ちょうどワーホリ生の就労制限6ヶ月を迎え次の仕事を探さなくちゃと思っていた時のタイミングのいい話でした!メルボルン支店とシドニー支店ではビジネス番号が違うということで、同じ雇用者の下で最高6ヶ月までしか働いてはいけないというルールには当てはまらないと:)
しかし、ここで私たちの歴史の中で最も辛い日々を過ごすことになりました、、、、。
以前彼が一緒に働いたことのある友達がシドニー店で既に働いていましたが、彼らはオレンジの仕事がしたいからクイーンズランドに移る予定ということで、ちょうど彼らが出ていく部屋を借りれることになりました:)
目的地はそのシェアハウス!
しかし、ここで私たちの歴史の中で最も辛い日々を過ごすことになりました、、、、。
以前彼が一緒に働いたことのある友達がシドニー店で既に働いていましたが、彼らはオレンジの仕事がしたいからクイーンズランドに移る予定ということで、ちょうど彼らが出ていく部屋を借りれることになりました:)
目的地はそのシェアハウス!
メルボルンから確か10時間くらいだったかなー;
二人で交換交換運転して、1日でシドニー到着を目指しました!!とてもハードやスケジュールでした
もう本当に疲れ果てて、やっとNSWに入ったと思った時に感じた周りの車の運転の荒さ。笑
二人で交換交換運転して、1日でシドニー到着を目指しました!!とてもハードやスケジュールでした

もう本当に疲れ果てて、やっとNSWに入ったと思った時に感じた周りの車の運転の荒さ。笑

え?都会だからかな?
メルボルンよりすごく危なく感じて、ヴィクトリアナンバーの私達に全然優しくない
しかもスピードの測定器がこれでもかっ!!!ってくらいあって、ものすごいストレスでした。シドニーで運転するの
しかもスピードの測定器がこれでもかっ!!!ってくらいあって、ものすごいストレスでした。シドニーで運転するの
それでも彼が運転頑張ってくれてやっとたどり着いて、お部屋に入った時にすごくホッとした~♡
荷物を必要なものだけ先に降ろして、お腹が空いてたからお母さんがこっそり入れてくれた日本のラーメンを仲良く作っていただきます♡
荷物を必要なものだけ先に降ろして、お腹が空いてたからお母さんがこっそり入れてくれた日本のラーメンを仲良く作っていただきます♡
ここで二人してすでに日本が(もとい日本食が)恋しくなる二人。
派遣会社の担当者に無事に着いたことと、最低でも次の日はオフにしてもらって明後日から働けますよっと報告。
早めに寝ました。
派遣会社の担当者に無事に着いたことと、最低でも次の日はオフにしてもらって明後日から働けますよっと報告。
早めに寝ました。
次の日は残りの荷物を降ろし終えた後、恒例の周辺環境探検!ハウスのお母さんにいろいろ聞いて、大きめなショッピングモールとアジアングローサリーを教えて貰った。
車でならめっちゃ近い!結構いろいろあるモールでまずはカフェでちょっとゆっくりしてからお買い物をすることに。周りを見渡すとアジアンが多い。よかったこの辺の地区はそういうエリアなのねと少しばかり親近感?を覚え。これなら生活面は大丈夫かなーと安心しました。大好きなバブルティー売ってるし。
コールスで1週間分の食料を買って、明日仕事かもしれないから早めに帰宅して一応次の日の朝ごはんとかお昼ご飯になりそうなものを作っていたところ、day offのメッセージ。
正直、二人ともまだホリデー気分だったので多少ラッキーと感じながら、明日はガソリン入れて、図書館に行って少し勉強する日にしようと決めました。
ところが、
day off がこの後もさらに続きます、、、、、、
その週の週末はさすがに出勤だろうと思っていたのに、OFF!!!!!なんでやー!!!!!
ここで私たちはとても嫌なニュースを派遣会社担当者から聞かされます。
『実は、君たちのちょっと前まで働いていたうちの派遣の者数人が、正社員の人たちと揉めてしまって、正直契約を切られそうなんだ。うちとしては二人
は僕がせっかく呼び寄せたスタッフだから、なんとか君たちの働きを見てから最終的な判断をして欲しいって話をしてるんだけど、あっちとしては”上層部が判断をするまではそちらから新しいスタッフは雇わない。”って言われてしまっている。僕からなんとか話し合いをもたせてもらって状況の改善を図ってみるから、動きがあるまで申し訳ないけど待ってて。』
その週の週末はさすがに出勤だろうと思っていたのに、OFF!!!!!なんでやー!!!!!
ここで私たちはとても嫌なニュースを派遣会社担当者から聞かされます。
『実は、君たちのちょっと前まで働いていたうちの派遣の者数人が、正社員の人たちと揉めてしまって、正直契約を切られそうなんだ。うちとしては二人

