仕事は楽しくやりたい。
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楽しくやるには、いいチームワークが必要だ。
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いいチームワークを築くには、互いに敬い、支え合うことが必要だ。
と思う。
私の場合、基本的に仕事が楽しい。余り仕事だと意識しないほど、なかなか楽しい。
日本の"保育士あるある"の動画を見たら、
"いいよね〜、子供と遊んでるだけでお金貰えて〜"
みたいな嫌味が、あるあるらしい。
しかし私の場合、私の保育園の場合、実際それに近い状態である。
精神も体力も使う毎日だが、基本的には子供達と遊んで過ごしていることでお金を貰えている。
前職と違い過ぎるというのと、国も変わったこともあり、"あれ?これ本当に仕事なんだよな??"と思うほどだ。
だが、慣れとは怖いもので、仕事じゃない様な楽しい仕事も月日が経過すると、何だか "仕事" だと脳が認識してくる。まあ、だからと言って今も仕事は好きだし楽しい。
"え、これでお金貰えるの?"
と、今の仕事を始めた頃は本気で思っていた。
最近は、"まあ仕事してんだから、当然お金は貰わないとね" という感じだ。楽しいにも関わらず、そして以前に比べれば仕事にも随分慣れ、休みながら働く事も少しずつ身につけ、よりラクになっている、にも関わらずだ。
■休みながら働く人達
人間の環境適応能力は良くも悪くも凄い。今の私は "結構ラクな環境" に慣れてしまってきており、そのラクさが普通になりつつあり、その中で不平不満を見出す様になってきてしまったのだ。
なんてこった。
大きな理由は、日本人の感覚のまま働いていると、明らかに周りの保育士達よりも2,3倍働いてしまうからだ。
先読みしてテキパキ速く仕事を終わらすのが好きな私は、そのままの自分でここで働くと、他の保育士達の仕事を随分と減らしてしまい、彼女達によりラクをさせる事になるのだ。
それに気付いてからは、なるべく"逆の先読み"をして動くようにしている。
何だ、逆の先読みって。
つまり、他の保育士達に"ある程度仕事を残す"為の先読みだ。
変な先読みだ。
ここの保育士達の動き方は私には想像もつかず、謎の動き方をする。
彼女達の動きは、"やるべき事はやる"上で、
・テキパキしていない
・今やれる事は後でやる
・物事を中途半端に残す
・仕事より私事を優先する
・気が向いた時に動く
・突如ルーティンが変わる(本人無意識)
という感じだ。
効率を求める私とは逆で、動きが読めない。
"枠に囚われない自由型"、とも言える。
ま。結局、気分で動いているんだよな。
彼女達同士はそれで互いに仕事が回っているので、彼女達なりの空気の読みがあるのだろう。
1日の中で1番疲れる仕事は、"昼食後の掃除"だ。とにかく机も椅子も床もカオスになる。
皿を引っくり返すのが好きな子供達もおり、大体4,5人はそれをやってしまう。そしたらもう机が巨大な皿代わりになり、食べ物は机に直に置かれる。例え、汁気のある煮物でも、だ。また、子供達は食べ物を手掴みで食べる。
もう。本当に。これは。グッチャグチャなのだ。
▼この30倍、汁付きで机も椅子も床も毎日汚れる
子供達の顔、手、服上下もスンゲー汚れる。本当に。
日本の保育園だったらこんな事は起こらないだろう。
昼食後の掃除には5種ある。★難易度
1. 皿洗い係(水洗い) ★★☆☆☆
2. スタイ洗い&干し係 ★★☆☆☆
3. 机&椅子拭き係 ★★★★☆
4. 床掃き係 ★★★☆☆
5. 床拭き係 ★★☆☆☆
1.2.は一人ずつがやり、何故か3.4.5.は全て一人がやるようになっている。難易度が高い上に一人でやるのだ。またこの時、同時に子供達の寝かしつけが平行して始まる。
更に何故か、いつの頃からか、3-5の役割が私に固定してきたのである。
大体、マイ、タニと3人で役割分担をするのだが、恐らく、私のテキパキさが彼女達にラクを覚えさせてしまったように思う。
彼女達が今どう思って3-5をしないのかは分からない。
(以前は何となくバラけてやっていたのだが)
・しんどいからなるべくやりたくない
・ジャパ子がやるからいっか、ラッキー
・ジャパ子の役割だね
・完全無意識
全く分からない。
私なら、誰か一人に負担のかかる仕事が偏っていたら、"今日は私がやるよ"とか、代わったりする。
マイ、タニにそれはない。
"今日はマイがしてよ"
"今日はタニがしてよ"
"私ばっかり毎日掃除してるじゃん"
"不公平じゃん"
と言える私でもない。日本人らしくな、本当。
だから、私は最近何となく損得勘定をもって働くようになってきてしまった。本来そういうのは好きじゃない。だからモヤンとしている。
真面目に働く事は"損"なのだろうか?
