20代独身女、適応障害にて休職中。 -6ページ目

そして7月の中旬。

仕事中にとても酷いパニック発作が起きてついに早退した。

ここで少し危機感が出てきて大事をとって

次の日の仕事もお休みをもらった。

 

その次の日、いつも通りオフィスに一番乗りで出勤し、

上司に休んでしまったことを謝り、

仕事に取り掛かろうとしていた。

 

すると、

「○○さん、本当に大丈夫?

お腹のこともあるし、今の仕事続けられそう?

部長もすごく心配してたよ。

会社は自分を守ってくれないからね。

自分を守れるのは自分だけだからね。」

と上司が声をかけてくれた。

 

(上司には、緊張するとお腹痛くなっちゃうんですよね〜笑、くらいの軽いトーンでIBSのことだけは喋っていました)

 

その瞬間、

 

あ、もうダメかもしれない

 

と私の中で何かがプツン、と切れた。

 

その勢いで自分の今の体調、状況を全て話すことにした。

 

ありがたいことに上司も部長も理解してくれ、

私が部署移動できないか上に掛け合ってくれることになった。

 

その週末実家に帰り、両親に現状を報告。

もちろん号泣しながら。

 

「会うたびに痩せてく○○を見て

本当はずっと心配してたんだよ。

お金のことは心配いらないから

一回しっかり休んで体を治した方がいいんじゃない?

家(実家)に帰ってきても良いんだよ。」

と優しく言ってくれた。

 

それまで私は家賃を払うために、

生活するために何とかして仕事は続けないといけないと、

とここでも自分を縛っていた。

 

しかし親の言葉を聞いて、

そこで初めて全てに踏ん切りがついた。

 

休む、と。

 

親に迷惑をかけてしまうが、

そんなこと言ってられないくらい今の私はヤバイのだと。

 

そこからはもうトントン拍子で、

次の日には病院に行き診断書をもらい、

休み明けの出社後すぐに会社に事情を話し、

その日のうちに仕事の引き継ぎを終わらせ、午後には退勤。

鬼のようなスピード。

 

晴れて休職することになったのだ。

 

 

続きます。

その結果

朝は毎日お腹を壊すようになり、

取引先への訪問の前もトイレに篭り、

電車に乗っているときだけでなく、

オフィスにいる時も家にいる時も

パニック発作が出るようになった。

 

食欲もなくなり、お腹を壊してばかりだったので

体重はみるみる減っていき、

夢なんて一年に数回見るか見ないかくらいの私が、

毎日のように悪夢を見て、夜中に何度も目が覚め、

睡眠が十分にとれなくなっていった。

 

泣きながら家を出て、泣きながら会社に行った。

泣きながらひとりで夜ご飯を食べたこともあった。

 

仕事が休みの日にも涙が止まらなかった。

 

友達に仕事の話をしても

「社会人なんてそんなもんだよ」

と言われ、

 

「そうだよな、これくらい普通だよな、

もっと大変な仕事をしている人もいるし、

今の仕事を完璧にこなせるようになったら

もっといろんな仕事ができて楽しいかもしれない。」

 

と、自分を無理矢理納得させて

自分を押し殺し、体調が悪くても休まずに

毎日三食自炊をし、仕事を続けてきた。

 

身体が悲鳴を上げている時点で

もう限界をとっくに超えているのに。

 

 

 

続きます。

その日から度々発作が起きるようになり、

お腹の調子も悪くなる一方。

 

耐えきれず心療内科へ行くことにした。

症状を説明し、昔飲んでいた抗不安薬が合っていたので

同じものを処方してもらった。

 

お腹の方も限界を迎えていたので消化器内科に。

ただ、この胃腸の不調も同じく大学生の頃経験済みだった。

過敏性腸症候群(IBS)と機能性ディスペプシア(FD)。

 

そのことを医者に告げると、

「そうでしょうね」

とのことでこちらも薬をもらってしばらく何とか生活していた。

 

そんなこんなで3月末。

突然仕事の部署異動が告げられた。

 

今までほぼ雑用しかしない事務員だったのが

いきなり営業することになったのだ。

 

私は人と話すのがとても苦手で

仲の良い友人でも長時間一緒にいると疲れてしまう。

しかも入社してから事務作業しかやってこなかったため

業界知識はほぼ皆無。

他にも挙げ出したらキリがないが、

とにかく「営業」という仕事が嫌で嫌で仕方がなかった。

 

