降り注ぎ続ける、そんなのが日常であった。

超ホワイト会社だったんだけどな。只やる事が多過ぎた。おかしいよな、本当。人間って本来そういう生き方をするんだろうか?と思う。



はい。ということで、私はアディの謎青アザに関して考えてしまっていたのだ。

そこで、ある一つの可能性に至った。

あの日、アディが園庭でおもちゃに顔を打つけた時、もしかしたら体の落ち方によっては、腹部に青アザができた可能性があるんじゃないか......? と。

私はその瞬間、アディの一番近くにいた。しかし、顔がおもちゃに当たって泣き出したのを正面から見たため、アディの体がどういう態勢でそうなったのかは見られていなかったし、注意も顔ばかりにいったのである。

もし、足から滑って顔から落ちたとして、その際、手で体を支えられなかった場合、腹部が地面に強打した可能性がある。




えっ?

オイ、、、オイオイオイオイオイ....。

アディの謎青アザの原因、これなんじゃね...?


私は自分一人で状況を想像し、自分一人でゾワッとした。

うっそ...。うそうそ....。どうしよう...。


ドンは、アディママにもう "保育園で腹部に青アザができるような転び方はしてないし、多分そもそもそれ古い青アザだよ" 的な事を言ってしまったし、今更この可能性を伝えたら、炎に油を注ぐことになってしまうんじゃないか..。

何で保育園にいた時に、この可能性に辿り着けなかったんだ、私。


いや、でも待てよ。もしアディが膝からパタンと落ちた形で顔をおもちゃに打つけたとしたら、膝や手で体を支えた可能性も十分ある。その場合、腹部強打はないはずだ。


落ち着け、ジャパ子。

全てはお前一人の妄想であり、可能性の一つ一つに過ぎない。


・そもそも古い青アザかもしれない
・保育園外でできた青アザかもしれない
・保育園でできた青アザかもしれない
・私の考える可能性かもしれないし、そうじゃないかもしれない


そう。結局、専門家にでも調べてもらわない限り、この事実は誰にもわからないのである

想像/妄想を巡らせたところで、どれも可能性は半々でしかない。



ということで。私は、アディママのこれ以上の不信感上昇を防ぐためにも、遅ればせながら、この可能性に考え至ったことをドンに伝えることにした。

アディママは、"何があったか知りたいだけ" と言っていた。このまま謎として過ぎるより、事実はわからなくとも、その可能性を知るだけでも、気持ちや、保育園/保育士達に対する不安が和らぐのかもしれない、と思った。

また、私としても、物事にちゃんと向き合い、誠実な自分でありたい、と思った。


ドンにメッセージを書いた。


"ドン。アディの青アザについてまた考えたんだ。
  
  〜 中略 〜
  
  もしこんな風に滑ってたら、腹部に青アザができる可能性がある。


  でも、もしこんな風に体を支えられていたなら、青アザはできないだろう。


  念の為、送るよ。"


送信。



ああ。ドンは何て言うだろう。

朝に私がこの可能性に気づけていればよかったのにな。ドンも、またアディママに説明するとなると、二度手間になってしまうしな..。








数分後、ドンからオーディオで返信が来た。







"アッハハ!ジャパ子、素晴らしいよ!
  私はアンタが大好きよ!"

そして、爆笑😂リアクション。





終了。






え。


アッ。



うん。


笑笑笑笑笑

ああ。そうだった。ここの人達はみんな、仕事終えたら仕事のことなんてもうスッポーンと忘れてるもんな。笑

私だけだよな。アディのことを家でもずっとぐるぐる考えてるの。笑

しかももう多分、ドンの中では既に終わった話になってるか、とりあえず、また何かあったらその時に考えよ!ってことだ。笑

そうだった。取り越し苦労なんてしないんだよ、ここの人達。笑笑笑


笑笑笑笑笑笑笑笑


とにかくワロタ。

まだまだ日本人だわ、私。




後日、アディママも、もうケロッと普通。



ああ。そうなんだよ。そうなんだった。
これがやっぱりここの人達なんだよ。

ガァッ!!と激しく燃え上がるんだが、その後はサバッ!!と乾燥して、まるで忘れたかのように後に引き摺らない。


あ〜...。オモロ。

改めて、学んだのであった。


😂 



個人的に今の課題は、園児達の"寝かしつけ"だ。
これはなかなかスグには習得といかない。

ベビーベッドの場合は比較的簡単だ。

1. ベッドをガラガラ揺らす (成功率90%)

    ↓それでも寝ない

2. 子供を布で巻く+ガラガラ (成功率100%)


面白いのは、子供によってガラガラの好みや、布団のかけ方にコツがあることだ。

・縦揺れ、横揺れ、斜揺れ
・低速、中速、高速
・揺れ幅 大、小
・顔/頭まで布団をかける      等

電車やバスでも揺られていると心地よくて寝てしまうからな。各々にとっての "好みの揺れ" があるのは理解しやすい。

もしかしたら、日によっても好みが違うのかも知れない。なので、とりあえずガラガラ時は心地よい揺れを想像しながら色々試しつつ、各自の好みを探る。それもまた一つの楽しみである。


