CAFE‐HOME MEMO

CAFE‐HOME MEMO

コーヒーとデザインと思ったことについて書き留めておくアイデア帳


ONE CUP, ONE CUSTOMAR   Cafe-HOME
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俺がベランダでタバコを吸っていたらケータイが鳴った。

誰だ、こんな中途半端な時間によー、と思ったら電話はすぐに鳴り止んだ。
日曜の20時頃だ。

ケータイをみるとおふくろからだった。

なんとなく嫌な予感がした。

滅多なことがない限り電話してこない親だ。


学生の頃、地方出身の友達と渋谷をブラブラしていたら地震が起きた。
信号機やショーウィンドウが目に見えて揺れるくらいの、大きな地震だ。小さな悲鳴もいたるところであがった。
友達のケータイにはすぐに親から電話があった。

俺のケータイはただの金属とプラスチックの塊。うんともすんともない。


実家が泥棒に入られたり、弟が実家の寺を継いだりといった、結構大きなニュースのときも基本的に電話は鳴らない。
ちょっとした疎外感を感じたほどだ。


そんな放任主義の鏡である親から、日曜の夜に電話だ。
よっぽどのことがあったんじゃないかと、気が気じゃなかった。


すぐに折り返しをした。

もしもし。俺だけど!どうした!?

ーーー・・・今大丈夫?

おう、大丈夫だよ。どうした?

ーーー今パソコン開ける?

??・・・うん、開ける。

ーーー今からいうアルファベットを入力してくれ

・・・わかった。何なん?大丈夫か?

ーーー(無視)ジェイ、エー、イー・・・

・・・入力した。イオンが出てきた。

ーーーカルチャークラブってのがあるでしょ、それをクリックして。

クリックした。なんか講座がたくさん出てきたけど。

ーーー折り紙のみてみ。

折り紙ね、開いた。

ーーーお母さんの名前がのっとるだら。こんど折り紙の講師をやることになったぞ、すごいだろ。

・・・


めちゃくちゃ心配した俺が馬鹿だった。
おふくろは、田舎のイオンで開催している、折り紙サークルの講師をやることになったことを自慢したかっただけだった。

ふざけやがって!!
一瞬イラっときたが、怒り3割、安心7割。

ともあれ、何事もなくてホッとした。



確かに、おふくろの折り紙はハンパない。
幼いことみんなが作ったことのある、「鶴」とか「兜」とかいった、一枚の紙から一つの形を作るという折り紙とは違う。

小さな紙片を折って一つのピースを作り、それを組み合わせて一つの形を作り上げるといったもの。
出来上がる形は、人形やオブジェといった立体物だ。

ピースの数は、一つの作品で数百を超える。
プラモデルもパーツが多いほど精巧さを増すように、折り紙でできる作品もディテールがすごい。

想像しただけで気が遠くなる。
試しに作ってみようかと思ったが、ゴールまでの道のりが果てしなくてあきらめた。


そんな果てしない作業の成果を、前に実家に帰ったときに、段ボール一箱分見せられた。
作品の出来も感心したが、その作業の過程を想像して、マジすげえと思った。


手先の器用さはそんなに必要ないが、相当根性がいる作業だ。マッチ棒で戦艦を組み立てるみたいに。
好きじゃなきゃできない。


段ボール一箱の作品をみたときに、「これは俺にはできない」って思い、気持ち的に完敗した。
年とってんのによくやるわ。



若くなけりゃできないことってたくさんある。
ただ、年をとってもできることもたくさんある。
というか、年をとっただけの経験値や知識がないとできないとこもたくさんある。


おふくろの努力の形が、講師という結果を生み出したという事実は、なんとなく元気をもらった。

今しかない、って焦りがちだけど、この先自分がずいぶん年をとったとしてもできることはたくさんあるんだって気づかされた気がした。

老後になにをやろうか、って今から考えるのは早すぎるけど、これからあれこれ見つける楽しみが無限にある。

年をとるのも悪くないな、って思った。





みなさん、超久しぶりです。

どれくらい久しぶりかというと、最終更新が去年の7月だから・・・えーと実に8ヶ月ぶりですか。
なぜ更新していなかったかというと、特にネタががなかったからです。

毎日ブログを更新している人は、俺みたいに「ネタがない」なんていう人間にこう言います。

「ネタがないわけじゃなくて、ただ怠慢なだけだ。同じ日なんて一日たりともない。毎日がネタの宝庫だ。書く気さえあれば、一日に5回でも10回でも更新できるんだ」と。

俺は言い返す。

「俺は自分が納得できるネタじゃないと書かない。ネタのハードルが高いんだ。くだらない記事を量産するより、質のいい記事を少しずつ書くのがポリシーだ」と。

そして、実に8ヶ月ぶりに書く記事というと、「うんこ」みたいにくだらない記事です。
もう、ポリシーもくそもありません。
上で言い返してたことは、言い訳以外のなにものでもありません。

毎日ブログを更新している人が言うことは正しい。単に怠慢なだけでした。


と、いうわけで「うんこ」みたいな記事を書きます。




先日、プリンタ用紙が切れたので横浜のヨドバシカメラに行ってきた。
そこで、とんでもなく滑舌の悪い店員にであった。


そもそも、俺は滑舌がずいぶん悪いほうだ。
人に「俺は滑舌がずいぶん悪いほうだ」と話すときに、すでに「滑舌」という単語が言えてないくらいだ。
会社で電話に出たとき、「はい、○○社の三輪です」と丁寧に名乗っているが、8割くらいの確率で、「三輪さんはいますか?」と返される。

学生時代にニューヨークにいったとき、スターバックスに入ったのだが、現地のスタバではオーダー時に名前を聞かれ、ドリンクが出来上がったら名前で呼んでくれる。
俺の名前は「ミュウーイワ」と発音され、カップに書かれていたスペルは「MYUUUIWA」だった。
店員もちょっとおかしいって気づけよ。

ここまで滑舌が悪いと、世間的には「プロ」と呼ばれてもおかしくはない。
滑舌悪さのプロフェッショナルなのだ。



そんな自称「プロ」の俺が驚いたくらいだから、ヨドバシの店員の滑舌の悪さっぷりは、世界ランクでも上位に入っているのは間違いないと思う。


その日は会社帰りだったから、時刻は21時くらいだった。
俺は目的のプリンタ用紙を見つけて、レジに向かった。

平日の21時となると、店内はかなりガラガラで、レジに並んでいる人もいなかった。

レジカウンターには、スポーツ刈りで眼鏡をかけた小太りの店員が立っていた。名前は「田中」だったと思う。



田中は、俺がカウンターの前に立つと、頭を下げながら「うへっ!」と言った。

いきなりのことに、俺は戸惑い、「はい?」という顔をしたが、田中は無言でプリンター用紙を引き寄せると、バーコードを読んだ。

そして田中は、「よぽいとかをはおもらららら!」と言った。

ここですかさずヨドバシカードのポイントカードを出せたのは、自分でもファインプレーだと思う。
プロだからできた行動だったと言える。

田中を見ながら俺は思った。
「こいつの滑舌の悪さは尋常じゃねえ。滑舌悪いのと早口が混ざって、わけのわかんないことになってるぜ」
おそらく最初の「うへっ!」「いらっしゃいませ!」を表現した田中語だったのだろう。

