ジャン・レーの『マルペルチュイ』(Malpertuis)という小説を読みました。レーは20世紀のベルギー作家。『マルペルチュイ』は1943年の作品で、レーの代表作。かつて日本でも「妖精文庫」という叢書(月刊ペン社)に訳出されていました。しかし、妖精という言葉から想像されるようなメルヘンチックな作品ではなく、ハードな幻想文学の傑作です。
 ハインリヒ・ハイネの言う「流刑の神々」の物語。流刑の神々とは、キリスト教の広まりとともに駆逐されたギリシア・ローマ神話の神々が妖怪とか妖精とかに身をやつして生き延びている、というアイディアで、ハイネのほか、イギリスのウォルター・ペイターやヴァーノン・リーも「流刑の神々」の物語を書いています。また、柳田國男がハイネに影響されて『妖怪談義』を書いたことも有名。柳田によれば、仏教伝来とともに駆逐された日本古来の八百万の神々が、河童や天狗などの妖怪になったのです。
 マルペルチュイとは、こうした流刑の神々を封印した悪夢の館。オリンポスの神々はカッサーブという黒魔術師によってマルペルチュイに捕えられ、剥製の人型に閉じ込められる。失墜した神々と人間が交わり、デミ・ゴッド(半神)が生まれる。ジャン・ジャックという名の半神(自分の神性を知らない)の一人称で主に語られ、彼にゴルゴンや復讐の女神が恋する、という物語です。根本にある思想は「神が人間をつくったのではなく、人間の信仰が神をつくった」というものです。
 ジャン・ジャックの語りの他に、アナカルシスという水夫や神父の告白などが挿入され、重層的な語りの構造をもった作品です。そのことも手伝ってか、お世辞にも読みやすい作品とは言えません。しかし、幻想文学ファンなら読んで損はない作品。印象的な挿絵もついています。