で。課題は、ベビーベッドを卒業した子供達だ。

各自マットレスを床に敷いて寝させる。
いやもう、これが大変大変。当然ベッドガードがないから、寝たくない子、まだ遊びたい子達はムクムクと起き上がり、ダダダダと脱走を試みる。

保育士よりも子供の人数の方が多いので、モグラ叩きゲームのような状態で、1人寝たかと思うと別の子がムクッと起き出したりする。中には寝付きのいい子もいるが、毎回この寝かしつけは特に奥が深いのである。


寝かしつけ方法は、

1. マットレスに寝転ばせる

2. 布団をかけて、体をポンポン、又は摩る


体ポンポンと、摩ることに関しては、やはりこれも好みがある。

・強め、普通、弱め
・低速、中速、やや高速
・上下摩り、回転摩り        等


しかし。マットレス寝の場合、何と言ってもまず "1.寝転ばせる" が難しいのだ。中には、寝るのが嫌過ぎて泣き叫び始める子もいる。

ヲイ。もう朝から5時間近く遊んでるのにってぇのに、まだ寝たくないのかい、、、となる。
子供は元気である。


さて、その "1.寝転ばせる" にもコツがある。

A. 優しく会話  (難易度 S)
B. 厳しく会話  (難易度 高)
C. ほぼ力づく  (難易度 中)


基本的に、これは子供達との信頼関係がものを言う。

どんなに朝の迎え入れ時に、その子が私に対して泣かなくとも、懐いてようとも。どんなに遊び時間にその子が寄ってきたり、抱きついてきたりしても。昼寝導入時が一番信頼関係が露になる時だと思っている。

私も"A.優しく会話"から始める。しかし、数人はそれでもムクムク立ち上がってくる。布団から脱走する。

次は、"B.厳しく会話"。これもやってみるが、正直これは私の性に合わない。どうしても厳しさに真剣さが伴わないのだ。必要なのは "少し怒る母ちゃん" みたいな感じなのだが、私はどうもそれになれない。よって、私の中途半端な厳しさと真剣さでは子供達は寝転ばない。

そして最終的に、起き上がったり脱走する子供達を捕まえては布団に寝転ばせるという、物理技を使うことになる = "C.ほぼ力づく"。

まあ、これは予想通り泣き出す子が出てくるし、私としても不本意なやり方である。しかし、寝ささなきゃならないから仕方がない。


で!
登場するのが、ドンとマイ。

■ドンは最高の保育士
■マイは超マイペース
ドンは、"A. 優しく会話  (難易度 S)" のプロだ。

私が上記のように苦労していると、"ジャパ子、代わるよ"っと言ってくれて、ドンに交代する。


そしたら。よ。

散々ムクムク起き上がって脱走する子達が、


"ラフ(園児)、頭をマットに置いて"

"バリ、今は寝る時間だよ。マットにおいで"
 
"ヴィド、今は遊ばないよ。寝る時間だよ"

"オリ、私は許さないよ*。今はみんな寝るんだよ"


ドンのそのような声かけだけで、子供達はピタリと止まり、目を丸っとさせ、何かを考え、自らマットに向かい..!パタンと体を落とし..!寝転ぶのだ!!!!


鶴の一声。

神業としか言いようがない。

ああ。魔法のようにも見える。


私が同じ声がけをしても、子供達はニコニコしておもちゃを取りに行く。子供達とは仲良しだが、まだまだ保育者として真剣に認識されていないのだろう。


さて、次はマイだ。マイは、"B. 厳しく会話  (難易度 高)" のプロだ。


"ラフ(園児)!頭をマットに置きな!"

"バリ!今は寝る時間!マットに来な!"
 
"ヴィド!今は遊ばない!寝る時間!"

"オリ!私は許さないよ*!今はみんな寝る!"


これを聞いた子供達は、ピタッと止まり、フッと静かになり、"あれ、ヤベ。母ちゃん怒ってる.." てな信号を感知し、スタ........ッとマットレスに体を落とす。中にはマイが体を抱えて寝転ばせる場合もあるが、その後、子供達は大人しく態勢をキープする。

何となく、子供ながらに "母ちゃん(的存在のマイ)が怒ってるんなら仕方ねぇゃ..." と渋々感があって、私は毎回ほくそ笑んでしまう。

これも実にお見事である。


更にマイは、一度起きてしまった子達を再度眠らせるのも上手い。マイにしか寝させられない状態の子達もいる程だ。いや、本当スゴイ。

"ジャパ子!ヴィドは高速ガラガラが好きなの。ほら!こうよ!"

"ジャパ子!アディとラフの間に座って!こうやってポンポンしな!"

"ジャパ子!何人かの子供達はこういう音で寝るのが好きだからやってみな!"


色々教えてくれる。ありがとう、マイ。


私も早くプロになりたいものだ。

寝かしつけ一つとて、実に面白い。

---
* "私は許さない"
この表現は、ここでは子供達に対して使う、至極一般的な言い方なのである。日本の "だめ"、"やめなさい" に近い感じだ。


■マイネタは尽きない。たまに腹立つけど、嫌いにならない、いや寧ろ好きな存在。





ドンが、朝一で私達保育士に聞いた。

"アディ(園児)は昨日転んだ?"