その後田中はじゃふがあああひせてもいす!のぽはいはあせれれれれれ!」と言っていてたが、完全に理解不能だったので、とりあえず「はい」とうなずいた。

しばらく「ふぉふぉいとぽんかいや!」などと独自の田中ワールドを展開したあと、商品を差し出した。

俺が「どうも」というと、田中は満面の笑みを浮かべながら「しゃっ!」と言って頭を下げた!

最後の言葉は日本語に訳すと「ありがとうございました」だろう。

店内ガラガラで急ぐことはないんだから、もっとゆっくりはっきりしゃべれよ、と思ったが、俺も人のことは言えないのでその言葉は飲み込んだ。



田中語に触れたい人は横浜ヨドバシの3Fにいくと良いでしょう。



「NAVITIME」ってサイトがある。

TVCMやってるし、あちこちで広告出してるから、大体の人は知ってると思う。バリバリ使ってる人もいるかもしれない。

俺は「乗り換え案内のちょい詳しいヤツ」って認識を、ついこの間まで持ってた。
NAVITIMEの出始めの頃は、その認識で間違ってなかったと思う。だけど、いつの間にか「総合的なナビゲーションサイト」に成長していた。

驚いたのが「トータルナビ」というやつで、自宅と目的地を設定すると、「電車の時刻」や「どの車両に乗るのがベターか」はもちろん、駅から目的地までの地図までも示してくれる。要はドアtoドアのコースをナビってくれるわけだ。

これは俺にとってはすごく画期的なシステムである。
というのは、誰もが認めるほどの方向音痴だからだ。

例えば、歩いていてT字路にあたったとする。目的地までの道は2択であるけど、俺はその2択を多いにミスる
確率的には50%の正解率であるはずだけど、経験上50%を確実に下回ってると思う。

コイントスで裏表を当てるのも50%であるが、片面に重りをくっつけると、当然その確率は変動する。
それと同じように、T字路の2択も「方向音痴」という要素が介入すると、パーセンテージが乱れてしまうんじゃないか。
絶対的にニュートラルな存在である2択であるからこそ、ちょっとした異分子がもたらす影響が大きいのかもしれない。


特にカッコ悪かったのが、旅行に行ったとき。
女の子もいたんだけど、その子が歩いてる途中に気分が悪くなってしまった。
「もう少しだけ頑張って。早めに目的地に着こう、荷物は持つよ」とここ一番のジェントル・パワーを発揮して先導したところ、見事に道に迷った。
「多分こっちだ」と進んだ道が更なる路地に迷い込ませ、人に道を聞いたり、10m置きくらいに地図をみたりして、ようやく目的地に着いた。
その頃には、俺が疲れるほど歩いたし、到着も遅れたしで、かなりシリアスな空気が流れてしまったことがある。

更に困るのが、世間一般的に「男は方向感覚がある」っていう認識があるから、道を間違えたときに「コイツ、できないヤローだ度」飛躍的にアップしてしまう。
男がみんな方向感覚抜群なわけねえ。俺が進んで被験者になるから、この認識を科学的に翻してほしいくらいだ。


そもそも方向音痴には2パターンあると思う。
1つは体の中のコンパスが常にくるくる定まらない、体質的なもの。これは先に書いた2択をミスるような、直感を毎度空振りするタイプの方向音痴だ。
急いでいるときや、重い荷物を抱えているときに限って、この体質が顔を出す。そういう時は心から瞬間移動したい気持ちでいっぱいになる。

2つ目は、地図が読めないパターン。厳密に言うと2Dの地図と3Dのリアル世界をうまく体系化できないタイプだ。
これは地図みながら迷うという離れ業をやることである。
地図をみれば、「あそこにAビルがあり、そこに歩道橋があり、後ろに駐車場があるから、目的地は右方向だ」と分かっているが、実際にその道に立つと、「Aビルと歩道橋と駐車場は確認できたが、で、どっちだ?」となるわけである。

地図は理解できる。地図を書いて人に道を教えることもできる。
ただ、いざリアル世界に立つと、地図上では理解できた目印と目印の相関関係が、どうにもあやふやな感じになる。

そして俺は2パターンの両方を身につけた、同情されるべきどうしようもない人間なのだ。



ただ、一流の方向音痴として言われてもらうと、迷うことはある場合において、そんなに悪いことじゃない。

例えば、道を一本ずらした通りで、すごくいい雰囲気の店を発見したっていうような経験は誰でもあると思う。

俺はそんなサプライズに遭遇する確率が、正常な方向感覚を持つ人より断然高いのだ。
もちろんその裏には、体力と時間を無駄に消費するという、多大な犠牲を払っているわけだが、やっぱりたまにいい店を発見すると嬉しいものだ。
その他にもガイドマップには載ってない絶景スポットに巡りあったり、迷って適当に通った道が近道だったりと、犠牲をチャラにできるような幸運に遭遇することだってあった。

迷った末の新発見ってのは、道だけじゃなくて、ネットでも言える。
目的のサイトを探してあちこちページを開いている途中で、探しているサイトよりも面白いページを発見することもある。
wikiなんかじゃしょっちゅうで、キーワードからキーワードへジャンプしまくるうちに、目的のワードから全く関係のないジャンルでうろうろしてる。
「鳥山明」を調べていたのに、「地球のマントルについての解説」を読んでいたこともあるし、「ステンレスの性質」のページから、「日本の都市伝説の真偽」まで飛んでいたこともある。


こうなると迷うってのは面白い。
目的地でも目的のページでも、すんなり辿り着いてしまったら、その隣の道に落ちてる宝物に気付かないことがある。

単調で変化のない毎日を変えるには、通勤通学の道をちょこっとズラしてみればいい。
特に予定のない休みの日には、今まで素通りしてた駅で降りてみて、ちょっと散歩してみればいい。
アイデアに煮詰まった時には、家で頭を抱えるよりも外へ出てブラブラ歩いてみればいい。