は僕がせっかく呼び寄せたスタッフだから、なんとか君たちの働きを見てから最終的な判断をして欲しいって話をしてるんだけど、あっちとしては”上層部が判断をするまではそちらから新しいスタッフは雇わない。”って言われてしまっている。僕からなんとか話し合いをもたせてもらって状況の改善を図ってみるから、動きがあるまで申し訳ないけど待ってて。』、、、、、、。
なんともOH MY GODな事態です。でもこの時、この担当者が他の派遣先に私たちを振らず、引き留めさせたことから回復の見込みがまだあると、そうではなかったとしても長くて1週間あれば判断が決まるだろうと思って、引っ越してきたばっかりだったし、自分で他の仕事をら探すにしても時間はかかるしということで、とりあえずその後の報告を待つことにしました。
この時私たちは、実はワーホリ後に学生としてオーストラリアに残ることを考えていました。
そうです、勉強をしてビジネスビザのチャンスを得たい、もしくは自分でvisaを取れるように頑張ろうと決めていました。そのために、ワーホリ中の今はお金を出来るだけ貯めること。IELTSの勉強をしていくことに燃えていました。
ここで、正直すぐに収入がないのがとても痛かったのですが、働けさえすれば条件は良い派遣先だったのでなんとか早く働けることを心の底から祈っていました。
が、
ここで、正直すぐに収入がないのがとても痛かったのですが、働けさえすれば条件は良い派遣先だったのでなんとか早く働けることを心の底から祈っていました。
が、
待っても待ってもなんのニュースもなく。担当者に聞いても向こうが電話に出てくれない、明日またトライしてみる。来週にはわかると思う。
ずーっとこの繰り返しでした。あれから2週間経っても。
次第に二人ともプレッシャーを感じてきて、このまま待っても働けないじゃないか、目標の貯金額に届かないんじゃないか、学校に行くことを諦めなくちゃいけないんじゃないか、ぐるぐる頭をめぐり精神的に追い詰められていきました。
しかしこの担当者が彼と仲がよく、私自身もいい人だと思っている人だったので、彼が頑張っている中で私たちがこの場所を去ったら困るのは彼だとわかっていました。取引を続けてくれとあれだけ頼み込んでおいて、いざok となった時に派遣するスタッフ(私たち)がいないのですから。
お互いのためにも、何とかその派遣先が契約再開の決断をしてくれることを願っていたのですが、残念ながら私に限界がきてしまいました。
シドニーに越してきてから約3週間。収入がないまま家賃や食費などを貯金から崩していたため、あまりお金を使えないからとシティーに行くこともなく、図書館で勉強・家に帰っても勉強。
だけどいくら勉強しててもお金がなかったら学校へは行けないと思い始めてから、なんでこんなところにこんなに引き留められてなくてはいけないのか?!私たちが原因でこうなったわけじゃないし、いい加減、他の派遣先をあてがってくれてもいいじゃないか?そう主張しても当然だと思っていました。
ずーっとこの繰り返しでした。あれから2週間経っても。
次第に二人ともプレッシャーを感じてきて、このまま待っても働けないじゃないか、目標の貯金額に届かないんじゃないか、学校に行くことを諦めなくちゃいけないんじゃないか、ぐるぐる頭をめぐり精神的に追い詰められていきました。
しかしこの担当者が彼と仲がよく、私自身もいい人だと思っている人だったので、彼が頑張っている中で私たちがこの場所を去ったら困るのは彼だとわかっていました。取引を続けてくれとあれだけ頼み込んでおいて、いざok となった時に派遣するスタッフ(私たち)がいないのですから。
お互いのためにも、何とかその派遣先が契約再開の決断をしてくれることを願っていたのですが、残念ながら私に限界がきてしまいました。
シドニーに越してきてから約3週間。収入がないまま家賃や食費などを貯金から崩していたため、あまりお金を使えないからとシティーに行くこともなく、図書館で勉強・家に帰っても勉強。
だけどいくら勉強しててもお金がなかったら学校へは行けないと思い始めてから、なんでこんなところにこんなに引き留められてなくてはいけないのか?!私たちが原因でこうなったわけじゃないし、いい加減、他の派遣先をあてがってくれてもいいじゃないか?そう主張しても当然だと思っていました。
とても期待して引っ越してきた分本当にがっかりしてしまったし、焦るばかりでした。
ただ彼が担当者と仲がいいため、言いづらいらしくやんわりとしか伝えてくれませんでした。
私はこの時私の主張は間違っていないと思っていたので、もっと強く言うようにお願いしていたのですが、彼も私と担当者との板挟みになっていて辛く、お互いに感情が爆発して言い合いになりました。
しかしそこで、お互いが思っていた以上に二人とも追い詰められてしまっていると気づいて、ここにいてhappyな事はない。もう、自分たちで次の仕事を見つけるくらいしていいから思い切ってここを出ようと決めました。
そう決めてからはなんだか吹っ切れた気がして、担当者にスバッと私たちが感じていたこと、ここをいい加減離れたいことを伝えると、彼も私たちの状況が切羽詰まっていることをわかってくれて、”引き留めてしまって本当にごめん”と、なんと次の勤務先を私たちの希望の通りにしてくれると言ってくれました。
以前のメルボルンの友達がブリスベンの派遣先に移ることを聞いていたので、私たちも同じところにとお願いして、今度はブリスベンに引っ越すことが決まりました。
この時期は今二人で思い返しても「二人の歴史の中で一番辛かったね
」と思い出すのもちょっと嫌なくらい辛かったです。本当にいい思い出がほとんどないため、二人ともシドニーがあまり好きではありません。
