私は仕事をテキパキする方だ。集中力も多分ある方で、ガァァァーーーッと数時間集中しまくったりする。
苦手な事ももちろんあるが、基本的に仕事の優先順位をつけて、パ!パ!パ!パ!パ!パ!パッ!と一つずつ潰してゆくのが好きなタイプである。

会社員時代は、朝一でやる事リストを書いて、一つ終わらす度に "シャッ!" と線で消してゆくのが好きだった。懐かしい。

さて、そんなわけで私は仕事が結構速いのである。し、仕事を中途半端に残すのが好きじゃない。
昔はよく完璧主義だと言われていた。そしてそれで自分を苦しめることも後々学んだ。今はラクに生きていけるようになり、随分ユルくなったものだ。

それでも、この国では私はまだまだ完璧主義のようだ。平均的な日本人なら誰もがこの国では完璧主義になり得るのかもしれない。


私は保育園でよく気付いてしまい動いてしまうのだ。しかも速い。サッサッサッ!と。だから、結果的に他の保育士達の分まで仕事をしてしまっているのだ。

これではイカン、と思った。もう少しこの国の人々のペースを知って自分も動かねば、と。


彼女達の感覚を私なりに解釈すると、"問題なければOK" が一つの判断基準のような気がする。

例えば、"速く"終わらせる、"きっちり"終わらせる、"キリのいいところで"終わらせる、とか、"終わらせる"という目的に対し、自分に負担のかかることをわざわざ上乗せしない、と言った感じだ。そもそも無理をしないのだ。

"自分がラク"で、"物事に問題がなければ"、それでオッケー、とかそんな感じな気がする。


エピソードを書く。



■その一
園児の昼寝時間に、寝ている園児達の様子を私がクル〜っと見回っていた。そしたらルンドが、

"ジャパ子(私)、座ってなって!休んでなよ!何でアンタいつもそんなに動いてるの?!座って休んでなよ"

と言った。


その頃の私はまだ彼女達のゆったりとした流れに慣れず、子供達の事も気になり、やる事がなくても何かしなきゃと無意識に思って動きがちだった。


あ、そうか。
この国だと私動き過ぎなんだ 笑。と気付いた瞬間だった。



■そのニ
昼寝時間を終えてもずーっと寝てる子がいて、ドンとマイに、"この子そろそろ起こす?" って聞いたら、二人が顔を合わせて笑ってこう言った。

"ジャパ子、そのままでいいよ。急がなくていいよ。アンタは座って。座って。や・す・ん・で・て!"


ああ、私はまたどうやら動きすぎていたようだ。
ゆっくりしているつもりなのだが、ここの人達の感覚からすると、まだまだそうでない様子だ。


日本人から見たら、私は全然ゆったりだと思うけどな。



上記二つの話は休憩中の話じゃない。何というかここの人達は自ら敢えて仕事を増やさないというか、わざわざ自分を忙しくしないというか。だから、特にすることがないなら座ってラクにしてなよ、という感じだ。



日本の"過労死"が英語になるだけあって、やっぱり日本人ってよく働くのが文化なんだよなぁ。

日本とまるで真逆のような国に来て、気付かされる事は山のようにある。その大半は日本の魅力や素晴らしさに、だ。私は改めて日本が好きになった一人である。


働き過ぎ、同調圧力、沢山且つ細かいルール、真面目な気質、とかマイナスの響きがあるが、物事は常に表裏一体、良い面とそうでない面が合わさっている。程度の問題であって、日本はやはり日本らしい気質/文化があってこそ日本であり日本人なのである。

日本を離れたからこそ見えてきた日本の魅力、というのはなかなかに貴重だ。



ということで、多分まだまだ真面目で動き過ぎな私なのだろうけど、好意的に思ってもらえる場面が多く、日本人でよかったな〜と思うのである。



余談だが。
日本人のための日本、日本を愛する人のための日本、が壊されてゆかないか本気で心配している。

つーか、もう色々壊されつつあるよな、と。悪しき政治家、メディア等々。これまでの日本を壊したい人々がいるのだと思う。

移民政策は国をアッ!という間に崩壊させてしまう。

自分が移民したからこそ分かる部分があるし、日本的な郷に入れば郷に従え精神なんて、世界一般的にはないんじゃないかと思う。

移民、多様性、私は反対派だ。

移民や多様性の恐ろしい真実については、飯山陽さんの動画をおすすめする。本当、そう遠くない未来に日本人が団結して立ち上がる日が来るよ。





私は、もっと動かないように意識して仕事してみよと思う。



......普通そんなことある?