より休みながら働く事は"得"なのだろうか?
特にここでは、本当にみんな休みながら働くので、日本人の普通の感覚で働いていると、損すると言える。
だから、私もなるべく"休みながら働く"を導入している。それがここでのデフォルトだからだ。
勤務中に教室内で、
・私語をしたり
・ご飯を食べたり
・菓子を食べたり
・珈琲を飲んだり
・スマホを触ったり
・電話に出たり
・寝転んだり
私的にはこれで結構十分なのだ。十分、リラックスしながら働かせて貰っている。
だが、他の保育士達はこれを遥かに上回り、もっと休みながら働く。もーっと好きに、自由に、気儘に、教室から消えたりしながら休みながら働いている。ここが家なんじゃねーか、ってほど。
そうすると、何だか自分が損している気分になる。私は少なくとも、休憩でもなく用事もなければ、教室から何十分も離れたりしない。
だからこそ、他の保育士達は教室にいる私をアテにして、教室から消えられる訳なんだが。
フム。私は何を求めているのだろうか。
平等や、公平さだ。
これがまた、日本的思考なのかも知れない。
昼掃除の3-5に加えて、夕方のゴミ捨て。これも私に固定しつつある。(昼/夕 計2回ある。昼は別の保育士が捨てる傾向にある)
私はどこかで、"何で私の固定当番みたいになってんだ"と思っている。昼掃除3-5も、夕方のゴミ捨ても、はっきり言って大した事じゃない。しかし、誰がやるとも決まっていない作業に、何故か私が固定されつつある事に不満があるのだ。
私とは、まだまだ小さな人間なもんだ。
本当は、どんな作業であれ損得勘定などせず、感謝して取り組みたい。
あ。今書きながら気付いた。
不満がある理由の一つに、私の昼掃除3-5の間、他の保育士達は子供達の寝かしつけをしており、それは構わない。そして寝かしつけが終わり次第、教室で例のゴロゴロをし始めるのだ。ほぼ休憩だ。そして、私一人がまだ拭いたり掃いたりをし続ける。"ちったぁ手伝ってくれよ"という気持ちが芽生える。だからだ。
■子供達の昼寝時間は、保育士達の休憩時間
以前、ドンが言ってくれた。
"何か不満があれば、待たないで、躊躇しないですぐ私に言って。ここではみんな家族みたいなもんだから、誰かが不満を抱えているのは嫌なの"
と。
■ドンは最高の保育士
今のところ、ドンに相談するつもりはなく、様子見予定だ。もう少し、物事を引いて見られる自分になろうと思う。
自分の角度が変わる事で、この件は不満から解放される気がする。
だってな。この記事を書きながら、なんて小さい事に不満を抱いてるのだ、と我ながら思う。人間というのは、ラクな環境になれば、そのラクさえいつの間にか"普通の環境"になってしまうのだ。
このまま落ちるでない、ジャパ子。
仕事は損得ではないぞ。
"当たり前のことを当たり前にやる"
これでいいんじゃなかろうか。
自分や他人の損得など勘定せず、人間として何が正しいか、何が子供達の為なのか。
その判断基準で動けばよいのではなかろうか。
これも学びだ。
異文化労働は面白い。