日本発!美味しいパンのルーツ? | 1級フードアナリストMasaki

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今日は、風さえなければ、よく晴れたいい天気なんですけどね。
今朝も朝から幾度も余震があり、我家の愛犬は、プルプル身体を震わせて私から離れませんでした。


ところで、
4月12日は何の日?

ガガーリンの名台詞?世界初有人宇宙飛行達成の『地球は青かった』があがりますね。

今回は、それだけではありません。

今日は、日本で初めてパンが焼かれた日です。

しかし、当初のパンのイメージは現代と少々違います。TVCMでおなじみの『パン、パパン!朝はパン!』て陽気に歌われたりしてるくらい現代はHappy感たっぷりなパンですが、日本において初めて焼かれるに至ったパン誕生の背景は、保存が利く兵糧パン。いわゆる軍用携帯食の必要において作られたものなんです。しかも甘くない乾パン。

1842年(天保13)年4月12日。伊豆韮山代官であった江川太郎左衛門英龍が上記の理由で焼いたパン。これが日本で初めて焼かれたパンです。

日本で初めてパンを焼いた江川英龍(本名)氏は、とても人間味があり、領民から敬愛されていた人物。ブレッドのルーツとして、チョット嬉しい情報ですね。
※太郎左衛門は、江川家の当主に付けられる通称なので省略しました。


以下に、リンクを貼っておきましたので宜しかったらどうぞ。
再現された『日本初の兵糧パン』


   この領民から敬愛される人間味。
  おそらく、当主を継ぐ35歳まで悠々と暮していた事が影響しているのでしょう。(英龍氏の)父が長命で、英龍氏が代官職を継ぐのが遅く、それまで江戸を遊学したり、領内を行商人の姿で密かに歩き回っている暮しぶりをしています。
  この領民との距離感の近さが、領民を大事にし、後の農地改良や、天然痘ワクチンの予防接種を領民に進んで行うという行動に繋がり敬愛されるに至ったと推測できますね。
戦ってくれる兵にひもじい思いをさせない。初めてパンを焼くに繋がっているとすれば、パンは昔から今に至るまで思いやりや、愛情が携えられているんですね。

Ps.ブレッドとしてのルーツは、江川英龍さんなんですね。
   縄文人の『縄文パン』が日本で初めてのパンだと思っていました。
   こちらも乾パン状のものですが、木の実を粉にして動物の血で固めて焼いたもの。
   (縄文人の)保存食というのが共通してますが。

   この部分では、食は命を繋ぐ。が、古から息づいています。

情報元
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3
http://www.oishii-pan.net/
http://www.izunotabi.com/jpn/shopping/2009/03/-1-15.html他