面白いな、今日も。

マイとタルはある程度保育士経験がある。
この二人の性格は太々しい。(まあここの国の人達はそれが普通)
更に年齢ならではの太々しさも加わり、何とも太々太々しいのである。

マイは、ドカーンとしてる。
タルは、ドヌーンとしてる。

二人とも他責思考系。


いや。本当凄いよね。国が変わると人の性格の傾向が本当変わるんだもんな。


マイもタルもなかなか人使いが荒い。 
と言うか、思った事を何も考えずバガバガ口に出すのだ。

アンタそれ自分で動けるだろ、って事もすぐ人に頼む。(頼むというレベルじゃない)

多分、それも文化なのだと思う。所謂 "忍耐に欠ける" のだろう。


彼ら彼女らは"耐えられない"、のである。だからすぐにイライラしたり、口にしたりして人を巻き込んでコトを速く進めようとする。

忍耐&穏健好きの私にはまだまだ理解が追いつかない。
あんな風に生きていると無駄に多く疲れるんじゃないかと思う。
彼らにしたら耐える方が疲れるんだろうけど、...いや、そもそも耐えられないんだよな。


マイとタルは二人揃うとずぅぅーーーーーっと喋ってる。園児そっちのけでバラバラベラベラ喋り続ける。

昼食時も喋りながら園児にご飯を食べさせる。顔は園児を向いてない。そうなるとせいぜいマイとタルが気を向けられるのは各々園児1人だ。

そのおかげで私は何人もの園児に目を向けながら動くことになる。

ある園児への食事を終えたので私は席を立ってその子の手や顔を洗いに行った。

席に戻ってきたら、マイが私に言った。

"ねぇ、これ見て?何が起きてる?"


私が席を離れる際に机に置いた、食事を終えた園児の残った食べ物の皿に他の園児が手を入れたりして、その子の顔や手、服がグチャァ〜と汚れてた。




ふむ。




ァアーン?!




園児の手の届く場所に置いてしまった(離したつもりだったが)私も悪いが、その子、マイの目の前に座ってるだろうが、って話。何でアンタがすぐ気付いて皿を移動させなかった?問題はそっちだろ!

タルとベラベラ喋ってて園児を見てないからそうなるんじゃねぇかー!

って話。


なぜそんなに他責思考なのだ。


でも思うのだ。自責思考も程度が過ぎるとよくないが、適切な自責思考は自己の改善や成長に繋がる。

果たして他責思考はどうだろうか?


まあハッキリ言って他責思考にいいことなんて皆無だろう。"自分が正しい、悪いのは常に何か誰かである。"、そんな人間がどう救われると言うのだろう。いつしか空回りばかりするようになり、人は離れてゆき、それでもなお他人のせいにし続け、自分は正しいと思い続ける。

ある種、厄介な心の病気だろう。
致命的なのは、自分を顧みない故に他責思考から抜け出せるきっかけに延々と辿り着かないのだ。

そして、何かを誰かを恨み続ける。そして、コトは本人の望むようにはなってゆかない。そして、自分は悪くないのに何故自分がこんな目に、とまたその理由を何かや誰かに貼り付けて、他を責め続けて永遠に終わらない。

なんて苦しい心だろう。

何でもそうだけど、他人軸になると人間は苦しむ。




話は戻り。
園庭で遊んでた時も、マイとタルはマットの上に座ってゴローンとしてスマホ触ってベーラベラベラ喋ってて、せいぜい園児一人ずつを膝に乗せてるとか、そんなのだ。

それ、園児の世話してる内に入らないだろ。


とか心の中で思いながら、二人がそんなんだから私がまた他のコロコロ動き回る園児達を見続けるわけだ。転げたり何かあった時にゃァまた私が責められるという謎現象が起きるしな(怒)。

