狂気の一連が続いて

もう、頭の中はパニックだった。



家の戸をノックする音が聞こえて

ふとわれに返った私は



なぜなのか

ガス会社の人に対して

普通に点検の対応をしていた。



とりあえず、生きている。

この場から逃げなくちゃ。



そう考えて

ガス会社の人来たから会社に戻るね。といいながら

車の鍵とバックを持って立ち上がった瞬間




私は後ろにひっくり返されていた。

私の視界には部屋の天井と私を見下ろすカレ。



やばい・・・・・・




まだ点検の途中だったが

早く立ち去りたくて

会社に戻るつもりが

カレは家から出すつもりは無いようで



この人は本気だと思った。

カレの目はまだ正気な目ではなかった・・・



思った瞬間

私は外にいるガス会社の人に


「助けてください!」


と叫ぶ事しか出来なかった

必死に玄関まで向かおうとしたが

カレに引っ張られ部屋の奥へとつれていかれる。



・・・何度「助けてください!」と言っただろう。



何度、カレに首を絞められただろう。



逃げる私を追いかけてきて

後ろから首に腕を回し

前を向けば、前から首を絞めてきて




暴れて、蹴って・・・




何がどうなったのかわからない。



必死な思いで外に逃げ出し

まだ外にいたガス会社の人に


「助けてください!」と

抱きついてお願いをしたのは覚えている。



そして



また後ろから追いかけてきて

ガス会社の人がいる目の前で

首を絞められたのも覚えている。


必死に抵抗しながら


ガス会社の人がカレを説得しようとしていたのも

道のど真ん中で暴れていた為

車が通れなくて

止まっていたのも

その車に男性が二人乗っていたのも

私には記憶にある。



しかし



誰もカレを止めてはくれなかった。


誰も私を助けてはくれなかった。



必死に抵抗している私と

必死に首を絞めようとしているカレを




ただ、見ていただけ・・・




そして


「この人はちょっとおかしくなってて

 それで病院にも通っているから

 こうでもしないと落ち着かないんです

 だから、ほっといて下さい」


そう言ったカレ・・・


そして、それを納得した人たち。




カレは首しか狙ってこなかった。

気絶させようとしていたのか

ホントに殺そうと思っていたのか



声も出せないぐらい

あきらかに顔色が変わってるのが

自分でもわかっているくらい・・・



だから

どんなに必死に真剣な目で

周りの人に訴えようとも

とめてはもらえず

家にずるずると引きずり込まれ

鍵を閉められた時




私はもう終わった・・・・と思った。






事件前夜

ささいな事だった。


仕事が終わった後

「疲れた~」

と発した私の言葉が気に入らないと

カレはいつものごとく怒りだした。

そして、いつものごとく

怒りながらも、私が着替えている間に

カレは寝てしまった。



私の頭では

いつまでも怒られながら

お風呂に入り、眠る時間を減らされるぐらいなら

そのまま寝かせておいて

明日、怒られる方がましだと考えていた。




案の定

翌日カレは朝から怒っていた。

「俺は気に入らない。」と・・・



私は、自暴自棄になっていた

カレの怒りに、謝る気力も

反応する気力もなく

ただ、「いなくなりたい」と思っていた。


カレの話はいつも終わらない。


カレが終わりと思うまで付き合わされる。



しかし、朝からずっと付き合っている訳にはいかない。

仕事に遅刻するわけにもいかず

怒っている彼に送ってもらおうとも思えず

私は一人車の鍵を握り締めて外に出ようとした。


もちろんカレが

そんな勝手な行動を許す筈も無く

送るといって聞かなかったので

そのままカレに鍵を渡し

私は助手席に座った。



カレは私が逃げていく事を恐れていたのだろうか

でも

車の中でカレは、私を罵倒し続けた。


私の頭の中は


「いなくなってしまいたい。」


これしかなく

カレの言葉を否定することすらせず

送られている車の中で


「殺してやりたい程怒ってるんだけど」

「めんどくさいから、もう死ねば?」

「あ~俺、もう家出て行くから」


などと言われ続けていた。



会社の前に着いた時点で

出社時間ギリギリだった。

私の頭は早く行かなくちゃ。

それしかなく

急いで車を降りてドアを閉めたが


カレはその車の中で

何かを叫んでいた・・・・


一度振り返ったが

時間をみれば、遅刻しそうなのはわかるだろうと

私はそのままビルに向かって

歩き始めたが

その間も車の窓を開け

私の名前を叫び続けていた。



急いで会社に入り

朝の準備をしていると

私の携帯のメールの着信音が鳴った。



開いて見ると

そこには



オメーマジ殺す



この一言だった。



カレがなぜそこまで怒るのか

私には理解不能だった。



もしかしたら
何か記憶が抜け落ちているのかもしれない・・・



しかし

その日はたまたま

家のガスの点検の日で

ガス会社の人が訪問することになっていた。


機嫌がよければ

カレにお願いしていた所だが


朝の調子じゃ無理だろうと思い

私は会社に事情を話し

点検に来るであろう時間帯に

一時帰宅することになった。


家に戻ってみると

家を出ると言ったはずのカレは

ベットで横になっていた。


帰って来た私をみて


「何しに帰って来たの?

