あなたは既に全てを持っている!〜あなた自身の経験、知識、想いや情熱を資産に変換させる究極の方法〜 -36ページ目

あなたは既に全てを持っている!〜あなた自身の経験、知識、想いや情熱を資産に変換させる究極の方法〜

ゼロから始めて資産を形成することは本当に可能なのか?現在が人生で最も『どん底』だと感じている人でも経済的に豊かになり心が求める人生を追求してゆくことは可能か? それらを具体的に検証し、有意義で実行可能な情報、アクションプランをシェアします。

今朝、車に乗ってて久々に聴きましたよ。


アルファステーション(京都のFM)。

朝のパーソナリティは佐藤弘樹さんです。
佐藤さんの『声』凄くいい。

少し低めの、声のトーンがグッと入ってくるんです。


ワンポイントイングリッシュというコーナーで
今日は和製英語の「ムードメーカー」という
言葉について話されてました。

毎回、本当に勉強になります。
(もう何年も聴いてませんでしたが…すみません。)

改めていいなって思ったんです。



僕は、聴覚タイプなんです。
視覚も強いと思うんですが、
やっぱり聴覚タイプだなあって、思うんです。

何かの勉強をする際も、本は結構読むんですが
読むのは早くはないです。

結構、ページを凝視してしまうので
なかなか速読モードにならないんですね。
一言も逃さず、こぼさず全部って思ってしまうので
意識的に切り替えようとしてもなかなか
上手くいきません。


それに比べると、ヘッドホンやイヤホンをして
『音声』学習は集中できるし、
言葉自体の情報以外にいろんな情報を感られて
五感的に障害なくスーッと入ります。

特に、声がいい人(あくまでも自分にとってですが)
の話は興味が湧くんです。  

小説を読んで、その情景を自分なりにイメージし
それを膨らませるように、

声から、音から入ってくる内容を
自分なりにイメージして膨らませるのが好きだし、
得意だし、向いてるのかなと思うのです。



こんな聴覚タイプの僕ですが、
困ったこともあります。

ひとつは、耳クソが人より早くいっぱい溜まること。
(これがどう関係してるかは不明です。 たまたまかも)

もう1つは、
音に敏感で、周りの音が気になってしょうがないという事。

何か本を読んだり、書いたりと集中して作業に
取り組もうとしてるのに、
『なんか雑音多いな』って感じてしまうともうダメです。

気分転換に、何処かでカフェやなんかに行って
続きをやろうとすると隣の客の会話がどんどん頭の中に侵入してきます。

遠くに席を変えても、聴こえてきてしまうんです。

外に出て、公園に行ってベンチで続きをと思ったら
何故か老人が寄ってきて、また別の老人もやってきて
真横で会話を始めたりします。 不思議です。

図書館とかが1番静かでいいのだろうと思うのですが、
夜とかはやってないので、
なかなか音が無いところって、
探しにくいなと思いながら
『あ、ネットカフェ!』って思って行くんです。


そしたら隣の、横か前かわからないけれど、
『ぐーぐー、グググぐー…グググ…ガー』と、
ものすごいいびきが聴こえてきます。

ヘッドホンをしてても、かすかに聴こえてくる
その、いびきに全神経を引っ張られてしまうのです。


やはり自分なんで、
外の音より早く、こちらが

音が聴こえないくらいに完全に集中して
没頭する以外ないので『音速』を超える『光速』で
トランス状態に入れる技を身につけようと思います。



そんなのできるのかな?

いろいろ調べて試してみます。

今日は、毎月定例のランチセミナーの日でした。

ひと月、間が空いてしまったのですが、
今日も何とか無事終えました。

飲食店のオーナーさん達がメインの参加者で、
ランチを食べながら交流します。

その前に2時間程ミニセミナーを行うのですが、
結構いろんな話をします。

昨年は1年間を通して
お店の魅せ方や伝え方の話、
時にはマーケティングの一見難しそうな話を
噛み砕いて話して見たり、

接客の話やスタッフの育成や
コミュニケーションの話などもしました。
インバウンド対策の話やリスト(顧客名簿)を
作って行く具体的な方法と売上に繋げる方法なども
話しました。



ずーっと話してきてわかりました。

皆さんの現実は、
わかったとしても、
実際に実践する余裕がなかなかないということ。



なので、
実践で直ぐに使える何かに落とし込んでおかないと
行動に移せず、
逆にフラストレーションが溜まるのだということ。

そして、1つに絞り込むくらいの事をしないと
行動がぶれるという事も改めて感じました。



自分自身の事も含めて
実践で使える、
テンプレート(ワークシート的な)や
チェックシートを作りこむのがと
ても重要だと思ったのです。


今年は、徹底してそれらを作り込もうと決めました。
やっぱり、行動に移し易い事を伝えて行くのが重要だと思うのです。


バックトゥーザ・フューチャー2の舞台となる
『フューチャー』は今から2年前の2015年でした。
2年前は、いろんな人が
結構、それをネタに話してましたね。



昨日、なぜか深夜に、
エヴァンゲリオンのテレビ放送の
第1話が観たくなり結局5話まで観てしまいました。
(その前の日は、Amazonプライムでウルトラマンの第1話を観てました。)

シンジ君がネルフに急に連れて来られて
半ば強引にエヴァンゲリオン初号機に乗せられ
使徒と戦わされたのも
2015年の出来事なんですね。


同じく、2015年。

とうに過ぎた年ですが、
映画のバックトゥーザ・フューチャーも、
アニメのエヴァンゲリオンも
それぞれ違う、10年から20年先の近い未来を
描きました。

方や、町中の車は空を飛び、空は行き交う車で
凄いことになってるし、

もう一方は、
少年がデッカい人造人間の中に入ってシンクロして、
地球にやってくる訳のわからない敵の生物と戦う。


勿論、ストーリーも全く違うし、
描いている時代の状況や背景、
言うなれば世界観そのものも違う。


未来を描くというのは、
想像の世界を創造するということだと思います。

全て仮定にも基づいて描きますが、
『今』をわからないと、その先にある未来を
イメージすらできないとものだなと改めて
考えさせられたんです。

そして、未来は『自由に』描けます。
その通りなるかどうかは別の話で、
少なくとも『未来を描く』積み重ねで
世の中は変化し続けてるんですね。


僕が未来を描いたストーリーに
個人的にワクワクを感じるのは
そこに可能性を感じるからなんです。

未来に希望も絶望も、平等に感じられますが、
どんな時でも、希望の方を『選らべる』可能性だけは
残されてると思うのです。

常に『今』が未来を選んでるんですけれどもね。



ま、こういう話は長くなると訳がわからなくなるので
また別の機会に考えて書こうと思います。


しかし、何故2015年なんでしょう?


今で言うと、2035年とか2040年という感じかな?
世代が1つ交代するかしないかの微妙な未来ですね。


これをきっかけに、
描いてみようかと思います。