まあその話は後ほど・・・。
それにしても、今回のレビューがこの作品とは、今思えばこれも運命です。
めんりすとさんで、初めて食べたラーメンが正油ら~めんでした。
あの時の感動は、今も忘れられないです。
麺料理は大好きでした。
蕎麦もうどん、きしめんも大好きでした。
料理人が作ったものでも、製麺所がつくったものでも関係なく、多くの麺料理における麺には職人の魂が感じられるように思えました。
しかし、実は私、ラーメンにはそういう性格を見いだせずにいました。
何となく、濃厚なスープにむちむちっと固くて太い麺、塩豚骨にはまっすぐな固くて細い麺、昔ながらの醤油には黄色くプリプリした縮れた麺を使っておけば喜ばれる世界のように、蕎麦寄りの食道楽の私は思っていました。
仕事で連れて行かれる美味しいと噂のお店も、自分には雑な味わいに感じられましたし、食べるたびに、ラーメンの麺よりも蕎麦の麺の方が美味いよな~、味だけじゃなく香りも違うよな~と思っていました。
ラーメンとは麺の味ではなく、固さと太さとウエーブの有無といった、形質が全ての世界だと思っていました(あくまでも食わず嫌いだった当時の話ね。今はラーメンを溺愛してますからw)。
そんなラーメンに対して非常に懐疑的であった自分に、麺の美味さ、さらにはスープが麺の旨味を花開かす感覚を教えてくれたのがめんりすとさんのラーメンだったのです。
淡麗の醤油スープの中で、麺の全粒粉の香ばしさがきりっと立ち、同時にむちむちっとした食感から溢れ出る穀物の旨味、トッピングされた胡麻は、自身の旨味を出すと同時に、醤油と全粒粉の関係性にすっと舌のピントを導きます・・・。
蕎麦、うどんにおいて感じたこともなかった複雑なスープの構成美、そしてその複雑な風味の一つ一つが持つしっかりした意味を感じさせ、さらには十分な熟成感と生まれた瞬間のフレッシュ感の双方を感じさせるその性格・・・。
蕎麦であれば、このスープの複雑さや濃厚さを受け止めてなお、麺そのものの魅力を表現することなどできないように思えました。
うどんであれば、スープの表現力の豊かさの前に、主役の麺が単調な味わいに感じられるように思えました。
どの麺料理よりも圧倒的に複雑で手間暇のかかったスープに対し、きっちり自身の魅力を開示できる麺こそ、ラー麺だと気付かされたのです。
そんなめんりすとさんでの感動的な麺料理との出会いから、急にラーメンに対する興味が深まり、同時にめんりすとさんの目指すものをもっと感じたいと願うあまり、めんりすとさんと肩を並べるような絶対的名店だけを片っ端から味わってきました。
そしてラーメンを食べ始めて半年・・・ある程度ラーメンを理解し始めた2011年の年明け・・・、めんりすとさんの超絶的な裏メニューをいくつか食べさせて頂けたことでこれぞ「美食」と言う世界を知り、さらには無題のど煮干し中華そば(後のラーメンろたすの煮干ラーメン)を食べたことで、ラーメンの表現は味そのものを超越できることを知っその直後、どうにも止まらないラーメンへの欲求をぶつけるがごとく、めんりすとさんに、めんりすとさんの非公式ファンサイトを作っらせて欲しいとお願いしました。
2011年1月21日が、このブログの誕生日です。
しかし自分の中でラーメンのブログを始めることを決意したのは、2011年の正月だったのかもしれません。
その日、めんりすとさんで初めてトッピング抜きのラーメンを頂きました。
その時、ラーメンがあらゆる麺料理の中で一番美しい料理であると確信したのだと思います。
以来、ラーメンのトッピングを極力はずしては、スープの旨味を全身全霊で味わい続けてきました。
それから1年後・・・。
2012年の正月に、再びめんりすとさんのむ・ら・さ・き(正油ら~めんのトッピングがゴージャスなバージョン)を頂きました。
1年をかけて、多くのラーメンを味わってきましたが、一周してそこにあった醤油ラーメン(む・ら・さ・き)は抜群の一言でした。
スープにトッピングによる濁りが加わることを嫌ってきましたが、一周したそこにはスープに流れ出るトッピングの風味をもドレスとして美しさを主張する完成されたラーメンが存在しました。
スタンダードな醤油ラーメンとして、これほど美味しいラーメンには出会ったことがありません。
実は、2011年のクリスマスはめんりすとさんで「こ・ん・そ・め」というラーメンを頂きました。
これがラーメンというジャンルへの興味を吹き飛ばす様な作品でした。
牛と鶏とオマールエビ(贅沢!)という3種のコンソメスープをブレンドした贅沢なスープです。
そこには丁寧な作業、高価な食材が故の迫力、そして高度な技術がありました。
さらにはラーメンでありながらもあえてオイルを使用せず、そこにトッピングした香ばしくもジューシーなフォアグラのソテーから溢れ出る油脂でコクを作るという新しくも贅沢過ぎるアプローチ・・・。
