奥泉光さんの『死神の棋譜』を読みました。

 

 将棋界に取材したミステリです。羽生善治さんをはじめとする実在のプロ棋士の名前がたくさんでてきます。棋譜もでてきますが、これはプロ棋士の人に作成してもらったそうです。

 

 プロの将棋指しになるためには奨励会の3段リーグで優秀な成績を収めなければなりません。ひじょうに狭き門で、年齢制限でプロになる夢に破れ、奨励会を退会していく人も少なくありません。本作の主人公もプロを目指して奨励会に入りながら、夢破れた人です。登場人物たちの多くがこうした将棋に魅せられて闇に落ちてしまったような人たちです。

 

 謎の詰将棋がキーとなります。この詰将棋は不詰め(詰むことのできない、出来損ないの詰将棋のこと)だったが、これに取りつかれて行方不明になる男。北海道にある謎の組織、棋道会。主人公は手掛かりを求めて北海道に行き、炭鉱跡の穴に入っていくと…というストーリーです。

 

 失踪する者がでたり、死体が発見されたり、一応ミステリ的興味はありますが、本格ミステリと期待して読むと、少しがっかりするかもしれません。登場人物の幻覚なのか、実際に起きていることなのか曖昧なところもあり、幻想小説的味わいもあります。『葦と百合』(個人的には著者の最高傑作だと思っている)にもたしか幻想と現実のはざまを行くような描写があったかと思いますが(記憶があいまいだが…)、著者らしい作風とも言えます。

 

 どちらかというとミステリ・ファン向けというよりも、将棋ファン向けという気もします。私は長年の将棋ファンなので、将棋に関する蘊蓄の部分も楽しめ、全体的に満足のいく読書でした。逆に言うと、将棋に関心のない人が楽しめるかは疑問です。それだけ将棋色の強い作品です。将棋ミステリなら『将棋殺人事件』(竹本健治)、『殺人の棋譜』(斎藤栄)などの方がミステリ色が強く、ミステリ・ファンにはお勧めです。