こんにちは。

 

星よみカウンセラーの えんどうともこです。

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発達障害のママ支援の専門家として、軽度発達障害や発達障害グレーゾーンのお子さんを育てているママさんの個々のお悩み相談から将来のこと、福祉資源の活用方法や、星よみを通してママさんやお子さんの本質や個性を読み解きカウンセリングもさせていただきます。

 

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これまで、えんどう家についてのことは書いて、その中で、少し私自身のことに触れてきましたが、一度これまでのことを書き記しておきたいと思います。

直接お会いした方は、昔から、今のような感じが私って思う方もいらっしゃるんですが、実は、真逆で、やっと乗り越えたなと感じたので、記録として残しておきます。

 

幼少期

 

ものごころつく頃

実の親の夫婦仲があからさまに悪く、包丁が頭の上に飛んできたこともある家庭で育つ。

 

幼稚園は地元の公立の2年保育の幼稚園。

 

母親は、今思えば、こどもに虐待していたと思います。

張り手されない日はほぼなく、潔癖症でした。

父親は、育児に全く関わらず、仕事と趣味のスポーツに明け暮れ。

 

 

小学生

 

地元の公立小学校に通いました。

 

小2で、登校拒否。

原因は、学校にはなかったと今では思います。

担任の先生は良すぎるくらいいい先生で、先生がお家に来てくれたのも私的には嫌ではなかったです。

 

原因は、給食が決まった分食べられないため。

 

家庭環境が崩壊していたことからくる

摂食障害で、食べ物がのどを通らず、

ご飯粒一粒ずつ食べているような状況でした。

 

食卓で、家族と食事するのも苦痛で、

なんで食べれないのか!!と母親にいつも責められ、

小学生のころになっても手をあげることは減らず

 

大学病院の精神科へ行くことを

かかりつけの小児科に言われ、通うのですが

行った先の待合室で

スカートまくり上げているおばちゃんを見て

母親は、ここに来るとそうなると

言っていました。

その時のことは、めちゃくちゃ鮮明に覚えています。

 

そして子供ながらに、ここに来るとそうなるはおかしな見解だと思っていました。

 

母方の親戚に脳性麻痺の子がいたんですが、

その子に対しても(家に対しても)

汚いと平気で言い

障がいのある子、人に触れるのも汚いと言っていて

甚だ疑問でした。

 

摂食障害があってあまり食べれなかったので、とても身体も弱く、

小学校低学年から酷い片頭痛がありました

片頭痛で、学校早退しても

潔癖な母親は、全部着替えないと家に入れてもらえず

土間で冷えたまま動けなくなることが日常でした。

 

学校に行っていない間は、家で勉強をしていました。

勉強は裏切らないといつも思っていました。

 

なので、学ぶことは好きでしたし

いわゆる、お勉強もできる方だったと思います。

 

生きていくことに希望が持てず、お風呂場で自殺未遂をしたのが、小学校2年の時。

辛かったのに、その時でさえ、怒られたことしか記憶に残っていません。

 

 

中学生

 

人間関係構築が本当に難しく

学校の枠にずっと囚われていた時期。

 

相変わらず身体が弱く、

片頭痛は周りに理解されない。

単なるサボりという捉えられ方をされ

部活で、気分が悪くなり、限界寸前で早退を顧問に言おうものなら

部員全員50名ほどに取り囲まれ

気に入らないことあるなら言ってみな!と

1対50名ほどのいじめも経験しています。

 

あの頃は、自分ではどうにも解決できない負のループにはまっていたと思います。

 

相変わらず、お勉強は好き。

市内の高校トップ5くらいのところまでには入れると言われていましたが、身体が弱いから、近くの高校にしなさいという母親の命令で

私の選択肢は、2つに絞られました。

 

併願はいいけど、私立合格で、公立がダメなら働きなさいとい真顔で言われました。

 

お勉強はできたので、問題なくどちらも合格。

正直、私立に行きたい学科受けていたので、話てみましたが

絶対にダメというので、

仕方なく公立へ。

 

中学の時も生きづらく、どこか消えてしまいたくなるんですが、生きてたらきっといいことある!と自分に言い聞かせ、なんとか生きていました。

 

高校生

 

一番行きたい高校でなかったこともあり

勉強そっちのけで遊び始める。

 

中学の時と比べたら

精神おかしくなるほどは病んでいませんでしたが、

相変わらずグループに入るのは苦手。

 

学校の外で、遊ぶ友人に多く恵まれ楽しい高校生活になりました。

好きなものが同じって

安心感が半端なかった!

自分の居場所がここにあるという感覚を

やっと味わえたなと今思い出しても思い出せます。

 

進学校でしたが、地元の短大一択のみの進学しか認めてもらえず

当時の私は、そこに全く興味も関心も欠片もなく、進学校から就職でした。

 

両親は、益々不仲。

このころは、もう離婚でもなんでもしてと思っていました。

なぜなら、母親が、不倫していたことを高校生の私に言ってきたことで益々違和感。

世間体って何だろうと考えた時期。

 

 

社会人

 

高校生活しながら、医療事務の講座を放課後受けに行き、なんとか仕事が決まりました。

 

医療事務というのも、自分で選択したわけではなかったのです。

当時は、紙カルテで、田舎の総合病院だったのでカルテも分厚く

腱鞘炎から、手根管症候群になり、退職か、手術と言われ、手術に抵抗があり退職。

 

貯めていたお金で20歳で、一人暮らし。

アパレルやったり、飲食店勤務したり、あらゆる職に就きましたが、一生続けたいと思うようなものに巡り合うことはなく。

履歴書に書ききれないほどの転職。

捉え方によっては、これは才能って思えるようになったのも最近。

昭和の時代の教育受けてきた人は、長く同じところに勤めることが良いとしている風潮があり、ずっとダメ人間って思っていました。

 

一人暮らしをしても、母親はしょっちゅう入り浸り。

正式に離婚が決まったのは、成人後だったので、しばらく入り浸り生活をされました。

 

私は、バイトなど3つ掛け持ちしていた時期もあり、丸1日休みを殆ど取っていない時期がありました。

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

20代前半以降は、またぼちぼちと書いてupしますので、気長にお待ちください☻

 




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