改めて一流の方向音痴として言わせてもらうと、迷えば新しい発見が、必ずあるもんだ。

とは言っても、重要な約束のときに迷って遅刻じゃシャレにならないから、方向音痴はなおしたいもんだぜ。
NAVITIMEも有料じゃなきゃ使うのにな・・・


度々ブログに書いていた、「作品の商品化&あわよくば500万」を賭けた勝負の結果が届いた。

結果通知を確認したのは仕事中。
ふとYahooメールを見てみると、アワード事務局からのメールが・・・

正拳突きをくらったみたいに、心臓が一度、大きくドクッとなり、その一瞬後に緊張が走った。

こんなドキドキは久しぶりだ。
例えば、すごく好きな女の子に告白し、返事をもらう瞬間。例えば、第一志望でどうしても行きたい大学の合格通知を見る瞬間。そんな時に似た感じ。

中身は見ずに席を立ち、喫煙所でタバコに火を点けて一服してから、徐にケータイで確認してみる。

MY Yahoo。メール。アワード事務局・・・
うーん、怖い。



・・・この度は、ご応募いただき~云々。

・・・約○点の応募の中で~云々。

・・・厳正なる審査の結果、貴殿の作品は、

・・・残念ながらー





!!ざ、残念ながら・・・。ま、マジっすか!




・・・残念ながら審査を通過しませんでした。



うわー、負けちまった!

どーん、と落ち込んだ。


その後は仕事に全然身が入らなかった。

非常に情けないけど、「もしかしたら読み間違えはないか」なんて思いつつメールを何度か読み返してみたり、「間違って落選メール送ってしまいました」って文面が事務局から送られてないか定期的に確認したり・・・。
相当女々しいあがきを繰り返してた。

冷静に考えて、そんな間違いはないんだけどな。
それでもこんな時って、1%の望みをやけに過大評価して期待しまくるもんだ。



早めに家に帰って、ソファに寝転んで、天井みながらタバコの煙を大きく吐き出した。

「負け」だ。

今まで偉そうなこと言ってたけど、完敗です・・・。

俺は妥協したわけではない。
審査にあたってはその時点で持てる最高のパワーを発揮し、プレゼンに挑んだ。
言い訳もなにもねえな。実力で負けたってことだ。


商品化を手にするために、「あと2人だけ倒せば勝てる!」というのは、確かにその通りだったんだけど。
単純に対戦相手が、俺より優れたデザインを持ち込んでいたんだな。


確かに、相手のレベルは高く、デザインを生業としている人もいたんだけど、「プロが相手じゃ勝てねえわ。ここまで来れたんだから、負けてもまあいいっしょ!」ってわけにはいかない。
誰が相手だろうと勝つ気でいました(笑)

甘くねえなあ。ちきしょー!


悪いことにスランプ中ってこともあり、現時点でも他のアイデアってのが全然浮かばない。なんだか、どうしようもねえ。このマンションに屋上があれば、ダッシュしてシャウトしてたくらいに、どうしようもない気分だ。


こんな風に、ドキドキしてアドレナリン出まくった後、一気に地底まで叩き付けられるくらい揺さぶられた後には、ひどい落ち込みが待ってる。



でも、すごくシンプルな立ち直り方を発見した。

「おし、やるかっ」っていう気合いだ。

疲れてなんにもやる気が出ないときや、ひどく落ち込んでたりするときには、本当によく効く。


気合いを入れるってのは日常的にやってそうだけど、全身に意識を集中して気合いを入れるってのはあんまり経験ない。
試合の前や、プレゼンの前に気合いを入れるのとはちょっと違う。もっと長期的な気合いの入れ方だ。

「おし、やるかっ」に加えて、「全員ぶったおす!」とか「うるせー、ふざけんな」的な乱暴さもスパイスとして入れ込むともっと気合いが入る(笑)

そんな感じで、今はすごく気合いが入ってる状況です。


まだアイデアは浮かんでないけど、次回の勝負まではもうちょっと時間がある。

今度はゼロからのスタートだけど、もう一発這い上がって相手を追いつめてやんねーとな。

再びビッグマウスな感じでいかせていただきます(笑)
ほんの数時間前に起こった、フレッシュな出来事だけど、久々にいい思いを味わった。


なんと・・・、コンビニで777円の会計!
記念にレシートの画像を載せたいとこだが、デジカメつなぐケーブルは引っ越し段ボールの中だった。。

コンビニとかスーパーとかでバイトしてるorしてた人には是非聞きたいけど、777円会計ってのは結構あるもんなんかな。

とにかく「おおー!」ってなった。
中学生の頃、地元のコンピニで「777円」を当てたとき、店員が「いいことありますよー」って言ってくれたことがあったな。更に嬉しくなったの覚えてる。


いや、「しょっぼいことだな」と思われてるのは承知です。
「オマエはそんなに楽しみが少ないのか」と言われれば、もう「YES!」とシャウトして「bullshit!!」と小声で自分の情けなさをとことん攻撃したいところです。



それでも、この気分の良さは間違いない。

口笛吹きながらレジ袋をくるくる振り回して、ぼちぼちと家まで帰った。
帰りながら、この気分はあんなときやこんなときに似てるな・・・と考えてた。

例えば、大したことしてないのに「本当にありがとう」と言われたとき。
でっかい虹を見たとき。
ハンパなくかわいい子とちょっとだけ話したとき。(ちょっとだけがポイント)
流れ星みたとき。
気にしてたことが一気に解消されたとき。
すごくいいアイデアがポンと生まれたとき。
会計で小銭を全て使い切ったとき。
買った服の袖の裏側に(つまり外から見えないとこに)、めちゃくちゃかっこいい印なり模様なりがプリントされてたとき。
ジャケ買いのCDがすげえ良かったとき。
旅行当日がパーフェクトな日本晴れだったとき・・・。


逆に、こんなときとは違うなってのは、金を拾ったとき。(500円以上)
スロットで1000円で当たり引いたとき。
うまく女の子を家に連れ込むことが確定したとき(笑)
「今日はテストの予定でしたが、次回にします」と言われたとき。
完全に大当たりなメンツの合コンに参加したとき・・・。

うーんやっぱこの辺りは「777円」とは違うな。原色的であり、肉食系であり、即物的であり、下心満点であり・・・。
油っこくて、派手でギラギラしてて、ゴミゴミしてて、騒がしくて、なんか夜っぽい・・・って感じだ。


それに比べて「777円」に似た感覚は、淡くて、透明感があって、パリっとしてて、サラサラしてて、森のような緑で、風が吹いてて、ピュアでイノセントで健全で、いい匂いがして、できたてほやほや生まれたての新鮮さで、晴れた土曜の午前の草原・・・って感じだ(笑)。
もう、なにもかもがうまくいくイメージ。とりあえず、今は何も心配せずに楽しめや!ってドンっと断言されたみたいだ。




「777円」の後、随分優しい気持ちになり、寛容になっていた。
もし道の途中で重たい荷物もってるばーちゃんがいたら、「自宅まで持ちましょうか!」と言ってたくらいだ。
道に迷った外国人がいれば「Can I help you?」と声をかけるくらいのホスピタリティ精神を発揮してたはずだ。英語を話せなくても。


これはほんとに小さい出来事だけど、「777円」のようなサプライズは、気持ちを穏やかにさせる。精神的に大事な部分の最大値が上昇したみたいだ。
また、これらのサプライズに共通なのは、気持ちよさは長続きせずにいつの間にか消えてることだ。記憶に深く残ることはない。
熱いコーヒーに粉砂糖を溶かすように、スッと心に気持ちよさを与えて、しばらく甘い気分にしてからフェードアウトしていく。

例とかイメージとか羅列しまくったけど、俺が感じたこと、なんとなく伝わったかな?