タニ "いや、私は見てないよ"

私 "私も見てない。どうしたの?"

ドン "アディのママが今朝私に聞いてきた。アディのお腹に青アザがあるんだって。保育園で何かあったのか?って"


いやぁぁぁぁ......。記憶にない。私が覚えているのは、昨日園庭で遊んでいる時に、おもちゃに顔を軽く打つけたことだけだ。アディは少し泣いたがすぐに泣き止んで遊びを再開した。一応それはドンに伝えたが、その時の様子を思い出しても、腹部に何か当たったとは思わないし、ましてや青アザができる程の衝撃はなかったと記憶している。


その後、ドンと一緒にアディの青アザを確認した。確かに2cm程の青アザがある。




しかし、、、これ、昨日か?

と正直思うような色である。青紫の色は多少あるものの黄色味も結構ある。


ドンが言った。

"これ、昨日できたんじゃない。もっと古いよ"


うーむ。素人ながら私もそんな感じがする。







16:00前。アディママがやって来た。

内心、若干ハラハラする私。



改めて言う。この国の人達は思ってる事をズバズバ言う。ガーガー言う。バババババババ!!と言う。

そして感情的に、だ。



案の定、ドンとアディママのやり取りはなかなか高温度になった。


てか凄いよな。ドンも一切引かないんだよな。
いや、それが正しいと思うし、それで良いのだ。


超簡潔にまとめると、

ドン: "あの青アザは、昨日できたものじゃないと思うよ"

アディママ: "監視カメラをチェックしたい。何があったのかを知りたい"

→ ドン拒否


終了。



二人がガーガーバラバラ喋り合っていたので、詳細まで聞き取れなかったが、まあそんなところだ。


アディママが教室を去ってから、ドンは私達に向かって言った。

"私はあなた達と共にいるから"、と。

つまりこの意味は、チームメイトである私達保育士達に心からの信頼を置いており、私達の園児達への接し方に問題がないことを確信している、だ。



"昨日、アディは保育園でその青アザを作るようなことをしていない、転んだりしていない"

それを聞いて、アディママが何を思ったのかはわからない。まさか、保育士達がアディに何かしたんじゃないか?なんてことを考えたのだろうか。
監視カメラの件は、転んでないかどうかを確かめるのが第一の目的だと思うが、私達を疑う気持ちが生じたのだろうか。



いや。ない。ないない。本当ないないないない。
ここの保育士達は、遅刻したり、(日本人から見ると)テキト〜に働いていたりするが、子供達のことは大好きだし、大事に、注意を払いながら保育をしている。

アディは特に人懐っこく可愛く、みんなからの愛されキャラだ。



アディママが青アザに気付いたのは、昨日の風呂時だという。何時かは知らないが、保育園から真っ直ぐ帰宅していれば遅くとも16:30着だろう。
そこから青アザ発見までに数時間あっただろう。まあ、転んだり、泣いたり、アディママもその間に思い当たることがなかったから、ドンに聞いてきたのだろうとは思うが。


ドンは、アディママにこうも伝えた。

"何か異変を見つけたら、その時に教えて。今回のことなら昨夜に私に連絡して"、と。

つ、つ、、強えぇぇぇ......。

つまり、これは各々の記憶が極力鮮明な内に、ということなのだろうか。ま、悪いことはすぐ連絡!に越したことはないもんな。

ドンが監視カメラチェックをなぜ拒んだのかはわからない。それでハッキリするかも知れないから、見せてもいんじゃね?と個人的には思ったりもする。やましい事なんて何一つないからなぁ。

まあ、確認する必要がないと思う程、ドンの中で何か確信があったのだろう。

日本(私)だったら "ボス園長と相談し、後日ご回答いたします" とかなるだろう。ドンは保育士の立場で、この高温バトル(?)を強かに理路整然と瞬時に片付けてゆくのが本当凄い。

■ドンは素晴らしい人

ということで、何だか微妙な後味が残る日になった。



それにしても、二人とも強い。

アディママはモンスターペアレントとかそんなのでは全然ない。只単に相手が誰であろうと保育士も親もお互い言いたいをズバズバガガガガ言うのである。

ドンもドンで、"すみません"や"申し訳ないけど" 的な言葉は一切言ってないと思う。日本だとやたら枕言葉的に使うけど、ここでは自分が悪いという確証がなければまず謝らないし、その類の言葉も使わない。

うむ。本来それでいいんだよな、と思う。


私は日本にいた頃、よく枕言葉を使っていた。

1. "ごめん、ちょっとそれ取って貰える?"
2. "すみませんが、その日は休む予定です"
3. "お手数をおかけして申し訳ありませんが、...."

