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個性的な人に出会い過ぎて我を見失いかけた村田のブログ

~取敢えず主は変人~
1人でも多くの人が笑顔になれますように。

 

環境に。

 

立場に。

 

何度も、何度も、押しつぶされそうになって。

 

 

 

それでも―

 

 

 

環境に。

 

立場に。

 

必死に立ち向かって、必死にもがいて。

 

 

だから上手くいかなかった時、

辛くて、苦しくて、悲しい。

 

だから上手くいった時、

嬉しくて、楽しくて、幸せ。

 

 

本気だからこそ、

その感情が生まれ、

その感情が心の中で渦を巻く。

 

ぐるぐる。

ぐるぐる。

 

嫌なくらいに。

 

 

でも―

 

それも人生であり、生き方である。

 

 

 

****

 

どうも、村田です。

 

4ヶ月?5ヶ月?振りくらいのブログ更新です。

 

今まで何度も書こうと思っていたのですが、

中々時間を作る事も、心を落ち着かせることも出来ず、

今日まで来てしまいました。

 

元々このブログを始めた切欠は、

友達からの「気持ちを溜め込まないで」

という言葉からだったのに、

息をするように嫌な事、苦しい事、悲しい事、

全部溜め込んでいました。

 

村田らしいといったら村田らしい。

 

けれど、その分周りに心配も、迷惑もかけてしまいました。

 

 

それで今回、漸く気持ちが落ち着いたというか、

自分の身体とまた(強制的に)向き合う状態が起こったので、

ブログに少しでも綴って頭の中を整理しようかなと思い、

こうしてブログを書いています。

 

 

最後のブログを更新してから今日まで、

ただ忙しない日々を過ごして、

ただ必死に1日1日を乗り越えていました。

 

毎日が辛く、嫌な日だったわけではないけれど、

「やっぱり無理」「やっぱり駄目だ」と思う事が多くて。

 

結局それが身体に現れて、

幾つもの病院に行く羽目になっています。

 

 

もっと自分が、上手く生きられれば。

 

もっと自分が、様々な言葉をポジディブに受け止められれば。

 

もっと自分が、強い人間であれば。

 

 

人と触れる度「たられば」と考えて、

また人と関わるのが億劫になっている自分が居て。

 

 

 

「何でまた逆戻りするの」

「何で前に進めないの」

頭の中はそんなことばかり。

 

 

 

今まで鬱になってしまった切欠(元凶)は、

あの大学のゼミであった出来事だけれど、

根本的な部分はゼミでも何でもなく、

「人」であり「自分の性格」であったと、

最近思うようになりました。

 

きっと自分が想像している以上に、

人と関わることが苦手になっていて、

人の言葉に無駄に反応しているのだと思います。

 

 

我ながら阿保だな(本当に)

 

 

悩んだって解決するわけではないのに、

悩んで1人で傷ついて。

 

気持ちが浮き彫りになっているのに、

「助けて」も「苦しい」も中々口にすることが出来なくて。

 

「この気持ち少しでも取り除こう」

と好きな事をやろうと思っても、

好きな事をやる時間を作る事も、

休む時間を作る事も出来ない状況で。

 

 

「忙しくしてたら嫌な事を考えなくて済むようになる」

 

そんな考えがそもそも変だったと、

ボロボロになって気づきました。

 

 

休む時間がなければ、

未来に不安を持つ。

 

休む時間が多ければ、

現在に不安を持つ。

 

忙しい時間が多ければ、

未来に不安を持つ。

 

忙しい時間が少なければ、

現在に不安を持つ。

 

 

忙しい時間も、休む時間も、

平等になければ、人は不安が募る。

 

 

それは全てにおいて共通の事だと思います。

 

全ては(自分にとって)平等で、同じくらいでなければ、

常に悩みが尽きないんです。

 

 

それを生きている間、探し続ける。

それが“人生”なのかもしれません。

 

 

けれど、人は不器用です。

 

不器用だからこそ、

それを補ってくれる「相手」が必要なのです。

 

不器用だからこそ、

「あのね?」と自分から話を振る勇気が必要なのです。

 

不器用だからこそ、

相手が話せるように「寄り添う」事が必要なのです。

 

 

相手を信じる気持ち。

自分を信じる気持ち。

 

どっちも必要なのです。

 

 

村田にはまだその両方が足りてなくて、

1人で空回りをしているのかもしれません。

 

これが口で言えれば楽なのになぁ…