「ちょっとしたサプライズは、小さな幸せを与える」ってのは、俺が抱えてる大きなテーマである。

前々からブログにも書いてるけど、「ちょっとしたサプライズを意図的に、かつ意図的だと気付かれないレベルで与えること」は、将来のカフェではもちろん、デザインや絵本でも必ず導入していきたいことだ。



このテーマはすごくデリケートであり、一朝一夕ではどう頑張っても成し遂げられないと思っている。

テーマをうまく今後の活動に持ち込むためには、心理学(特にアフォーダンス、経済心理学)人間工学を実践レベルまで身につけなければならないと思う。他にも必要なものはたくさんあるだろうけど、一度にたくさんは無理だしな。




俺の理想は、「結果までは作らない」である。
つまり「こんな仕掛けをしたら、みんなサプライズ的な感じを持ってくれるだろ」ってのはしないことだ。

途中までは手を加えて「サプライズをもたらす可能性」を高めるけど、「それが本当にサプライズという結果になるか」は不確定にしたい。

「サプライズという結果」を意図的に作ろうとすれば、絶対どこかで「意図的な感じ、つくれた感じ」という雰囲気が出てしまう。「意図的」がバレたら、相当寒いよな。その時点で、サプライズは非常に気持ちの悪いものに変わる。


最近、俺の「心の師匠」である深澤直人の作品がちょっと気味悪く思えてきてる。
深澤氏の作品は、きっと「結果」まで作ってるからだ。あの人はアフォーダンスを応用したデザインのプロである。
「結果」まで作ってると思うのは、そういうようなことをいろんな雑誌や書籍で言っちゃってるからだ。なんかもう、狙いがバレバレである。
ちょっと残念な感じだな。。



やっぱり、結果までつくっちゃダメだと思う。
自分自身がぴっくりするようなサプライズが、偶然生まれればいい
そしてそのサプライズの後に、「777円」効果みたいな気分の良さが生まれれば最高だ☆



まあ、とは言っても具体的にどうするかはまだまだ全然決まってない。実験的にちょくちょく導入してみてる程度だ。

なんにせよウダウダ考えてるだけじゃ何も始まらないよな。今はとにかくトライアル&エラーを繰り返す時期だと思ってる。
いろいろ試して実験して、学んでいきたいぜ!
どもっ、お久しぶりです。

ほんとにすっげえ久々な気がして調べてみると、最終の更新は去年の暮れ。。
どうやら半年近くはさぼってたみたいだな。。

半年ってのは、相当な長さだよな。今回こうしてめでたく更新となったわけだけど(笑)、この後またさぼったら次は年末かあ。
今から年末のことを考えると、気が遠くなるくらい先のことだけど、去年の年末を思い出すとそんなに昔じゃない気がする。
やっぱ未来ってのは、いろんな選択肢があって、いろんな道があるから遠く感じるのかな。去年のことは一方通行の一本道だもんな。すぐに遡れる。
・・・なんかの歌詞みたいだな(笑)寒っ。



というわけで。
半年分の近況報告をいたします。久々過ぎてテンションがつかめないので、とりあえずアッパーにいきましょ☆

①引っ越し
6月に引っ越しします。つまり丸4年住んだ鎌倉を離れることに。

鎌倉を歌った曲といえば、サザンの「鎌倉物語」「愛の言霊」「夕陽に別れを告げて ~ メリーゴーランド」「君こそスターだ」なんかが浮かぶ。
これらは、もろに鎌倉の地名がでてくる曲。マイナーソングである「TSUNAMI」のカップリング曲は、若宮大路の鳥居を歌ってるはず。
ちょっと前にでたアジカンの「サーフ ブンガク カマクラ」なんかは、江の電のアルバムで、鎌倉市と藤沢市しかでてこない。

俺が知ってる鎌倉ソングはこんなもんだけど、聴くと寂しくなるんだよな。
「離れることではじめて、切なさを知る」ってヤツですよ。
また、「あの頃聴いてた曲」ってのは誰にでもあると思うけど、4年間の鎌倉ライフでは思ひ出を呼び起こす曲もたくさんある。
そんで、もうじき鎌倉を出るんだって実感がじんわり重く湧いてくる。4年間ってのは長いぜ。いろいろあったもんだ。


じゃあなんで引っ越すんだ?と聞かれると、①アパートの更新時期になったのと、②材木座&由比ケ浜海岸の波がなくなってきたのと、③塩害で住むのに不具合が生じまくった(エアコン、テレビ、インターネット、電話、バイクがダメになった)という要因が一点に収束して化学変化を起こし、引っ越しという結論を導き出したということになります。

そして引っ越し先は・・・YOKOHAMA!!ジャジャン!
みなとみらいです。
横浜駅と桜木町駅の間。行ったことある人はわかるかもしれないけど、アンパンマンミュージアムとかジャックモールとかあるあたり。
となると、あのへんの高層マンションか!ってなるが、俺の給料じゃ家賃をローンにかけないことには無理です。確かに超高層デザイナーズマンションが乱立されてるけど、家賃はバカみたいに高い。
あのあたりからちょっとばかし外れた街の一角に、俺の新居がある。


それでも、3駅利用可能、近い駅まで徒歩5分、今月完成のバリバリの新築、1Kの8.3畳、防音完璧、BT別、独立洗面台、シャンプードレッサー、床下収納、モニター付きインターフォン、ウォッシュレット、グリル付き2口コンロ、エアコン付き、角部屋、閑静な住宅街、ネット使い放題(予定)、テラス付き、もちろんフローリング・・・。
この充実のスペックでお家賃は・・・75,000円(共益費込み)!!敷礼は2×2で!
これはいい物件ですよ、お客さん!ただし、日当りは微妙、1F、自転車はOKだけどバイクの駐車はご遠慮ください。

