ベッドに仰向けに潜り込み、胸の上のクッションに開いた本をたてかけている。
布団から出ている肩先と腕が冷え冷えとしてくるのを感じながら、
面白くて本を読むのをやめることができない。
本は「車谷長吉」のエッセイである。
ストスト ストストと足音がして、猫が隣の部屋から移動してきた。
ヒーターを消した部屋が冷えてきて目を覚ましたのだ。
ヒラリとベッドにあがってきたので片手を持ち上げると、当然のような顔をして布団のすきまに入ってきて、
すぐさま向きをかえて、腋の下のくぼみにスッポリと収まり、あごを腕の付け根に乗せて目をつぶった。
やがてゴロゴロと咽をならしながら両手を交互に押し出す。
腋の下の柔らかいところが気に入ったらしい。
くすぐったいよりも、とがった爪がチクチクして、とても我慢できない。
あわてて猫の両手を掴んで毛布にもっていくと、猫はそのままモミモミを続けた。
いつもの恍惚の表情だ。
やわらかな毛布はなんなく懐かしい母親のおっぱいに変化したらしい。
うっとりして毛布をモミモミしている。爺さん猫なのに。
 
前飼ってた猫は、私のセーターにしがみついて、毛糸のケバケバを前歯で吸いながら忘我の表情で
モミモミしていた。
ゴールデン・リトリバーは、どでかい体を床に投げ出して眠りこけているとき、
太い前足を空に突き出して、何もないところをモミモミしていた。おちょぼ口した口の先から、
舌先が一センチほど覗いていて、いかにもおっぱいを吸ってるような動きをしていた。
もう一匹の利口で神経質な雑種のほうは、そういうことがなかった。
私は勝手に「おっぱいモミモミ」と呼んでいるけれど、こういう習慣(?)は、
犬よりも圧倒的に猫に多いような気がする。
 
そういえば、猫の視線は犬よりもクールな気がする。
しっぽなどをからませてきて、ピタリと擦り寄ってくるくせに、
案外冷たい目つきをしている。いきなりプイと腕をすり抜けていってしまう。
わがままで自分勝手。
 
しかし、その理由はこのモミモミと深く関係しているかもしれない。
ついさっき、そんな気がしたのだ。
そうか。猫というのは「しあわせ」というやつを内臓しているのだ。
「しあわせの記憶」
おう! 私はたった今思いついた「しあわせの記憶」という言葉にいたく感動した。
我ながら冴えてるじゃん!
 
そうに決まっている。
猫の中身の八十パーセントは「しあわせの記憶」というものでできている。
この八十パーセントは譲れない。
八十パーセントということはしあわせが毛皮を着ているということだ。
だから猫はいつでもその「しあわせの記憶」に浸ることができる。
毛布や、やわらかいクッションや、人間の腋の下を代用して、
いつでも容易にしあわせを引き寄せることができる。
 
 
そうだったのか!
私は真夜中にひとり布団の中でニンマリと納得の笑みを浮かべる。
そりゃあそうだ!
哺乳類にとって、母親の胸でおっぱいを吸っているときほどしあわせなことはない。
ぬくぬくと暖かく、このうえなく安全で、溢れるほどの愛情に包まれて、
こころゆくまでお乳を吸うことができて…。
 
猫がどこかよそよそしく、ときに平然として見えるのは、
こういう理由があったのだ。
猫にとっては、よくしてくれる人間などはあくまで二番手であって、
あの余裕と自信に満ちた態度には
「しあわせの記憶」を内臓しているという裏づけがあってのことなのだ。
なるほど、なるほど。
 
さてこういう素晴らしい思いつきはたいてい真夜中に神の啓示のように降りてくるのだけれど、
次の朝になってみると、
朝日のなかでたよりなげにユラユラと揺れて、白茶けながらやがてどこともなく消えてしまうのだった。
 
猫は覚めた目で私を見て、
ひとことも中身のことを教えてくれない。

 

海ふみこ 2012.1.13

   ゆたんぽを買いました

          みずまくらみたいに柔らかいのです
          これはグー!
          やさしい気持ちで眠れます!
 
イメージ 1
 
                          笑う ゆたんぽ
 
                      ゆたんぽ 笑う
                      ゆた ゆた たぽ たぽ
                      なんで?
                      ふとんの中をのぞいてみたら
                      猫がゆたんぽ かかえてる
                      ほっぺた スリスリ うっとりモミモミ
 
                      「ああ ママのおなかにそっくりだ 
                       あったかくて ゆたゆたで ママのおっぱい思い出す」
 
                      ゆたんぽ 笑う
                      ママじゃないよ くすぐったいよ
                      ゆた ゆた たぽ たぽ
                      ゆたんぽ 笑う
 
 


        海ふみこ 2011.12.7

 
                               いとまき
 
          たぶん姉のだったろう
          姉は美しいひとだった
          けれど悲しいひとだった
          わたしは幼いうちにもそう感じていた
 
          姉の涙のわけは母が原因だった
          母がなぜ姉に辛くあたるのか
          わたしは理解ができなかった
                    わたしは姉より九歳年下だった
          幼くて たよりない感情の奥で
          ひとが生きることは
          悲しいことかもしれないと思った
 
          それから
          母は母の
          姉は姉の
          わたしはわたしの時間が流れた
 
          母は死に
          姉は今では年老いたし
          わたしもまた老人になった
 
          このいとまきが
          なぜわたしの手元にあるのか
          まったく記憶にないのだけれど
          
          見るたびに
          背のすらりとした細身の姉が
          美しく
          悲しく 甦ってくるのだ
 

海ふみこ 2011.12.9