🇯🇵

安倍晋三 元首相が亡くなった 暗殺された7月8日が明日となりました。

今年はもう三回忌です💐。

あえて『安倍ちゃん』と呼ばせていただきます。

安倍ちゃんが亡くなってから、日本は大きく変わってしました。変わってしまったと言うか、傾いてしまいました。

結局 日本の事を心から心配し、日本の為に戦っていたのは安倍ちゃん一人であったことが露見しました。

安倍ちゃんとともに日本の為に政治をしていたと思っていた多くの政治家は極端に言えば、安倍ちゃんが亡くなった翌日から豹変しました。本性を現したのです。

安倍ちゃんは生粋の筋金入りの、また名門の政治家一族でした。しかし安倍ちゃん一族こそは真の正真正銘の政治家一族です。 日本の為を考えた方たちです。そして、安倍ちゃんにはお子さんがいませんでした。

今は二世政治家が群れています。 いわゆる政治家ではなく政治屋で何の信念もなく金欲だけがある人達ばかりです。そして今日本を売り渡す輩が蔓延っていて、いずれ近いうちには日本は日本でなくなってしまうのでしょう。考えると気色が悪くなります。


安倍ちゃんの写真を貼ります。

お顔が違いますね。

欲のない清い心がそのまま映し出されているお顔です。 笑顔がきれいで心に一点の曇がないことが分かるお顔ですね。




私は日本がいままで日本を大切にしてきて下さった昔の日本人の方々を、日本を守り続けてきて下さった日本人を尊敬してきました。

『恥』の文化を重んじてきた武士がいたから、支配階級が貧しかった武士がいたから日本は心身ともに清廉でいられたのです。

今は『恥』の文化は影を潜め『欲』の時代になり変わりました。政治家のみならずその辺りの一般の人達も『欲』にまみれているように感じます。

自分か人の前を一歩でも早く横切る。自転車が、我が物顔で通り過ぎる。何でも無料が好き。ポイ活でただ食いする術を考えお店が利益を出せなくても自分がお金を払わなければそれでよいから実践する。あおり運転でウサを晴らす。電車を改札をタッチする振りでただ乗りしていく。

私達の親世代は自分たちで支払ってきたものですが、何でも無料にしてもらうのが好き。でも無料にして自分たちの首を繋ごうとするエセ政治家達が率先して何でも無料無料とする。
大体ろくな政治家がいない。私はそんな思慮深さとはかけ離れた政治家達を養うために、税金を無駄に日本国内だけでなく海外に外国人(ここでは、ただ外国にバラまくという事でなく、日本に移住すると無料で医療費や他にも色々な制度を受けられる、しかもその家族にまでということです)失礼にただでバラまく為に税金を納めているわけではない。

なんか書いていると情けないです。

安倍ちゃんの話に戻りますが、安倍ちゃんは政界に入られる前、お父様の秘書になる前は神戸製鋼に勤務しておられました。

毎日誰よりも早く出社し、机を拭き、何か部内でイベントがあれば幹事をかって出て、飲み会の時は自分は飲まないで酔っ払った同僚を車で送る役に徹する。もちろん自然に笑顔でできる。常に裏方に徹しておられたそうです。

お父上が政治家だからとふんぞり返らない。
安倍ちゃんのお家柄ならば、少しはふんぞり返っても良いような気がしますが安倍ちゃんはそこら辺が違います。もともと何にもない方が偉ぶりたいのですよね。

そんな安倍ちゃんを悪い方へ悪い方へ国民の意識を持って行ったのはマスゴミですね。
偏向報道の賜物です。

最後の最後までマスゴミはゴミでした。他の政党がいかにおかしい事をしていても安倍ちゃんだけ叩く。

それは安倍ちゃんの国葬の日にあからさまに分かりました。何故なら私は実際に国葬に並んだのですから。

多くのマスゴミが、安倍ちゃんの国葬の一般参列にはたった一万人しか並ばなかったと報道しまた。 

マスゴミは恥ずかしくないのかな。一端の大人、人として。それこそ『恥』も外聞もないのですね。

国葬の実際は大分違いました。

私はその日父と一緒に半蔵門の駅から献花の祭壇が置かれていた千鳥ヶ淵まで炎天下の中、11時半から3時半まで四時間並んだのです。四時間並んでやっと献花台にたどり着いたのでした。

私達の並んだのは地下鉄半蔵門駅の地上にちょうど11時半からでした。それ以降はもっともっと並んだのですよ。私達が並んだときの最後尾は何とJR四ツ谷駅にまで到達していました。