日当りは別にいい、1Fでも問題ない、バイク置き場は・・・まあ今はもうないしいい!ってことで契約しました。ネット使い放題予定とのことで、予定が確定になったら実質家賃は6万台後半ということになる。

6月以降入居って条件があったから、進学や就職で上京した人たちのラッシュから抜けてたみたいだな。

会社からも若干近くなる。今はジャスト2時間かかってるわけだけど、1時間半くらいには短縮できる。まあ、会社から近いってのは全然気にしません。とにかく家帰ってから楽しいか、休日が楽しいかに尽きると思う。
都内には意地でも住まねえぜ。

つーことで、今は鎌倉ソングを流しながら、荷造りしまくってるところ。意外と忙しい。。

②カフェプロジェクトについて
コーヒーについてはほんとに全く書いてなかった気がするな。
でも、すっぽかしてたわけじゃありません。結構頑張ってます。

その証拠につい先月、かねてからの目標であった「コーヒーコーディネーター検定」に合格。
俺のアビリティに「コーヒーコーディネーター」が追加!!

この資格は、多分聞いたことないだろうと思うけど、それもそのはず、国家資格なんかじゃありません。そのうえ公的資格でもない。要は星の数ほどある民間資格の一つです。
日本何とかサムシングといった(名前忘れた・・・)会社が作った、非常にマイナーな資格。
もしかしたらマイナー過ぎて、資格の効力もそんなにないかもしれない。。

たとえば、ソムリエ資格=TOEFL(TOEICより難しいやつ)650点だとすると、コーヒーコーディネーターは英検3級(中学校卒業レベル)ほどかもしれない。
もちろんワインとコーヒーを単純に比較することは間違いだけども。

それでも、講師は業界的には一流である、堀口珈琲(マジ世界レベルのリーディングカフェ)のオーナーがやってるってことだったから、それほど胡散臭いものではない(はず)
とにかくこの資格を取ったことで、少なくとも俺が「本気」であることを、今後転職すべき店には伝わるはずだ。

そう、俺が欲しかったのは「本気であることの証拠」なのです。
カフェに転職するにしても、志望動機が「将来カフェをやりたいという心意気」と経験は「昔のカフェのバイトだけ」じゃ、どう考えても心もとない。
そこで、「俺はこんな資格もってまっせ!」と言えれば、まあまあ信憑性は増すってもんです。

というわけで、カフェプロジェクトは着々と進行してるところ。


③デザインについて

まずは昨年末のブログでも書いていた、「六本木に俺のデザインが展示される・・・!」の件だけど、無事に展示され、あっさりと終わりを迎えました。。
「六本木にデザインがっ!」というと、一見すごいイベントのように思えるけど、実際は街路灯にひっそりと寂しく飾られていたというオチです。

授賞式も「赤坂のインターコンチネンタル東京で開催」とあったので、こりゃすげえぜ!と意気込んで行ったんだけど、授賞式はコンペ主催である六本木商店街の新年会のいわばオマケという形で、5分で終了しました。受賞のコメントまで考えていた俺はかなり恥ずかしいヤツだと自覚してます。。
飯はうまかったからいいけども☆

そして、受賞の記念に賞状と、商品券3万円分をもらいました。
・・・しょぼい!
でも、賞状と商品券は、俺がデザインの舞台で初めて勝ち取ったものだから、マジ宝物

コンペの模様は下記URLから見れます。多分、まだ見れると思う・・・。
http://www.ractive-roppongi.com/10programs/flags.html




六本木デザインのイベントはこれで完全に終了したんだけど、次に待っていたのは、大きな国際コンペ

今年初めて開催されたコンペだけど、規模がでかい。
コンペ主催はイデアインターナショナル。関東だと、表参道ヒルズや新丸ビルなんかに店があるインテリア商社みたいな会社。
協賛企業は、有名なインテリアショップではインザルーム、フランフラン。メーカーでは±0、パイオニア、オーディオテクニカ。その他は伊藤忠や東洋印刷、他数社。


そしてこの国際コンペ、約1000点の作品中ベスト26に生き残ることができました!!
詳細は下記URLを。
http://idsite.co.jp/compe/


この26作品の中から受賞作品が10作品生まれます。
国際コンペだけあって副賞等も六本木とは段違い。

審査員賞7作品には、賞金50万+商品化。
部門賞2作品には、賞金100万+商品化。

そして大賞1作品には賞金500万+商品化という、ビッグなもの。

計10作品には賞が与えられるので、要するにあと2人ぶったおせば晴れてデザイナーデビューという栄誉を勝ち取れる。

更に嬉しいのが、受賞を逃しても商品化はアリとのこと。商品化されて、インテリアショップでの販売ができれば、デザイナーの肩書きは持てる。

なんとしてでもここは商品化して「デザイナー」アビリティをつけたいもんだぜ。


④絵本プロジェクトについて
これはつい先日のGW中にやるときめこんだ新しいこと。
絵本プロジェクトについて説明すると、その名の通り絵本を出版しましょうよ、ということである。

地元に、両親が陶芸家、弟がデザイン会社でワーキング中という、クリエイティブ一家に生まれ育った女の子がいる。
現在OLしてるが、クリエイティブ家のサラブレッドだけあって、将来の夢の一つは絵本を出すことだ!ってシャウトしていた。

既に「誕生日絵本」なんてのを描いていたので見せてもらうと、絵のタッチや雰囲気がすごくいい。
この良さを残しつつ、ストーリーやレイアウトなどをうまく制作できたら、楽しい絵本ができると思った。

早速、今年中には形になるようにしよう!ということで打ち合わせ(飲み会)を行い、プロジェクトが動き出したのです。

俺の武器はなんといっても、今の仕事柄出版社の名刺を300枚くらい持ってて、出版に際して担当と話ができるのと、出版流通の仕組みを知ってることだ。担当との話はまあ出版業界でなくともすることは可能だが、仕組みについてはなかなか業界外の人は知ることはないだろう。

仕組みというと若干語弊がある。いわゆる本やネットにある教科書的なものではなく、ルールというか力関係というか。。
いわば大人の事情的な部分である。
出版業界は非常に古い体質なので、正攻法よりも、うまく内部から根回しをしていくことが「出版⇒ヒット」へ向けたゴールデンロードである。
逆に、単純に出版社まかせだと失敗する恐れが高い。

今の時期は自分の仕事をしながらも、「絵本を出すにあたって」の目線で細やかな戦略を練ることが必要だな。



「人は年をとるにつれていろんな経験をし、知識を得るけど、それはより楽しく遊ぶためのものだ!」といった名言を聞いたことがあるけど、まさにその通りだと思う!

