3月22日 午前3時03分 (長男 舞 浜人が代理で発送)

 

 今朝、術後開腹室を追い出されました。新居は440号室6人部屋の窓際です。きのう書いた窓から見える風景は若干角度が変わったものの、また見られる事になりました。

 

 病室もきまったことですから、お見舞い大歓迎です。

   病院名 中野総合病院
   所在地 東京都中野区中央4-59-16
   交通  JRまたは営団地下鉄中野駅下車
       南口へ出て中野郵便局を目標に徒歩5分
       その郵便局の斜め向い
   病室  4階440号室(外科)
   面会時間 平日 15:00~20:00
        日祝 13:00~20:00

   見舞品不要  食事制限あり、花は置き場がありません
       (手ぶらで来られない人は、週刊誌か文庫本の
        小説でもお願いします。カセットはプレー
        ヤーがないから不可、CDは可、フロッピーの
        文書は、DOS-formatの720と1.44だけ可)

3月22日 午前3時02分(2) (長男 舞 浜人が代理で発送)
 
 先日、この「術後治療室」の窓の風景を書きかけて、疲れたもんだから中断したけど、あらためて書くことにします。

 

 画面左手に中野郵便局が合って、それが15階建ての威容を誇る大マンションだ、って書いたよね。このビルは、南北に長い形で、そう、南北が60メートル、東西が20メートルぐらいかな。10回あたりからは上が南が10メートル短くなったり、北が10メートル短くなったりして、最上階は南北も30メートルくらいしかありません。僕の窓は北向きだから、この郵便局ビルの東面と南面が見えています。

 

 ビルの東面には、郵便局の中庭というか、郵便自動車などをさばくスペースがあります。このスペースに面したビルの一階には、大きなトラックが接岸できるようなプラットホームみたいなものもあり、よくコンテナの積み下ろしをしています。しかし、ここに出入りする車の数からいえば、郵便自動車よりもスーパーカブのようなバイクです。赤いバイクに緑色の制服の職員、白いヘルメット、そんなバイクがしょっちゅう出入りしています。

 

 その中庭と路地一つへだてたお隣りは、シェル印のガソリンスタンドです。郵便局を出たばかりの赤いバイクのうち、10台に1台このスタンドに寄って給油してゆきます。買う量が少なくてもバイクの台数が多いから、いい御得意さんなんだろうとおもいます。

3月22日 午前3時02分(1) (長男 舞 浜人が代理で発送)

 

 今日からタバコを吸うことにしました。先週の月曜日の午前 11時から禁煙していましたから、キリよく今日の午前11時から はじめました。ちょうど9日間やめていたことになります。

 

 煙草を吸うための条件は、咳やタンを自由に出せることです。咳やタンのとき苦しむうちは、タバコによってより苦しむことになりますから、ずっと我慢していたわけです。

 

 きのうあたりから出したいときに苦しまずに咳やタンが出せるようになったので、喫煙にもどるかどうか、慎重に考えました。結論は残されたボクの時間、つまらないヤセ我慢はしない、というものでした。

 

 ただし、いままで吸っていた「L&M mild」はいささか強すぎるようにおもいました、いっそのこと、もっと弱そうなのを吸ってみたらと思い、病院の売店で売ってる中では一番軽そうな「FRONTIER Lights」というのを買いました。タール1mg、ニコチン0.1mgという奴です。

 

 指定喫煙所の椅子に腰掛け、ゆっくりと封を切り、恐る恐る点火して、ゆっくりと吸い込んでみました。禁煙後の最初のタバコというのは、くらくらって来るものですが、さっぱり来ない、大してうまくもない、さすがは屁みたいなタバコだわい、と呆れました。

 

 しかし、以前の、タール9mg、ニコチン0,7mgというもの戻るにはまだ早すぎるようにおもうし、まあ、吸いたくなったときにムリせずに吸うことにしました。ただいまのところ、11時に一本、13時に一本、18時半に一本、あわせて3本吸いました。

3月22日 午前3時01分 (長男 舞 浜人が代理で発送)

 

 高知医大の件ですが、友人が免疫学教室の教授に電話してみてくれました。

 

 「受け取って組織は大半がすでに壊死して、培養はできない状態だった。残るわずかな組織をもとに、現在も培養に努力しているが、正直なところあまり期待は持てない。万が一にも、もう一回組織を取り出せる機会があれば(何らかの理由で再開腹することでもあれば)、ぜひとももう一度組織を送っていただきたい」

 

 という話だったそうです。

3月20日 午後11時54分 (長男 舞 浜人が代理で発送)

 

 3月19日火曜日の夕方、カミサンが面会に来ているとき、外科部長の先生から、終日結果の説明を受けました。要旨は次のとおりです

 1、腫瘍の種類は、神経鞘腫(シンケイショウシュ、シュワノー
   マ)である、
 2、来週から治療のため注射をはじめる(「それは抗がん剤ですか
   ?」「そうです」)。副作用で、脱毛、吐き気、食欲不振など
   が起こる。
 3、予定では、抗がん剤をはじめて2週間で退院する。以後は在
   宅療法と言うか、外来通院で抗がん剤をつづけ、必要のあ
   る場合だけ、入院する。
 4、腸閉塞の可能性に配慮して、胃と腸を直結するバイパスを
   作った。これは12指腸の機能をとめたわけではなく、二つ目
   のルートを作ったにすぎない。
 5、高知医科大学免疫学教室からは「セルラインにのらない」と
   いう電話を受けた。つまり、あちらの治療の対象ではないら
   しい。これについては先方から直接聞かれた方がいいだろう。

 

 とりあえず勤め先と、高知医大を紹介してくれた友人に第1報を入れました。

 

