前回は

今宵のお話 ~エゴ~

での裏話では父についてだったが

今回は母について・・・・



ただいるから、育てる。

育てるからには、利用しよう。



こう書いていた通り

母は自分が楽をする為なら

どんな事でも私を利用した。



親としてあり得ない事を

堂々とやってのける人だった。


いや。

私が勝手に親というものは

こうゆうものだと思っていただけかもしれないが



利用する為には

自分のそばに置いて置かなければいけない

だから、私には

結婚するまで進める道は

母が決めた道しかなかった。



家が厳しかったわけではない。



どうやったら楽してお金が入るかで

私を利用していただけだから。


だから

高校も就職も全て母が決めた。

私の進みたい道にはいけなかった。



母はパチンコ依存症だったのだろう

いつもパチンコをしていた。

母子家庭で生活保護だったにもかかわらず。


そのため

私にはおこづかいなんてなかった

おこづかいを稼ぐ為

中学に入ってすぐアルバイトを探した。


アルバイトを始めたら始めたで

母は「やれ電話代がかかる」だの

「電気代がかかる」だのと言って

アルバイト代からお金を入れさせた。


確かに片親で

育ててもらってるのには変わりない

彼氏が出来れば、電話代も増えるだろうし

バイトをしていれば

帰って来てから寝るまでの時間が

伸びるのだから電気代も増えるだろう。



文句を言われない為に

私は母にお金を渡し続けていた。



結婚するまでずっと・・・・



高校は奨学金で行った

修学旅行のお金は自分で出した。

お金を稼ぐ為

夏休み冬休み春休みは

朝から晩まで掛け持ちしてアルバイトした。


就職してから事故を起こした時に

入った保険金は消えてた。



私が結婚する事に反対はしなかった。


なぜならカレが母に

「大事な人を育ててくれたお母さんです。

 今は、元気だから同居はお母さんも考えていないとは思いますが。

 いずれはお母さんを面倒見るつもりでいます。」

と挨拶をしに来た時に言ったから。


母からすれば、将来は安泰だと思ったのだろう。



そして、結婚してからは

お金を借りに来るようになった。



貸すのは構わないが

借りたぶんを来月返すのだから

次の月はマイナスからスタートだと考えるのに

母は0からのスタートだった。


返した分足りないから

また借りる。


それが追いつかなくなると

他の人から借りる。


金融会社から借りてはいなかったが

自転車操業と一緒だった。


穴が開いたから

隣の土地から土を持って来て埋める。


そうすると

今度は隣の土地に穴が開く

それを今度はまた違う土地から・・・・・


たった一月我慢すればいいだけなのに

我慢なんてするわけがなかった。


人間、慣れるのは簡単だ

そのうち借りる事が普通になってくる

しっかり返す期日を守っている間は

まだよかった。


慣れ始めると返す事も一日二日と伸びていく

それすらも慣れ始めると

返しもしないで借りようとする。



母のおかげで

私は多大な迷惑を被った。



金銭面だけではなく

人との信用の面にも係わってくるのだから。




そのくせ

恩着せがましく育ててやったと

口を開く。



育ててもらったのは間違いない。



だが、私は母を見限っていた。



周りの親がうらやましかった。

普通ならしてくれる親のありがたみが

私にはなかった。


だから、全て自分でどうにかしてきた。

親ではなく、お友達や人生の先輩達に助けてもらった。



母にもある意味勉強させてもらった。

反面教師。

人の信用を得るにはどうすればいいのか

有言実行すればいい。



だから、恨んではいない。

可哀想な人だと思っているだけ。



私が離婚して

母は私を使えないとみなした。


そして今は

姉に獲りついている・・・・・・



あ。そうそう。

私が離婚して何年か経った頃に

元旦那から連絡が来た。

「お前の親、どーにかしてくれよ・・・・」と・・・


結婚していた時に

もう十分すぎるくらい元旦那も

私の母に対しては迷惑をかけられていた。


だから、私が悪いわけじゃないとわかってはいるが

あまりの母のあり得ない行動に

私に連絡をせざるを得なかったのだろう。


離婚して何年も経っているのに

もう何も母には関係がないのに

元旦那の親に電話をかけてきて

お金を貸してくれと言ったのだ。


・・・・・・・ね。

人として間違ってるでしょ?(笑)