っつーわけで、がんばっていきましょう!
今年もあと少しで終わっちゃう。

俺は例年通り実家に帰ってて、飲むか寝るかといった超ダラダラの日々を送ってます。
ホント贅沢な時間の使い方してるよな。
普段の土日だと時間がもったいないから、8時くらいにはきっちり起きて、あれやってこれやってってバタバタしてるんだけど。

俺の地元は田舎だから、早く起きても特にやることないんです。って理由になってねえか。
何にせよ、実家ってやっぱり居心地いいわ。

今の時間、もう家族は寝てるし家も町もすごく静かで、いかにも「夜」って感じがする。
特に冬の夜には透明感がある。なんだろう、「進行中」の透明感っていうか。
水槽の中の細かい無数のチリが、ふわふわと底に沈殿していくようなイメージ。ゆっくりと少しずつ、空気が浄化されていって、その分「夜」が深くなっていく。そんな透明感。


そして、この時間帯には特有の「音」があって、それがすごい好き。

エアコンやテレビを消して、窓を全開にする。そんで、ぼんやりソファに座ってると、窓の向こうからいろんな音が届く

まずは電車の音
遠くの線路を貨物列車が走っていく「カタンカタン」って音が、いろんな家に反響して独特のエコーを伴って響く。いつもならうるさくて不快な音だけど、波音レベルにまで音が洗われて窓から入ってくる。

それから長距離トラックの音。
「ザー」とも「ガー」とも「ゴー」とも聞こえる音だけど、すごい心地よく耳に入ってくる。交通量の多い昼間じゃ、絶対聞けない音だな。

ごくたまに、アスファルトを皮靴が蹴る「コツコツ」とした音も響く。
普段は鋭く聞こえる音だけど、建物に反射していくうちに角が削られ、優しく軽い音に変わって部屋まで届く。

これらの音は鎌倉じゃ聞けない。昔住んでた横浜や厚木でも聞けなかったな。
「地元帰ってきたぞー!」って感じさせてくれるモノってたくさんあるけど、とりわけ「夜の音」が好きで、軽く酔ってるときは極上の子守歌になる。

こんな日を繰り返すうちに、来年になっちゃうんだろな。なんか、しみじみするぜ。



今年が終わる2週間くらい前、マジに嬉しい通知が届いた。

あるデザインアワードで、ついに入賞。2月、六本木にデザインが展示されます。
地味に頑張ってきた甲斐あって、とにかく欲しかった「勲章」をゲットできた。
前回書いたリーバイスは結果待ち、UTは一次選考落ちと、微妙な状況だっただけに、今回の勝利がホント嬉しかった。
世間的にはちっちゃいかもしれないけど、自分的には大きな一歩


なんとなくで曖昧な感覚だけど、出来上がった瞬間に「ゾッ」としたものが、いい結果を生んでる。

うまく言えないけど、「スポーツ選手の高度なプレーを見た後に沸き起こる、今すぐに外に出て同じスポーツをしたくなるような衝動」と、「思い出せそうでなかなか出てこない映画のタイトルや俳優の名前が、すっと頭にひらめいて、もどがしさが一瞬で解消されて、超すっきりする瞬間」を足したような感覚だ。
そんな感覚を抱けるものは、自分でもいい出来だな、って感じる。

逆に、この感覚を失ったら、絶対に出来のいい作品なんて作れないと思う。
作品の出来を計測できるものさしが自分の中で出来つつあるってのはいい傾向だ。間違いなく、このものさしは俺の個性だと思うし。


これが2008年最後の日記。とにかく来年も精進していかなきゃな。
テレビを点けたら、銃声が聞こえた。

ーパパパ、という音と一緒に、兵隊が持つマシンガンから銃弾が吐き出されていた。
どこかのジャングルのようだ。

缶ビールのプルを開けてしばらく見ていると、ベトナム戦争のまっただ中、敵のベトナム兵を撃ち殺した米兵をめぐる話だと分かった。
その米兵は、敵が倒れたときに落とした、幼い娘と敵兵が写ってる写真を持ち帰り帰国した。
帰国してから、写真の娘にそれを返さなければと思い始めるが、父親を射殺した男に会ってはくれないだろうと考え、罪悪感をはじめとする様々な重圧に押され、ひどく葛藤する。
そもそも、遠い国の1人の人間を探し出すのは困難を極めることであるが、いくつかの挫折と絶望を経た後、その娘に直接会って写真を返す機会が訪れた。

このあたりまでは、役者を起用した回想録のようなシーンが続いたが、最後の感動の対面のあたりは本人たちが登場し、写真を手渡す場面が画面に流れていた。
画面の左上には、適当なタイミングで、番組のスタジオのゲストを映す小窓が開かれ、若い女優やアイドルが涙を拭いていた。
米兵と娘が泣いて抱き合ったシーンのあと、画面はスタジオに戻され、司会者が「奇跡の対面でした」と話し、アイドルが震えた声で感想を述べている。

よくありそうな内容の番組だ。俺はこの手の番組が嫌いで、普段はほとんどみることがない。
今回のストーリーも、最後の対面の部分なんかは、見ながらだんだんと不快になってきた。いつも、こういうクライマックスのシーンでチャンネルを替えたくなる。

で、ついになぜ不快で気分が冷めてくるのか、理由がわかった。
米兵と娘が抱き合って、まわりのベトナム人が感動の拍手をしている場面だったが、ここで「なんでカメラがいるんだ」って思った。
せっかく二人の長い間の苦労が報われた瞬間なのに、カメラは抱き合ってる二人を舐めるように移動させる。
「ほら、こんなにこの人たちはお互い会いたがってだんだぜ、感動するでしょ」と、言わんばかりに、くしゃくしゃになった泣き顔や、指がくいんだ服のしわなんかをクローズアップさせる。

俺は、仮に俺がこの場に居合わせてたら、と想像する。この場に居合わせてたら、すごくカメラは不自然だろう。

人の環があり、その中央には、当事者の二人が抱き合っている。その中に、異国の格好をしたカメラマンと、音声を拾う綿棒のお化けみたいなマイクがあり、すぐ近くではディレクターとプロデューサーが腕を組んでいて、ビデオチェックのスタッフがモニターで映り具合を確認している。
まわりを囲む人々や米兵や娘は、あらかじめカメラの方を見ないように、と指示され、全ての撮影が完了したら異国のスタッフはおつかれさまでした、といった挨拶をして帰っていく。
実際はこんな風ではないかもしれないけど、全くこんな風ではないと断言できる材料を俺は持ってない。

だから感動ものの番組は不快なんだな。カメラの存在をつい意識してしまうからだ。
カメラを意識すると、まわりのスタッフが見えてくる。そこには「仕事」の空気や、いかに視聴者を感動させるかといった技巧の匂いを感じてしまう。