更に引き継ぎが終わったら

その部署の上司は違う部署へ行くため、

業務は私1人で行わなければならないという。

 

実質私1人だけの部署。

 

つまり業務を共有している人が誰もいないので、

急な体調不良などで仕事を休んでしまった場合、

他の人にお願いすることもできない。

 

いきなり知らない世界に放り込まれ、

社内も社外も初めましての人ばかり。

 

前の部署での引き継ぎもちょくちょく気になることがあって

顔を出したり度々電話で様子を伺ったりしていた。

 

右も左も分からないまま、

よくわからない電話や訪問の嵐。

 

訪問先で急にお腹が痛くなったらどうしようという不安。

 

HSP気質で完璧主義だった私は、

 

電話をかける時、社内の人に変に思われていないだろうか、

訪問先で失礼な行動をしてないだろうか、

そろそろゴミ箱いっぱいだなあ、ゴミ袋変えなきゃ、

新卒くん達が何か困ってるなあ、助けてあげなきゃ、

資格試験の勉強も毎日やらなきゃ、

外食は高いからお弁当作らなきゃ、

夕飯も自炊しないと、

あ、家の掃除も全然できてない。

 

そんなたくさんの心配と、

全て完璧にこなさなければ、

という呪縛で自分をどんどんどんどん追い込んでいった。

 

 

続きます。

今日は私が休職するまでのお話。

 

(長くなりそうなのでいくつかの記事に分けようと思います。)

 

 

 

事の始まりは今年の1月。

もともとお腹は強いほうではなかったが

その頃から食後の胃もたれや

お腹を壊したりすることが少しづつ多くなってきていた。

 

のんきな私は少し食べすぎたかなあ、とか

寒いから冷えたのかな、くらいにしか思っていなかった。

 

また1月のある日、飲み会帰りの電車の中で

急に胃の不快感を感じ、吐くのが怖い、という感情から

急に息ができなくなり、いてもたってもいられず

最寄駅の一つ前の駅で咄嗟に電車を降りてしまった。

 

(ちなみに私は極度の嘔吐恐怖症。なので胃もたれや胸焼けを感じるとそれが恐怖感につながります。正直文字を見るだけでも嫌気が差すほどなのであまり書きたくないのですがこれを説明しないことには話が進まないので頑張ります。)

 

なんとか改札から出て歩いて帰ろうとしたのだが、

お腹が苦しい、息ができない、このままどうなってしまうんだろうという恐怖で余計に呼吸ができなくなり、足も震え、

とうとう道路に座り込んで動けなくなってしまった。

 

電車に乗り返すことはもちろん、

タクシーにも怖くて乗れない状態。

 

時間も遅く、人通りもない道で泣きながら親に電話をかけた。

 

「大丈夫だよ、落ち着いて。」

「ゆっくり深呼吸して。」

「今からでも迎えに行けるからね。」

 

電話越しにそう声をかけてもらって

その日は死ぬ思いで這うようにして家に帰った。

 

症状が落ち着いて冷静になった私は真っ先に

パニック発作だ、と思った。

 

と同時に「またか」とも思った。

 

実は私、大学生の頃にもパニック障害を経験している。

 

その当時もなかなか苦しめられたが、

社会人になり、気がついたら症状が出なくなっていて

ここ数年は何事もなく過ごせていた。

 

なので今回の発作は多分偶発的なものだろう、

今日はたまたまなっただけだろう、

と思っていたのだが、甘かった。

 

 

 

続きます。

本日、

 

大腸内視鏡検査終わりました。

 

血液検査の結果と共に異常なし。

 

正式に過敏性腸症候群と機能性ディスペプシアになれました!!!!

 

 

なれました、っていうのもおかしな表現だけれども。

 

 

今まで検査も受けずにIBSだと言われ続け、

もし他の病気だったらどうしようという不安がとてもストレスで

余計にお腹の調子が悪くなるという悪循環でした。

 

思い切って内視鏡やって本当によかった!

 

これで胸を張ってIBSとFDだと言い張れる!

 

 

下剤は案の定クソ不味くてお腹もパンパンになるし、

恐怖で途中パニック発作も起きそうだったけど、

何とか乗り越えられました。

 

下剤クリアできた私はもう何でもできる気がする。

謎の自身に満ち溢れています。

 

 

私の身体は健康体である!!

 

 

だから何も心配することはない大丈夫!

 

 

お疲れ様、自分。