でさ。
子供は正直なもんだから、そんな二人よりもどんどん私に懐いてくるワケさ。ポイポイ寄って来てくれる。中には泣きながら寄ってくる子もいる。それはめっちゃくちゃ嬉しい!!のだが、そうなってくるとあの二人に近寄る園児が少なくて、結局彼女達はラクになるんだよな。


アー。



ま、いいんだ。これも何かの学びなのよ。

昨日も書いたけど、人生とは生き方相応の人生になってゆく。


正々堂々と胸張って生きていたら大丈夫。

自分自身に恥じない自分で生きること。

目の前のことに囚われ過ぎず、もっと大きいものを見ていたらいい。



何からでも学べる。

色々ァァン?!ってなるけど、色々面白い。


保育園が12時で閉まる日、園児エリーのお母さんが11:40に迎えに来た。


私が、"エリーはスヤスヤ寝てるよ" と伝えると、母親がエリーのベッドに近づいた。


そこで、母親とマイが喋り出して、何やら母親がマイに何か聞いたようだった。

すると、マイのやや大きな声が聞こえた。



マイ "ねぇ知ってる?それ禁止だよ"


母親 "えっ..?"


マイ "禁止だよ"


母親 "何で禁止なの...?"


マイ ".........何でかは知らないけど、禁止なの"





えっ?一体何のやり取りをしてるんだ?

私にはエリーのお母さんが何か無茶なことを頼むような人には思えない。禁止、だと??


二人の会話を近くで聞いてたタルが会話に割り込んだ。


タル "12時まででしょ? 大丈夫よ"


母親 "そんなかからないよ、5分程"


タル "全然大丈夫よ"



マイ "..............................。(不満気な顔)"





で。結局何のやりとりだったのかを後でタルに聞いた。


母親はエリーがまだ寝てるのを知って、あと5分くらい教室でエリーをまだ寝させたい、その間母親は一旦外に出てまた戻ってくる、ということだった。


それをマイに伝えたら、



"ねぇ知ってる?それ禁止だよ"



だった訳だ。





ハァアッ?!



いやっ、、もう、、、意味不明過ぎる。

一体何が禁止なんだ?聞いたことない。


11:40に園に来て一旦外に出て5分後にまた戻って来るのと、11:45に園に来るのと、何が違うんだ?


前者は禁止で、後者がOK、な意味が分からなさ過ぎる。



しかも、"理由は知らないけど、禁止なの" 発言。


最低じゃん。カッコワル。



その後、マイが何かグダグダ言ってきたけど、よく分からなかった。


とりあえず、いつも通り自分は正しくて、エリーの母親が変だ、私には理解できない、あの人は好きじゃない、とかそんな内容だった。



マイの自分ルールは時間だけではないようだ。



うむ。面白くない。




私はこういう人は幸せでないと思う。


家族がいても、友人がいても、仕事があっても、お金があっても、大して何かに困っていなくてもだ。

このような人は思考的に幸せではない。


本人は全く自覚がないだろう。

だけれども、その "幸せではない" は必ず人生にゆっくりゆっくりと染みこんでくる。必ず。


逆も然り。




だから、人生は面白い。



最近やたらとマイから"あれやって! これやって!" と頼まれる。
その大体は体力仕事だ。

以前は何となく役割分担でしていたことが、最近とにかく私に偏ってきた。

その間、マイは比較的ラクな仕事をしている。
(ミルクをあげたり、寝かしつけたり)


さて。保育園では食事時がとにかく大変だ。


1. 机を出す
2. 椅子を持ってくる(別の部屋から)
3. 子供達を座らせる
4. スタイをつける
5.袖を捲り上げる
6.食べさせる&見守る
7.終わった子から手や顔を洗う
8.汚れまくった机を拭く
9.汚れまくった椅子を拭く
10.汚れまくった床を穿く、拭掃除する
11.食器を水洗いする
12.スタイを洗う、干す
13. 椅子を戻す(別の部屋に)

てな感じ。


最近この"5.食べさせる"以外、全部私一人でやることが多くなってきたのだ。
*5はみんなでやってる。


結構しんどいのよ。。これが。
しかも、朝食、昼食、2回あるからね。



マイの様子を見ていると、彼女はとかく自分ルールの中で生きているような気がする。
常に自分は正しく、何かあればそれは何かや誰かのせいなのだ。


エピソードを少し書いてみる。


■その一
昼食時のこと。

マイ "あれ?野菜ポタージュ捨てた?"