同じように、映画も感動しない。映画はもっと感動とはほど遠い。カメラに加え、俳優の演技にも意識がいく。
オーディエンスを泣かせる場面では、うまい演技だなとか、俳優ってよく演技で泣けるよなとか、目薬じゃねえのかとか、もっと別のアングルのカメラワークだったらどうだろうとか、どうでもいいことを考えてしまう。
ストーリーに入りこむことが難しい。

例えば、町の一角に定点カメラを備え、仕事の空気やプロデューサーの意向のみえない、ありのままの映像を記録し、偶然に感動的なドラマが映り込んでいたら、素直に感動するとかもしれない。もちろん、下手な司会やスタジオやテロップなんかはいらない。生の映像が前提だ。

逆にアクション映画なんかは、すごく影響を受ける。アクション映画はストーリーよりもアクションが重要だ。俳優のアクションが前提で、ストーリーが作られる。
ハンパない格闘技や、アクロバティックな動きを、実際の人間が行っている。演技じゃなくて実技だ。
アクション映画を見たあとに、やたら喧嘩が強くなった気がする経験をしてる人は多いだろうが、俺はいつも映画館を出たあとは史上最強の格闘家になってる。

さらに、アニメ映画なんかは、完全に入りこめる。ポロポロ泣けてきたのはドラえもんの映画だ。
「のび太の恐竜」とか「鉄人兵団」とか「雲の王国」とか。どれをとっても、最強の名作だ。
アニメこそ全て作り物であると言われそうだが、そうじゃない。一つの世界なのだ。漫画家の頭の中にもう一つ別の世界があり、キャラクターはその世界で生きている人間だから、ある意味で完璧なリアルである。
映画やドキュメンタリーは同じ世界の出来事だが、マンガは全く別の世界の出来事だ。
ある世界では、ドラえもんは間違いなく実在し、フリーザの戦闘力は確かに53万なのだ。

…うん、本当にどうでもいいブログだな。何を長々と書いてるのか。ドラえもんの映画が見たくなった。


話はガラリと変わる。
前回のブログでデザイン2大イベントについて書いた。
外苑前で開催された東京デザイナーズウィークでは、様々な展示があり、その中にリーバイスのブースがあった。501をピックアップした内容だ。
そこに、非常にささやかながら、俺の作品があった。

501-1

501-2

世の中には様々なデザインコンペが存在するが、今回のリーバイスも501をトピックにしたデザインコンペを行っており、一次審査を突破した作品が展示されている。
http://501.excite.co.jp/

最近、ちょっとずつだけど他のデザイナーに勝てるようになってきた。
リーバイスの他には、ユニクロのUTデザイングランプリのサイトにデザインが公開されてる。
http://ut.uniqlo.com/utgp/

UT2009

どちらもまだ審査中で、今後落とされることもあるだろうけど、それでも自分の考えたデザインが審査を通過するのは嬉しいことだ。
今までは審査なんて通らず、ボクシングで言うならスパーリングでKOされてたようなもんだ。ようやく試合のリングに上がれた。

今後、上記の作品でたくさんのトーナメントを勝ち上がってく可能性は、正直薄いけど。。
もっと精進します。


さらに話は飛んで、ちょっと前に制作したIPOD用のドック
総制作費は…400円(!)
板買って、切って、組み立てただけ(笑)
形状にはちょっと気をつかって、横幅と奥行きは、IPOD本体とほぼイコール。高さは本体の約1/3
本体と同じ色と質感で制作して、本体から繋がっているようなイメージを作りたかったけど、木でモックを制作してみると、これもまたいい感じってことで塗装等は一切していない。


dock2

dock3

dock1
この5日間ほど、東京にデザイナーの絶対数が増えた日はないだろう。

10月30日(木)~11月3日(月)まで、青山をメインとした「東京デザイナーズウィーク」、六本木の東京ミッドタウンをメインとした「デザインタイドトーキョー」が開催されていた。

世界のあらゆるデザインが東京に集結する、国内最大のデザイン2大イベントだ。毎年この時期に開催されている。
様々な雑誌やネットで取り上げられているし、都心の多くのショップもこれらのイベントに参加しているから、知ってる人も多いかもしれない。

「東京デザイナーズウィーク」の会場は、銀座線の外苑前駅、明治神宮外苑絵画館前で開催。
詳細は、 http://www.design-channel.jp/pubTDWGeneralInformation.do を見ればわかる。
俺があれこれ書くよりわかりやすいだろう。

TDW08-1

TDW08-2

一応、開催概要を転載。

—東京デザイナーズウィーク(Tokyo Designers Week)は 今年で23年目を迎え、国内外のデザイナーや企業、大使館、学校などが参加する、日本最大級のデザインイベントです。

ロンドン発のコンテンポラリー・インテリアのトレードショー「100%Design Tokyo」ジャンルを拡大。
「CONTAINER DEISGNING TOWN」と名前を改めたコンテナ展では、「デザイン」の街を形成。
学生展は屋外から100%Deisign Tokyo のテント内に会場を移し、「100%futures」としてレベルアップ。
その他、さまざまなコンテンツを今年も、東京・明治神宮外苑を中心に、都内各所で開催いたします。

今年のテーマも「LOVE」地球を愛す、人を愛す、モノを愛す・・・その愛のカタチをつくるために、デザインにできることって何だろう?

今年もTOKYOに日本中から、そして世界中からいっぱいの愛が集まります。東京デザイナーズウィークの1週間で、LOVE DESIGNに触れ、DESIGN ENERGYを感じてください—




もう一つのメインイベントである「デザインタイドトーキョー」。昨年の国立競技場の体育館から、六本木・東京ミッドタウンに会場を移動し、パワーアップ。
詳細はこちら。 http://www.designtide.jp/08/jp/index.php

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概要は下記。

—今回で4年目を迎えるDESIGNTIDE TOKYO。

今年は東京ミッドタウン・ホールをメイン会場にして行われます。

インテリア、プロダクト、建築、グラフィック、テキスタイル、
ファッション、アートなど様々なジャンルから集まった作家たちの
真摯なデザイン活動を受けとめる器として、
東京という場所だからこそ集うデザインを発表し、
トレードするためのエキシビションです。


今回からは誰もが共有するデザインという言葉を、行為を、
もういちど問いなおしてみる契機と考えます。

このデザインイベントで「DESIGN」活動に真剣に向き合う作家たちが、
世界中のクリエイター、メーカー、プレスやバイヤーなど
「DESIGN」に関わる人々、生活しているすべての人々に集い繋がって、
世界にひろがってゆくこと。
そんな受け皿をDESIGNTIDE TOKYOは目指しています—




