きみの ものさしを貸してくれないか、


世界は あまりに ごちゃごちゃで


大きすぎて、複雑で。


ぼくのものさしだけじゃ 測りきれないんだ。




きみと あなたの ものさしを貸してくれないか、


ぼくは ぼくって人間を測ってみたんだけど


それは、ぼくの持ってるものさしじゃ


役立たずだって 聞いたんだ。





きみと あなたと、他にもたくさんの


みんなのものさしを貸してほしいんだ。


今 世界にかかってる


大きな虹の 長さを測ってみたいんだ。




大きな 大きな 虹なんだ。


この星を ぐるっと一周してしまいそうな


そんな 大きな虹なんだ。





だから ぼくのものさしだけじゃ 届かないんだよ。





だから、きみの、あなたの、みんな みんなの


ものさしを貸してほしいんだ。




みんなで


虹の長さを 測ってみたいんだ。ぼくは。


ミルフィーユを作ろう



積み重なってる 山ほどある 不安の間に


甘い 甘い、クリームをはさみこんで


ミルフィーユを作りたい




仕上げに 世界中の やさしさをふりかけて




お皿には 今日きみがくれた微笑みと


明日への約束を添えて





ミルフィーユができあがったら


あったかい紅茶を淹れるね?




紅茶に入れる ふたつの角砂糖は


ブラウンシュガーの角砂糖





それはきっと 見知らぬ誰かからのエール





不安なんて食べてしまえ


ミルフィーユにして 食べてしまえ




きみの笑顔と 明日への約束は


今日を生き抜いた ぼくらへのごほうび




口元についた 不安の欠片は


指で拭って ぼくが食べてあげる




甘い紅茶を飲んだら 今日は眠ろう




ぼくらには 明日への約束があるんだから


大丈夫 ちゃんと眠れるよ




だって今も 誰かがぼくらに


心からのエールを送ってくれているから

 久々に、リーディングイベントに出演させていただきます。
 何とほぼ一年ぶりとか、ガクブル。
 以下、イベント詳細と、主催者様の想いを転載。

第14回屋根裏ポエトリー・ナイト☆
震災の影響で数々のイベントが中止されていますが、僕たちのこのイベントは決行します。

確かに現段階では人命救助、そして避難生活を余儀なくされている方々のケアが最優先されるべき時期です。

僕たちの活動で心を癒してもらう・・・それが必要な時期は未だ時期尚早と言えるかもしれません。しかし、復興の過程で僕たちのような活動が必要とされる時期も必ず訪れます。

その時に僕たちは、いつものように「言葉」を発することが出来るでしょうか?
「言葉」を届けることが出来るでしょうか?

僕たちは、僕たちの「言葉」を必要とされている時に届けることが出来るように、そしてその時を待ちながら、「言葉」と「音楽」を発信し続ける必要があると思っています。


そして今回から、イベントの諸費用を差し引いた純収入は被災地支援のため全額募金させていただきます。

今、この時期に僕たちが出来るせめてもの復興支援として。


以下、イベント詳細です☆


・「第14回屋根裏ポエトリー・ナイト」

日時:2011年3月23日(水) 20:00~


場所:大阪・北区中崎町Cafe&Bar『朱夏』
    大阪府大阪市北区中崎西1-1-18 (AManTo天然芸術研究所併設)
     tel:06-6940-7224
   HP:http://katy.jp/shuka/about.html

※地下鉄谷町線「中崎町駅」4番出口を出て、最初の角(お寺)を右へ徒歩30秒、ツタの絡まった古い木造倉庫一階

時間:開場19:30 スタート20:00~(約1時間)
※会場はCafe&Barスペースですので開店時刻(17:00)から入店して頂くことは可能です。19:30になった時点でイベント・チャージを徴収させて頂き
ます。ですので、開場時間は「受付開始時刻」と捉えて頂いて結構です。


料金・¥500


音楽
楠田陽子


出演者
CK
Yumekyo
疑似涅槃
ちゃこ
クマナ
佐藤圭亮


ゲスト
倉本尚子

 今度イベントに参加できたら、あれやこれや、読みたいと考えていた詩が何篇かありますが。此度はやさしい言葉を中心に読めたらな、と想っています。
 自分にできること。想いを伝えること。無事な人に、勇気を届けること……。
 全身全霊を込めて、祈りを込めて、読みたいと思います。

