マーク・トウェインの『アーサー王宮廷のヤンキー』を読みました。トウェインはアメリカ文学の源流とも言われることのある19世紀のアメリカ作家で、一般的には『トム・ソーヤーの冒険』とか『ハックルベリー・フィンの冒険』で知られています。そのトウェインによるSF風の長編小説です。

 

 原題はA Connecticut Yankee in King Arthur’s Courtで、アメリカ東部コネチカットの工場で働く男が中世イギリスにタイムスリップしてしまう話です。1889年発表の作品で、H・G・ウェルズの『タイム・マシン』よりも早い作品になります。つまり、タイム・スリップものとしてはかなり早い作例になりますが、作者がそれほど時間旅行を意識しているとも思えないので、重要なことではないかもしれません。

 

 コネチカットはアメリカ北東部に位置し、当時のアメリカでは工業化、機械文明化が進んだ地域であったようです。つまり、主人公はひじょうに(19世紀における)現代的な人間なわけですが、それが古さを象徴するアーサー王の宮廷に現れたらどうなる、という興味の物語です。アーサー王と円卓の騎士の物語はゲームを通じて今日の日本の若者にも馴染みのある物語になっているようです。本作はアーサー王伝説を集成したトマス・マロリーの『アーサー王の死』を元ネタとしており、マロリーの本を読んだことが本書執筆の直接の要因であったようです。

 

 ユーモア作家らしいコミカルな点もあります。日食を予測して宮廷の人々の信頼を得たり、新聞を発行したり、中世には知られていなかった知見を用いて主人公は宮廷で活躍していきます。そのあたりは楽しく読めると思います。

 

 ですが、基本的には『ガリヴァー旅行記』を思わせる風刺文学です。それも中世のイギリスというよりも19世紀のイギリス(あるいはアメリカ)社会を風刺しているように思われます。お馴染みの人物も登場しますが、アーサー王の宮廷という舞台は当時の社会を風刺するために利用されているだけのように思われます。奴隷制度の残酷さ、教会の腐敗、権力者の傲慢さや愚かさ、などが笑いものにされます。そのため、アーサー王、ランスロット、ガラハッド、マーリンといった登場人物に愛着があるアーサー王伝説ファンが読むとどう感じるのかは疑問です。

 

 マーク・トウェインは後年はペシミスティックな作品を書くようになり、初期の冒険物語とは大きく印象のことなる暗い作品を発表するようになります。本作はその過渡期にある作品のようで、トウェインらしさが良く出た作品と言えるかもしれません。