私 "え?うん。捨てたよ"

マイ "えぇ?ちょっと。それこの子(園児)の分だよ?"

私 "え?だってシンクに洗い物と一緒に置いてたよ"

マイ "どうするのよ?この子のポタージュ?"

私 "いやでもシンクに置いてたじゃん"

マイ "ハァァ..(溜息)"




---
ハッ?!

いや、いやいやいや!!

そのポタージュを洗い物と一緒にシンクに置いたの多分マイでしょ?!

もう不要だと思って置いたんでしょ?
でもあとから足りなくなったんでしょ?

普段、まだ食べるものをシンクになんか絶対置かない。


でぇぇぇぇ、私は知っている!!!

アンタ(マイ)が自分用にポタージュを器に入れて食べていることを!!!

アンタ、自分はポタージュ食べてて、自分で園児のポタージュをシンクに(不要と思って)置いて、それが必要と分かったら私がまるで悪いかのように、、、、



結局その自分用のを園児にあげてた。


何で私がやっちまった的な流れになるんだよ。
シンクにあるものはサッサと洗う。
いつもそうじゃん。



■そのニ
マイが園児を寝かしつけてた時のこと。

マイがその子を体をポンポンし続けてたけど、なかなか寝ない。(床にマットを敷いてる)


寝かしつけを諦めたマイが私に一言。

"この子、ベッドに移動して"




ハッ?!?



今その子のすぐ横にいるの、マイだよね?


ハッ?! どゆこと??

なぜアンタが今そのポンポンしてた手で、その子を抱きかかえてベッドに移動しない??



答え: 重くてしんどいから。だろう。




■その三
昼食後〜寝かしつけ時のこと。


マイ "この子とこの子食べ終わったから、手と顔を洗って!"

私 "オッケー"   *抱き抱えるから重い


マイ "この子とこの子をベッドに運んで!"

私 "オッケー"   *抱き抱えるから重い


マイ "この子達の(寝る用の)マットを出して!"

私 "オッケーーー..."


マイ "床のおもちゃを片付けて!"

私 "オッケーーーーーーー...."



マイ "あの子の手と顔を洗って!"

私 "オッケーーーーーーーーー...."



マイ "ちょっと、片付けは今じゃないよ!"

私 "(....................ァァ??!!)


私 "だってここにマット敷くから片付けないとダメじゃん"

マイ "あ、あぁ..、あぁ。そうね"


----
んでマイは何してるかっつーと、子供をポンポンして寝かしつけている。

それが大事なのもわかる。
しかしなぜ自分は微塵も動かず、私に何でもかんでもやらせるのだ?

そして、オーダーが多いし私が何かやってる最中でもとにかくオーダーしてくる。
何ならアンタから頼まれたことやってんだよ、って時にまた新たなオーダーを言ってくる。


流石にあと少しで "ちょっと。私に頼みすぎじゃない?" と怒って言いそうだった。




マイに限らずここの人達は何でもハッキリ言うし、人にも頼む。

それが私にはなかなかできない。

空気を読んでバランスよくチームで役割分担するのに慣れており、またテキパキ動いて速く仕事をやってしまう私には、彼女達がいつかやろうとする前に私がやってしまうのである。

その "いつか" が私にはわからない。


中途半端に床に転がり続けるおもちゃ、中途半端に置かれたミルクが残る哺乳瓶、いつ片付けられるのか分からない放置された園児用の椅子達、、、

彼女達は園児達が寝ると自分達もゴロンと寝転がってスマホを見ている。

それはいい。私もそうするから。

しかーし!!私としては中途半端に残された↑の物が気になるのだ。ゴロゴロする前にそれらを片付けたくなるのだ。


しかーし!!それを私がやっちまうとまた私だけが負担を背負うことになり、彼女達にすれば、"ああ、やってくれたんだ。ラッキー"となり、彼女達をより一層何もしなくさせてしまうのだ。



