28年前に留学生として上海から来日し、がむしゃらで頑張って、日本で就職し、結婚と幸せの家庭を手に入れました。自分の努力と周り親切な日本人の助けによって、JAPN DREAM実現ができました。
出産を機に自分の両親が年一回程度日本に来て半年くらい滞在で子育ての手伝いしてくれて、両親のおかげで仕事と家庭の両立ができて、本当に助かりました!感謝の気持ちを込めて両親が日本へ来るたびに日本各地の旅行へ連れて行きました。富士山や、北は北海道、南は沖縄、奄美大島まで連れて行きました。両親は日本が大好きになりました。ウナギや、お寿司も大好物でした。日本人の親切なおもてなし、礼儀正しいことはとても喜んでくれました。日本に来て一人の人間として尊厳を感じましたと父がよく言いました。
2019年のコロナ以来、来日の希望を失い、2年も会えないままでいました。その間はSNSを通じてビデオ通話は週2回くらいで、たわいない会話して、孫の顔も見せて、親たちも安心し、しばらくコロナが落ち着くまでこのまま待つことになりました。のちには自分一生の悔いになるとは想像すらしておりませんでした。
4月23日の夕方に上海にいる父が救急車で運ばれたことは実家の弟からの知らせでした。その時に急性前立腺炎だと知らせてくれて、すぐに治ると思い、それほど重く考えておりませんでした。翌日にICUにて治療開始されましたが、一週間ほど医者たちの懸命な治療したにも関わらず父の命を救えず、その間は危篤を通知されましたが、心の準備が来ぬまま、4月30日の夕方に父が帰らぬ人となりました。私の最愛の父親が私を残してこの世を去り、悲しくて、悲しくて、悲しくて、父の最期看取ることができず、親不孝の娘で、とてもやりせないです。悲しみの中に明け暮れでした。
私の優しい父を偲びため、
私と同じ悲しみ中にいる人のため、
コロナ禍でこれから日本から上海へ旅立人のため、
これらの人々へ役に立てることのため、
ブログを書くことにしました。
父が危篤と知り、すぐに上海へ行きの航空便を探し、コロナ禍のため、なかなか容易ではありません。
ようやく上海東方航空会社は毎週金曜日上海へ飛んでると情報を掴み、早速チケット手配し、帰国の準備に取り掛かることにしました。
コロナ禍のチケット代はとてつもなく高価で、コロナ以前では二人往復可能の値段は現在は一人分のみでした。
チケット手配済後、中国入国希望者専用の2種類の検査を事前に済ませ、
①:搭乗する48時間前にPCR検査(陰性のみ搭乗可)。②:静脈血血清IgM抗体検査(陰性のみ搭乗可)
※チケット代はとてつもなく高価で、コロナ以前では二人往復可能の値段は現在は一人分だけでした。
当日陰性証明を入手後、防疫健康コード取得必須。やっと出発可能です。


続きは乞うご期待。