寝る前、レトルトパックのおかゆを食べようか、我慢しようかと悩みながら、ひょいとTVをつけて、カンブリア宮殿を見た。
スーパーホテルの紹介番組だった。

思ったのは、一度でもビジネスホテルに泊まったことがあれば、普通の感性の持ち主であれば、誰でも気がつくことなのだが、、、経営者達は一人も、自分のホテルに泊まった事が無いのだろうか、と言うこと。

スーパーホテルで目指している事、実現している事、経営方針としていることは、別に特別な事ではなく、宿泊経験のある社会人、誰でも口に出していることではないだろうか。

家庭電化製品でも、この手の勘違い製品は、日頃、よく目にする。
シャープだったか、左右どちらでも開く冷蔵庫があった。
20数年前だったか、それを売りにしている時期に購入したのだが、扉の取っ手が極端に掴みづらくて、少年の頃スポーツマンだった、体重80kg以上の私が、扉を開けようとして、手を滑らせてしくじった事が良くあった。

扉に物を一杯つめて、料理でぬれたり油がついた手で扉の取っ手を掴んでも、滑って開けるのにしくじる事がよくあった。
メーカー、販売会社の社員が、一度でも自分でその冷蔵庫の取っ手を掴んで、扉の開け閉めをやってみれば、簡単に分かりそうな問題であった。
設計図面や、デザインにばかり気を取られて、現実に使用してみるということを怠ると、よく陥りやすい不具合である、、、と思っていた。

社会人として、メーカーに勤めて、その会社の体制や気風を感じてしまうことが多いが、その点で一番、安心したのは、ナショナルと日立。
製造現場の中卒や高卒の低学歴者にも製品のチェックを任せる仕組みが出来ている、あるいはそのような社風が確立していると感じていたもの。

彼らは、実際に使用してみて、製品のチェック、評価を行う。
設計図面や電気的性能や、欧米の教科書に乗っている信頼性試験項目だけに囚われて、実際に製品に手を触れて使ってみると言う事を怠るのとは逆の姿勢を見せる。

加速度試験で、構造的強度を試験する場合も、彼らの特徴は、実際に台車に乗せて、悪路をごろごろと引っ張りまわしてみる。
一方、学卒者は、欧米の教科書を探して、振動(加速度)試験機なる、電気バイブレーターの大型の機械に取り付けて、加速度計で計測しながら、低周波振動を与えて試験する方を選ぶ。

『理論的』に説明できるからである。
これは単なる空想だが、ナショナルなどは、電気洗濯機の性能試験は、中卒や高卒の低学歴者の作業員が、実際に使用してみて評価する社内体制が出来ているのだろうと、、、思う。
日立などもその傾向が強いと思う、、、実感として。

世の中の色々な商、工業製品を見るときに、私などは、選択の第1関門として、そのメーカーにこのような雰囲気があるかどうかを、思う事にしている。
つまり、欧米の教科書の記述だけに感性のすべてをゆだねて、自分自身で実際の生活環境の中で現実に使用して、自分の頭と感性で考え、評価し、製品として世に出しているかどうかを、直感的に判断して、選択の最初の基準としている。

社長の言葉で、抜けていると感じたことがある。
『一人の利用者に不満を抱かれると、その利用者はリピーターになってくれない』、、、と言うもの。
社会経験が浅い!!!  と感じた。

社会的活動を営みながら生活している人が、不満を抱いた時は、、、その周囲の同じ職場環境の社会人の、少なくとも20人くらいにその不満は伝播する。
その環境の世界の20人に伝播した不満は、その周辺の環境の200人くらいにはあっという間に伝わってしまう。

その時に、否定される選択から逃れるには、顧客を絞っているという、評判であろう。
宿泊客全員をまとめて面倒見ようとすれば、全員に『あそこはダメ!!』となるが、『ビジネスで出張する時はいいけど、、、』であれば、『出張の時は問題なし』という選択になる。

30年前、中小企業診断士なるものが創設されて、新聞などでよく言われていたのは、世の中の甘いも酸っぱいも全部経験済みの、したたかな中小企業の親父が、全ての生き残り手段を失って、最後に思い余って相談に来る。
それに対して、経営の教科書を丸暗記して、実社会経験の殆ど無い、青臭い若者が『中小企業診断士』の看板を掲げて、どんな相談に乗れると言うのか、、、というもの。

今の世の中、コンサルタント氾濫の世界である。
自称コンサルタントを名乗る、自称専門家が氾濫している。
社会を舐めてかかっている。

あるいは、マニュアル人間の行き着く先なのか?
傍らにマニュアルなるものをおいて、耳に飛び込んでくる言葉を、意味も分からず無条件にマニュアル中の言葉に引き当て、断定的に言葉を口走って、、、私、専門家ですので、、、オホホホホ、、、

第3者の目で見るということは、確かに新鮮味はあるが、たった一つの企業の中で経験した事だけを振りかざしていたり、
あるいは、教科書に書かれていることを丸暗記して、その言葉をなぞるだけであったり、
幾つもの企業、社会の中で生き残れずにはじき出されてばかりいた人が、成功の秘訣を伝授するとのたまったり、、、。

自ら思考し、悩み、実行してみることを辞めた人からすれば、ほんのチョット小才のきいた人が、無責任に第3者的に評論する事は、新鮮に聞こえるのかもしれない。

そう言えば、札幌に逃亡してきた時に受けた職業訓練で、コンピューターの基礎なる学科があった。
講師は富士通のシステムエンジニアと言うことだった。
彼が言うには、コンピューターは2進で全て構成されている、
だからコンピューターが設計できたのだ、と言うものだった。

私は言ってやった。
一つ一つのゲートはON/OFFの2値の電子回路であるが、プログラムなどの情報処理部分は、その2値ゲートを組み合わせて16進で1つの単位を構成している。
しかし、そのゲートを2値にしたのは、そのほうが電子回路を設計する上で簡単だからに過ぎない。

16進のゲートが簡単にできれば、16進の電子回路でコンピューターを設計する事だって出来る。

その富士通のシステムエンジニアという触れ込みの講師には、言っている事の意味が、、、多分、、、理解できなかったようだが、、、。

教科書を無思考的に、無批判的に、そっくりそのまま猿真似的に丸暗記することに汲々とすると、本質的なことがまるで見えなくなってしまう。

昨今話題になっている、イギリス人女性英会話講師殺人事件での裁判長の判決文『32歳と若い事、初犯であること、一人しか殺していない事を考慮すると、死刑には出来ない』などは、まさに教科書に書かれている『文字面』を丸暗記す事に汲々として、人間社会を考え、個々の人間を考え、裁判と言うことの意味を考えると、出てこない言葉であろうと、、、思う。

市中引き回しの上、広場で八つ裂きの刑しか、妥当な判決は無かろうと、、、思う。
カンブリア宮殿の司会進行役の男性の説明も、その範疇で、感じてしまう。
甘い!!!
未熟!!!
若い!!!