かなり以前にもブログに書いたけど、デザインの範疇が広義なものに拡大されている。
あらゆる分野でデザインについて叫ばれ、相当な広がりを持っている。

ただし、その分、デザインの意味が薄れて曖昧になっている感が懸念されている。しかし、これらのイベントではデザインの本質を掴むことができると思う。
そもそもデザインが具体的にどういうものなのかわからない、といった人は、是非上記イベントのサイトを見てほしい。
デザインを一言で表現することは非常に難しいけど、多くの具体例が羅列された情報ページをみることで、デザインの輪郭を捉えることができると思う。


デザインなんてものに興味はない、という人も、興味がないからといってデザインを無視するのは賢明じゃない。
様々な職種で、デザインが占める割合が大きくなっていることは確かだ。

昨日で終了したイベントなので、是非行ってみるといいとは言えないけど、上に示したサイトでも伝わる部分があるので、見てもらいたい。

それぞれのサイトにはデザイナーたちがデザインした、作品の意味が記載されているが、じっくり読むと、ただオシャレだとかブランドの付加価値であるとか、そういったものではないことがわかる。デザインに対するイメージが変わるだろう。

作品には深い意味があると分かる。熟考した結果の、合理的で知的な作者の意図が伺える。

形になったグラフィックやプロダクトは、頭の中に広がった果てしない思想と想像のカケラを、長い時間かけて一点に凝縮して結晶化させた、「アイデアの塊」なのだ。
これだけ凝縮されたアイデアは、他の職種ではなかなか見ることができない。


俺らは素人なので、形としての作品を生み出していくことは難しいけど、「デザイナー的なアイデア出しのプロセス」と、「生み出したアイデアの昇華方法」、つまりバラバラに散らばったアイデアを整理してまとめて合理的な形に仕上げるまでのプロセスを仕事で持つことは重要だと考える。


今、効率的な仕事術や、スマートな考え方を推奨したり、紹介したりする本がたくさん出ている。「頭のいい人の~」「~の仕事術」「東大生の~」、その他いろいろ。

正直、実際的にはためにはならない。ためになってたら、世の中には天才サラリーマンがうようよいることになる。語学書が死ぬほど発売されている中で、英語を話せる人が増えないのと同じようなもんだ。
結局、著者が発見した著者にふさわしいノウハウやマニュアルであって、不特定多数の人が同じように実践できる類いのものではない。なんと言うか、こんなやり方がいいですよ、といったアイデアの押し売りやチラシといった具合で、膨大なページを使ってるわりには中身がないように感じる。

デザイナーの作品コンセプトは多くを書かれることはない。
「こういうプロセスだと、こんな素晴らしい作品ができます」なんて間違っても書かれてはいない。
あれこれと手順を親切に導いてくれる記載なんてどこにもない。
「結果」が示されているだけだ。
ただ、デザイナーが何を考え、どう形として具現化したか、アイデアの塊である作品とコンセプトから、アイデアの糸口を探ることはできる。
その糸口は非常に繊細だけど、深くて濃厚なエキスのようなものだ。教授の何百ページの一冊より、デザイナーの数行の文章や一枚の写真の方が、重要なものが詰まっている。

薄っぺらいビジネス書は、「1+1=2」と書かれいるイメージだ。
デザイナーの作品は、「=2」としか書かれていないイメージ。そこには、0.5+1.5だったり、1750/875だったり、√4だったり、様々なプロセスがある。「=2」に辿り着くまでに、何十、何百通りの試行錯誤を繰り返し、無数のプロセスから最適の解法を導き出している。

単純に「1+1=2」で終わらせることができるビジネス書に、何の価値があるだろう。
一つの解法しか示されない本より、無数のプロセスを示唆する作品集の方がよっぽど大きな価値があるだろう。マニュアル化した短絡的な解法が生む答えは、重みもないし、柔軟性がない。いつか誤りを引き寄せる。



って話がそれたな。
個人的にマニュアル本は嫌いだし、逆にデザイナーの頭はすごいと思う。
そのすごさを実感できたのが先日のイベントで、すごさの断片はイベントサイトで感じられる。
サイトでデザインに興味を持つことができたら、書店でデザイン書を立ち読みしてみると、デザインがいかにアイデアに富んだものであるかが、よく分かる。
作品が出来上がるまでのプロセスを追っていくだけでも、頭の体操になるし、ある答えを導くための解法をいくつか増やすことができる。数学の公式を発見していくような感じ。

この文章も結局「1+1=2」的なものになっちゃったな。。
ちょっと前から、心理学を勉強してる。

勉強してる、っつても本格的に勉強してるわけじゃない。
仕事で直接役立つわけでもないし、検定試験があるわけでもない。
心が病んでしまって自己流セラピーを試みてるわけでも、もちろんない☆

心理学を学ぶ理由。
それは、様々な角度から物事を考える必要がある場合に、心理学をかじってると効果的だろうって考えたからだ。

心理学が教えてくれるのは、客観視のHow toだ。
物事を、より多角的に検証することができる。



限られた目線でのみ考えることは、高速道路に似てる。
問題を解決に導くための道が、一本道になっていて、視界は両側のフェンスに遮られる

逆に目線を増やすとーつまり客観の視点だー、道路が増える。こっちは一般道だ。
T字路になり、十字路になり、そのうち目の前に5本も6本も道が現れる。運がよければ、ショートカットできる脇道に入ることだってできるだろう。

別に高速道路的な考え方が悪いわけじゃない。特に仕事ではスピーディに判断をしていかないと、ダメの烙印を押されてしまう。高速道路的な考え方はなかなか新しいことを生み出さないけど、迅速で間違いの少ない結果を出すことができる。

一般道的な考え方は、新しいことを生み出せる可能性は高いけど、落とし穴も結構ある。
気がついたらスタート地点に戻ってしまう道に迷い込んだり、フェンスのない綺麗な風景に気を取られて、立ち止まったりしてしまうこともある。
大体、仕事でいろんな道に入り込んでウロウロしてたら、すぐに日が暮れちゃう。

高速道路的な考え方一般道的な考え方も、両方できるほうが当然望ましい。
しかし、高速に乗るのはある程度仕事に慣れたらできるようになるけど、一般道を走るのは難しい。

一般道は、自ら意識して走りにいかないと、いつまでたっても新しいゴールに導いてくれる道には辿り着けない。

長くなったけどそんなわけで、心理学で客観視の一般道へのバイパス工事を行ってる、といったところだ。

今回を含め、3回にわけて心理学を紹介☆
心理学ってのは非常に分かりづらい学問だけど、分かりづらいものであればあるほど、自分の言葉で書くことで整理できると思う。

今回は序文みたいなものだけど、次回から具体的な理論について書いてきます☆