出会い | onagawa factory(小さな復興プロジェクト)

onagawa factory(小さな復興プロジェクト)

宮城県牡鹿郡女川町において、モノづくりを通して震災復興を目指した「小さな復興プロジェクト」は今、
新たな女川町の魅力を創りだす企業「onagawa factory」としてさらに素敵な街づくりに貢献していきます!

すっかりブログの書き込みをご無沙汰してました。

プロジェクトリーダーの工藤です!


今日で10月も終わり。

今年もあと2ヶ月ですね。


振り返ると今年は3月11日から始まったような気がします。

元旦から3月11日までの記憶が薄れるくらい、その後の事が心に焼き付いています。


悪夢であって欲しいと何度も思いましたが、まぎれも無い悔しくて悲しい現実。


そして、女川町へ4月13日から行き始めて半年以上たちました。


早いですね。


今では、復興支援グッズもいたるところで生まれて、被災地の方々のお仕事に繋がる活動が増えてきましたが、思い返せば、早くから動いていた我々は、他に前例の無い中で日々荒野を歩き進んでいくような日々でした。


スムーズに事が進まなくて当たり前。

だったらどうしようか?といつも湯浅さんと考えながら進めてきました。


何も無いところから始まったとよく言いますが、本当に資金も無い中から手作りの活動でした。


活動するための助成金も応募しましたが、あっさり「没」。


「あんたらは自力で頑張りなさい」と神様が言ってるんだなと、超前向きに解釈した時もありました(笑)



今ではみんなの作業技術も上がって本当に素敵なonagawa fish が仕上がっています。


ここ最近になって、以前仕事をしていた職場の再開に伴い、onagawa fish の製作を卒業して行ったスタッフもいますが、現在14名の女川スタッフが製作しています。


先日の休憩時の会話ですが、「地震が起きなければ普通の生活をしていたのに・・・」という言葉に対して、「地震があったから出逢えたじゃないですか・・・」と。


その会話を聞いていて答えが出ませんでした。


女川の素晴らしいスタッフと今こうして活動できてることは、とても貴重なことです。

みんなで目標に向かって頑張る喜びがここにはあります。

でも、願わくば地震がきっかけじゃなく女川の方々と出会いたかった・・・。

そんな思いもあります。


全国のonagawa fish ファンの皆様とも同じかもしれません。

震災が無ければonagawa fish で繋がることが無かったかもしれない。

でも震災を機に、本当に心から繋がることもできている現実。

そして遠く離れた地域から支えられてる現実。


あんな悲惨な災害は無いに越したことはありませんが、起きてしまった以上、今はみんな現実を受け止めて前向きに進んで行こうとしてるわけですよね・・・。


これから寒い冬がやってきます。

まだまだ被災地女川町はどのように復興していくのか見えてきません。

でも、我々のプロジェクト以外でも、いたるところで皆頑張っています。


onagawa fish を持ってる全国の皆さん。

そして、届くのを待っている全国の皆さん。

遠く離れても、作った数の分だけ支援してくださる方がいるという事を、これからも本当に励みに頑張って行きたいと思います。

どうぞ、皆さんもなんかあった時に、たまにでいいですからonagawa fish をキュッと握ってみて下さい。


それだけでも、復興へのアクションになるような気がします・・・。