しかし。いざ彼女達が自ら動いた時、彼女達は私に言うのだ。


"ねぇ、手伝って"   と。




そう。これが私にはなかなか言えないのだ。なぜなら基本的に私一人でもできるからだ。園児用の小さい椅子を運んだりするごときで、私は誰かに手伝って貰おうと思わないのだ。


"手伝って"、"助けて"


これが言いにくいのは私の性格でもある。多少頑張れば自分でできるし、とか思って自分一人でやってしまうタイプ。


だからある意味マイ達の、すぐに人に助けを求められるのは学びでもある。


そう、私も言えばいいだけなのだ、本当は。


ここには空気を読んでくれる人はいない。些細なことでも何か相手に期待したり求めようものなら、それは口で直接言うのがここの文化なのだ。


ストレスを溜めるとか、不満を抱え込んでしまうとか、そういう文化じゃないんだよな。


相手に口で伝える!!!


ただそれだけのことである。



少しずつ、少しずつ。頑張れ私。
アンタ(私)はマジで異国異文化の中でよくやってるよ。


んで、最近マイにイライラするのに、なぜか最終的にマイを嫌いにはなれないのだ。
何なら好きでもあると言うか。

それは多分、彼女(達)が私にないものを持っており、それが私にとって興味深く、またどこかで憧れを抱かせてくれる対象だからだろう。

あんな風になれたら、もっと生きやすくなるだろうな。


ハー。腹立つけど、やっぱ面白いわ。

園児用に食事を用意してる時、私がスプーンで器にポタージュを入れてたら、それを見てたマイが、

"...あぁぁぁあ〜!こうよ!!"

と言って、ポタージュの入ったタッパーをガシッと持って、そこからドブドブそのまま器に注ぎだした。

ダイナミックだ。

もちろんタッパーや器の端にポタージュがドロッとつく。が、確かに速いし、味が変わる訳でもない。
ただ上品でない、というだけだ。

保育園ではスピードは大事だ。


その様子を見てたドンが私に言った。


"マイには我慢がないのよ。ハハハ。笑"


英語で言う patience。
忍耐力、我慢強さ、根気強さ、とか。



この瞬間、私の中で何がが腑に落ちた。

アッ..。そうだ..!そうなのだ、、、!


ある程度の我慢や、努力を美徳とする日本文化。それに慣れ親しみ育ってきた私が抱く何かしらの違和感、それはこの人達の我慢のなさなのだ、と。

これは良いとも悪いとも言えず、まあ何事にも良し悪し両面あるよな、って話。

ただ異文化で、私が彼女達の文化に入った身なので、私にはこのポタージュに限らず "ヲイ..." と思うことは少なくないのだ。

日本人の、空気を読み、相手を想って動ける、ということはとても素晴らしいことだと思う。それは互いにそういう動きができてこそ!絶妙なバランスで自然に互いを支えられるのだと思う。

現状の私は、私だけがその感覚を持ってして動くので、結果的に支え合えてはおらず、ある種、都合よくテキパキ働いてくれる日本人、なのかもしれない、、という気が少ししてきた。


多分、もっと雑で、もっと気ラクで、もっとテキト〜で、もっと楽しんで、もっとユーモアを持って、多少仕事を忘れて仕事をするくらいでいいのだと思う。

この保育園での仕事は、時々、本当に仕事なんだっけ?とどこか思うほど、仕事じゃない感がある。それくらい、みんなワハワハ笑ったり、ベラベラ喋ったり、ガーガー感情的になったり、オープンなのである。