 お時間のある方がいらっしゃいましたら、気分転換に、遊びに来ていただければ幸いです。

 最初の地震発生より、数日が経ちました。
 大阪在住の私目は、当然のごとく無事でございます。

 地震発生より、ただひたすらに、被災地の方々のことを想い、少しでも多くの方がご無事であれと祈っております。
 本当に、心から。そう願い、祈っております。


 私は、10歳の時に阪神大震災を体験しました。
 此度とは違い、津波の被害はありませんでした。けれど、その代わりに、火災による被害が多くございました。
 未明に起こった地震。私の足元にはテレビが落ち、頭の方には本棚が倒れてきました。母が私の頭部に覆いかぶさり、直撃を避けてくれたことを覚えています。
 あの朝、町は静かでした。
 大阪の北の果ての町は静がでした。
 家のすぐ近くで、生き埋めになっている人がいると報道もされました(その方は無事に救助されました)。
 でも、報道が広まると、実際に被害が酷いのは、大阪ではなく、神戸の方であると知れました。

 今回も、微妙に同じようなことが一部で起こっているように思います。
 どの地域の方も、被災したことに違いはなく、本当に、心細く、不安な日々を送っていらっしゃることと想います。
 少しでも早い復旧を……と、願いますが、その前に、まだ生存の可能性のある方の救出を……と、切に望みます。

 どうか、生きていてほしい……と。

 ぶっちゃけ、最初の地震の時、大阪も揺れました。
 怖かったです。
 携帯やネットで情報を集めれば集めるほど、怖さは増して行きました。
 遠い場所過ぎて、何もできない自分に苛立ちも感じました。
 でも、自分にもできることはあると、気づきました。

 私は、言葉がつむげる。
 遠くにいる友人や知人に、励ましの言葉を贈ることができる。
 昔の経験を頼りに、助言をすることができる。

 離れていても、できることは、ある。

 だからこの数日、私は自分にできることを自分なりにやっています。
 笑うこと。自分は元気だと伝えること。不安な人に声をかけること。営業できない東部地域の分までちゃんと仕事すること。
 あとは募金くらいかな……。投薬で献血できないし、今は献血しても余り意味がないみたいだし。

 あと、デマに流されないこと!

 ちゃんとしたソースのある情報をキャッチして、それを必要な人に伝えること。
 これ、多分一番大事。


 できることを、できる範囲でしていけばいいのだと思う。
 地震被害のない地域の人間が変な無理をして、被災地にいる友人知人に心配をかけたら元も子もない。

 元気に日常を送る。

 それが一番大事なんだと今は考えている。
 そんで、落ち着いた時に、逢えたら逢って、無事で良かったと抱き合って泣いて喜べれば良いと思う。電話でも良いよ。良かったねって言って、泣いて喜んだらいい。
 でも、今は嘆き哀しんでちゃ駄目だよ。
 だって自分は普通に生活できる地域にいるんだから。
 だったらちゃんと、生活して、社会まわして、経済まわして、笑っていなきゃ。

 そう言い聞かせて、生活することに、私は決めました。

 無事を祈る。でも、笑って日常を過ごす。


 そう決めたからそうする。
 だってそれしかできへんもん。じゃあそれをするしかない。
 できることをする。

 あ、そろそろ寝なくちゃ。
 明日も頑張って仕事するぞ☆
 


はじめから そこには 何もなかったのに

何故いま こんなにも 空っぽを感じているのだろう、



雲ひとつない 薄青い空は 虚しい。



期待なんて なかったんだ。

あたしは ただただ 恐れを抱いていたんだ。
最後の星が 地平の彼方に 沈んで行く瞬間のように。



でも

何もなかったはずの場所が いまは空洞なんだ。

最初から 空っぽだったはずなのに。



そこには 何かがいたのかな、

希望じゃない。光じゃない。

……ましてや、望んだ存在でもない。



でも 何かが いたんだ。

だから、空っぽになったんだ。



そこにいたのは何、

そこにいたのは 誰、

 気づけば今年も二月がすぎてしまいました。
 あちこち放置しすぎのクマナでございます。一応元気に生きています。一昨日は愛する人に手を振ってもらいました(幸)。相変わらず職場ではあちこちに挟まれ苛々しておりますが。それでも生きています。

 そんな感じで(どんなだ)。明日がたまたまお休みで、別にすることもないので夜更かしついでに、ずっとしたくてできていなかったことを使用計画!
 題して、「抱いた言葉と共に振り返る2010年!!」 
 はい、そこ。遅ッwww とか言わない。自覚あるから(爆)。
 手帳の予定とメモ帳に残っている言葉の欠片たちを引っ張り出して、去年を振り返りたいと思います。



