【3-5章】 ただ機械的に、生産的に、非人道的に | SM小説

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 遠くで船が汽笛を鳴らしている。でもそんなこと、喉飴にはどうでもよかった。

 父親が幼い頃、死んだ。その時、喉飴はまだ五歳だった。死の意味もあまりわからなかった。でも、お母さんが泣いていて、心が不安になった。だから一緒になって泣いていた。


 高校の頃だった。私の初体験はレイプだった。汗と土埃と青臭い液体の臭い。あれから自分に妄想癖が芽生えた。人とすれ違ったとき、目が合ったとき、陰茎に似たモノを目にしたとき、自分しか知りえない心を頭の中で映像化する。体が反応を起こして熱や液体に姿を変える。それらは外界に飛び出して、何事も無かったように、ただ空しさを残す。

 このことを里美に打ち明けた。それから里美との仲が深まった。今も昔も、親友と呼べる人間は里美しかいないような気がする。


 卒業後、大学へは行かず、就職もせずに、とりあえず地元を離れた。お母さんは心配して寂しそうだったが、私の背中を押してくれた。里美が一緒に関東へ行くと言ってくれたときは嬉しかった。


 ある日、ふと手に取ったレディースコミックの広告に、目が留まった。そこに書かれた11桁の電話番号に電話した。

「はい、もしもし」

「あ、あの――」

 それが高草との出会いだった。即日面接をして、即日採用が決まった。高草は次の日に、他の娘の撮影に立ち会ってみるか? と聞いてきた。迷いは抱かなかった。

 生々しい声と、激しい動きが、ビリビリと体を疼かせた。高草は心配そうに私を見ていたが、私の表情を見て少しだけ笑ってた。それから高草は私を売り込んで実績をどんどん築いた。


 緑蛙と出会ったのは、AV女優としてデビューした次の日だった。

「きれいかもしれない」

「カエルがしゃべった……」

「おなかがすいたかもしれない」

「う、うちに来ますか?」

「そのバッグに入りたいかもしれない」


 その後、エノキポケット専属女優となり、精治に出会った。

 本気で好きになった人間は、セックスがきっかけだった。

 本気で好きになった人間は、親友と同じ人だった。


「そうかもう少しで最後の一歩だな。油断は禁物だ」

「……」

「どんな顔をしてくれるかな? 楽しみだ」


 喉飴は、堤防に立って真っ黒になった夜の海を見ていた。自分がこれから投身でもするかのように、過去がフラッシュバックで蘇っていた。

 少し離れた位置で、精治が心配そうに見ている。離れすぎず、近づきすぎず、彼自身のルールを全うする、彼自身の兵隊が、彼自身の指示を忠実に守っている。


「みんな、何考えてるの? どうしてこうなっちゃうの?」

 息苦しい、潮臭い、景色が痛い、何も聞こえない、傷口が染みる。喉飴は、誰にも聞こえない音量で声を出した。言葉を発した。生きるために無意識に続ける呼吸を、意識的に制御して、自分が発した言葉の意味を一つずつ噛み締めた、考えた。

「来ないで!」

 砂利の音が、喉飴の耳を突いた。

「のど――」

「だめ!」

 喉飴は制した。目線は黒い海、意識は後ろに立っている精治、心は。

 心はもうここに無い。どこかへ飛んでいってしまった。繋がってきた生活が、たったさっき切れてしまった。自分の体も心も、他人に奪われてしまったように、温かみを感じない。


「もういいよ。疲れたよ。私は、これから、なんにでもなる」

「えっ?」、喉飴の原型が消えうせて、精治はひどく困惑していた。

「血の通っていない、無機質な物になる」

「……」

「抵抗しない、誰とでも寝る、何も生まない」

「……」

「ただ機械的に、生産的に、非人道的に」

「いいんですか?」

「ええ、もう決めたことですから」

「それでは遠慮なく」

 精治は喉飴の首をゆっくり絞め、少しずつ己で立つ力を失いゆく無機質な物を、動かなくなるまで見ていた。

 崩れ落ちる体と横浜の夜景が、競い合うように輝きを増していた。