環境に。
立場に。
何度も、何度も、押しつぶされそうになって。
それでも―
環境に。
立場に。
必死に立ち向かって、必死にもがいて。
だから上手くいかなかった時、
辛くて、苦しくて、悲しい。
だから上手くいった時、
嬉しくて、楽しくて、幸せ。
本気だからこそ、
その感情が生まれ、
その感情が心の中で渦を巻く。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
嫌なくらいに。
でも―
それも人生であり、生き方である。
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どうも、村田です。
4ヶ月?5ヶ月?振りくらいのブログ更新です。
今まで何度も書こうと思っていたのですが、
中々時間を作る事も、心を落ち着かせることも出来ず、
今日まで来てしまいました。
元々このブログを始めた切欠は、
友達からの「気持ちを溜め込まないで」
という言葉からだったのに、
息をするように嫌な事、苦しい事、悲しい事、
全部溜め込んでいました。
村田らしいといったら村田らしい。
けれど、その分周りに心配も、迷惑もかけてしまいました。
それで今回、漸く気持ちが落ち着いたというか、
自分の身体とまた(強制的に)向き合う状態が起こったので、
ブログに少しでも綴って頭の中を整理しようかなと思い、
こうしてブログを書いています。
最後のブログを更新してから今日まで、
ただ忙しない日々を過ごして、
ただ必死に1日1日を乗り越えていました。
毎日が辛く、嫌な日だったわけではないけれど、
「やっぱり無理」「やっぱり駄目だ」と思う事が多くて。
結局それが身体に現れて、
幾つもの病院に行く羽目になっています。
もっと自分が、上手く生きられれば。
もっと自分が、様々な言葉をポジディブに受け止められれば。
もっと自分が、強い人間であれば。
人と触れる度「たられば」と考えて、
また人と関わるのが億劫になっている自分が居て。
「何でまた逆戻りするの」
「何で前に進めないの」
頭の中はそんなことばかり。
今まで鬱になってしまった切欠(元凶)は、
あの大学のゼミであった出来事だけれど、
根本的な部分はゼミでも何でもなく、
「人」であり「自分の性格」であったと、
最近思うようになりました。
きっと自分が想像している以上に、
人と関わることが苦手になっていて、
人の言葉に無駄に反応しているのだと思います。
我ながら阿保だな(本当に)
悩んだって解決するわけではないのに、
悩んで1人で傷ついて。
気持ちが浮き彫りになっているのに、
「助けて」も「苦しい」も中々口にすることが出来なくて。
「この気持ち少しでも取り除こう」
と好きな事をやろうと思っても、
好きな事をやる時間を作る事も、
休む時間を作る事も出来ない状況で。
「忙しくしてたら嫌な事を考えなくて済むようになる」
そんな考えがそもそも変だったと、
ボロボロになって気づきました。
休む時間がなければ、
未来に不安を持つ。
休む時間が多ければ、
現在に不安を持つ。
忙しい時間が多ければ、
未来に不安を持つ。
忙しい時間が少なければ、
現在に不安を持つ。
忙しい時間も、休む時間も、
平等になければ、人は不安が募る。
それは全てにおいて共通の事だと思います。
全ては(自分にとって)平等で、同じくらいでなければ、
常に悩みが尽きないんです。
それを生きている間、探し続ける。
それが“人生”なのかもしれません。
けれど、人は不器用です。
不器用だからこそ、
それを補ってくれる「相手」が必要なのです。
不器用だからこそ、
「あのね?」と自分から話を振る勇気が必要なのです。
不器用だからこそ、
相手が話せるように「寄り添う」事が必要なのです。
相手を信じる気持ち。
自分を信じる気持ち。
どっちも必要なのです。
村田にはまだその両方が足りてなくて、
1人で空回りをしているのかもしれません。
これが口で言えれば楽なのになぁ…