飲酒運転の大きな事故の報道が続いて、その罰則も強化されだした。

車を運転していて、最初に自分の運転能力が落ちたと実感したのは、40歳を過ぎた時である。

ある時、いつもの感覚でブレーキを踏んだ時、いつもの感覚で自分の車が減速しない。

あわててギュッと強くブレーキを踏んでしまい、「あれ?  どうしたんだろう?」と思った事があったのが、気づいたきっかけである。

その後、少し注意して自分の運転を客観的に観察し始めた。

 そして気づいたのが、どうも、ブレーキを踏み始めるタイミング、前の車の減速具合を判断してそれに合わせて減速する反射能力、周囲の車の動きを察知するタイミング、どれもが少し遅くなっている。

「気持」は30代の頃の運転感覚のままなのだが、実際の車の動きが遅く、鈍くなっているのに気づいた。

 気づいてからは勿論、気持ちを切り替えて、「今、感じているこの感覚は『遅い』のだ」、と自分に言い聞かせて運転するようにしていた。

 それよりさらに運転技術が低下しているのに気づいたのは、50歳を過ぎた時である。

丁度40歳のある日に感じたことと同じ経験をしたのである。

 車を運転していると、そこは自分だけの世界(他人を載せている時も)になる。

意外に自分を周囲の交通環境の中で冷静に観察する事はないものである。

原因を周囲、あるいは相手の車の運転ぶりに帰して、自分の車の挙動はどうだったのか、冷静に判断する気持が無くなっている事が少なくない。

 あるいはその人の人格や社会人としての成長度合いがあからさまに表れてしまう事が多い。

(女性ドライバーの運転ぶりにそれが特に強く現れる事が、経験的に、多い)

酒を飲んだ状態では、さらにそれが強く現れるのだろう。

 今はそんなことはできなくなったようだが、私も多くのサラリーマンと同じように、終電の後、駅のホームのベンチで朝まで寝ていたり、公園のベンチで朝まで寝ていたり、酔っ払っている時は自分のそのような行動に対する判断力や自制心が働かなっていくようである。

私は経験がないが、駐車場のどこの誰のかも知らない車の下に潜り込んで、そこで一夜を明かしたという同僚もいた。

 何十年か前は単なる笑い話であり、それで強盗に会うという事もなかった。

優しさが社会から消えていく。