最近の悩み、それは、
事務仕事、おれ向いてない・・・?
来年で10年勤めたことになるが、まるでそんな気がしない。
2、3年の異動がなかなかにしんどい。
毎回新入社員。
わからないことだらけで、前任者に聞いて、またわからなくて、の連続。
はあ、、
嫌なことをとりあえず書き連ねてみる。
上からの急な調査依頼。
何よりも優先して対応しなければならない。
上には事情があるんだろうが、今日中に調査せよ、とかもある。
休んでたらどうなるのか。
理解して、担当に依頼して、締め切り設定して・・・
本来業務に手間取っている時に割り込まれるのはきつい。
提出後に電話がかかってきて中身聞かれても、おれはわからない。
聞き漏らしたらどうなってしまうのかという怖さ。無力感。
緻密なお金のエクセル仕事。
これがなかなかに難しい。
金額が合わない、ミスが際限なく出る。
一箇所間違えると、連動して様々な表を直さなければならない。
下手すると10シートくらい直さないといけない。
なんでこんな複雑なんだ・・・
集中してるつもりでも、ふと別のこと考えてしまっているよう。
自分でも驚くようなミスを山ほどする。
とてもじゃないがいつか速く正確にできると思えない。
何が嫌って、隣の仕事教えてくれる人の対応ね・・・
おれが甘えていて、トロいし抜けてるのは間違いない。
可能な限り自分で解決できるよう、マニュアルやら過去例やら
探しまくってやろうとはする。
ただ、そのあげくかなり時間がかかってしまい、聞いたら10秒で
解決するようなこともある。
だから聞こうとするが、なにしろ聞きづらい。
「何がどうわからないか、こっちは何を言えばいいのか、説明して」という無言の雰囲気。
いや、
おしえてくれ・・・・泣
おれだったら、
「この業務は、ざっくり言うとこういう仕事。これをやると、誰が助かって、
こんな良いことがある。
それで、具体的には、このフォルダのここをこうやって作業していけば
良いんだよ。だいたいわかった?じゃあとりあえずちょっとやってみるか。
ここまで進めてみて。もし途中でわからなかったらまた教えて」
ってやるけどなぁ。
「わからない人」がどれだけつらいか、おれは分かるからな。
ほんとに辛いんだよな。
自分がわからない時の胸の痛み。
自分は力がないからただ迷惑かけてるんじゃないかって
思ってしまう居心地の悪さ。
33にもなって、こんなザマなことに、言いようもないほど情けなく
無力感、無価値感に苛まれている。
さて、ここからは妄想の話で、
現実逃避でもあるが、
もし仮に、じゃあ転職するんだったら何が良いんだよ、ということを
考えてみる。
おれは、かる~いADHDの資質があるのかなと思う。
まず、失くしものが異常に多い。
財布ケータイ鍵は、当然すべて失くしたことある。
服、小物、筆記用具、書類、食卓用品、etc...
多分これは、おれよりも奥さんのほうが目にしてると思う。
自分では探せないから、必ず奥さんに探してもらう。
すると一瞬で見つかる。
おれが探すと10分でも20分でもかかるのに、不思議だと思う。
まあそもそもそんなに探せないが。あきらめてしまうから。
次に、やりっぱなしが多い。
電気つけっぱなし、鍵をドアにさしっぱなし、冷蔵庫開けっぱなし、
牛乳出しっぱなし、炊飯器開けっ放し、etc...
鍵をドアにさしっぱなしは危ない。
なんでだろうなぁ。自分でも不思議なくらい忘れてしまう。
何か次のことをやろうとしてしまうんだと思う。
あとは、じっとしてられない。
特に「じっとしてなければならない!」と思ったとたんに、パニック症状が
出てしまう。
咳が込み上げてきて、吐き気が上がってくる。
抑えようとしたって抑えられない。
思い切り咳き込んで、盛大に嗚咽をしないと終わらない。
時には涙がこぼれて鼻水が出て、それでやっと発作が治まるような。
これはもうずっとそうだけど、今の席に来てからは特にひどい。
気持ちが不安になったりするほど頻繁にこの症状が出る。
ひどいときは15~30分に一回ほど。
龍拡散をなめ続けると比較的落ち着くが、10ふんもすればなめ終わってしまうから
なめ続けないといけない。
常にペン回ししてるし、ひげをいじってるし。
高校までは頻尿で、とにかくトイレにいつでも逃げ込める状況でないとパニック症状
に襲われた。
最後に、考えてることと違うことをよく喋っているよう。
「あれ?おれそんなこと言った?」こんな場面がしょっちゅうのよう。
そんなADHD資質の人に向いてない職業がある。
それが、
事務職。。
複数の業務を同時に進め、異なる締め切り感に向かって着実に管理したり、
数字の細かい書類をミスなく長時間作成したり、
自分のペースで仕事ができないような職業は向いてませんとのこと。
おいおい。
逆に向いてるのは、
アーティストや経営者らしい。
おれ経営者向きかなぁ。
わかりやすいことが好きで、
組織の理念を考え、その年その年の目的を考え、
一人一人に、一つ一つの活動や業務にどんな意義があるのか
なぜそれをやらなくてはならないのかわかってもらうことを大事にしたり、
どんな人員配置でどんな風にスケジュールを組んだらよいか、
一人ひとりがやりやすいためにはどんな準備をしておいたら良いか、
そういうことを考えるのは向いているような気がする。
いざその中に入って、一緒に作業しだすと、途端にのろまのトンチンカンに
なっちゃうんだけどね。。。
でも、一度出来るようになったことを、新規の人に教えるのは向いてると思う。
相手の立場に立って、その人の尊厳を大切にしながら教えるし、
その人が習得した時には一緒に喜んだりとか。
とりあえず、環境の変化や、異動の度に一からやりなおすのはもうなかなか
しんどい。若いうちは分かりません教えてくださいで良いけど、いよいよ
なかなかそうもいかなくなる。
働いた年数だけ、自分の血となり肉となるような職に就きたい。
ずっと同じことだけしたいわけじゃなく、自分で考えて、改善したり
新たに方法を編み出したりとかはむしろ好きだ。
そんなおれの特性がまず一つあるとして、もう一つ。
人生の幸せってなんだ?何を目指して人は生きるのか?ということ。
おれは、「ありがたいな」と思ったり「誇りだな」と思ったりすることが、
人生の大事な目的としてあるんじゃないかと思う。
コロナで価値観が見直されているという人もいるらしいが、おれも
そうなったらよいなと思う。
資本主義、消費社会、競合社会、そこでの成功者とは、
そこで順位を上げて上を目指して、グローバル社会とはグローバル競争に勝つためだと
まずそこから話が始まっていて、さあ頑張ろう!価値を作り出そう!去年よりも
今年、今年よりも来年。数値目標を立てて、それを達成するためにあらゆる
効率化を行い、現状を変革しようじゃないか!
