雨の日にきものを着る事について、もう少し
皆さんは、雨の日にきものを着て歩いている人を見ると、どんな印象を受けますか?
雨の日にきもので歩いているとき、周りの視線から相手がどのように思っているのかな、と推測してみると
・お仕事できものを着る人なのかな?
・お茶かお花の先生なのかな?
・何か行事があるのかな?
こんなところでしょうか。
実際に、そのように声を掛けられたことも何回かあります
私自身も、普段着できものを着たいと思ってはいるものの、残念ながら実際は、前もって予定したお出かけの時に着る事がほとんどです
ただ、私の場合はそんな日に雨が降ったとしても、予定通りきもので出かけますが、雨が降ったら着るのはやめておこう、となる人もきっと多いと思います。
確かにきものは、洋服に比べると動きにくいし、素材も洗えないものだと濡らしたくないので、どうしても敬遠してしまいますよね。
でも考えてみたら、洋服が日本に入ってきていなかった時代には、雨だろうが雪だろうが嵐だろうが、きものしか着るものがなかったのだから、みんなきもので出かけていたのですよね。
そんな、きものが当たり前だった時代の著者の本『幸田文 きもの帖』の中で、とても印象的な描写があるのでちょっとご紹介を
秋の長雨で、門から玄関への敷石道に脇に植えた萩が倒れ込み、足元が見えなくなっていて、そこを通る人の様子を描いているのですが
「そのかたは蛇の目を拡げてそれを横へ倒すと、自分はしおしおと濡れながら、たわわな萩の花を傘で軽く押しやります。そしてそのまま傘を緩く車のように廻しながら、敷石を一歩一歩と行きます。」
・・・これを読んだとき、私には思いもつかないその行動に、この時代の人々にとっては、きものを着ていること自体当たり前のことだったんだと、あらためて実感しました。
傘を足元に持っていけば、自分は当然濡れるわけで、きものだったら私はそれをできるかなあ、だけど洋服だったら、他に方法がなければそうするだろうな。。。と。
そしてまた別の視点で、きものに蛇の目傘で雨の日のお出かけをしてみたいなあ・・・などと思うのでした
現代でも、もう少し普段着きものが市民権を得て、雨の日にきものを着ている人を見かけても「あの人はきものが好きなんだな。」くらいに受け止めてもらえる日が来るといいなあ