アーサー・コナン・ドイルの『クルンバーの謎』を読みました。ドイルの非シリーズものを集めた短編集です。
タイトル作「クルンバーの謎」は本書収録作中圧倒的に長く、中編あるいは長編といってよい長さがあります。スコットランド辺境にあるクルンバー館。ここにインド帰りの陸軍少将がやってきて籠城を始める。そこに嵐の中、3人のインド僧がやってくる、というお話です。
本作を含め、一篇を除き、本書収録作品のすべてが東洋からのイギリスへの脅威をテーマとしています。「茶色い手」もインド絡みの話。インドから仏教僧がイギリスに来るという話は、ウィルキー・コリンズの長編『月長石』を思い起こさせますが、影響はあると思います。あるいはドイル自身の作品で言えば、ホームズものの第二長編『四人の署名』に似たところのある話です。
「競売ナンバー二四九」、「トトの指輪」はエジプトのミイラにまつわる話。これらの作品に見られる東洋の描き方に差別意識や、外国嫌い(xenophobia)を見ることはたやすいですが、そう簡単なものでもないようです。大英帝国の科学力と、東洋の未開の地の迷信との対立という構造は見えますが、ドイルはオカルト信奉者であり、ある種の憧れ、あるいは植民地支配に対するうしろめたさがあったのかもしれません。東洋の神秘については「クルンバーの謎」の補遺「神秘哲学概説」が興味深いものです。
なお、のこりの一篇「血の石の秘儀」は古代のドルイド教にまつわる話で東洋の話ではありませんが、当時のイギリスから見れば異質な存在という意味では東洋もドルイドも同じようなものかもしれません。