コニー・ウィリスの「オール・クリア」を読み始めています。「ブラックアウト」の分厚い上下では収まりきらなかったのね。続いてるって知らずに買いました。とにかく読ませてくれるタイムトラベル物です。戦時下にあるロンドンの人たちの暮らしぶりを淡々と描写、この距離感の取り方は何なら私の日常に必要だわ。

 

夫、今日も休みと思っていたけど急遽、出勤。

昨日は一週間ぶりの休みでのんびりと過ごしていたようですが、やっぱり離れている期間ができると2人の間で色々噛み合わない。慣れたけど、毎回心が痛みます。私あまり好かれてないのかな、なんてなー。

 

たった今、誰かと話したいな、と思っても、誰もそばにいない。1人でいることを選んでる。納得してる。でも、誰かと話したいな、という気軽な願望が気軽に満たされなくなったのはいつ頃からか。家で仕事することや、期間限定であちこちに呼ばれる仕事のスタンスはとても気に入っているんだけど。たまに、ちょっと誰かとつながりたくなったりするんだよ。こういうとき、一番つながりたいのは、自分本人となんだよ、と頭では分かっているので、この少々落ち気味な気分も致し方なしと受け入れる。けど、ここには書いちゃおうっと。

 

ヨガのアーサナ練習、すっごく好きなんです。でも、ヨガでみんな仲間だよみたいなイベント系には全然興味ありません。ヨガ&ほにゃらら。ヨガしてそのあとでおいしいもの食べる、とかなんかするやつ。外でヨガするやつも、実はあんまり。私の師匠が「ヨガのアーサナは内側とつながるものだから、外でっていうのはまたちょっと別の話よねえ」と言っていて、すごく納得した。外でなにかしたい、という気持ちはあるけど、ピクニックしたいなあ、とか、踊ってみたいなあ(実際にはできないんだけど)とは思っても、別にアーサナは、私はしない。

 

心の師匠とは別に、今ヨガの練習に通っているところの先生は、きっとすっごい孤独に違いないって勝手に思ってるの。ものすごい高みを目指している人で、一見近い立ち位置の人もきっとあの人の見据えているものはわからないんだろうな、って。それはとても孤独な道なのだろうなあ、と。そう思うことで、今、たった今、1人だなあと思ってる自分がなぐさめられたりしている。

 

今はこんな風にローですが、まあ月に一回のサイクルってことでしょう。めそめそしたくなる日。

 

今、YouTubeでSia。

 

肩を痛めてるから、朝練は依然、不完全燃焼。腸腰筋がよわよわしい。

 

「あのイカだとか、イシガキダイだとかエンゼルフィッシュだとかに、毎日、そして毎年同じ場所で会える奇跡。

 それがどれほどすごいことか、ほんとうは人間も同じなのに、案外、気づかないでいられる。毎年きちんと咲いてくれる桜のことなんかも、風景としか思わなくなる。」

 

よしもとばなな「海のふた」中公文庫