とか。


まあ結局、相手を想ったり労ったりでの意味なんだが、本来別に要らないんだよな。文章長くなるし。しかし、つけなければ何だか冷たく感じてしまう。慣習/文化だから仕方がないわな。

この国でももちろん "すみません" 的言葉がある。英語でいう"excuse me"や"sorry" だ。

1. の場合、使う事はあるが、それは赤の他人に依頼する時のように思う。スーパーの店員とか、自分の前に人がいて進めない時とか。仕事場では使わない。寧ろもし使われたら "えっ? 何を謝られるのだろう? 悪い話?" と不安がよぎる。

2.3.に関しては不要、という感じだ。


言葉って面白いよな。長年の慣習で意味や価値が変わってくる。日本なら"すみません"や"ごめん"は、自分が悪くない時にでも枕言葉として頻繁に使うから、必ずしもその言葉を聞いた瞬間に "悪い事" を連想しなかったりもする。何なら"おはよう"等の挨拶に近い感覚で受け取るのかもしれない。しかし、この国での"すみません"や"ごめん"は、本当に何かしら自分に謝るべき点があるからこそ使う。だから、その言葉は謝罪の効果を落とし、謝罪の重さも伴う。



ふむむ。面白い。
同じ意味をなす言葉達なのに、国が違い使用範囲が異なる故に、それらの役割は変わるのだ。

言葉は生きている、というやつだな。





ということで。アディの謎青アザの件はどうなるのかはわからない。

私の経験上、ここの人達は瞬間的に沸騰しても、それを後に引き摺らない傾向にある。気持ちいいほど、サバッ!と乾燥するのだ。


さて、どうなるんだか。

人も言葉も、面白い。
12:00-14:30は園児達の午睡(昼寝)時間であり、且つ保育士達の休憩時間でもある。


ポカポカ春日和になった。と言うか、もはやここは夏の気温で暑い。でも、春。
エアコンは必要なくなり、教室の中はカラッと涼しく、窓を開けてりゃいい感じの風がスワァ〜ッと入ってくる。

眠くなるのは園児達だけではない。保育士達もこの心地よさに眠くなる。


私が昼ご飯から教室に戻ってくると、保育士達もみんなゴロリゴロリと寝ている、又は寝転んでいる。もちろん手にはスマホだ。

慣れた光景だが、小さな子供達がスヤスヤ寝ている部屋で、大の大人達もドカーンとゴロゴロ寝ているから、何だか笑えてしまう。

ここの人達は女性と言えども背が高く身体の大きい人が多いので、彼女達が数人寝てるとなかなかそれは見応えがある。


お。かすかにイビキも聞こえるじゃないか。


この図は保育園というより、合宿か何かのように私の目には映る。


そんな私なものだから、寝転ぶ事には少々抵抗があり、大体いつも座っているのだ。
抵抗というのは、言わずもがな日本人の感覚だ。そんな、まるで家でゴロゴロしているような姿を仕事場で、ってぇのもなぁ、と。


だがしかし。遂にその日はやってきた。

私もゴロ寝した。スマホ片手に。
なかなか心地いい。このまま寝てしまいそうだ。

これってもう、毎晩家でやってる事じゃないか。





ガチャ。


ドアが開いた。


一人の親が教室に入って来た。子を迎えに来たのだ。



私達は慌てて身を起こす。



なんて事はしない。そのままスマホ片手に寝転んでる。
で、そのまま笑顔で挨拶する。笑
親も普通に笑顔で挨拶する。


日本だとクレームが入るんじゃないだろうか。



何なんだろうな、この違いは。


要は、"失礼" と感じるかどうか、だよな。

保育士達は休憩時間であり、好きに休んでいるだけだ。誰しも寝転んでスマホを見てゴロゴロする事はあるだろう。それを家でも仕事場でも、裏表なくしているのがここの人達だ。日本だと "休憩だからといって、仕事場でする事じゃないだろ! みっともない!" という感覚から失礼にあたると判断されるのだろう。

家でしている事を仕事場でするのはよくない事なのだろうか。

・人様の前ではきちんとなさい
・相手(顧客)に失礼のないように
・仕事の自分、家の自分
・オンとオフ

このような感覚(文化)があるかないかの違いだろう。

前にも似たような事を書いたが(↓)、ここの人達にはオン/オフがないか、ないに等しいように思う。

例えば、チームメイトである彼女達の休日に私が突然家を訪れたとしても、彼女達は保育園で見ているまんま家で過ごしているのだと思う。



そうだ。私は第六感が妙に働く。その人の心の奥に潜むものを何となく感じてしまうのである。日本で何度とあった。初対面なんかでも、ブワワッ!!!!とその人が発する邪気みたいなのを感じ取ってしまうのだ。

一見評判がいい人でも、私にはそれが物凄く不自然に映り、何かこの人ヤベェものを心の内に纏っているな、と感じてならない。そういう人には極力近寄らない、本能的に苦手だ。で、何年もの時を経て、やっと周囲がその人の本性を知ってゆく。

何故かは分からないが、特にその人が隠している "強烈な寂しさ(孤独感)" から非常に歪んでしまった人間性に私は敏感だ。

最近は、ビデオ通話越しに会話した初対面の人の内に潜む暴力性を感じてしまい、ゾワッと恐怖を感じた。その人はニコニコしており、周囲の人は "朗らかで、とてもいい人だよ" と言う。
暴力性を感じたのは初めてで、自分でも感じた恐怖に驚いた。自分の第六感が外れることを願う。