正直言うと、良い意味でも悪い意味でも、ラーメンにおけるの麺の存在理由を見失う程の作品でした。
トッピングよりもむしろ、麺の必要性が気になるラーメンなど経験したこともありません。
もちろんそこには、めんりすとさんらしい麺とスープの合わせ方の妙が存在したのですが、ラーメンというジャンルの麺が肩を並べることが難しい程にスープのクオリティーが高く、エレガントでリッチな風合いを輝かせていたのです。
これには感動を超えて、呆然・・・。
さらには自分が求めている美食とは、ラーメンではなく、やはり欧州料理におけるスープに料理にあるのではないかと、考えさせられてしまう程・・・。
そのようなラーメンを経験したため、年末からの私はかなり気持ちがぐらついていました。
今、数多くのラーメン屋さんを訪問し、素晴らしいラーメンを頂き続けていることも、ひょっとしたら自分が探している理想の美食に対して、近づきつつも実は永久に到達しない道のりを選んでいるのではないかと、不安が出始めました。
元々はフレンチを最愛の料理と考えてきた自分です。
ラーメンを食べるよりも単品でフレンチのスープをオーダーして頂く方が、感動できるのではないかとも思い始めました。
そんな、少し迷いの生じた時期に頂いた作品が、2012年お正月バージョンのむ・ら・さ・き(淡麗系正油ver.)です。
この作品は、完璧でした。
揺らいだ気持ちを、ぐっとラーメン側にシフトチェンジさせてくれました。
やはりラーメンは凄い。
料理単体としては、めんりすとさんのわ・び・さ・び涼麺(鱧と鱧の煮こごりを使用した、オイルオフ&魚介出汁のみの冷たいスープのラーメン)の方が感動しましたし、し・ろ・ど・り(鶏と豚の白湯スープの塩ラーメン)のスープをぬるめにした作品の感動もこれを超えていました。また特定の素材に特化したラーメン・・・、煮干し系や、あるいは貝出汁100%ラーメンなども心に残るインパクトや快感物質の放出量は圧倒的でありました。
しかし、ラーメンがラーメンである存在理由や、ラーメンがいかに愛おしい料理であるかを突き付けてくれる作品としては、間違いなく今回のむ・ら・さ・きが最高峰です。
ラーメンを追いかける時、新しい刺激を求めて感覚をマニアックに磨いていく喜びもありますが、永遠に愛し続けたいと願えるソウルフードたるラーメンらしいラーメンを探すのもまた喜びです。
そんなラーメンらしいラーメンに、自らの日常をさらけ出して、じっくり心を落としながら付き合うのも素晴らしいものです。
今回の作品はラーメンらしいラーメンです。
とてもスマートなラーメンです。
このようなスマートな作品を目にすると、めんりすとさんが言われていた「ラーメンはお皿の中で調理が完成する唯一の料理」という言葉が重く感じられます。
椀の中にタレを入れ、オイルを入れ、そしてスープを注ぎ込む・・・、他のジャンルならば鍋の中で行われることが、まるでカクテルでも作るように提供される直前で行われ、それ故にパーツごとの輝きが鮮明になるのです。
これがラーメンです。
これこそが、ラーメンの美しさだと思います。
今回の「む・ら・さ・き」のレビューは、めんりすと非公式ファンクラブの集大成と言える内容です。
なぜラーメンか・・・、1年かけてその答えを少しだけ見つけられた気がしました。
食べ歩きの大好きな私にとって、ラーメンに捧げたこの1年は無駄ではなかったと思えました。
それでは私にとっての、リアルソウルフードを紹介させていただきます。
めんりすと む・ら・さ・き(淡麗系正油ver.)です。
FEAT 2012/01/04 20:51:01
鶏、野菜、魚介の味わいが圧倒的にやわらかく、それでいて透明感を宿しています。
クリアなスープと言う表現では、言葉が固すぎて、このスープがもつ肌の柔らかさは伝わりません。
舌触りに粘り気はないのですが、含まれる素材の個性が何とも温かく、優しさが質量をもって舌に乗り上げる感じ・・・、素晴らしい・・・、ため息の出る美味さです。
スープには現在、一切の胡椒が使われなくなったとのこと。
そのためスープ最後の最後まで濁りを得ることがなく、シルクのような風味のキメ細かさは殺がれることはありません。
圧倒的な薄さを持つキメの細かい1枚の布が、肌にすっと馴染んでいく様子を思い描いてください、そんな素材の魅力を全くの自然体で受け止めさせてくれるような味わいがここに存在するのです。
鶏の油脂感の中に、野菜の温かみを感じ、そしてじわっと広がる複雑な魚介出汁が、細やかに踊る様子・・・。
口の中に、一つの世界が生まれます。
大げさに語っているのではなく、口当たりから後味、そしてフィニッシュまで、一つの楽曲の様に起承転結が整理され、理路整然としながら生命感に溢れる風味の展開を楽しめるのです。
胡椒排除バージョンを始めて頂きましたが、この、む・ら・さ・きの完成度はとびきり凄い!!