 もう、話す事ないから

 会社に戻れば?」


と不機嫌に答えるカレ。



私は、ガス会社の点検の事と

それが終わり次第会社に戻る事を伝えて

なぜか

カレの機嫌を取る為

ベットで一緒に横になった。


もしかしたら

本当に具合が悪いのかもしれないと

思ったのもあった・・・・



「大丈夫?・・・・」

と声をかけながら横になった私を





カレは私の髪をなでるような




私の両頬をなでるように




両手を差し出して









そのまま私の首をつかんだ・・・






あまりに突然の出来事で

一瞬事態を把握できずにいたが

顔が熱くなるのを感じて

私は首を絞められている事に気づいた。



無抵抗な状態で

完全にカレに有利な体勢

抵抗なんて出来るはずもなかった。



そして

私のいまだ忘れられないトラウマ

フラッシュバックが起きるような

あの狂気の一連が続いた・・・


たくさんのキーワードが私の記憶を蘇らせる


たくさんの行動が私を恐怖へ導く


追いかけて来た時のあの足音

追い詰められた時の、逃げ場のない恐怖

つかまれたら、振りほどけない力

吸っても吸っても足りない空気

相手に触られる事の恐怖

助けを求めて抱きついた時の
何もしてもらえなかった絶望

他人の事より自分を選ぶ人達

いつまでも残る、首の圧迫感

診察時の先生の後ろで
可哀想な目で見つめる看護士たち

傷や痣だらけの自分

ずれた鎖骨

証拠の為の写真

当時聞いていた曲

何も出来ないという絶望

ふと思い出す時の強張る体

逃げた私

忘れたい恐怖

頭の中はいつもそんな恐怖

抜け出せない恐怖



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



あの時の私を見ていない人は
どれだけワタシが恐怖だったかは
わからない。

普段は気丈に見せてた私の
唯一人前で見せた弱さ・・・

体は自然と震えているのに
常に強張っている。

思考が停止した私

いくつもの残る傷と痛み
疲れきっていて
ウトウトとすると苦しくて目が覚める
部屋の中を見回して
安心しながらまた眠りに入る
今度は、うなされて目が覚める

寝てるのか、起きてるのか
気づくと朝だった・・・

そんな状態の私なんて
誰にも想像できないだろう

今の私を見ても
ホントにそんな恐怖を体験したなんて
誰も思わないだろう


リアルに見た人だけの
私の絶望


なのに周りの人は
いつものワタシを求める。

簡単に大丈夫だってと言ってのける。

励ましてくれる相手に
悪気があるなんて思わない

でも

そんなの今の私には無理だ。

全力で向き合って

全てを否定された。


話し合いなど無駄なのだと教えられた気がした。

結局価値観の違いなんて

理解出来ないのだと実感させられた。


嫌な自分が顔を出す。


同じ目に合ってみればいい・・・
それから
もう一度、その言葉を言ってみればいい・・・



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




顔色が変わる

この言葉ですら私には恐怖。




首を絞められた時

顔色が変わっているだろうと

自分でも思ったから。



苦しさがこみ上げてくる。



苦しくて苦しくて、諦めかけると

カレは手を離す。



緩んだ喉が、むせる。

ゴホゴホと咳がでる・・・

吐き気が起こる。

何かがこみ上げてくる。

ウェ・・ウェ・・・・

何も出ないのに・・・・


閉められた瞬間強張った体が

緩められても脱力感しかない。

力なんて出ない。

そんな私を、カレはまた首を絞める。


私の目だけを見つめ

ただひたすら



「殺してもいいでしょ?」


「あのメールでも言ったじゃん。」


「ほんとに、もう殺させて?」




苦しくて声も出ない私に

そう問うカレ

もう目つきが正気じゃない。


正気に戻ってもらいたくて

ただひたすら助けてと目で訴えながら

首をかすかに横に振ることしかできない。



空気が吸いたくて

喉が口が?ガッとなる

吸えないけど、体が頑張って吸おうとするから

空気は吸えていないから音だけなる。



ガッ

・・・・

ガッ

・・・・




それを見て、また手を離す彼

むせび吐くワタシ。



顔が熱い。



まるでそんな私を楽しんでいるかのように

抵抗できないワタシを更に

首を絞めながら




「お願いだから、殺させて?」





狂気な目はなおる事はない。



・・・・・いっそのこと

あのまま一思いに殺してくれればよかった。



こんな恐怖が今も尚残るなら

あの時、首を縦に振っておけばよかった・・・





離された手の圧迫感は

今でも消えない。


まだカレの手だけが

ワタシの首に残っているような

錯覚にとらわれて


無意識に自分の手を

首に持って行くことが癖になった。


自分の手で

自分の首を触って


何も無い事を確かめる

これは自分で触れている。

何かが首についているわけじゃないと・・・




今、私はこうして生きている

でも

あの時私は殺された・・・



頭の中は

私・・・殺されたんだ・・・・



これしか頭に残っていなかった。




これが、壊れた彼の狂気・・・・・