日本だと、家の自分/仕事の自分、オン/オフという表現があるけど、恐らくここの人達はそれがないか、ないに等しいように思う。

私も日本では完全にオン/オフのある自分だったが、今やそれはもうほぼない。

ここでの環境が私をそうさせてくれたのだ。
だって本当にみんな仕事っぽくないんだよ 笑。


いや〜、日本と違う。改めて、本当に。


忍耐とか努力とか、結構好きで生きてきた私にはここで学ぶことが毎日沢山ある。

相反する文化を経験できるって、大変で、貴重で、有難いな。


国、文化、(宗教)、家族、人々。

うぅむ。面白い。本当に。



ある日、開園が1時間半遅くなる"9時開園"という日があり、ボス園長から"みんな8:30に園に来て"との連絡を受けた。

*普段は開園10分前到着でOKだが、30分前とは。
 みんなの遅刻予防のための時間指定だろう。



私は8:25に到着。ボスに"おはよ〜"と挨拶。


さて、8:30。




うん。誰も来ない。


全くもって予想通りなんだけどさ。でもみんな普段7:30開園の日は、遅刻してきて8時とか8時半に来るわけじゃん。

つまり、今日は普段遅刻する時間に来て間に合う。わけじゃん。


それでも遅刻するんだよなぁ。


開園時間が遅くなれば、その時間に合わせてみんな遅刻する、ってか。


面白すぎる。笑


8:40頃、ボスからグループチャットで怒りメッセージ。
(いつものこと)


ボス "アンタ達今どこ? 8:30に来てって言ったじゃない"

ディル "もうすぐ"

ボス "何で遅れるのよ?"

ディル "(質問無視) 今バス待ってる" ←いやいや 笑

(バス停の写真送信)   ← いやいや 笑


他全員: 無返信




本当見事に誰一人として謝らないんだよな。
なぜなら、悪気が全くないから。である。

もうこのやり取り飽きるくらい見てるけど、毎回笑ってしまう。


その後、キッチンで朝カフェをしていたら、ボスもコーヒーを入れに来た。


ボス "牛乳ある?"

私 "少しだけ。もうなくなるよ。"


私達で牛乳を使い切った。


私 "みんなが時間通りに来ないの本当面白いよ。
  日本だとこんなの有り得ない。笑"

ボス "いつも時間通りなのはあなただけ!
  それに日本人は相手を尊重してるよね。
  この国の人達はこれが普通よ。ハ〜ッ!"

ボス "遅刻してきたらカフェなし!牛乳もなし!!
  あの子達にはありませ〜ん!"

私達 "アハハハ〜"



ボスもそんなノリ。



そして、その日もマイは朝遅刻してきて、休憩は1時間10分するのだった。

いやっ、本当何で私に "休憩は30分だよ" と言った??

40分間はマイにとって仕事だったんだよね。
うんうん、そうなんだよね。
わたしゃそう思うようにしてるよ。


色々しっちゃかめっちゃかなんだけど、全体的に楽しく成り立っている。

それでいい。のだろう。


ふむ。面白い。

マイは基本遅刻して来る。

たまーに時間通りに来てると"わ、来てる!"と驚くほど彼女の遅刻は普通だ。


最近は私が常に時間通りに来ることに甘えてか、一時間くらい遅れて来ることが増えた。


連絡?ないない。

謝る?ないない。


おかげで朝の準備〜迎え入れは私一人ですることが増えた。


ま、いいけどね。


面白いのが、本当誰も(マイに限らず)遅刻について何とも思ってなさそうなんだよな。

ボス(園長)はたまに怒ってるけど、ほんの数分というか。


当の本人は遅刻してきて"おはよ〜!"と登場して、キッチンに行ってみんな大好き朝カフェをする。


私も、"いいよいいよ!飲んできなよ"と。



うん。何かがおかしいよな。

でもここは日本じゃないからこんなものなのだろう。



しかし!!ある日突然マイに言われた。


マイ "知ってる?私達の休憩時間は30分だよ"


私 "うん、知ってるよ"



エッ?!

つまり私が休憩時間長くとってると言いたいんだな??

確かにここではみんな時間にルーズだから私も35-40分くらいで教室に戻ってる時もある。


マイがそれをチェックしてたと言うのか、、?!

あの時間にルーズなマイが、、、!!!?!