ま、それはさておき。私の第六感はこの保育園ではほぼ不必要なのだ。それくらい、みんな何かを隠すことなく、"その人のまんま" 働いているのがわかるからだ。


という事で、このブログも寝転びながら下書きを書いたって訳だ。

子供も大人もみんな寝てる教室。面白い。

最近、時間があればYouTubeで "(日本の)保育士1日密着" 動画を見ている。

色々違って実に面白い。そして、大変そうだ。


とは言え、動画撮影や投稿できる時点で、ある程度ホワイトな保育園なのだろう、と思って見ている。 



【違い】シリーズとして、私の働く異国保育園との違いを挙げてゆこうと思う。


日本保育園との違い


今回は "検温" についてだ。


動画によっては2-3年前のものもあり、コロナ影響が残り、検温に神経質な場合もあったのかも知れない。


私の保育園では毎日の検温なんぞない。

保育士達もしなければ、園児達もしない。


動画を見ていると、

・毎朝保育士が出勤後に検温

・園児達の体温確認(検温又は家からの報告)

・園児達の昼寝後に検温


等を見かけた。



しない。しないしない。しない。


検温をするのは、


"あれ、ちょっと。この子熱くない?"


(手で確認)

"あ、本当だわ。熱あるかもね。"


って時だけ。



体温計は各親から各園児用に預かっており、ピッと測って熱があれば、リーダーが親に連絡をする。


親が迎えに来て、終了。




いや〜そんな訳だから、熱あってもフツーに登園してる可能性日々アリなんだよな。



毎日検温?!そんな面倒臭いこと、やらなくていいでしょ。熱ありゃ、そりゃそん時でいいのよ。

てな感じだろう。



どちらもどちらで良いのだ。

手間をかけて安全性を高めるか、ラクで行き当たりばったりか、だ。



私は、この国に来て、この保育園で働き出してから、"自らわざわざ負担を増やさない"、"僅かなことでも自分に無理をさせない"、そんな意識が芽生えてきた。


チリツモで、"まあこのくらいならいっか"って負担でも、そういうのが積もると、果てには "癖" になるのだ。癖になった頃にはもう取り除くのが難しくなる。


今までそういう事をしてきたと思う。だからもうここではなるべくラクに生きようと思っている。



いいのよ、ラクで。一生懸命に。誠実に。



そんな訳で、毎日の検温はない。


違いは面白い。





 

イベントの一環で "パジャマの日" が、ボス園長・リリーの提案で決まった。

園児達だけでなく、ボス園長、保育士達もみんなパジャマで保育園の一日を過ごす、働く。


私はパジャマ姿で、いつも通りの7:20頃に園に着いた。変だ。面白い気分だ。
そして間もなく、ボス園長がやって来た。





、、エッ?!笑





ボス園長・リリーが、白のモコモコ生地に小さなスヌーピーが沢山描かれたパジャマを着ている。

足元は白のフワモコスリッパ。


極め付けは、
初音ミクばりのぴっかりツインテール。笑笑笑



その容姿で、園児達を迎え入れ、親達と会話をし、サロンのソファに足を組んで座りながら、ボス園長自身が赤ちゃんになりきっている。笑笑笑


"アタチもミルク欲しーい!"
"オムツどこ-?"
"アンタどこの教室なの-?"

とか、赤ちゃん声で言ってる。笑笑笑


面白すぎて笑いまくった。



ボス園長・リリーはいつもクールな容姿で強かな印象だ。それでもってノリがいいのは知っていたが、ここまでとは。


昼前、園児達が音楽に合わせて体を動かしている時に、たまたまボス園長とドンが教室に入ってきた。そしたら二人が腕組みして軽快にスキップしながら踊り回りだした 笑。ボス園長のツインテールがブンブン動いてた。

ワロタわ。


ボス園長・リリー。また好感度爆上がり。

因みに、ドンはミニオン、私はパワパフパジャマ。


あ〜面白かった。

■ボス園長・リリー



たまに、園児達の昼寝が上手くいかない時がある。

昼寝時間は、2時間半〜2時間。
(12:00-14:30)

上手くいかない、と言うのは途中からポコポコ起き始めるのだ。園児によっては元々睡眠の短い子もいる。それでもまあ1時間半というところ。

ある日、なかなか珍しく、ほぼ9割の子供達が昼寝1時間過ぎくらいから起き出し、再度の寝かしつけも効果なく、とにかく、もうみんな起きてるじゃんよ........ということがあった。

早目に起きてしまった場合、子供達を部屋で遊ばせるのではなく、昼寝終了時間まではベビーベッドに入れる。ぐっすり寝ている子達もいるから、その子達を起こさせないようウロウロさせない。

ベビーベッドの中では、おもちゃで遊んだり、ミルクを飲んだりしながら残り時間を過ごしてもらう。



で。9割程の子供達が起きてるこの日もそうした訳なんだが、もちろん泣いたり、大きな音を立てたり、騒ぎ出す子達が出てくる。

ここでは、"園児達の昼寝時間 = 保育士達の休憩時間" に等しいのだが、これではなかなか園児達の様子が気になり、私は動いてしまう訳だ。

、、、と言っても大したことはしていないのだが。

そしたら、ドンが私に言った。



"ジャパ子。座ってて。休んでて。"

"この時間、私達は休まなきゃいけない。"