あの日は悲しい日ではありましたが、お天気に恵まれ、日差しがきつく本当に暑い一日でした。
私達は並んでいるうちに前後の方々と話しながら歩みを進める事になりました。

ちょうど父と同じ年のおじ様達で、お一人は横浜から、もうお一人は兵庫県は芦屋からお見えでした。芦屋の方は息子さんが東京に在住でいらっしゃるとのことでしたが久しぶりに上京されたと話されていました。そして感じの良い妙齢の女性。この5人でお話ししながら並びました。この列は半蔵門から四ツ谷駅までならんだ長い長い2、3列がほぼ最高裁判所の辺りまでぐるぐるくねくね何度も行ったり来たりしながら最後は皇居のお堀端を歩き千鳥ヶ淵の献花台にたどり着いたのですが、そこには感動的な姿の人達がたくさんいらっしゃいました。

足が不自由で杖で一緒懸命歩いている方々、車椅子の方々、小さな赤ちゃんをベビーカーでまた連れて並ぶ親子、若いサラリーマン風の会社を抜けて、また休暇を取ってきた方々、どう見てもロックで花束など持たないような外見の方々、そして高齢の方々。小さなお子さんから老若男女が炎天下の中、ほとんどの方が花束を持って列んでいました。ほとんどの人達が花束を持っていたので半蔵門から列の出来ていた近くの花屋さんは大わらわでしたし、私は前日の夜に真っ白い八重のオリエンタルリリーを準備しました。私はその時は意識していませんでしたが、ユリの花言葉は『純潔』でした。 私は潔い安倍ちゃんには真っ白で力強いこの花がぴったりだと思いました。 そう言えば、ユリの花言葉の『純潔』はマドンナリリーで聖母マリア様の象徴でもありました。
そんなことで献花台には花束がどんどん重なるのでしばらくすると係の方が奥へ持っていってはまた花束が積まれるという感じで、しかしこの花達はきちんと安倍ちゃんの御遺族の皆様の元に届けられるとの事でした。

そんな中、私は並ぶ列の中に友人を見つけ、彼女もまた有給休暇を取り安倍ちゃんの死を痛み献花するために並んだ一人でした。

政治の話は微妙なところがあり皆さんそれぞれ主義主張があるのでなかなか職場や友人であっても話をするのは躊躇すると、一緒に並んだ女性か話されていましたがまさにその通りでだからこそ尚、この長蛇の列の中に友人を見つけたのはちょっとした喜びでもありました。

今これを書いていて安倍ちゃんを想い、あの並んだ日を思い出し、そして安倍ちゃんが凶弾に倒れた日を、その事実を想い、そして真剣に日本の為を想っていた安倍ちゃんについて、その志半ばにして倒れた安倍ちゃんの想いを想い泣けてきます。

今安倍ちゃんが生きていてくれたら日本はもっとまともな、誇りのある国でいられたのではないかと。

例えば、安倍ちゃんのように北朝鮮に拉致されたご家族に寄り添われた政治家はいますか?
あれは小泉内閣時に安倍ちゃんが奮起奮闘して拉致された方々を取り返したのです。あの頃、安倍ちゃんは奥様の昭恵さんに、自分は殺されるかも、帰ってこれないかもとお話しされていたそうです。

でも、あんな形で日本で奈良の地で亡くなることになりました。


あの日の安倍ちゃんの周囲には違和感しかありません。


そして、奈良市長は安倍ちゃんの三周忌にも献花台を設置しないそうです。

おかしいですよね。


安倍ちゃんを巡る謎にはこれからも誰も何事もなかったかのように過ごしていくのでしょう。

日本の首相を二度もなさった世界のリーダーでもあった安倍ちゃんでしたのに。 

『戦後レジームからの脱却』『美しい国日本』
安倍ちゃんのスローガンでした。


戦争に負けた日本はアメリカに弱体化されてしまいました。当時日本に来て憲法を作り押し付けたのはまた皇室を弱体化させ、皇族を減らしたのはアメリカの中でも極めて優秀な部類の人達からかけ離れた人材でした。憲法も日本に良いものなんかではないのです。とりわけ九条に関して拘る理由はありません。

アメリカは勤勉で欲の無かった清廉でかつ極めて優秀であった日本を日本人を恐れていた結果弱体化させました。

戦犯など戦争をお互いしていたのだから一方的に戦勝国が押し付けた卑怯な事です。喧嘩両成敗です。

安倍ちゃんはそういった戦争で押し付けられた色々なものから日本を放ち以前の日本にもどしたかったのだと思います。

まさに『美しい国日本に』です。


日本の司法は、警察は、また同僚であったまた残念ながら国を動かす政治家が見て見ぬ振りで調べる事もせずにこのまま封印するのでしょうね。


いい人は居なくなってしまいます。

安倍ちゃんをこの先もずっと想います。

いままで本当にありがとうございました。








🇯🇵🕊🇯🇵🕊🇯🇵🕊🇯🇵🕊🇯🇵🕊🇯🇵🕊🇯🇵🕊🇯🇵🕊🇯🇵