・1月
 大晦日からの00カウントダウンにて年明け。
 元日と2日はホテルでマッタリと過ごす。
 「乱童」再演を観劇。三木尽くしの正月。
 遙か祭。帰阪後インフル発症。その間に父方の祖母が他界。
 「屋根裏ポエトリーナイト」に参加(詩提供)。
 万斎狂言会、観劇。
 月後半、微妙に精神面低迷。
   【何かが自分の中で凝り固まっていくようで、それでいて、どんどん内にある空洞が大きくなって、
    周囲の“自分”っていう存在が細くなって薄くなって、希薄なっていくみたいな。そんな感覚。】

・2月
 京都遙か祭参加。
 空中ブランコイベント参加。
 宝塚雪組公演観劇。
 「ローズ・アダージオ」観劇。言葉のない舞台表現に衝撃を受ける。
 「屋根裏ポエトリーナイト」にて、初めて自分で自詩を朗読。
 当日の映像をブログに載せ、kjoさんにいただいたのコメントに感動する。
 言葉に傷つく友人の現状を知る。2chなんてなくなれば良い。
 医者に冗談交じりにでも、入院の可能性を口にされる。
 同時期、戸籍上の祖母が入院。病院に忍び込んで医療機器を壊す夢を幾度となく見る。

  【見知った駅前で立ち尽くした。何処に行けばいいのか、わからなくなった。】

・3月
 ほぼバイトに忙殺される。
 「屋根裏」で知り合ったふくさんにお誘いを受け、ボスヒコさん主催の「キスケバー」にリーディング参加。

・4月
 念願の「最遊記・外伝」コス。金蟬。
 「遙か」大型合わせに参加。正直色々いやになった。
 儀祖母のこともあり、精神状態悪し。メモ帳には血なまぐさい言葉ばかりが書き殴られている。
   【ブラックホールに叫びたい。】

・5月
 「ジョカアリ」合わせ。ジョーカー。このままいったらこれが最後の自作衣装。
 儀祖母他界。これでもう、自分は「人を殺したい」と想って生きなくて良いのだと安堵した。
 職場の尊敬していた上司が退職。
 他は仕事に追われる。

・6月
 基本的にバイト。
 夜バスとんぼ返りで「乱童」イベント参加。超楽しかった。
 末ごろにはまたもとんぼ返りで三木出演の「Love Letters」観劇。
 久々に都庁に昇る。
   【地上45階に昇っても、空はせまい。】
 この頃から、童話をモチーフにした詩を書きだす。
   【止まれ と 叫んでも、止まることのない心臓
    あかに支配された、 あかに呪われた
    あたし。】

・7月
 友人の結婚式。ぶっちゃけ出来婚の披露宴ほど空々しいものはないと感じた。
 新潟旅行。mixi初期からのマイミクのゆいちゃんと初対面。超楽しかった。
 「00」新潟ファンミーティング参加。
 その後「アラモ4」のため横浜。

・8月
 三木舞台、「00」福岡、「00」幕張参加。
 それ以外は仕事。それだけ。
 この頃、今の彼氏というか恋人というか愛人というか(愛人は自分か)と付き合い始める。

・9月
 人生初サンリオピューロランド。思いの外面白くて感動。目的は「遙か」の三木。
 ネオロマ「10yl」横浜3日間と大阪一日目参加。
 地球ゴージャス大阪公演観劇。
 色々悩む。
   【泣くための理由を探している。
    理由もなく、涙なんて 流せやしない。】

・10月
 宝塚雪組DC公演、中川晃教ライブ参加。
 他、激しく仕事三昧。

・11月
 サービス検定試験受験。2級合格。
 三木舞台観劇。ここから4週連続関東遠征スタート。
 ふと、自分の目指す道を見失う。
   【長い長いエスカレーターに乗っていたら
    ふっ と
    そのまま後ろに倒れてしまいたくなった。】

・12月
 ネオロマ「スタクリ」参加。
 中川くんの「Love Letters」、三木舞台観劇。
 「薄桜鬼」イベント参加。←で、あってる?(爆)
 因みに、この年メモに最後に記されていた言葉は下記。
   【どうか幸せというものをわたしにください。】

 三木を追いかけて、後は仕事して。それだけの一年だったようです(←毎年)。
 そして自分を探そうと年を明けたはずなのに、結局見失ったままだったようです。

 今も、私は迷子のままです。

 自分、ネオロマンサーなので、この前もzepp大阪まで行ってきました。いや、地元だけどね。

 その公演後に、岩永のてっちゃんが書いていたブログが、とても印象的だったのです。


 タイトルが「懐かしさを」大切に、だったかな?(http://ameblo.jp/tetsuyasan/entry-10666359659.html )



