この日は
私にとって一番つらい日なのです。
8年前のこの日
私はわが子を亡くしました。
本当は誕生日として祝ってあげたい日
なのですが
生まれ出た日が命日という
なんとも忘れられない
衝撃的な日なのです。
前のブログで少し書いたと思いますが
一連の出来事すべてが
私には衝撃的すぎて
今回の事件と1・2を争う程の
忘れられない出来事でした。
病院の過失?
訴える、訴えないまで話が進んだのです。
私はいまだに納得はしていません。
・・・が
この時も
私の心が壊れてしまいそうで
訴える事をやめました。
だって、医療訴訟は長いんだもん・・・
何回も子供が亡くなった事実と
向き合わなければならない。
調停のたびに
私はそこに踏みとどまり続けなければいけない。
それが出来なくて
その問題にかかわる事から逃げました。
私の命までもが
危なくなった一日でした。
出産すると思って挑んだ手術室も
目が覚めたら
ベットの上で、私の体からは
いくつもの管がつながっていました。
子供はもう出来ませんと言われました。
子供のお葬式にも出られませんでした。
骨すら拾ってやれませんでした。
私の事を思っての事だと思いますが
顔すら見せてもらえませんでした。
それまでは
誰よりも一番
私が子供のそばにいたのに・・・・
入院中の
他の赤ちゃんの声に泣きました。
家に戻って、小さな骨壷をみて泣きました。
幸せそうな妊婦に、嫉妬を覚えました。
同じ目にあってみればいいと
妊婦の人すべてを恨みました。
赤ちゃんを見るのがつらくなりました。
産婦人科が嫌いになりました。
泣いてばかりの自分も
妬んでいる自分も
上の子達をかまってあげられない自分も
すべて嫌いになりました。
その日から
私の感情は 無 になりました。
私が変わったひとつの足跡がこの日でもあるのです。
そして
いつもいつも頭に残るのは
ちゃんと生んであげられなくてごめんね。
そこにたどり着くのです。
だからこそ
人や自分の命を自ら絶つ人が許せないのです。
だからこそ
安易に子供を生む人たちが許せないのです。
虐待するなら、私にくれ。
・・・・じゃなかった(笑)
2月9日は子供の命日です。
ホントは数を数えてはいけないと言われますが
生まれていたら 8歳のお誕生日です。
誕生日おめでとう☆ 朝日くん♪