■休憩についてはこちら


その日は30分きっちりで教室に戻った。

その後、マイが休憩に出た。




で、



1時間後に戻ってきた。笑笑笑笑


他人の休憩時間を計ったりしたことなかったけど、何となくマイはいつも30分以上教室に戻ってこないと思ってたのよ。



んで1時間て。笑笑

アンタ、1時間半前に私に何て言ったよ。笑笑


何かもう心の中でズザーッとズッコケた。


まあ30分はボスと話してたとか、何かあったとか、そういうことに思っておこう。


多分、私が何か言ったところで、彼女なりの理由をバラバラ述べて終わるだけで、何も変わらない。

ボスが!電話が!夫が!子供が!友人が!とか。


そしてそれが彼女にとって悪気を感じるに至らないのである。


私には矛盾してても、相手には200%悪気がないってのは凄いのよ。

つまり感覚の違いであり、文化の違いだ。



そして、またある日。


"ここ(保育園)が家から遠い"という理由で辞めた保育士がいた。

その子が車で何分かけて来ていたのか私は知らないけど、そしたらマイが、


"私は車で1時間半かけてここに来てるのよ。渋滞だってあるし。あの子は遠いっていっても近いよ。


だって仕事じゃん?私は1時間半かかったってさ、これは仕事だからさ!来てるわけじゃん。

私には理解できないよ"


と、何だか熱を込めて話してくれた。


マイが車で1時間半かけて来てるのは知ってた。


なぜにそこまでしてこんな遠くの保育園に..

家の近くにも保育園なんて沢山あるだろうに..


とか思うより。そんんな事より。

熱弁してくれたのはいいんだが、で、毎朝遅刻して来てるの誰だよ、って話。笑


"1時間半かかる。渋滞もある。"

うん、わかる。


"それでもアタシが来るのは、これが仕事だもの!!"

うん。わかる。


で?


遅刻は構わないのか。笑

私には30半休憩を改めて伝えて、自分は1時間休憩して、それは構わないのか。笑



多分、問うたところで、

"だって1時間半もかかって渋滞もあるから遅刻は仕方ないじゃん!"が答え。


悪気は、ない。

悪気が、500%ない。


つまり、マイは自分都合で物事の判断基準が変動的だから、基準が変動しない私とは永遠に平行線なのだ。



これが日本なら私は怒っているし、本人にもボスにも言うだろう。日本の文化に倣って。



本当に不思議だ。

私はマイに対して不満は少なからずあるけど、まぁ仕方ねぇかと思ってたり。怒りはないし、マイを嫌いにもならない。寧ろ普通に好きだ。


それは私が "異文化" をどこかで受け入れられているからなのだろう。


ま、それ自体、郷に入れば郷に従え、の日本人感覚なんだけど。



いやー、だから日本に移民が増えるのは反対派。

マイみたいな感覚でそのまま働く人多いと思うな。



異国異文化。

うむ、面白い。




子供というのは正直で素直で邪気がない。

だから私は子供が好きでこの仕事が好きだ。


日本で大人達と働いてた時も楽しかったけど、何か色々面倒臭くもあったな。


心の汚れを知らない子供達というのは本当に綺麗で、一緒にいて本当に気持ちがいい。



さて。ディルと数時間一緒に働いたけど、

保育士向いてないんじゃねぇか、、、、と思った。


- 基本顔が笑ってない、(けど歌ってる)

- 言い方がキツイ

- 注意が多い

- 褒めない

- 歌を爆音でかける

- 同じ曲を何回もかける

- 寒いのに窓をめっちゃ開ける

- 園児達への水ボトルの渡し方が強すぎる

  (顔にぶつかってる)


とかとか。


私よりずーっと多くの時間を園児達と過ごしているはずなのに、私が教室に数時間いると半分くらいの園児達がキャッキャッと私に寄ってくる。


私の名前を呼んだり(ディルの名前を呼ぶのを一度も聞いたことがない)、笑顔で走って飛び込んできたり、私の上に座りに来たり、背中にピタッとくっついてきたり。


ま、保育士として普通のことだわ。



ディルは?!


全然そんなことされてない...。


しかしディルは何とも思ってなさそうだ。

多分、子供がそんな好きじゃないのか、子供達が何を感じているのかを読み取るのが究極に下手なのか、だろう。


同じ曲を3,4回も流してて、もう子供達は無表情になっている。それでもディルは、"体揺らして!手拍子して!" と無表情と大声で子供達に言う。



エェッ?!

もう子供達が完全に飽きてるのがわからないのか。

私でさえ飽きているぞ。



あとなぜか歌や遊び時間も、"座ってなさい!立っちゃダメ!" とよく注意する。


そんなにダメなのか?!