 これでもはや「ガンであると仮定して対処」したりする必要がなくなったわけで、天下晴れて、堂々と「オレはガンだ」と言える身分になれました。まっさきに感じたことは、ガン保険に入っておけば儲かったものを、ああ損した、という、いたって俗物丸出しの感想でありました。

3月20日 午後11時22分(長男 舞 浜人が代理で発送)

 

 れいの「二日上がり」の給食の健だけど、今日の昼あたりは本当にまずくて、

   三分粥
   魚の水煮を摺り潰したような奴
   ほうれん草を摺り潰したような奴
   味噌汁(ボール状の麩が2個浮いてた)
   牛乳200ml
   番茶

これだけを食べるのに30分以上もかかってしまいました。

 

 で、看護婦さんに聞いてみたんです。「ねえ、流動食から常食まで何段階あるんさ」「流動食でしょ、三分粥、五部粥、七部粥、全粥、常食だから。6段階ってことになるかな」「けっ、6段階もあんのかよー」、さっそく勘定してみました。

      流動食 3月18日月
      三分粥 16日火、20日水
      五分粥 21日木、22日金
      七部粥 23日土、26日火
      全粥  27日水以降

やれやれ、まだ丸まる一種燗、来週の今日にならないと常食」にはめぐりあえないのでありました。

3月19日 午後9時47分(3) (長男 舞 浜人が代理で発送)

 

入院料請求書 東京都中野区中央4-59-16 中野総合病院
 電話〈3382)1231(代)   8年3月19日発行

岩沢弘恭殿 請求期間 自8年3月4日至8年3月15日(12日間)

ID番号01811165、病棟03、病室450、科名外、保支区分01-1

請求合計額72,070円
請求内訳    非課税   課税  自費分

 初診料         点   円  質量差額    円
 投薬料        48点   円  寝具借与料   円
 注射料      7,595点   円  洗濯代       円
 処置料       749点   円  文書料       円
 手術・輸血料 22,654点   円  材料費    114円
 検査料      8,448点   円  検査料       円
 画像診断料  12,602点   円  分娩料等     円
 理容・その他       点  円  その他        円
 入院料      15,661点   円  給食料   4,200円

 小計        67,757点  円 
 負担率       10%
 患者負担額       67,757円             円

○お支払いは3日以内に会計窓口へ、退院の方は退院されるまで
 にお支払い下さい。
○領収書の再発行はいたしません。医療費控除・高額医療費・
 自賠等の手続きに必要ですので大切に保管してください。

*受領印なきものは無効になります。

3月19日 午後9時47分(2) (長男 舞 浜人が代理で発送)

 

 手術の結果の説明はまだありません。実は、今日こそ術後一週間というので期待していたのですが、回診のときも部長先生は「やっと一週間たちましたね、よく頑張りました」というだけで、肝心な方はお沙汰なしです。

 

 まあ、しばらくは、催促しないでおきましょう。どうせ黙って抗がん剤を使いはじめるわけにはゆかないんですから、そのときがくればイヤでも説明するしかありません。それに、お見受けしたところ、ここの先生は目下インフォームド・コンセントを修行中らしい。なんとか「患者との納得づくの治療」でゆこうとなさることでしょう。

 

 それよりかきょの回診では、「この患者さんは〈一日上がり〉ではなく〈二日上がり〉にしてください」と言う指示が出て〈二日上がり〉に変更されてしまいました。これはどういうことかというと、食事の階級を昇進するスピードなんです。毎日昇進のはずだったのが、二日で一段になってしまったわけ。

 

 今朝はすでに昇進していて、いわゆる「三部粥」でした。

   かゆ〈重湯に穀物の破片がわずかまじったもの〉
   味噌汁〈文字通り味噌の味だけがするだけの湯〉
   炒り玉子
   たいみそ〈粥の味付け用、甘ったるい〉
   牛乳200ml

牛乳は冷たくてイヤだったから、配膳室のボイラーの湯で、お燗してから飲みました。昼食にも、部分的にシャーベットみたいになった冷たいゼリーが出たんだけど、硬さに神経を使う割には患者の腹が冷えるのは平気なんだな。ゼリーを燗するわけにはゆかないから、ゆっくり時間をかけて食べてしまったけど。

3月19日 午後9時47分(1) (長男 舞 浜人が代理で発送)

 

 3月19日火曜日、手術からちょうど一週間たちました。

 

 手術と言うものが、いかに体力を消耗してしまうものか、ということを、身にしみて感じています。

 

 ゆうべから今朝にかけて一時的に点滴が中断して(中断せざるをえないくらい両腕ともが痛んでいるということです)いたものですから、点滴のポールを引きづらないで歩けました。 この機会に、会談の上がり下りをしようと試みました。にぶいボクでさえ、そういう運動が必要だとおもうくらい脚や腕の筋肉が失われているのです。

 

 看護婦さんに断って(術後治療室の患者が失踪したら大騒ぎになります、前夜トイレが長かったばかりに、「捜索」されてしまいました)、病室のある、4階から6階にあがり、地下まで下り、また4階まで上って来ると言うだけの運動ですが、戻ってくると心臓がドキドキドキドキして、もうベッドに倒れこんでしまうのです。

 

 昨夜は9時過ぎに1回、今朝は朝食前に2回、この運動をしました。いまは、まだ点滴につながれていますから、階段の運動は出来ません。

3月19日 午後9時46分 (長男 舞 浜人の書き込み)

 

 父から、今日3通のレスポンスを預かりました。

 

 手術の日以来、私は風邪のため見舞いに行ってません。

 

 ゴメンネ、父ちゃん(ゴホッ ゴホッ ゴホッ・……)