お、、、おおおおおおーーーー。っと思った。ドンの眼差しからすんごい説得力を感じた。

■ドンは最高の保育士

そうなのだ。仰る通り。

保育士達は、園児達の昼寝時間(2時間半)の内、30分は完全に仕事を離れて休憩を取る。残り2時間は教室でゴロゴロする。まあ、はっきり言ってこのゴロゴロ時間もほぼ休憩時間。

寝転んだり、本当に寝たり、スマホ見たり、みんな好きなことをして過ごす。

園児が起きてきたら、片手で寝かしつけながら、片手でスマホを触る 笑。


ということで、多少園児が起きてこようとも、この2時間半は私達にとって大事な回復時間なのである。


"私達は、休む必要があるの。"



いや〜。響きました、この言葉。

当時、私は大して動いてないんだが、確かに "いつもならこの時間もっと休めてるのにな〜" と思っていた。

何だか、重みを感じたのであった。


最近、YouTubeで日本の"保育士1日密着"系の動画をよく見る。控えめに言って、私はとても驚いている。


えっ?

ハッ?!

ェェエエエッ?!

ウッソ!!!

そこまで??!!


私も日本でしっかり生きて働いた身なので、日本のあらゆる細かさ(丁寧さ)、"顧客にとってのより良い"を探求実現し続けるその精神はよく分かっているし、自分にもある程度備わってると自負する。しかし、真逆のような異国に来て、全くの異業種(保育士)に就き、つまるところ、ここでの保育士が私の"標準"なのである。

そんなもんだから、日本の保育士達の働き様にもう驚きしかない。大変過ぎる。

これについては、別途書いてゆこうと思う。


だから、ドンの "私達は、休む必要があるの。" という言葉がより一層身に沁みたのだ。

ここでの労働は、日本の保育士の半分以下かそれ以上にラクなんじゃないかと思う。(知らんが)
それでも、"私達は、休まなきゃならない。休む必要があるの。" と言うのだ。言えるのだ。


なぜなら、
私達は働いており、疲れるからだ。


だから、
私達は、休める時に休まなくてはならない、のだ。


当たり前のことなんだけどさ。こんな感覚は日本ではなかった。寧ろ私は働き過ぎるタイプだった。やりたい事をやり終えるために、時に仕事に時間を費やし過ぎていた。休憩は必ず取っていたし、サービス残業や持ち帰り仕事は嫌だからしなかった。

確かに、自己犠牲や家族犠牲をしていた。

いや、でも仕事って楽しかったりもするんだよな。だから加熱して、優先してしまっていた。

それはそれで、その時の経験としてよいと思う。
後悔はしていない。

只。自分の意思でない報告資料作成は大嫌いだった。毎月、毎期初/末のくだらない資料..。目標設定、自己評価、将来ビジョン...。

ある頃から、私は自分の生き方が自分でわかったので、そういうのが↑本当に不要だと思っている。
会社だから仕方ないんだろうが。

今は、事務仕事ゼロですごく嬉しい。


さて。そんな訳で、今の私はもう仕事を頑張りすぎないよう意識している。ここの人達は休みながら仕事をするのが本当に上手い 笑。日本だと嫌がられるだろう。しかし、それが彼女達のフツーであり、基本的に仕事に対する感覚が全く違うのである。

日本の感覚が濃い私には、まだまだそこまで自分に甘くできないのだが、少しずつ進化している。


仕事とは。働くとは。休むとは。

ふーむ。やっぱり面白い。


ある日、精製水を取りに教室から出てキッチンに向かったら、それを見たボス園長・リリーが私に言った。


"ジャパ子!ランを教室に一人残さないで!もし教室から出る用事があるなら、アンタがするんじゃなくてランに頼んでやってもらって!"



私 "????   オッケー??"


この時、その意味が全くわからなかった。


とりあえず、私は教室に戻り、ランに精製水についてお願いしたのだった。


多分、私とランとでは契約の種類が異なるとかで、もし園児達に何かあった時にランは責任を負える立場にないのかな?とかそんな事を想像した。



ランとはたまに一緒に働く。20年以上の保育士経験をもち、園児達からも好かれている。

私もランが好きなので、ある日連絡先を聞いた。


すると、ランは自分の番号を覚えていないらしく、スマホの後ろのマジックで書かれた番号を見せてくれた。それが彼女の番号だという。


少し不思議に思ったが、大して気にしなかった。



その日から、私とランのメッセージのやり取りは始まった。





のはいいのだが。




やたらとメッセージが送られてくる。

しかも短文でほぼ同じような内容が繰返し。



さらに。エッ、、?!


電話がかかってくる。

私は電話が嫌いなので出ない。


そして、何度もかかってくる。


私は出ない。






んーん?