ディルの保育の仕方が私には謎である。


私達には普通に笑うディルなのにな。



ボス(園長)や親達は細かく知らないんだよな。どの保育士がどんな保育の仕方をしているか。


朝の迎え入れ時と夕方のお迎え時、その時に保育士がいい感じだったらいい感じに見えるもんな。

最低限の保育はしてて、毎日一緒に過ごしてるから子供達も最低限懐いてるから嫌ったりはしてないしな。



ふむ。ディルの保育、違いすぎて面白い。

これは私のことである。


理由1。化粧をやめたからだ。


日本にいた頃から5,6歳程年齢より若く見られ、この国に来てからは10歳程若く見られるようになった。

まあ単純にアジア人の顔や肌がこの国の人々より幼く見えるからだ。


日本では毎日しっかり化粧してた私だが、この国に来て数ヶ月して化粧をやめた。

まさかそんなことが人生であろうとは。


ここでは女性達がすっぴんだらけで、化粧をしている自分に段々と違和感を覚えるようになった。

(すっぴん美人が多過ぎて驚く。化粧する必要がないんだよな。)



あれ、なんで私は目蓋を毎日キラキラさせてんだろう、、

あれ、なんで私は目の周りを黒くしてるんだろう、、

あれ、あれ、なんで、、、、、、、と。



環境とは面白いものだ。


自眉毛で形はまあ整うので、今やもう本当に何一つ化粧をしなくなった。

日焼け止めすら塗っていない。


スキンケアも元々最低限だったが、今やもうほぼ化粧水と少しのオイルのみ。


顔は水洗い。化粧しないから洗顔料を使わなくなった。



てな感じで生活してたら、肌が以前よりきれいになった。

もちろん年相応の変化はある。


でもやっぱり化粧は肌に悪いんだな〜、と実感した。


とは言え化粧をしなくなり、すっぴんの自分が嫌だな〜とか、すっぴんで撮った写真に"うーん..."と思ったり、そういう月日を過ごしてきたが、

今やもうこれが自分だ、と段々とすっぴんの自分を受け入れられ好きになった。



化粧しないって本当にラク!!!!!

お金も時間も節約できて、肌が綺麗になる。

最高じゃん。。



で、


理由2。私なりの人生の地獄を乗り越えて以来、最終的にいつも前向きで気持ちが若いからだ。


理由3。この国に来て生きやすくなったからだ。

最初は苦しんだが。詳しくはいつか書こう。


そして、今これが大きい↓


理由4。保育士になり毎日生まれて間もない新しくて若い沢山のエネルギーと過ごしているからだ。

疲れるんだけど若返ってる。ありがとう、子供達!


理由5。その保育園での仕事環境がとても楽しいから、ってのもあるよな。



心と体。面白い。


朝、園児を迎えると私以外の保育士達は大体園児にキスする。

チュッ♡とか、ブチューッ♡とか、チュチュチュチュッ♡とか。

この保育士、園児を食べちまうんじゃねぇか、という勢いでキスとハグをグワヮァァ〜っとする人もいる。

親もそれをハハハと嬉しそうに見ている。
朝の始まりは大体キスとハグ。

私はそのような文化で育ってないので、人様の子供にキスするのは何かまだ、、うん。
園児達は大好きだし超かわいいんだけどね。

菌が気になるってのもある。

毎年風邪知らずで過ごしてきた私が、保育園で働き出した途端ヤバそうなウイルスに感染したり、鼻水やくしゃみが出たりするようになった。

まあ園児みんな黄緑の鼻水垂らしてるからな〜。
拭いても拭いてもすぐまた鼻水垂れてる。

体調崩しやすいのはこりゃもう保育士につきまとうことかもな。。

保育士達の子供のあやし方も色々ダイナミックで面白い。それはまた別に書こう。


とにかく朝から夕方までキスする。ほっぺにかぶり付く。


そんな私もごく最近は特に特に懐いてくれてる園児達にはほっぺに軽くチュ♡とするようになってきた。笑

かわいくてたまらないのと、園児達がそういうスキンシップが好きなのだとわかったのだ。
文化だからなぁ。



菌はまあもう仕方ない。
私の体が強くなってゆくだろう。
 

ふむ。面白い。