松山巌著『乱歩と東京 1920 都市の貌』を読みました。日本推理作家協会賞の評論部門賞を受賞しています。

 

 江戸川乱歩が主に活躍した1920年代-大正時代-を乱歩の作品を通して考えるという趣向の本です。同種の本はその後でていると思いますが、本書は先駆的な試みかと思われます。

 

 例えば、カメラ・写真技術の輸入が日本人にもたらした影響をパノラマ技術を通して考えており、具体的には『パノラマ島奇談』が論じられています。写真の登場が鏡の嗜好へとつながったという指摘は鋭く、ここでは「鏡地獄」などを取り上げています。

 

 あるいは明智小五郎は当初高等遊民として登場しますが、「D坂の殺人事件」を通して当時の遊民について考えています。居住空間の変容が「屋根裏の散歩者」を生みました。あの作品で描かれるような屋根裏は、この時代以前にはなかったようです。当時のアパート文化にも触れています。

 

 あるいは姦通について。今はない姦通罪があった時代で、しかも男女不平等の法律でした。乱歩の不倫の話「お勢登場」らを取り上げて論じています。さらにはスワッピングと題した章があります。乱歩といえばエロ・グロのイメージが強いですが、避妊の知識(20年代には一般的ではなかったとのこと)などを「覆面の舞踏者」を中心に考察しています。

 

 友人の横溝正史が地方の山村を舞台としたミステリを得意としたのに対し、乱歩は圧倒的に都会を舞台とした作品が多く、怪人二十面相も群衆の時代ゆえに登場しえた存在です。後期の少年探偵団シリーズが魅力を失うのは、町の様相の変化を関連しているようです。

 

 江戸時代が終わり、西洋文化を急速に取り入れ、変化していった東京の姿は、日本人の心のありようの変化と連動していたようです。そのあたりに興味のある人は本書を楽しめると思いますが、ミステリ的興味の本ではないため、ミステリ的面白さは勿論ないし、あるいは乱歩自身についての考察といった性格もそれほど強いとは言えません。

 

 当時の東京の風景を映した写真を多数収録しています。