このような状況が数日経過し、私はようやくあの時のボス園長の言葉に "もしかして..?" と思うようになった。


恐らく、ランは知的障害があるのかも知れない。だから彼女一人と園児達を教室に残すのは禁止だ、と言ったのかも知れない。


そうとなると、色々合点がいくこともある。


ランは勤務時間が少し短く、朝夕、園児達の親が来る時間はいない。オムツ交換を全くしない、というかその指示を受けない。園児達の食事後の掃除やゴミ捨てはなぜか毎回ランばかりがしている、というかその指示がランにいく。数字に関して記憶が曖昧だったりする。その他、ランは保育士経験超豊富な筈なのにたまに "?" と思えることがある。



ふむ。



タイミングをみて、ボス園長・リリーにランについて聞こうと思っていた頃、ある日、園児達の昼寝中に私とランは色々話をしていた。


そして、ある会話の時にランが言ったのである。



"私には問題があるから〜" 何ちゃらかんちゃらと。




ああっ!!やっぱりそうなんだ!!!

と、大変スッキリした。




しかし、驚くのはランの知的障害について私は全く分からなかった、ということだ。


見た目が普通で、髪を染めたり指輪やピアスのおしゃれを楽しんでおり、会話は全くフツーにできるし、園児達の保育もフツーにしてる。


多分、連絡先を交換していなければ、私はランの知的障害に気付けなかったんじゃないかと思う。




つーか、ボス園長・リリーが最初に私に説明しといてくれよ、って話なんだが。

こういう、"知らなくても大問題がない"ことについては情報共有がテキト〜なのもここの人達の特徴だ。


本当、後から "エッ!そうなの?!" ってなることが多い。笑。でも確かに、知らなかったからと言って"問題はない"ことなんだよな。


■"問題がなければOK"の判断基準説はやはり濃厚


日本だと、今日は誰(保育士)が欠席だとか、その理由だとか。誰(保育士)がいつ辞める/辞めたとか、その理由だとか。このギフトは誰からだとか、その理由だとか。色々共有する。


しないんだよ、ここの人達は。笑

それもまた面白いんだよな。


ふむ。

だから知らなくても構わない事って多いんだな、って学ぶ。他人がどうなるとか、他人がそれを知らなくてどう思うとか、そういうの余り考えてないんだろうな。ボス園長とか、知る人さえ知っていればそれでオッケー、みたいな。


日本人文化だと、特に仕事場で細かく情報共有をするから、それが普通の感覚になり、普段から他人のこととかもやたら気になるようになってしまうのかもしれない。

思考の癖、みたいなものかもな。


ここの人達って情熱的で、あったかくて、ハグしたり、オープンで、エネルギッシュで。そして他人のこととか細かいこととかバサっと気にしてないんだよなぁ。


エッ?そんなアッサリ?!

みたいに感じる時もあるが、これに慣れてくると気がラクになる。



さて、話は逸れたが。情報共有もバサっとしてるから、ランの知的障害について特に共有されてなかったわけだ。


ランについては色々興味深く、今日もメッセージが沢山届いている。

電話については、私が極度の電話嫌いだと伝えて少し理解したようだ。それでもかかってくるが 笑、私は出ない。


ランは私にとって、新しい友達だ。



うむ。面白い。


ドンはすごい。

私が最も尊敬する先輩保育士だ。


彼女の言動の全てから子供を大好きなのが、いや..、愛しているのが滲みでている。


ドンの保育はあたたかくて、優しくて、みんなを包み込んで、まるで太陽みたいに眩しい。

私も子供が好きだが、ドンを見てると、"私なんぞ...."と思えてしまう。

*しかし比較する必要はないぞ、と自分に伝える。


そんなドンは、つまりは彼女の人間性自体が太陽みたいなのだ。ドンの太陽は誰に対してもサンサンと、ポカポカと照らされる。だから園児達も、園児の親達も、ボス園長も、保育士達も、みんなみんなみんなドンが大好きだ。


明るくて、面白くて、ノリが良くて、オープンで、ユーモアがあって。ドンがその場にいると、場がパァァァァッと明るくなる、笑いが多くなる、みんなが笑顔になる。


私は、自分の人生でここまで太陽な人に出逢ったことがなかった。


ドンは時に厳しくもあり、ダメなことはダメだと相手が誰であろうとハッキリ伝える。納得のいく理由も伝える。その後のフォローもめちゃくちゃ上手い。褒めたり、ハグをしたり、何か笑いを誘ったり、とにかく雰囲気を悪くしない。


人間がどうしたらこんなにも素敵な人間性を持てるのか、、とつくづく思う。



ある日、ドンが言ってくれた。


"私達みんなはここで多くの時間を一緒に過ごしている。家族みたいなものだから、誰かがここで不満を抱いているのが私は嫌なの。だから、もしジャパ子が何か思うことがあったらいつでも私に言って。待ったり、躊躇ったりしないで。私はここにいるから。私はあなたを信頼しているよ。"


ドンはこんなことを真剣な眼差しに、笑顔とハグを添えて言ってくれる。



泣けるっつーの..。



ドンは園児の親達にも言いたいことを言う。時には、親のリクエストに逆らうことでもだ。園児達一人一人のことを本当に真剣に思っているからこそである。


園ではこういう服は危険だ、今のこの子にはこういう靴の方がいいだろう、この子はもっと体を動かせた方がいい、寝させ方をこうしてみた方がいいと思う、こういうことを家でもトライしてみて、この子はこういうことが好きだから、、、、等々。


