数秘でいうと私は孤独の時間が必要なんだそうな。
アーユルヴェーダでは風の性質を多く持っているので、しゃべりすぎは禁物。話すことはエネルギーを浪費する行為ともされているので、話す言葉は最小限に厳選して言葉を口にするほうがよいとも習った。
今のようなフリーの仕事をする前は、毎日とにかく話して話して話し倒した。話すことが仕事だったから。今も話し倒さなければならない時はあるけど、それは一時的なもの。とくに東京に来てからはプライベートで会う人が激減したので(お勤めしてないし、気軽に会える古くからの友人なんていうものがいるわけでもないし)、家でも一人が多いから、ずいぶんと話さなくなった。最初の頃は顔の筋肉が衰えるんじゃないか、口が回らなくなるんじゃないか、と怯えていたけど、上に書いたことを知ってからは、顔の筋肉の具合は分からないけど、話さないことはむしろよいことのようだと安心している。
英語が急に話せるようになったのは、ぜんぜん人と話せない2週間を過ごした時だったな、そういえば。なぜ人と話さなかったか、というと、ハブられたからだな。
高校時代に交換留学で訪れたオーストラリア。同年代の、同じような世界各国から集まった交換留学生ばかり数十人を集めたバス旅行で、日本人グループは15名くらいはいただろうか?その中でハブられたの。その頃は留学して7ヶ月は経っていたかな。私は英語がまだ話せてなかった。聞くことはなんとなく分かる…のか?というころ。日本人からはハブられ、その他の国の留学生はそれぞれの国同士で仲良くして。図太くなった今なら、英語もまあまあ話せる今なら、ハブられても気にせず他の国の子達と会話したと思うんだけど。当時は自己評価の低い、内向的で自分のあまりない、臆病者だったから。けれど、その沈黙の2週間が明けた頃、突然マシンガンのように話し出したらしい。迎えに来てくれたホストファーザーが驚いて、そう言ってくれた。英会話の不文律として、話す量が鍵、というものがあるけれど、私の場合は違ったみたい。どうやら本当に私には沈黙が必要なのかもしれないね。まあそうなるまでにも、たくさん本を読んだしラジオ聴いたし英語で日記もつけてたけどね。
小学校5年生でも一度ハブられた。その時、自我が初めて芽生えたと思う。自分と他人との区別がはっきりとついた感じ。
OL2年目でもハブられた。そしてその後、ハブられたことが直接的なきっかけになったのではなく、全然別の些細なことが原因で、「私ここで何やってんだ?」という思いに駆られ、そう思った翌日に転職活動、翌週には辞職願を提出、そして英会話業界に飛び込んで私の人生が初めて動き始めた気がする。
ちなみに英会話業界での1ヶ月間の研修でも悪口は言われた。ハブられることはなかった。10ヶ月が経った頃、それまで仲が良かった同僚から無視をされるようになった。
…つくづくハブられの人生やん。笑うわ。学生時代までのハブられは、理由はわかりません。いじめられてたわけじゃなく、仲良しはいつもいたしな。小学校の一度目に私をハブった子はその後幼なじみとして20年くらい仲良くしてた。そして数年前に決定的な亀裂が入って、もうお別れした。
社会人でハブられた直接的原因は、ある女子社員のお気に入りの男性(でも既婚者やで)が新入社員の私を特別扱いしたから、という理由だと思う。でもな、あれは多分、労災が絡むことを穏便に処理するようにと社長に言われていただけだと思う。ウブな私は「ご親切どうも」な感じで、その態度もお姉さまには気に入らなかったんでしょうけど。労災を隠してたんだと思うけど、あの人たちはそれには気づかなかったんだろうか?私は気づかなかったよ。
いつもハブられるたびに、「あ〜あ、またか。なぜいつも嫌われてしまうんだろう」とどんどんいじけてた学生時代。けど、英語が話せるようになって勘違いした私は強かったね。短大時代なんて、もう人と話が合わないことに関してはすっかり諦めていたもんね。だから休み時間はずっと勉強ばっかり楽しくしてたなあ。
英会話業界で私を無視した人にはそれなりの言い分があったみたい。私も当時は反省いっぱいした。そして、帰省のたびに会う仲になって、意外と親しくできてたんだ。でも今思うと、反省しなくても良かったかも。なぜなら彼女とは今年いよいよ連絡を絶つことにしたから。私のLINEが乗っ取られて、なんか向こうに嫌なメッセージが行ったらしくって、すごく怒ってしまった。私も被害者だし、怒られるのも疲れるので、もういいやって思った。一度無視をされてからは、私は仲直り?してからも、別に心から信頼を寄せていたわけではないことにも気づいた。
3年前、ハワイのおじいさんのサイキックのセッションを受けた時におじいさんが「君はずいぶん長い間人から誤解されてきましたね」と言っていたのはこの辺りのことなのかな。
友人Zに「私はいつも失礼する危険をはらんでいる気がする」と言ったらZは「自分は常に失礼しながら生きていますけど」と返してきた。味方、仲間はいるんだ(?)。
とにかく目立つなとしつけられてきたけど、私はきっと変わり者の部類。親はだから目立つなと言ったのかもしれないけど、大人になってから分かったのは、隠れても無駄ってこと。中途半端に人に合わせるより、堂々と失礼しながら生きていくと、必ず仲間が集まる。と信じたい。たとえ気さくにお茶に誘える人が今身近に全然いなくてもな!
まとめとして。とりあえず、なんでハブられたか未だにわからないことも多いよ。
そんな今の私は「人当たりの良さ」「コミュニケーション能力の高さ」で仕事をもらっています。
「実はいろんなことってそんなに確かなものじゃない、っていうことに気づいたら苦しすぎるから、あんまり考えないでいられるように、神様は私たちをぼうっとさせる程度の年月はもつような体に作ってくれたのだろうか。」
よしもとばなな「海のふた」中公文庫