という風潮があるのかなぁと、まぁ半ば強引に決めつけかもしれないがそう書いてみる。
おれが思う日本的な、というか禅的な発想は、「今ここにすでにある幸せに気づいていくこと」
なのではないかと思う。
「驚きを日常に」というCMがあったが、驚いていたことが当たり前なものになっていってしまったら
つまらなくない?と思う。おれは「日常を驚きに」の方が素敵じゃないかと思う。
普段見過ごしてた散歩道に、実は綺麗な花が咲いてたとか、
散歩してみたら、小学生たちが挨拶してくれたとか、そういう感じ。
そんな時に心に湧いてくる生きている実感のようなもの。
セロトニン的幸福と、オキシトシン的幸福か~。
おれが何か提供して、それを受け取った人が「ああ、なんてありがたい気持ちだ」
と、感謝の気持ちを抱くような。
「松本に住んでいて、日本人で、この時代に生きていて、本当に嬉しい。誇らしい」
そんな風に思える瞬間につながるような。
なんかそんな仕事ができたらなぁと思う。
それにお金を払ってでも受け取りたい、と思ってもらえるような仕事ができないものか。
う~~~ん、なんか無いものか・・・
で、一つ浮かんだのが、農場経営。
農産物とは、その地が生み出した恵み。
松本らしい収穫物は、信州松本の魅力が結晶化したようなもの。
それをいただいて、さわやかな風が吹いたような気持ちなったらどうだろう。
自分が生きていること、この時間を過ごせていること、信州という地があること、
それらに「ああ、ありがたいなぁ」と足をとめて心がほどけるような時間にならないか。
信州の気候が、大地が、文化が、目の前に形になって
いると思ってもらえたらどうか。
浮かぶのは例えば、ぶどう。
または、さらにそれを醸造したワイン。
農場プラス、併設して簡単なカフェってほどじゃなくても販売所とくつろぎスペースがあって、
ぶどうジュースだったり、ワインだったり、それに合うなんかお菓子とか?
それらを販売しながら、その空間には松本の魅力がたくさん感じられるような、
「ああ、松本だなぁ」と思える感じの、まぁ写真とか本とかかなぁ。
あんまり展覧感出てもあれだから、雰囲気が良ければ。醸し出てれば。
まぁ妄想なんで、簡単に書きますが、、例えばの話ね。続けよう。
やはり、場所ってすごく大事。
仲良い人や、家族や、じゃあ集まろう、と思ったときに、場所がないと集まれない。
居心地良い空間で、良い時間がゆっくり過ごせるような場所があったら、それは大事。
農産物自体に収益があるわけで、カフェ自体の売り上げ頼みじゃないから、
回転率の効率化とかじゃなく、ゆっくりしていってください。
松本の良さを味わってもらえるような。静かな誇りある店内。
みたいになれたら良いのかなぁ。(妄想です)
一つの理想は、袋井の名倉メロン農園。
ビニールハウスのお食事スペースはとても居心地がよく、メロンは最高級に
美味いので毎年一回は行きたい。
静岡のさわやかは本当に地元民の誇りだしなぁ。
創業者の熱い想いがね。自然と人が結びついたときに祭りが起こる。
祭りのコンセプトで父の愛、母の愛を感じられるような食事を提供したいという
確固たる思いが多くの人に愛される根本なんだよなぁ。
そんな夢ばかり見て、実際は収益化に数年かかるだろうし、お店併設なんて
夢のまた夢。
良い土地は簡単に見つからないだろうし、研修で1、2年なんて、その間収入は
どうするんだとか、研修で教わったことがそのまま自分とこの畑に活きるとも
限らないだろうし、果樹は実がなるのも数年、安定してくるのも数年。
おれが果たして本当にそんな道に向いているのかどうかだって、まったくわかった
話じゃない。
なにより、妻も子供もいるのに無責任な決断はできない。
子供も大きくなればどんどんお金も必要になるし、ひもじい思いをさせたくはない。
とはいえ、自分の今の仕事に対する心の疲弊、気持ちの低下、その辺も
無視できる話でもない。
あ~あ悩ましいとこだ。