歯科医の言うとおり、虫歯の箇所が痛みだして、
アセトアミノフェンを飲んだのが昨日のこと。
(ロキソニン以外にもアセトアミノフェンとカロナールがあった)
一錠飲んでみて、また痛むようだったら次を飲もう…
と思っていたのだけれど、
結局、その時に飲んだだけだった。
痛みがないのではなくて、疼いたり、重たく感じたりはするものの、
今だ!と飲む決心をするチャンスに恵まれず、
ま、いいか…と延ばしているうちに、熱いものを食べた時以外は痛みがなくなってしまった。
鎮痛剤は心の痛みに効くものだろうか…
と自問してみたけれど、
結局は鎮痛剤云々よりも、
虫歯の痛みはいつあるのか…
の方の答えがでてしまった。
今日、ある打ち合わせがあって出かけてきた。
10日程前にあったものの続きで、
あまり気持ちが進まない状態だった。
行動を共にしている友人には、
「大丈夫痛くないよ」と言ってはいたのだが、
席に着いた途端に歯が痛み出した。
ああ、ストレスだ。
宿題になっているものをどう答えたらいいものか、
ずっと考えていて、
失礼に当たることも頭の片隅に置いて場に臨んだ。
前回とはメンバー構成も異なり、
「忌憚のない意見を」と発せられたこともあり、
正直な気持ちを伝えさせてもらった。
いくつか話をしたのだが、
娘を亡くしてから、以前の自分とは同じではないこと、
気持ちが元気ではない状態で、人間関係が難しいと予想されることにチャレンジできないこと、
を言葉にすることができた。
この後、友人の提案があり、その方向で進められるかもしれないということでお開きになった。
この後、どう転がっていくのかはわからない。
ただ、わかったのは歯が痛まなくなったということ。
(熱いものには痛いけど、通常では疼きも重さもない)
言葉に出して伝えることがどれ程大事なことかということ。
高校生活をスタートする時点で娘が言っていたことを思い出した。
「助けてもらうには知っていてもらわないといけないからね」
そう言って、クラスメイトに話せる範囲の病状を伝えていたのだった。
再発や転移をした際も担任の先生に助けてもらいながら、
説明をしていた。
娘の高校生活は病気と共にあって、
抗がん剤治療も放射線治療も手術もあった。
でも、入院しての治療も通院治療もしながら、
部活動の合唱に燃え、普通の高校生と同じように過ごすことができた。
そして、
「やりたいことは思っているだけじゃダメ、言葉にして言わないと」
そうも言っていたんだった。
娘はわがままと捉えられるようなことを言うこともあったが、
やりたいことをきちんと言葉で伝えられる人だったんだね。
だから、家族も友人たちも医師も先生もみんなが娘のことを応援することができたんだ。
やりつくした…と言ったら娘に叱られそうだけれど、
短いながらも充実した日々を過ごすことができていたのではないかと思う。
そうそう、「イラつく」「そんなことくらいで」
と、イライラしていたっけ。
時間がないことがわかっていたのかな…
今となっては全ての事が想像するしかない。
言いたいことがいっぱいあるんだろうな…
きっと私の耳元で大きな声を出して伝えているんだろうな…
残念だけれど、聞こえないよ。
せめてね、私は生きて声が人に聞こえるうちに、
やりたいこと(やりたくないことも)や自分の気持ちは
言葉に出して伝えよう。
そう決めたら、歯の痛みがスッと消えた。
体は正直ね。