とりわけ驚いたのは、トッピング。
トッピングのない正油ら~めんを最愛のラーメンとしてきた私ですが、今回はトッピングによるスープの濁りを不思議と感じず、いやむしろトッピングからスープに流れる味わいが、スープに絡むのではなく一定の距離で存在し、それを一歩離れたところから味わうならば、全体が一つの和音を生み出しているようにすら思えるのです。
水菜が浮かべる瑞々しく、フレッシュで快活な味わいが、スープにきらめきを当てます。
それでもスープは濁りません。
そしてチャーシューがまた素晴らしい!!
店主さんにその素晴らしさを伝えたところ、今回は隠し味に○○○…を加えたとのこと。
その効果なのか、チャーシューの香ばしい味わいが、まるでスープの豊かな旨味に添えられたソースであるかのように、適度なコントラストを持って存在し、そのソースによって主役たる素材の旨味に舌をフォーカスさせるのです。
完璧でした。
過去にも、ここまでチャーシューの味でスープを引き上げてくる作品は、殆ど経験したことがありません。
八王子のENさんでは、叉焼を噛んだ時に口いっぱいに広がる肉の旨味に、キレのあるスープを溶かしこむ様なアプローチを堪能させていただきましたが、今回のめんりすとさんの魅力は、チャーシューを噛むのではなく、チャーシューからスープにゆっくりゆっくり溢れて行く旨味によって、スープの味わいを作るというところ。
時間とともに味わいを変化させるスープには、まるで生命が宿ったかのように、快活さと儚さが存在しています。
素晴らし過ぎる作品です。
ここまでくると、さすがにめんりすとさんに「どこからどこまでが計算で、どこからどこまでが奇跡だったんですか?」と、尋ねたいところでもありますが、きっと「全て計算です」と応えると思い、野暮な質問はしないことにします。
そして麺。
この完璧なスープに、麺が完全に調和します。
私が初めてめんりすとさんに訪問した時に感じたあの感覚が、ふっと肩から腰に抜けて行きました。
これだよ!!
何度も何度も味わってきたこのスープとこの麺の組み合わせ、私にとってのソウルフードは1年経ってなお、その感動を新鮮に残してくれました。
大満足です。
きっと、これ以上はないと確信できる、「純な存在たるラーメン」です。
この感動を提供してくださった、めんりすとさんには心よりの感謝を申し上げます。
なお、今回頂いたむ・ら・さ・きは2012年のお正月モデルでありました。
ちなみにめんりすとさん、新しい試みや新しいアレンジ、季節を計算した繊細な調整のあるお店です。
ブレではなく、狙いによってマイナーチェンジが行われることもしばしばあるのです。
今回紹介した作品が、必ずしも明日のむ・ら・さ・きと同じでないことをご理解ください。
しかし常に明日のむ・ら・さ・きこそがめんりすと史上最高傑作である可能性が常に高いことも知っておいてください。
そして、私が才能も知識もないながらもラーメンに魂入れて追っかけてきた結果、世界一美味いラーメン屋だと信じるお店が「めんりすと」です。
そのお店の淡麗系の代表作「む・ら・さ・き」、そして芳醇系の代表作「し・ろ・ど・り」は、私にとっての永遠のソウルフードなのだなあと確信した次第でありました。
食を通じての感動の提供・・・、めんりすとさんに果てしなく感謝です!!!