この国では何でもハッキリ言う文化があるとは言え、ドンのこれはそれとはまた違う。他のベテラン保育士でもドンほど言う人は見たことがない。ドンはそれほど各園児にとって、今のその子にとって何がより良いかが見えているのだと思う。たまに、親との保育方針のズレから、親も素直に聞き入れない時ももちろんあるが、そこでやはり凄いのがドンなのだ。絶対に互いに笑顔で終わる。ドンがいかに園で子供達をよく見ており、いかに愛を持ってその提案をしているかが、最終的に親にも伝わるからだ。


マジで、すごい。



言うまでもなく、親達からドンへの信頼は絶大だ。

園児達からも。ボス園長からも。他の保育士達からも。




と言っても。ドンも事によっては結構テキト〜でユルかったりもする。それがまた良くて、みんなを窮屈にしない。ゆとりを与えるのだ。


ドンは間違いなく、稀に見る素晴らしい人だ。そして、ドンが本当に素晴らしい理由は、それほど素晴らしい人なのに、自惚れや嫌味が一切ないだけでなく、適度に大雑把だからだ。


人間の素晴らしさとは完璧であることじゃない、ということを体現してくれている。



いや〜、本当絶妙なバランスを持った人だわ。



心から出逢えてよかったと思う人。

ありがとう。



人間は、面白い。





保育園には小さな園長室がある。園長(ボス)リリーは一日をほとんどここで過ごす。

リリーは7:15頃に園に来る。その後すぐに来るのが私。この二人だけが遅刻しない組だ 笑。


リリーの仕事は細かく知らないが、基本的に保育士のすることはしない。しかし、毎日保育士達が遅刻するので、リリーが教室を開けたり、エアコンをつけたり、園児の迎え入れをせざるを得ないことが多い。

ヤベーだろ、この保育園..。ってのが日本人の私の感覚だが、ここの人達はそこまで思ってなさそうで、親達も "あれ、一人?"とか、"あれ、リリーが出迎えしてるんだね。誰も来てないの?" くらいで、特に気にしていない。リリーと私、人数的に二人いれば迎え入れも何とかなるので、例の "問題がなければOK" ということだろう。

■"問題がなければOK" が判断基準
リリーはたまに教室の様子を見にくる。

私は昔から社長や部長、そういう上役が仕事場に来るとやや緊張してしまうタイプだ。どう振舞ってよいのかわからなくなる。普段のまま仕事してりゃァそれでいいのはわかっているのだが、恐らく幼少期からの妙な癖(躾のせい)なのだろう。何だか "見られている。何か思われている。ちゃんとしなくちゃ.." という要らぬスイッチが入ってしまうのだ。

最初はリリーが来ると少し緊張していた。が、今はもうほぼなくなった。なぜなら、リリーもやっぱりここの人達と同じで、日本で言う "ちゃんと" はしていないことがよく分かったからだ 笑。つまり、私の常識からする"園長"とは思えないような言動なのだ。

園児にキスしたりかぶりついたり、ガバババァ〜ってハグしたり、抱っこしてグワァングワァン持ち上げたり、踊り出したり、歌い出したり。保育士達ともハグしたり、ギャハハ〜!と笑い合ったり。とにかくやはり園長もハジけているのだ。

今日は、私達に向かってリリーが自分のお尻をペチッ!と叩いてふざけてた 笑。

そんなノリの園長(ボス)リリーなので、これは上下関係がないことにも繋がっているだろう。園長も保育士達もみんな本当友達みたいな、家族みたいな、そんな感じ。

上下関係については、敬語がないのも一つの理由だろう。言葉の影響は大きいと感じている。敬語とタメ口というのは、言葉を通して自動的に相手を分類しているわけだ。
ここでは園長にも、"おはよう"、"調子どう?、"ありがとう"、"〜して貰える?"、"オッケー"、"バイバイ" だ。ま、敬語がないからそうなるしかない。園児の親達、他の保育士達、子供達に対しても全く同じ言葉遣いだ。


だから、ホ〜ント堅っ苦しい空気がない。誰とでも友達みたいな雰囲気だ。敬語がそもそもないから、それが失礼にあたるということもない。

言語とは面白い。


さて。そんなノリがよく美人で、強かに私達を率いてくれるリリーは、残業を一切しない。

7:15に来て16:00に帰る。

何なら、私のクラスのお迎えが16時数分過ぎになりそうだった時、

"ジャパ子!アタシもう帰るからアンタ最後鍵閉めといて。じゃ〜あね〜"

と言ってサッサと帰って行った。


ある日は、私のクラスの全員が帰った16時、私がフ〜ッと一息トイレに行って出てきたら、もうリリーが完全閉園準備を済ませて私を待っていた。

え。早っ!!笑


だから私はそれ以来、園児の降園完了後にトイレに行くのはやめた程だ。
最後のトイレは15:45までに済ます。笑


まあ、そもそもこの国の人達に残業文化がないのかもしれない。何といってもみんなに共通して大切なものは家族だからな。

仕事はテキト〜に、二の次、三の次、四の次、五の次くらいで程々に。自分に我慢や無理は強いない。(そんな発想がないのだろう)

◾️仕事とは?

ということで、早けりゃ15:50頃には従業員さえ誰もいなくなる保育園なのであった。


うむ。働きやすい。
異文化面白い。



■リリーについてはこちらも。