「西郷さんの銅像の前で落ち合おう」と旧職場の同僚から電話があった。今時、西郷さんの前か?と思いながら、昼食の会に出かけた。数十年前なら上野は西郷さんの銅像の前、渋谷ならハチ公前が待ち合わせの定番だったかもしれないが、平成に入り20年もたって、今更の感があった。
予定の時間より早く着いたので、写真を撮っておいた。この近くに彰義隊の戦死者の墓碑もあるのだが、意外と知られていない。
幕末にこの山で戦った敵同士が江戸城の方を向いて側にある不自然さを感じたのである。もしかすると西郷ドンは薩摩の方向を睨んでいるのかも?
それにしても、西南戦争で明治政府にはむかった西郷隆盛の像が、なぜ、上野の森に建てられたのか、興味深いことである。NHKの「篤姫」に出てくる西郷は、吉之助の名で呼ばれている。隆盛の名も本名なのか危ういそうである。この銅像の顔も弟の写真をもとに作られたというから面白い。西南戦争で死んだはずのこの人が、シベリアに渡って生きていたという話もあるくらいであるから、カリスマ性をもった歴史上の大人物であったことには、異論を挟む余地はない。
官軍側は、この山から不忍池をはさんで反対側の高台から、大砲を打ち込んだという。
皆と昼食後別れ、一人その近くにある明治の豪邸を散策した。
一平米30万円すると言う壁紙の模様をご覧いただきたい。
和紙を何枚も重ねてこのような皮模様を作り上げる技術が明治時代にあったというのは、驚きである。
どこの建物なのか、次回写真を整理して明らかにするつもりです。
夜、神田で学生時代の仲間と痛飲、朝帰りが応えていて
今日はこれまで。