 「懐かしいなぁ」って口にする時、私たちは、多分、笑顔なんだと思う。

 楽しかった想い出はもちろん、しんどかったことや、めちゃくちゃ嫌だったことを口にしていても、そこに「懐かしい」とつけられたら、それはもう、自分の中で、昇華されているって証拠なのだろうと思う。

 でないときっと、「懐かしい」という言葉は出てこない。


 黒歴史と呼ぶ時代が私にはある。

 けれど、最近の私は、当時を、そこそこ笑って話せるようになってきたように感じる。

 それが多分、人の成長なんだろな……と、思ってみたりみなかったり。


 調べてみたら、本当に英語には直訳して、「懐かしい」という意味の言葉がないんです。dearとか、sweet memoryだったり。

 そういう日本語って、きっとたくさんあるんだろうなと。

 微妙な意味合いの言葉って、日本語には本当に多いので、余計にそうなのだろうと思う。


 だからもっと日本語を大切にしたいな……と、てっちゃんの日記を読んで思った。

 それから、これから先、後ろを振り返った時に、「懐かしかしいねー」と、色んな人と笑顔で語れる日々を増やして行きたいと、心から思った。


 「懐かしい」、良い響きだ。

 何を信じていないのか、


 それは「時間が解決してくれるよ」とかいう人間に違いない。

 過ぎ去った日を、【想い出】という、綺麗な言葉に置き換えることが、あたしにはできない。

 あの日は今も、こんなにも、鮮明に、あたしの中に生きている。

 【想い出】とかいう、綺羅綺羅した言葉になんか、変えられない。



 友達との会話の途中鳴った、携帯の着信音。

 告げられた言葉。

 まともな言葉もなく走り出した自分。

 病院までの坂道を、全力疾走した夜。


 約束した明日を断るメール。

 帰って来た着信。

 友達の声を耳に、歩いた家への道。

 普段は昔んな父親が、掛けてきた不器用な言葉。



 家にはいたくなくて、一人、公演でブランコをこいでいた。







 何もかもが、未だ生々しくあたしの内と外にこびりついている。

 あたしは、あの夜を忘れられない。

 10年なんて短すぎる。



 私は、未だ彼女の墓前に笑顔で立てない。




 それが、あの日から、10年たったあたしの現実。



 でも、頑張るよ。

 まだ、諦めないよ。


 いつの良日か、貴方のもとを、笑顔で訪れるから。

 

 
あの日は確か、朝は雨が降っていて。


でも 出掛ける時には もう傘は必要じゃなかった




白いシャツと 紺のスカートは


ぼくらの青春


雨上がりの 雲と空みたいに





張り裂けるかもしれないと 叫んだ歌声は


誰の耳にも 届かなかった


ぼくらの歌声は ただ


ぼくらの中にだけ 響いていた





空に浮かぶ雲が 白すぎて泣きたくなった


腕で ぶらぶら揺れる傘が 何処か憎かった





悔しさを 惜しげもなく涙にする君に


ぼくは 微笑っていることしか、


できなかった。





空が 高かった




声は 届かなかった。





夏は短かった。





ぼくは コドモだった。

 

憧れの街。

雑多で、何でもあって、多分……何も手に入らない街。


頭の中で、想い描けば描くほど、虚しさを感じずにはいられない街。


あたしには、虚しさこそが、愛しい。


退廃主義だとか耽美主義だとか。
社会はそんなもの、もう受け入れようとはしない。
創作の世界ですら、それらは既に過去の題材でしかない。


けれど、そういった感性でしか生きられない存在が在るのだと、社会は知るべきだ。

後ろ向きにしか生きられない存在を、社会は認めるべきだ。


肯定の上で、何かしらの政策を施せば良い。
現状をろくに知らぬまま、今ある制度の改革など、以ての外だ。
改革とは、元あるものをすべて打ち壊し、新たなる何かを生じさせることをいうのだ。

政治家はわかっていない。
知ろうともしない。
奴等が欲するのは、次の選挙で自分が当選するのに必要な票数だけなのだから。



組織なんてくだらない。
集団なんて大嫌いだ。

【個】こそが、尊重されるべき単位だ。

それしか、あたしは信じない。


雑踏の中、みんな、忘れて行くんだ。

本当に大切なものを。

大切にしていたはずの【自分】という【個】を。