今宵のお話 ~エゴ~

で、親の愛に飢えていたと書いたとおり



カレも私も親には

愛情を感じた記憶より

恐怖や絶望を感じた記憶の方が多かった。



カレの話はここで勝手に明かす訳にはいかないが

私自身の話をするとすれば

父には明らかに嫌われていた。


姉との差別はひどい物だった。


実際

両親が離婚する際

父は姉の方にだけ体を向けて座りなおし

「一緒に来るか?」と聞いた。


ただでさえ

日々の生活で父に嫌われ

おびえていた暮らしに

最後の最後で止めを刺された。


子供心にこの傷はとても深く

それでもまだ

父にどうしたら気に入られるのかを考えていた。


それも

ある程度大人になると

無駄な事だったと思い知ったけれど



私は父では無いし

男でも無いので

同じ親の立場で考えたら

自分の子供に対して

こうも堂々と傷をつけられる人の気がしれない。


本気でそう思っていたとしても

せめて

私の居ない所で、こっそり

姉に話をするぐらいの事は出来なかったのか。



しかし

父のおかげで

誰かを思いやるという気持ちを

持たせてもらえたと

ある意味感謝している。



反対に

もう二度と係わりたくないと思ったら

徹底的に傷をつける言葉を言えばいいんだと

言う事も学んだ訳だが・・・・・


この時点で、私は親にすら信頼というものが

なくなっていた。

たとえ肉親であっても、そんなもんだよね。と


ここから私は歪んでいったのだろう。


自分でもわかる。

私は他人に対して、異常なほどクールなのだ。


他人に期待してはいけない。

裏切られるのが怖いから。

親ですら簡単に見放すのだから。


そんな親でも恨んではいない。

人はそれぞれ気持ちがあって

その気持ちが相手と必ず一致するとは思わない。

そう学ばせてもらったから。




なので今現在

私は父とは一切係わっていない。


連絡先も知らない。


姉は連絡を取っているようだが

別にそれに対して

不満さえ全く持たない。


姉にも父にも・・・・・



なぜなら

そうゆう人なのだから仕方ない。


ただそれだけの事なのだ。




今宵のお話 ~引鉄~

で書いたとおり

私は男の人に対して

トラウマがあった。



女性ならわかるのだろうか?



それとも

経験者だからわかるのだろうか?



あの、なんとも言えない威圧感

空気が変わる瞬間



私はそれを感じたとたんに

体中に警告音が鳴り響く。



エマージェンシー!

エマージェンシー!!



防御せよと指令が出る。





それは

子供の頃に自然と学んだ防御法。

親を見て、そうせざるを得なかった防御法。





でも

だからといって

喧嘩が出来ないわけじゃない。

言い争う時には警告音は鳴らない。




だから

歴代のカレ達と言い争いになった事はあっても

パニックにならなかった。



そして

歴代のカレ達が威圧感を出した時

私が空気が変わったと感じたとき

今までは

その空気を断ち切って来た。



言い争いに持ち込むか

私がその場から立ち去るか・・・・




私は人の見方が他の人と違うと

よく周りの人に言われる事がある。



この空気の話がいい例だと思うが



例えば

威圧感を感じる時の空気の色が 青だとするなら。

言い争いの時の空気の色は 赤になる。



私は、この 青の部分がどうしても耐えられない。



だから、なるべく喧嘩にならないよう

相手が機嫌を損なわないよう

人と接して生きて来た。



青い空気のままだと

耐え切れなくなって私が謝る。

もしくは

その場から一端離れて

相手が冷静になるまで待つ。





それで、今まではなんとかなってきた。



それが唯一通用しなかったのが

カレだった。



掴んだ獲物は離さない。



そんなカレだった。




だからこそ

私の警告音が鳴り止まずに

私の頭はパニックになった。




パニックになった時の私は

目の前のカレが誰かなんてわかってない。

ただ、目の前に人がいる事が怖く

動くだけで、息をしているだけで

私には耐えられなかった。



そして、なぜか毎回



来ないで!

触らないで!

ごめんなさい!!



と口が勝手に動いていた。



そうしている自分が記憶に無いわけじゃない。

でも

なぜ、そうなるのかはわからなかった。