レイキヒーラー☆しょうこです
「天職って、一生に一つじゃなかったんだ~~~
」と、最近、看護師時代からの友人と話をしていた時に自分が語った言葉を聴いて、ふと気が付きました
看護職、特にがん患者さんの疼痛緩和ケアに携わっていた頃、当時の私は患者さんの最期を看取ることが異様に多くて・・・
仲間内では『ブラックナース』なんていうかなり微妙なあだ名まで付けられていました
どこの病棟にも、一人や二人看取り専門ナース(医師にもいます)みたいになってしまっている人が何故かいるんですよね~
見えないものが見える看護助手さんからは出勤早々に
「あら、いっぱい足に付けてきちゃって・・・なんだ、(しょうこ)さんが出勤してくるのをあの人(お亡くなりになりそうな患者さん)待ってたんだ」と言われ・・・本当に私の勤務帯にお亡くなりになったり
最初のころは、本当に心も身体も辛くて・・・
でも、私には何もできないので私の守り本尊であるお不動さんのところへお祓いにいったほどです。(お不動さんの話はまた今度しようかな・・・)
そんなある日、患者さんの看取りをした後、ご家族と一緒に身体を綺麗に拭き清めながら患者さんの話をしていた時のことです。
「この人は、廊下を歩いてくる足音で誰が今夜の看護婦さんかわかっていてね、あなたの足音が聞こえるといつも嬉しそうで・・・私も安心して家に帰れたのよ。今日も(しょうこ)さんがいるときで良かったねぇ・・・。」と言っていただき、しかも、「高校生の孫がいるんだけどね、おじいちゃんがあなたの話をするものだから、あなたみたいになりたいって言って今看護学校に入るために勉強中なの。」と、悲しいはずのその場にいた全員に「未来への希望」というプレゼントを患者さんは与えてくれました。
これから先、どんどん成長し輝いていく「子ども」という無限の可能性をもった存在たちが大人に与える影響って大きいなぁと思うと同時に、
その時、あぁ、そういうことか・・・と、
今まで、看取りをさせていただいた患者さんたちが、亡くなる数時間前に私へ自分の人生を振り返っての想いをお話をしてくださっていて、最期の時に間に合わなかったご家族へ後からそのことをお伝えすることができたり、患者さんが危篤状態でも不思議とその方が今誰を待っているのかがわかるので患者さんの耳元で「○○さんにもう少しで会えるからね」と待ち人を待ってくれるよう声掛けをしたりすると(意識がなくなっても最期まで聴覚は残るのです)待っていた人が病室に着くまで待ってくれたり、患者さんもご家族も後悔することが無いように精一杯サポートして、そのサポートがいつも報われていたのは
これが私の試練であり天職だったからだ・・・と、
初めて気が付いたのでした
それからは、前にも増して緩和ケアに関する知識が苦労せずともどんどん頭の中に入っていくし、睡眠時間を多少削っても全然苦じゃなくなりました
それこそ、水を得た魚ってこんな感じかな?と思うくらい
身体の中を温かい水が湧き出してクルクルと駆け巡っているような。
その後は、いろいろ大人の事情(笑)があり
職場をかえて夫と出会い結婚
今思えば、結婚した時点で看護職は私にとって以前のようなものではなくなっていて学びは終わっていたのだろうと思うのですが・・・
「天職だと思って今まで頑張っててきたのに・・・本当は天職ではなかった、ただの思い込みだったとしても今まで掛けてきた時間や労力、看護師免許がもったいない・・・」と、過去の天職にしがみついてしまったら体調不良になりました
思いのほか長くなってしまったので、続きは次回にします
今日もブログを読んでいただきありがとうございました
しょうこ